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ヒロインちゃん参上!③
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コットンは優秀な侍女だ。従者の控室に飛び込んできたモースリンを見て、すぐに非常事態だと悟り、彼女を連れて空き教室へと飛び込んだ。
いま、不要となった机が積まれたがらんと広い教室の隅で、モースリンとコットンは二人きり――あたりをはばかる必要はない。
「出た、でたのよ、『白い髪の少女』が!」
「お嬢様、落ち着いてください、そんな、お化けじゃあるまいし」
「お化けみたいなものよ!」
「まあ、お化けではありませんね、すでにカルティエ家の隠密たちが身元を割り出しています、名前は『ミズノカエデ』、神殿が異世界から召喚した聖女様だそうです」
「あんなくねくねして、男にだらしなさそうな人が聖女ですって、世も末ね」
「あなたが人をあしざまにいうのは珍しいですね、そんなにひどい人なんですか?」
「ひどいのよ、ものすごくひどいの。私の話なんか全然聞いてくれないし、ハリエット様に抱き着くし、もう、○ッチ!」
「お嬢様、お口が悪い!」
「だって……きいてよ、誰も許してないのに、ハリエット様のことを『ハリエット様』って呼ぶのよ、私ですらまだそんな呼び方、許されてないのに」
「とりあえず一回落ち着きましょうね、はい、深呼吸~」
「す~、は~」
素直に呼吸を整えたモースリンは、淑女としての落ち着きを少し取り戻したらしい。すっと姿勢を正し、表情を整える。
「ごめんなさいね、コットン、見苦しいところを見せたわね」
「いいえ、慣れてますから」
「それにしても、『聖女』ってどういうことなの?」
「つまり、女神の祝福を受けてこちらの世界に顕現した光の巫女である、ということらしいですよ、神殿ってところでは、光の魔力こそが正義の力であると信じられていますからね」
「ばかばかしいわ、たとえどんな力であっても、それを使う者の心根が伴っていなければ、それはただの狂気ではなくって?」
「その考え方は貴族にしか通用しませんよ」
実際に大衆に対しては、王侯貴族よりも神殿の方が影響力が強い。そりゃあ大衆にとっては自分から税金をむしり取るばかりで顔も良く知らない貴族なんかよりも、街中に礼拝堂を立て、そこに神父を置いて施しや祝福をくれる神殿の方が心安いに決まってる。
しかし神殿側はどれほど大衆から支持されていようとも、魔力の強い名門貴族を多く擁する王政側に対抗するには『武力』が足りず、それ故にこの国の政と教とは絶妙なバランスで両立することができていたのだが。
「これは見過ごせないわね」
モースリンはいずれハリエットの代理として簡単な政務がこなせるよう、政治学もみっちりと叩きこまれている。だから、神殿側の意図を疑った。
「ここにきて聖女なんてものを召喚するなんて、王家に対する反逆の意図アリってことかしら」
コットンも、生涯をモースリンに捧げるべく躾けられた侍女だ、モースリンの疑問に答えられる程度の躾はされている。
「おそらくは。新しい神殿主さまはまだ若く、野心あるお方だという噂ですから、王を廃し、自分がこの国の頂点に立とうとしているのではないかと」
「だとしたら、召喚されたのが彼女だというのは失敗でしょうね、礼儀もなく浅薄で、とても国盗りの手ごまに使えるような人物じゃないわ」
「それが、そうでもないと思いますよ。お嬢様、ハニートラップはご存知です?」
「ナニソレ、お砂糖でワナを作るの? アリさんがたくさんとれそうね」
「砂糖ではなく、『色仕掛け』です」
「色仕掛けって……」
モースリンは件の少女が異様に身をくねらせてハリエットに抱き着いていたことを思いだした。
「なるほど、納得したわ」
なにも王族を追い出さずとも、神殿側の人間が宮中の実権を掌握してしまえば陰から政治を動かすことができる。つまり自分たちに都合のいい傀儡を王に据えればいいだけのことだと。
「つまり、あの女を使ってハリエット様を骨抜きにして、神殿側の操り人形にしちゃおうっていう作戦ね」
「いかがいたします、お嬢様、よろしければ私があの女をサクッと始末してまいりますけれど」
「ダメよ、そんな物騒なやり方!」
神殿側の建前としては、彼女を異界より召んだのは『光の巫女』として大衆に救いを与えるためだろう。その巫女を害したりしたら、これ幸いとばかりに神殿側は王侯貴族を悪者に仕立て上げることだろう。少女によるハニートラップが成功しようが弑されようが、どっちに転んでも神殿側としては少しも腹は痛まないということ。
「なるほど、よく考えられているわね」
「どう戦うというんですか、お嬢様」
「もちろん、正攻法で。目には目を、ハニートラップにはハニートラップを。私が先にハリエット様を口説き落とせば、四方万事丸く収まるでしょう?」
思えばあの夢は、ハリエット王子が光の巫女に口説き落とされた場合の未来だったに違いない、とモースリンは考えた。
そう考えれば、モースリンが処刑されることも『神殿に抗する逆賊』であるのだから当然だし、ハニートラップで籠絡された王子がモースリンではなくあの女を選ぶことも、すべてのつじつまが合う。
つまりここであの少女よりも先にハリエット王子の気持ちを手に入れることができれば、未来は変わって死の運命も回避できるはず。
「そうと決まれば、さっそくハニートラップを仕掛けるわよ!」
モースリンは決意を込めて力強くこぶしを突き上げた。
いま、不要となった机が積まれたがらんと広い教室の隅で、モースリンとコットンは二人きり――あたりをはばかる必要はない。
「出た、でたのよ、『白い髪の少女』が!」
「お嬢様、落ち着いてください、そんな、お化けじゃあるまいし」
「お化けみたいなものよ!」
「まあ、お化けではありませんね、すでにカルティエ家の隠密たちが身元を割り出しています、名前は『ミズノカエデ』、神殿が異世界から召喚した聖女様だそうです」
「あんなくねくねして、男にだらしなさそうな人が聖女ですって、世も末ね」
「あなたが人をあしざまにいうのは珍しいですね、そんなにひどい人なんですか?」
「ひどいのよ、ものすごくひどいの。私の話なんか全然聞いてくれないし、ハリエット様に抱き着くし、もう、○ッチ!」
「お嬢様、お口が悪い!」
「だって……きいてよ、誰も許してないのに、ハリエット様のことを『ハリエット様』って呼ぶのよ、私ですらまだそんな呼び方、許されてないのに」
「とりあえず一回落ち着きましょうね、はい、深呼吸~」
「す~、は~」
素直に呼吸を整えたモースリンは、淑女としての落ち着きを少し取り戻したらしい。すっと姿勢を正し、表情を整える。
「ごめんなさいね、コットン、見苦しいところを見せたわね」
「いいえ、慣れてますから」
「それにしても、『聖女』ってどういうことなの?」
「つまり、女神の祝福を受けてこちらの世界に顕現した光の巫女である、ということらしいですよ、神殿ってところでは、光の魔力こそが正義の力であると信じられていますからね」
「ばかばかしいわ、たとえどんな力であっても、それを使う者の心根が伴っていなければ、それはただの狂気ではなくって?」
「その考え方は貴族にしか通用しませんよ」
実際に大衆に対しては、王侯貴族よりも神殿の方が影響力が強い。そりゃあ大衆にとっては自分から税金をむしり取るばかりで顔も良く知らない貴族なんかよりも、街中に礼拝堂を立て、そこに神父を置いて施しや祝福をくれる神殿の方が心安いに決まってる。
しかし神殿側はどれほど大衆から支持されていようとも、魔力の強い名門貴族を多く擁する王政側に対抗するには『武力』が足りず、それ故にこの国の政と教とは絶妙なバランスで両立することができていたのだが。
「これは見過ごせないわね」
モースリンはいずれハリエットの代理として簡単な政務がこなせるよう、政治学もみっちりと叩きこまれている。だから、神殿側の意図を疑った。
「ここにきて聖女なんてものを召喚するなんて、王家に対する反逆の意図アリってことかしら」
コットンも、生涯をモースリンに捧げるべく躾けられた侍女だ、モースリンの疑問に答えられる程度の躾はされている。
「おそらくは。新しい神殿主さまはまだ若く、野心あるお方だという噂ですから、王を廃し、自分がこの国の頂点に立とうとしているのではないかと」
「だとしたら、召喚されたのが彼女だというのは失敗でしょうね、礼儀もなく浅薄で、とても国盗りの手ごまに使えるような人物じゃないわ」
「それが、そうでもないと思いますよ。お嬢様、ハニートラップはご存知です?」
「ナニソレ、お砂糖でワナを作るの? アリさんがたくさんとれそうね」
「砂糖ではなく、『色仕掛け』です」
「色仕掛けって……」
モースリンは件の少女が異様に身をくねらせてハリエットに抱き着いていたことを思いだした。
「なるほど、納得したわ」
なにも王族を追い出さずとも、神殿側の人間が宮中の実権を掌握してしまえば陰から政治を動かすことができる。つまり自分たちに都合のいい傀儡を王に据えればいいだけのことだと。
「つまり、あの女を使ってハリエット様を骨抜きにして、神殿側の操り人形にしちゃおうっていう作戦ね」
「いかがいたします、お嬢様、よろしければ私があの女をサクッと始末してまいりますけれど」
「ダメよ、そんな物騒なやり方!」
神殿側の建前としては、彼女を異界より召んだのは『光の巫女』として大衆に救いを与えるためだろう。その巫女を害したりしたら、これ幸いとばかりに神殿側は王侯貴族を悪者に仕立て上げることだろう。少女によるハニートラップが成功しようが弑されようが、どっちに転んでも神殿側としては少しも腹は痛まないということ。
「なるほど、よく考えられているわね」
「どう戦うというんですか、お嬢様」
「もちろん、正攻法で。目には目を、ハニートラップにはハニートラップを。私が先にハリエット様を口説き落とせば、四方万事丸く収まるでしょう?」
思えばあの夢は、ハリエット王子が光の巫女に口説き落とされた場合の未来だったに違いない、とモースリンは考えた。
そう考えれば、モースリンが処刑されることも『神殿に抗する逆賊』であるのだから当然だし、ハニートラップで籠絡された王子がモースリンではなくあの女を選ぶことも、すべてのつじつまが合う。
つまりここであの少女よりも先にハリエット王子の気持ちを手に入れることができれば、未来は変わって死の運命も回避できるはず。
「そうと決まれば、さっそくハニートラップを仕掛けるわよ!」
モースリンは決意を込めて力強くこぶしを突き上げた。
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