1 / 158
朔
1
しおりを挟む宗教団体“蛇目教”の本部で、警察による大規模捜査が行われていた。
「これは無理かな」
西山警部補は南京錠を転がす。ざっと見ただけでも特別製であることがわかる。
彼の前には隠し扉があった。本来ならば壁の中に潜んでいたのだろうが、信者が逃げる時に閉め忘れでもしたのか、微かに開いていたのを西山が見つけたのだ。
ーー仕方ないか。
右手を懐に忍ばせ、彼は銃を取り出した。
「ふぅ」
安全装置をかけなおし、緊張を吐息と一緒に吐き出す。銃声はまだ余韻を残し、緊張感を煽る。
「こちら西山。隠し扉を発見した。突入する」
無線に声を乗せて銃弾を込め直す。少し手が震えていた。
ーー怖いな。
恐怖はいつになっても拭えない。特にこの蛇目教は大組織だ。なにが隠されていてもおかしくない。
「行くか」
唾を一つ飲み込んで、西山は足を踏み出した。
中は真っ暗だった。懐中電灯の光で見通すことが出来ない程に闇に満ちている。そして、その中で最初に感じたのは頭痛をもよおすほどの異臭だった。鼻を強く押さえても全く消えてくれないほど強烈な臭いが充満している。
だが、慣れとは恐ろしいもので、しばらく経つと、頭痛を残し、悪臭はどこかに消えていた。
そして、彼は一番奥へと辿り着く。
「牢?」
そこは地下牢のようであった。コンクリートで囲まれ、扉の覗き窓部分の鉄格子以外に外との繋がりを持たない部屋が一つだけ鎮座している。
西山は、言葉を無くして呆然とそれを見つめた。
ーーこれは……。
一つしか無い。厳重に施錠されている。その事実を考えても、ここには何かが閉じ込められていると推測できる。
足が震えていた。何者居るのか分からない。それが拉致された一般人などであれば良いが、蛇目教でも手に余るほどの危険人物を閉じ込めている場合が恐ろしい。そして今回、施錠の具合から見ても後者の可能性が高かった。
彼は怯えを紛らわせるようにゆっくりと撃鉄を上げる。そして、思い切り引き金を引いた。
発砲音、風切音、金属音。鍵を壊した手ごたえが身体全体に伝わる。
西山の緊張感はMAXだった。何がいるのかも分からない扉を開け放ってしまった恐怖感に手は震え、冷や汗が止まらない。できることなら逃げ出したかった。
「なんなんだよ……」
小さく吐き捨てる。いっそのこと、恐ろしげな怪物でも現れて欲しかった。その時には、大手を振って逃げられる。なのに何も起こらない。これ以上待つ訳にもいかない。
細く息を吐き出して覚悟を決める。進めた足が死刑台に向かっているようで、生きた心地がしなかった。それでも彼は、さらに深い闇の中へと身を投じる。
暗くなった訳でも何が変わった訳でもない。しかし牢の中と外では何かが違った。その何かが恐怖を煽り、自然と身体が強張ってくる。
「っ」
その時、不意に鎖の音が鳴って微かな気配が動いた。
――やっぱり、ここには何かがいるんだ。
もちろん何も居ないと思っていた訳ではなかったが、どこか現実感が無かった。だが、本当に居るのだと確信してしまった。走る寒気が身体を凍らせた。
恐怖が全身を這いずり回り、鼓動が爆音へと変化して涙が溢れてくる。まだ死にたくない。思考が混濁して何がなんだか分からなくなってくる。動くことも、息をすることでさえ危険に思えた。
「落ち着け、落ち着け……」
西山は何度も言い聞かせ、必死に目を凝らす。
――何も起こらない?
何かが動く気配は無かった。
「はぁ」
無事なことに安堵の息を吐く。しかし、それは段々と進まなければならない恐怖に変化していった。怖い、動きたくない。そんな思いが頭を支配する。
正直、それに従いたかった。だが彼は、カラカラの喉を潤すように唾を飲み込み、歩き出した。刑事としてのプライドがなんとか足を動かしていた。
「っ……」
そして、闇の中に影を見つけた。見つけてしまった。怯えが勝り、刑事は引っ込む。腰が引けて、足が全く進んでくれない。もう、逃げ出すことしか考えられなかった。
「!?」
しかし物体の正体が見えると、西山は恐怖を忘れて走り出していた。
「大丈夫か、君」
声を掛け、ライトを当てる。転がっていたのは少女だった。
「おい、しっかりしろ」
危険なんて顧みている暇は無かった。抱きかかえた身体は冷えきり、ぐったりとしている。今にも死んでしまいそうだった。
「酷い……」
ボロ着を纏い、手足と首を太い鎖で壁に繋がれ、分厚い目隠しをされたその姿は、さながら奴隷のようで、人間としての尊厳を全て否定されたようないでたちだった。
「大丈夫か? おい、大丈夫か?」
必死に呼びかけながら目隠しと格闘する。もう、ただ彼女を助けることに必死だった。
そして、ようやく外れたその奥から、弱々しくも凛とした銀の双眸が彼を見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?
ねーさん
恋愛
アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。
何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。
何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。
「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…
【完結】親の理想は都合の良い令嬢~愛されることを諦めて毒親から逃げたら幸せになれました。後悔はしません。
涼石
恋愛
毒親の自覚がないオリスナ=クルード子爵とその妻マリア。
その長女アリシアは両親からの愛情に飢えていた。
親の都合に振り回され、親の決めた相手と結婚するが、これがクズな男で大失敗。
家族と離れて暮らすようになったアリシアの元に、死の間際だという父オリスナが書いた手紙が届く。
その手紙はアリシアを激怒させる。
書きたいものを心のままに書いた話です。
毒親に悩まされている人たちが、一日でも早く毒親と絶縁できますように。
本編終了しました。
本編に登場したエミリア視点で追加の話を書き終えました。
本編を補足した感じになってます。@全4話
はらぺこ令嬢は侯爵様を満たしたい
有栖
ファンタジー
エルヴィラはいつもお腹を空かせている子供だった。あまりに大食いするので心配した両親が医者に連れていくと、それは彼女が持つ魔力量のせいだとわかる。彼女は多すぎる魔力を維持するため、いつも疲れるほど食べ続けていなければならなかった。しかしひとつだけ、有り余る魔力を放出する方法があった。料理だ。彼女が作る料理には、魔力がたっぷりこめられているのである。そんな彼女の元へある日、知らせが訪れる。
※食事の描写は普通の日本のお料理になっています
私の存在
戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。
何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。
しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。
しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…
【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる