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わたしの本気は
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長い一日が、おケイちゃんの家出事件終息で終わった。
でも、お腹の赤ちゃんのこともあるから平田さんはまだ野々村家に何度も足を運ぶ事になりそうだけど、とりあえずは、落ち着いたと思って良さそう。おケイちゃんと平田さんが別れたりすることはないのだから。
「今日はひまりちゃんに免じて会ってやっただけだからな! まだ認めたわけじゃないぞ!」
「はいはい、パパ。今夜はこの辺で失礼いたしましょう」
おケイちゃんによく似た綺麗なおば様が眉を下げて何度もパパとママに頭を下げておじ様を外に連れ出した。
「今夜はとりあえず慶子を連れて帰りますけど、平田さん、また改めてうちにいらしてくださいませね。今後の事はその時ゆっくりとお話しいたしましょう」
おケイちゃんを少し柔らかく丸くした感じの優しいおば様だけど、平田さんにしっかりと釘刺すのを忘れなかった。微笑んでらしたけれど、目は笑っていなかったです。
おケイちゃんは、おば様に伴われて外に停めてあったおじ様の車に乗って帰って行った。帰り際、わたしにそっと耳打ちして。
「ひまり、今日は本当にひまりのお陰。ありがとう。あとで連絡するね」
おケイちゃんからの〝ありがとう〟が心に染み渡る。わたし、おケイちゃんの力になれた?
わたしは、おケイちゃんの家の黒いセダンが宵闇に消えるのを見送りながら心の中でそう語り掛けていた。
野々村家が帰って行き、我が家の玄関先は嵐が去ったような静けさが訪れると、今度は。
「今夜は巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ケンさんそう言って、平田さんと一緒に玄関で頭を下げた。
「いえいえ、いいのよ。楽しませてもらったから」
「ママっ」
ママの言葉にわたし達姉妹は慌て、ケンさんと平田さんは苦笑いした。ママは本当に楽しんでいたみたい。「やるわね~おケイちゃん」なんて小声で言っているの、聞いてしまったもの。それに反して。
「キミたち、特にそっちの」
パパは、ずっとケンさんを睨んでました。失礼なことに、ケンさんを指差しする。
「パパ、失礼よ」
あやめお姉ちゃんに窘められてもパパのご機嫌は直らない。
「キミは、ひまりの友達か?」
〝友達〟というところに妙なアクセントがあった。パパ、何を聞きたいの?
ケンさんに対して意地悪くも見えるパパの態度にわたしはそわそわした。
ケンさんごめんなさい、と言おうとした時、ケンさんはパパを真っ直ぐに見て答えた。
「そうです、ただの〝友達〟です。今はまだ」
そう、友達です。友達、なんですね、ケンさん。
なんでかな。〝友達〟という言葉が胸に刺さる。わたしはケンさんに何て答えて欲しかったんだろう。
キュッと唇を噛み締めたわたしに反して、ママとお姉ちゃん達が「まああっ」と色めき立った。ママ達の反応の意味がわたしには分からない。何故か、パパはケンさんに迫る勢いで身を乗り出した。
「『今は、まだ?』」
どうしてそんなに敏感に反応するの? パパとケンさんとを交互に見た時、ママが「さあパパ!」と割って入った。
「お風呂に入って。明日から出張でしょう。早くお休みしないと」
ママはパパの手を取って家の中へと入って行った。
「さっすがママ」
楽しそうに言うさくらお姉ちゃんに背中を押される。
「え、なにお姉ちゃん」
「お見送り、してきなさ~い」
「そうよ、こっちは気にしなくていいから」
お姉ちゃん二人はにこにこ顔でケンさんと平田さん、そしてわたしを玄関の外へと出した。
「また、遊びにいらしてね。いつでも歓迎しますから」
「さあ、ひまりっ、頑張るのよ!」
なにを、頑張るんですか?
☆
ケンさんが、クックと笑いながら玄関から道路へ出る階段を下りて行く。平田さんが続き、わたしは二人の後に付いて下りて行った。
「姉妹って面白れーな」
「ごめんなさい、なんだかバタバタで」
お姉ちゃん達の慌ただしいお見送りを申し訳なく思って謝ると、道路に下りたケンさんと平田さんは振り返った。階段途中にいたわたしを見上げて二人はハハハと笑う。
「いや、全然悪くないよ。かえって救われた。今日は本当に、ひまりさん、いや、鯉沢家に感謝だよ」
「そうだな」
「そう言ってもらえると助かります」
わたしもアハハと笑ってしまう。
ケンさんと平田さんは今夜、レンタカーを借りて東京から鎌倉までやって来ていた。平田さんがケンさんに相談して、ケンさんが「行くぞ!」とレンタカーを借りて、おケイちゃんの元へと来たという。
平田さんは免許を持ってなくてケンさんが運転してここまで来たそうなのだけど、なかなかの名コンビ、なんて思ってしまう。
最後の一段を飛んで道路に下つと、平田さんが言った。
「俺は車で待ってるから、ケンとひまりさんで少し話すといい」
「え、平田さん」
平田さんはふわりと笑うと家の前に停めてあった車の助手席に乗り込んだ。
夜の闇が広がる中、街灯の灯りが静かな住宅街の中に続く道をスポットライトのように点々と照らしている。時折、ご近所さんの家の中の笑い声が聞こえたり、車が通るけれど、この時間は基本的にとても静か。
この静かな宵闇の中、ケンさんと二人きりという事実に気付いてしまう。
ど、どうしよう。なんて言ったら? 顔を上げられずにいたわたしの頭が、不意にクシャッと撫でられた。
ケンさん。
緊張の時間が一気に解けた気がする。胸が急に熱くなって堪らなくなって、顔を上げた時だった。
「!」
額に、唇の感触があった。そして。
「お嬢、よく頑張ったな」
深く響く甘い声がわたしの全身から力を吸い取ってしまう。
「お嬢っ」
膝から力が抜けて崩れそうになったわたしの身体をケンさんに抱えられた。
「このぐらいでビビんなよ」
街灯と月の薄い明りの下で笑うケンさんに色っぽい陰影が出来ていた。笑っているのに、いつもより憂いを含んで見えてドキンとした。
ケンさんのお顔が、たまに寂しそうに見えてしまうのは、気のせいなのでしょうか。
「ケンさん」
ケンさんの腕を身体に感じ、心地良いドキドキに身を預けてわたしは聞く。
「一つ、聞いてもいいですか」
必死だったからその時は気に留めなかったけれど、一つ、あれ? って思った事があります。
「ん?」ってわたしの目を覗き込んだケンさんの蠱惑な瞳に跳ねる鼓動をそっと抑える。
「わたしが平田さんに電話で話した事、もしかして全部聞いて」
「ました、一部始終、全部」
ケンさん、クックと笑い出す。
「悪い、全部スピーカーにして聞かせてもらった」
「ひゃあ……っ」
改めて思い返し、全身に恥ずかしさが駆け抜けて悲鳴を上げようとしたわたしの口を、
「!」
ケンさんは、自らの唇で塞いでしまった。
呼吸も忘れて見開く目には、ケンさんの睫毛が映る。
ケンさん、睫毛長いの。
思考停止寸前の脳の回路は、変に冷静な事を考えたりする。
触れあっていた唇がゆっくり離れて視線が交わされ、ケンさんはフッと笑って言った。
「騒いだらキスするぞって言ったろ」
つい昨日の映画館での一幕。あれは今も持続してるの⁉︎
目を丸くして絶句するわたしの額をケンさんは指で軽く弾いてニッと笑った。
「キスん時は目を閉じとけ」
「えっ、だって、そんなっ」
急に。ううん、わたしは初めてだったのに!
暴れそうになったわたしをケンさんはギュッと抱き締めてくれた。
ドキンと震えたけれど、不思議。ケンさんの熱に、心が溶かされてしまう。心地良さに力が抜けて、気持ちがすうっと軽く素直になる。
深呼吸してわたしは「ケンさん」とゆっくり呼びかけた。
「ケンさんの宿題、少しだけ分かった気がします」
顔を上げると、ケンさんの双眸がちょっぴり悪戯っぽく揺れた。
「添削してやるから、言ってみ」
添削って。わたしは苦笑いして、少し考えながら言葉を並べていった。
「あのね、きっと、その人の為に何が出来るか、何をしようと決意するか、なんだと思う。違うかな」
ケンさんの手が、わたしの頰に添えられた。倍速になるドキドキを必死に抑えてケンさんを見つめると、ケンさんが笑った。瞳が近づいて、
「――」
二度目のキスをする。今度は、わたしもちゃんと目を閉じました。
離れたケンさんを追うように伸ばした手が、握られた。
「〝本気〟の定義は人それぞれだ。これからお嬢の〝本気〟を俺に見せてくれ」
わたしの〝本気〟を、ケンさんに?
自らの胸に聞く。確かめて、再確認する。
わたしは、好き。
わたしはあなたが、好きです!
夢中で手を伸ばしていた。ケンさんもわたしに応えてくれる。
この腕に感じる身体を、頬に触れる胸を。ずっと、感じていたいです――!
でも、お腹の赤ちゃんのこともあるから平田さんはまだ野々村家に何度も足を運ぶ事になりそうだけど、とりあえずは、落ち着いたと思って良さそう。おケイちゃんと平田さんが別れたりすることはないのだから。
「今日はひまりちゃんに免じて会ってやっただけだからな! まだ認めたわけじゃないぞ!」
「はいはい、パパ。今夜はこの辺で失礼いたしましょう」
おケイちゃんによく似た綺麗なおば様が眉を下げて何度もパパとママに頭を下げておじ様を外に連れ出した。
「今夜はとりあえず慶子を連れて帰りますけど、平田さん、また改めてうちにいらしてくださいませね。今後の事はその時ゆっくりとお話しいたしましょう」
おケイちゃんを少し柔らかく丸くした感じの優しいおば様だけど、平田さんにしっかりと釘刺すのを忘れなかった。微笑んでらしたけれど、目は笑っていなかったです。
おケイちゃんは、おば様に伴われて外に停めてあったおじ様の車に乗って帰って行った。帰り際、わたしにそっと耳打ちして。
「ひまり、今日は本当にひまりのお陰。ありがとう。あとで連絡するね」
おケイちゃんからの〝ありがとう〟が心に染み渡る。わたし、おケイちゃんの力になれた?
わたしは、おケイちゃんの家の黒いセダンが宵闇に消えるのを見送りながら心の中でそう語り掛けていた。
野々村家が帰って行き、我が家の玄関先は嵐が去ったような静けさが訪れると、今度は。
「今夜は巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした」
ケンさんそう言って、平田さんと一緒に玄関で頭を下げた。
「いえいえ、いいのよ。楽しませてもらったから」
「ママっ」
ママの言葉にわたし達姉妹は慌て、ケンさんと平田さんは苦笑いした。ママは本当に楽しんでいたみたい。「やるわね~おケイちゃん」なんて小声で言っているの、聞いてしまったもの。それに反して。
「キミたち、特にそっちの」
パパは、ずっとケンさんを睨んでました。失礼なことに、ケンさんを指差しする。
「パパ、失礼よ」
あやめお姉ちゃんに窘められてもパパのご機嫌は直らない。
「キミは、ひまりの友達か?」
〝友達〟というところに妙なアクセントがあった。パパ、何を聞きたいの?
ケンさんに対して意地悪くも見えるパパの態度にわたしはそわそわした。
ケンさんごめんなさい、と言おうとした時、ケンさんはパパを真っ直ぐに見て答えた。
「そうです、ただの〝友達〟です。今はまだ」
そう、友達です。友達、なんですね、ケンさん。
なんでかな。〝友達〟という言葉が胸に刺さる。わたしはケンさんに何て答えて欲しかったんだろう。
キュッと唇を噛み締めたわたしに反して、ママとお姉ちゃん達が「まああっ」と色めき立った。ママ達の反応の意味がわたしには分からない。何故か、パパはケンさんに迫る勢いで身を乗り出した。
「『今は、まだ?』」
どうしてそんなに敏感に反応するの? パパとケンさんとを交互に見た時、ママが「さあパパ!」と割って入った。
「お風呂に入って。明日から出張でしょう。早くお休みしないと」
ママはパパの手を取って家の中へと入って行った。
「さっすがママ」
楽しそうに言うさくらお姉ちゃんに背中を押される。
「え、なにお姉ちゃん」
「お見送り、してきなさ~い」
「そうよ、こっちは気にしなくていいから」
お姉ちゃん二人はにこにこ顔でケンさんと平田さん、そしてわたしを玄関の外へと出した。
「また、遊びにいらしてね。いつでも歓迎しますから」
「さあ、ひまりっ、頑張るのよ!」
なにを、頑張るんですか?
☆
ケンさんが、クックと笑いながら玄関から道路へ出る階段を下りて行く。平田さんが続き、わたしは二人の後に付いて下りて行った。
「姉妹って面白れーな」
「ごめんなさい、なんだかバタバタで」
お姉ちゃん達の慌ただしいお見送りを申し訳なく思って謝ると、道路に下りたケンさんと平田さんは振り返った。階段途中にいたわたしを見上げて二人はハハハと笑う。
「いや、全然悪くないよ。かえって救われた。今日は本当に、ひまりさん、いや、鯉沢家に感謝だよ」
「そうだな」
「そう言ってもらえると助かります」
わたしもアハハと笑ってしまう。
ケンさんと平田さんは今夜、レンタカーを借りて東京から鎌倉までやって来ていた。平田さんがケンさんに相談して、ケンさんが「行くぞ!」とレンタカーを借りて、おケイちゃんの元へと来たという。
平田さんは免許を持ってなくてケンさんが運転してここまで来たそうなのだけど、なかなかの名コンビ、なんて思ってしまう。
最後の一段を飛んで道路に下つと、平田さんが言った。
「俺は車で待ってるから、ケンとひまりさんで少し話すといい」
「え、平田さん」
平田さんはふわりと笑うと家の前に停めてあった車の助手席に乗り込んだ。
夜の闇が広がる中、街灯の灯りが静かな住宅街の中に続く道をスポットライトのように点々と照らしている。時折、ご近所さんの家の中の笑い声が聞こえたり、車が通るけれど、この時間は基本的にとても静か。
この静かな宵闇の中、ケンさんと二人きりという事実に気付いてしまう。
ど、どうしよう。なんて言ったら? 顔を上げられずにいたわたしの頭が、不意にクシャッと撫でられた。
ケンさん。
緊張の時間が一気に解けた気がする。胸が急に熱くなって堪らなくなって、顔を上げた時だった。
「!」
額に、唇の感触があった。そして。
「お嬢、よく頑張ったな」
深く響く甘い声がわたしの全身から力を吸い取ってしまう。
「お嬢っ」
膝から力が抜けて崩れそうになったわたしの身体をケンさんに抱えられた。
「このぐらいでビビんなよ」
街灯と月の薄い明りの下で笑うケンさんに色っぽい陰影が出来ていた。笑っているのに、いつもより憂いを含んで見えてドキンとした。
ケンさんのお顔が、たまに寂しそうに見えてしまうのは、気のせいなのでしょうか。
「ケンさん」
ケンさんの腕を身体に感じ、心地良いドキドキに身を預けてわたしは聞く。
「一つ、聞いてもいいですか」
必死だったからその時は気に留めなかったけれど、一つ、あれ? って思った事があります。
「ん?」ってわたしの目を覗き込んだケンさんの蠱惑な瞳に跳ねる鼓動をそっと抑える。
「わたしが平田さんに電話で話した事、もしかして全部聞いて」
「ました、一部始終、全部」
ケンさん、クックと笑い出す。
「悪い、全部スピーカーにして聞かせてもらった」
「ひゃあ……っ」
改めて思い返し、全身に恥ずかしさが駆け抜けて悲鳴を上げようとしたわたしの口を、
「!」
ケンさんは、自らの唇で塞いでしまった。
呼吸も忘れて見開く目には、ケンさんの睫毛が映る。
ケンさん、睫毛長いの。
思考停止寸前の脳の回路は、変に冷静な事を考えたりする。
触れあっていた唇がゆっくり離れて視線が交わされ、ケンさんはフッと笑って言った。
「騒いだらキスするぞって言ったろ」
つい昨日の映画館での一幕。あれは今も持続してるの⁉︎
目を丸くして絶句するわたしの額をケンさんは指で軽く弾いてニッと笑った。
「キスん時は目を閉じとけ」
「えっ、だって、そんなっ」
急に。ううん、わたしは初めてだったのに!
暴れそうになったわたしをケンさんはギュッと抱き締めてくれた。
ドキンと震えたけれど、不思議。ケンさんの熱に、心が溶かされてしまう。心地良さに力が抜けて、気持ちがすうっと軽く素直になる。
深呼吸してわたしは「ケンさん」とゆっくり呼びかけた。
「ケンさんの宿題、少しだけ分かった気がします」
顔を上げると、ケンさんの双眸がちょっぴり悪戯っぽく揺れた。
「添削してやるから、言ってみ」
添削って。わたしは苦笑いして、少し考えながら言葉を並べていった。
「あのね、きっと、その人の為に何が出来るか、何をしようと決意するか、なんだと思う。違うかな」
ケンさんの手が、わたしの頰に添えられた。倍速になるドキドキを必死に抑えてケンさんを見つめると、ケンさんが笑った。瞳が近づいて、
「――」
二度目のキスをする。今度は、わたしもちゃんと目を閉じました。
離れたケンさんを追うように伸ばした手が、握られた。
「〝本気〟の定義は人それぞれだ。これからお嬢の〝本気〟を俺に見せてくれ」
わたしの〝本気〟を、ケンさんに?
自らの胸に聞く。確かめて、再確認する。
わたしは、好き。
わたしはあなたが、好きです!
夢中で手を伸ばしていた。ケンさんもわたしに応えてくれる。
この腕に感じる身体を、頬に触れる胸を。ずっと、感じていたいです――!
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