愛の言葉を添えて

友秋

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 ミュンヘン空港から中央駅がある市街地までは車で約四十分。

「咲希は、留学先はミュンヘンだったんだっけ」
「うん。まだ十代の時ね」
「ああ、オレと咲希が会わなくなった直ぐ後?」
「そうだね、その辺りかな」
「十代の咲希、可愛かったなぁ。あ、今も充分carinaだよ」
「はい、Danke 。前見てね」
「なんだよ~」

 高速道路を走りながらニコニコで助手席を向いたレオンの顔を咲希はグイッと押して前を向かせた。

 ブツブツ言いながら、レオンはハンドルを握る。

「車、空いてる?」
「いや、こんなもんだよ、いつも」
「そっか」
「見えてきたよ、市街地が」
「あ、ホントだ……」

 教会の尖塔が幾つも見える。

 あの教会は、なんて名前だったっけ……。あまり、覚えてない。あそこ以外。

「咲希、ミュンヘンはどんな場所に思い出ある?」
「思い出……」

 咲希の脳裏にフワリと甘い記憶が過ぎった。

 通っていた大学からさほど遠くなかったオデオン広場とホーフガルテン側にあるテアティーナ教会。

 白漆喰の装飾に囲まれた、白い大聖堂は、静かで、荘厳で、誰をも受け入れてくれる寛容さを持って迎えてくれた。

 二十六年前の三月。咲希がミュンヘンを去る日だった。

『咲希先生!』

 まだ幼さが残る彼の声と、あの日の思い出は、今も鮮明に残っていた。

 咲希はフフッと思い出し笑いをしてしまった。

「なんだよ、どんな思い出あるんだよ」

 ちょっと不機嫌そうに言ったレオンに咲希は「秘密」と笑った。

「咲希は~」
「後で教えてあげるよ」

 レオンは横目で咲希を見た。

「ん~、あんま聞きたくない? かも」
「え?」
「いや、なんでもない」
「なーに?」
「なんでもねーよ」

 食い下がる咲希の頭を小突き、レオンは前を指差した。

「さ、市街地入るぞ」

 バイエルン州の州都であるミュンヘンは、近代的な都会雰囲気と歴史的建造物が融合している。

 トラムが走り、バスが走る。

 思い出した。この街。

 玲君。

 胸に、ギュッと握られたような痛みが走る。

 玲君、玲君。

 私はあなたに、どうしても伝えたい事があったから。

「音楽だったら、言葉以上に伝えられるものがある。その灯火を消す訳にいかないんだ。だから、」

 いつしかレオンの横顔に真剣な色が挿していた。

「オレ達に出来る事を、今のうちに考えたいと思った。だから、今のうちに咲希と一緒に作りたかった」

 私達は、音楽で繋がっている。

 愛を、詠う。

 


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