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第一章 日常
014 微睡み
***
『・・・刻?刻か?』
”小さかったあの頃”と同じように、俺に笑いかけた馬鹿とまた会ったせいで、俺の運命も世界も何もかも、大きく変わっていった。
『お前とまた会えて、本当に嬉しいよ。』
今更、見たくもなかった希望に必死にしがみついている俺は、どれだけ惨めなんだろう。
そう自分でも笑えるくらい、俺は醜くて愚かだった。
もう終わるしかない自分に、まだ”未来”があるかもしれないと思っているから。
あと少しだけでも、そんな未来を見ていたいと望んでしまったから。
だから、”あの日”は本当に嬉しかった。
『ーー刻、なんで』
無邪気に喜んだ俺とは反対に、アイツの絶望したような顔を思い出す。
別にアイツみたいな大した理想も崇高な信念も、俺は生憎持ち合わせていなかった。
ただ、"力"が欲しかった。
無価値極まった俺が、意味のある何かしらになるための"命の価値"が。
強くなれば、これ以上泣き寝入りしなくていい。
無意味だからってゴミみたいに扱われずに済む。
散々邪険にされて苦しみながら縋らなくていい。
誰かに認められたり誰かの役に立ったりすることができる。
生きててよかったって思える。
馬鹿な俺は、そんないいことばかりの筈だと信じていた。
敵は一匹残らず焼き殺した。断末魔の血飛沫も絶叫も"命乞い"も踏み躙り、相手の怨嗟の全てを余す事なく全身に浴びて、何もかもが汚れていく。何だろうとお構いなしに物言わぬ消し炭とする凄まじい能力の奔流に飲まれ、周囲からどんどん遠ざかっていく。まるで精神が麻痺したように、”死”に対する恐怖やら、”生”に対する尊重やらが消えていく。
俺は”強く”なれた?なれたよ、だってこんなに"悪い敵"を殺せたんだから。凄いだろ?なぁ。世界を守るために、こんなに手を汚したんだから。ヒーローだよ。ね?
・・・違う。
全部自分のためだ。自らの望みのために自ら選んだ結果だと分かっていた。分かった上で、自分に都合がいいから、自分が追い詰められているから、自分の”幸せな未来”を見たかったから、敵を傷つけて貶めて蹴落として叩き潰して殺し尽くした。
結局、"力"を得た俺がやったことは”あいつら”と何も変わらなかった。もう笑うしかないくらいに滑稽で無様で醜悪で反吐が出る、自己愛に塗れた”殺人犯の息子”らしい在り方。
そして行き着いた先にあったのは、つまらない地獄。
ーー痛い。熱い。苦しい。肺が焼ける?ナニカに"のっとられる"??誰?だれ?だれかがおれのなかにいるナカから喰いやぶっーー
所詮俺には過ぎた重荷だったらしい。使いこなせなかった"力"の代償を抱えて、俺は嗤った。何もない自分に逆戻りどころか、更に底へと堕ちていく。足掻いても足掻いても苦痛が増すだけで、”光”はどんどん遠くなる。それでも足掻かずにはいられなかった。また"希望"を失うのが怖いから。"君"と一緒にいたいから。届きそうもない"光"に手を伸ばした。かすりもせずに墜ちていく。ついに深い闇の底で、全てが無駄に終わったことを悟った。力尽きて足掻くことすらできなくなったその時も、"光"は微かに輝いていた。とても温かそうで、綺麗だった。
命は取り返しがつかないものだが、奪ったなら奪った分の対価が必要。
だから、この結末は当然の報いでしかない。
”幸せな夢”から覚めて現実を見る時が来た。
どうしようもなくなった"失敗作"の処分の時間が。
・・・いや、違う。また何かのせいにした。
俺はもう生きたくなかった。
ただ、それだけの話。
ーーなのに、どうしてお前が”そんな顔”する?
血と腐肉と何かもわからない黒い粘液でぐちゃぐちゃになった俺を、アイツは何も言わずに抱きしめた。その力が思ったより強いせいで、少し息が詰まる。鬱陶しい。気持ち悪い。こんな俺に触るな。突然芯まで凍ったかのごとく冷たくなった体にわずかに感じたその”温かさ”を、反射的に振り払おうとした。
『・・・大丈夫だ、刻。』
耳元で”優しい声”がそう囁く。しかし、その穏やかな声音は少しだけ震えていた。それがちょっとした哀れみなのか、凄まじい怒りなのか、それとも全く違う何かなのかすら、俺にはよく分からない。しばらく会わなかったうちに変な癖がついたらしく、アイツは感情を隠すようになったから。もしかしたら、どうしようもない俺に呆れて嘲笑っているのかもしれない。それならまあ、ぶっ飛ばしてやりたいけど、別に・・・いいや。
お前が人並みに笑えてるなら、・・・それで、いいかな。
『全部”忘れろ”。もう何も心配しなくていい。』
だから泣いてんじゃねえよ、弱虫。お前が泣くようなことじゃないだろ。
振り払う気も失せて、恐る恐る身を寄せる。痛みで遠くなる意識が最後に映し出したのは、無表情な幼馴染。
一切の”情”が消えた冷たい白灰色の瞳から、静かに伝った一筋の雫が、俺の首元に落ちた感覚がした。
ーーそれは、とても温かかった。
***
「・・・訳わかんねー夢。」
そう一人呟いて、刻は俯いていた顔を上げました。吐き捨てるような言葉や戸惑った様子とは裏腹に、どこか納得した表情です。刻自身は、そんな自分に気付いていませんが。
「あー・・・?」
男子にしては長めな睫毛の影が落ちた紅い瞳は、相変わらずスーパーで氷に埋まっているサンマのそれでした。イケメンがよくやっている首痛い系ポーズで器用に伸びをしながら周囲を見渡した刻は、ある"異変"に気付いて眉を顰めます。
人が、ーーいない。
当然いるべき人間たちが、まるで消しゴムマジックで掻き消されたようにいなくなっています。時計に視線を移すと、現刻10:29。不気味に静まり返ったその部屋に存在しているのは、刻とーー
「・・・ぁの・・・」
静かに佇む"人影"の気配を鋭敏に察知して、刻は背後を振り返りました。
「つぎ・・・移動教室です・・・よ・・・?」
ーーキーンコーンカーンコーン
教室の鍵を持った小柄な青年の、蚊が鳴くように小さな声は、無情にも鳴り響くチャイムに吹き飛ばされました。遅刻確定演出ですね。残念。
『・・・刻?刻か?』
”小さかったあの頃”と同じように、俺に笑いかけた馬鹿とまた会ったせいで、俺の運命も世界も何もかも、大きく変わっていった。
『お前とまた会えて、本当に嬉しいよ。』
今更、見たくもなかった希望に必死にしがみついている俺は、どれだけ惨めなんだろう。
そう自分でも笑えるくらい、俺は醜くて愚かだった。
もう終わるしかない自分に、まだ”未来”があるかもしれないと思っているから。
あと少しだけでも、そんな未来を見ていたいと望んでしまったから。
だから、”あの日”は本当に嬉しかった。
『ーー刻、なんで』
無邪気に喜んだ俺とは反対に、アイツの絶望したような顔を思い出す。
別にアイツみたいな大した理想も崇高な信念も、俺は生憎持ち合わせていなかった。
ただ、"力"が欲しかった。
無価値極まった俺が、意味のある何かしらになるための"命の価値"が。
強くなれば、これ以上泣き寝入りしなくていい。
無意味だからってゴミみたいに扱われずに済む。
散々邪険にされて苦しみながら縋らなくていい。
誰かに認められたり誰かの役に立ったりすることができる。
生きててよかったって思える。
馬鹿な俺は、そんないいことばかりの筈だと信じていた。
敵は一匹残らず焼き殺した。断末魔の血飛沫も絶叫も"命乞い"も踏み躙り、相手の怨嗟の全てを余す事なく全身に浴びて、何もかもが汚れていく。何だろうとお構いなしに物言わぬ消し炭とする凄まじい能力の奔流に飲まれ、周囲からどんどん遠ざかっていく。まるで精神が麻痺したように、”死”に対する恐怖やら、”生”に対する尊重やらが消えていく。
俺は”強く”なれた?なれたよ、だってこんなに"悪い敵"を殺せたんだから。凄いだろ?なぁ。世界を守るために、こんなに手を汚したんだから。ヒーローだよ。ね?
・・・違う。
全部自分のためだ。自らの望みのために自ら選んだ結果だと分かっていた。分かった上で、自分に都合がいいから、自分が追い詰められているから、自分の”幸せな未来”を見たかったから、敵を傷つけて貶めて蹴落として叩き潰して殺し尽くした。
結局、"力"を得た俺がやったことは”あいつら”と何も変わらなかった。もう笑うしかないくらいに滑稽で無様で醜悪で反吐が出る、自己愛に塗れた”殺人犯の息子”らしい在り方。
そして行き着いた先にあったのは、つまらない地獄。
ーー痛い。熱い。苦しい。肺が焼ける?ナニカに"のっとられる"??誰?だれ?だれかがおれのなかにいるナカから喰いやぶっーー
所詮俺には過ぎた重荷だったらしい。使いこなせなかった"力"の代償を抱えて、俺は嗤った。何もない自分に逆戻りどころか、更に底へと堕ちていく。足掻いても足掻いても苦痛が増すだけで、”光”はどんどん遠くなる。それでも足掻かずにはいられなかった。また"希望"を失うのが怖いから。"君"と一緒にいたいから。届きそうもない"光"に手を伸ばした。かすりもせずに墜ちていく。ついに深い闇の底で、全てが無駄に終わったことを悟った。力尽きて足掻くことすらできなくなったその時も、"光"は微かに輝いていた。とても温かそうで、綺麗だった。
命は取り返しがつかないものだが、奪ったなら奪った分の対価が必要。
だから、この結末は当然の報いでしかない。
”幸せな夢”から覚めて現実を見る時が来た。
どうしようもなくなった"失敗作"の処分の時間が。
・・・いや、違う。また何かのせいにした。
俺はもう生きたくなかった。
ただ、それだけの話。
ーーなのに、どうしてお前が”そんな顔”する?
血と腐肉と何かもわからない黒い粘液でぐちゃぐちゃになった俺を、アイツは何も言わずに抱きしめた。その力が思ったより強いせいで、少し息が詰まる。鬱陶しい。気持ち悪い。こんな俺に触るな。突然芯まで凍ったかのごとく冷たくなった体にわずかに感じたその”温かさ”を、反射的に振り払おうとした。
『・・・大丈夫だ、刻。』
耳元で”優しい声”がそう囁く。しかし、その穏やかな声音は少しだけ震えていた。それがちょっとした哀れみなのか、凄まじい怒りなのか、それとも全く違う何かなのかすら、俺にはよく分からない。しばらく会わなかったうちに変な癖がついたらしく、アイツは感情を隠すようになったから。もしかしたら、どうしようもない俺に呆れて嘲笑っているのかもしれない。それならまあ、ぶっ飛ばしてやりたいけど、別に・・・いいや。
お前が人並みに笑えてるなら、・・・それで、いいかな。
『全部”忘れろ”。もう何も心配しなくていい。』
だから泣いてんじゃねえよ、弱虫。お前が泣くようなことじゃないだろ。
振り払う気も失せて、恐る恐る身を寄せる。痛みで遠くなる意識が最後に映し出したのは、無表情な幼馴染。
一切の”情”が消えた冷たい白灰色の瞳から、静かに伝った一筋の雫が、俺の首元に落ちた感覚がした。
ーーそれは、とても温かかった。
***
「・・・訳わかんねー夢。」
そう一人呟いて、刻は俯いていた顔を上げました。吐き捨てるような言葉や戸惑った様子とは裏腹に、どこか納得した表情です。刻自身は、そんな自分に気付いていませんが。
「あー・・・?」
男子にしては長めな睫毛の影が落ちた紅い瞳は、相変わらずスーパーで氷に埋まっているサンマのそれでした。イケメンがよくやっている首痛い系ポーズで器用に伸びをしながら周囲を見渡した刻は、ある"異変"に気付いて眉を顰めます。
人が、ーーいない。
当然いるべき人間たちが、まるで消しゴムマジックで掻き消されたようにいなくなっています。時計に視線を移すと、現刻10:29。不気味に静まり返ったその部屋に存在しているのは、刻とーー
「・・・ぁの・・・」
静かに佇む"人影"の気配を鋭敏に察知して、刻は背後を振り返りました。
「つぎ・・・移動教室です・・・よ・・・?」
ーーキーンコーンカーンコーン
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