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第四章
担任
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入学式が終わり、出入口が空き始めてから会場を出たレオナルドは自分の教室に向かった。
ちなみに、王立学園では一学年につき四つのクラスがある。一年の教室が二階で、二年の教室が三階だ。
そして、毎年入学者数に違いはあれど、近年大きな増減はしていないため、いつも各クラスは四十人前後で構成されている。
閑話休題。
自分の教室に辿り着いたレオナルドは中に入ると、一度全体を見渡した。
教室の中はそれなりに広く、教壇が設置された前方から後ろにかけて床が階段状に高くなっており、固定式の机と椅子が並んでいる。
気合が入っているからなのか、席は前方から埋まっているが、レオナルドは構わず最後方まで行き、一番端の席に座った。
そして自分と反対側の端に座る人物をチラリと見る。
そこには、肩で切り揃えた淡金色の髪にタンザナイトのような青紫色の瞳のスレンダーな女子が机に右肘をつき、その手のひらに顎をのせて、つまらなそうに前を向いていた。ただ、そんな姿でも絵になる美しさがある。
(ステラ。あそこに座ってるのがヘスティ=フォーレ。ヒロイン最後の一人だ)
ヘスティの横顔を視界に収めながらレオナルドは説明した。
『ほう』
(でも安心してくれ。ヘスティシナリオに俺はほとんど絡まないから。まあその裏側でさらっと殺されてはいるんだけど)
『……それを安心というのですか?それに今は同じクラスになってしまっていますよ?』
(俺から近づいたりなんてしないから大丈夫だよ)
『そう上手くいくといいですけどね』
(……それに、彼女の目的は見定めることのはずなんだ。だからか、自分から積極的に誰かと関わろうともしない…、はず。……まあ、ゲームどおりなら、だけどさ)
最後に弱弱しく付け足した言葉が虚しく響く。レオナルド自身、今となっては自信なさげだ。
(でも、あの人を寄せつけない雰囲気はそのとおりっぽいだろ?)
そんな思いを振り払うようにレオナルドは努めて明るい調子で続けた。
『とりあえず今はそういうことにしておきましょうか』
(……おう)
一応の説明を終えたレオナルドはヘスティから視線を外すとあらためて教室全体に目を向けた。
思い思いにお喋りを楽しんでいる者が多いようだ。
レオナルドの前に並んで座っている男子達も小声で何やら話していた。
そんな中、夜会のときのようにチラチラと自分を見てくるいくつかの視線をレオナルドは感じて、思わずため息が出てしまう。
だが、それも担任が来るまでだ。そう思って受け流す。
そう、担任が来るまで――――。
(ん?担任……?)
思考がそこに至ったとき、
(あっ!?)
レオナルドは目を見開き、口も開いていた。
ただ、実際には声を出していなくて本当によかった。もし声に出ていたら、間違いなく周りから奇異な目で見られ、初日から変な人のレッテルを貼られていただろう。
『どうしましたか?』
そこに、ステラの落ち着いた声が頭に響いた。
(あ、いや、ちょっと嫌なこと思い出しちゃって……)
『嫌なこと、ですか?』
(ああ。このクラスの担任な、ゲームでは中年の男性教師で、超が付くほどの魔力至上主義者なんだよ……。差別して何が悪いって感じでさ。事あるごとに生徒達をいびり倒してくるんだ。しかも、このクラスは入学前試験の魔法実技で成績最底辺だった落ちこぼれの集まりだ、って本人達に向かってわざわざ言うんだぜ?皆言われなくたって自分の実力くらいわかってるってのに、ただ劣等感を抱かせるためだけに)
『本当にいけすかない人間が多いのですね』
(そうかもな。どうしてそんな奴がこのクラスの担任になったのかはわかんないけど……、いや、ヘスティとアレクセイを自然に関わらせるためか?まあ、何にしろ、そんなのが担任だと思うと今から憂鬱だなぁって。なるべく標的にはなりたくないけど、無理だろうなぁ……)
『何かしてきたら精霊術を使ってバレないように痛めつけてやればいいのでは?』
(……しないから)
返事が少し遅くなってしまった。最近はなかったが、何度も繰り返したやり取り。けれど少しだけ違う、表現の変化に気づいたから。
思えば夜会のときもそうだった気がする。
『そうですか』
僅かに間があったことには頓着せず、返事が予想通りだったのか、ステラは素っ気なく答えるのだった。
それからレオナルドは頬杖をつきながら窓の方に目を向け、ぼんやりと外を眺め始めた。
これ以上担任のことを考えてもどうしようもないし、考えていると気が滅入るからだ。その代わりに、セレナリーゼやミレーネは今頃どうしているだろう、とそんなことを思っていた。
暫くの間レオナルドがそうしていると、今までざわざわしていた教室内が急に静かになった。
どうしたのかと何の気なしに前を向いたレオナルドはそこにいるはずのない人物を見て固まってしまう。
(そんな!?)
腰まであるイエローブラウンの髪をふわふわと揺らし、カーネリアンのようなオレンジ色の瞳は真っ直ぐ前を向いている。
『……なるほど。これも、ですか』
ステラの声に呆れのようなものが混じる。
(いや、けど、なんで彼女の担任するクラスまで変更になるんだ!?)
『わかりません。あの人間がサブヒロインであることを考えると余計に。レオが担任の話なんてするからでは?』
(んな馬鹿な……)
困惑するレオナルドは、しかし教壇の横に立った彼女から目が離せない。
彼女は、この教室にいる誰よりも小さなその体で、誰よりも堂々としているように見える。当然だ。子供にしか見えない身長や体つきだとしても、彼女は立派な大人であり、研究者であり、教師なのだから。
「やあやあ。キミ達、入学おめでとう。私はアリシア=ワーヘイツ。キミ達の担任だよ。私は研究第一でね、教師業は二の次だったんだ。だから担任もこれまでは断っていたんだけど、今回初めて引き受けさせてもらった。ま、二年間よろしく頼むよ」
自己紹介を終えたアリシアは短い時間で生徒達の顔を見渡すと、ニッと笑った。
「それじゃあ早速だけど、キミ達にも順番に自己紹介してもらおうかな。名前と…そうだな、将来の目標なんかを言ってもらおうか」
アリシアが一人目を指名し、生徒達の自己紹介が始まった。
生徒達の目標は地方文官、衛兵、研究者、魔道具師など様々だ。
また、具体的な職業は言わず、ただ国の発展に貢献したいといったように大枠で答える者も多い。
しかし、中央文官や王国騎士といったいわゆるエリートが就く職業を言う者は一人もいなかった。
そしてとうとうレオナルドの番がやってきた。
「レオナルド=クルームハイトです。とりあえずの目標は、穏便に学園生活を送って無事卒業すること。将来は平穏に生きていきたいと思っています。よろしくお願いします」
レオナルドは正直に本音を語った。
本人は至って真面目だ。切実な思いなのだから当然である。だが、それは他の生徒達とは大きく違い異質な内容だった。クルームハイト公爵家の人間だと思えば尚更だ。
これに対し、生徒達の反応は様々だった。
驚きを露わにする者、何言ってんだこいつといった目でレオナルドを見る者など。
そうした中、アリシアだけは面白そうに笑みを深めており、そんなアリシアと目が合った気がしたレオナルドは、瞬間、なぜだか肩がビクッと震えてしまった。
その後も生徒達の自己紹介は問題なく進み、ヘスティの番となる。
「ヘスティ=フォーレだ。目標なんてものはない。馴れ合うつもりもない。…ただ何も起きなければそれでいい」
低く抑えられた声で、周囲を突き放すような刺々しい言い方だった。さらには、彼女の整った顔立ち、切れ長の目が一層冷たい印象を与えている。
レオナルドとしては、ゲーム序盤のヘスティは確かにこんな感じだった、と思い出して納得するだけだが、他の生徒達はそうはいかないだろう。
短い自己紹介で多くの反感を買ってしまったことが窺える。
一方、アリシアは堪えきれないといった様子で苦笑を漏らしていた。
全員の自己紹介が終わると、
「皆、いい自己紹介だったね。いや、本当に興味深かった。キミ達の担任になれて嬉しく思うよ」
アリシアは生徒達に向かって笑顔でそう締めくくった。
その後はアリシアからいくつもの連絡事項が伝えられ、この日は解散となった。
アリシアが教室を出ていくと、教室内は再びざわざわし始めた。
まだ早い時間のため、そこかしこで、親睦も兼ねたこの後の予定を話し合っているようだ。
そんな彼らを横目にレオナルドは一つ伸びをすると自分もさっさと教室を出ようと立ち上がりかけるが、そこに声がかけられた。
「なあ、ちょっといいか?」
レオナルドの前に座っていた男子二人だ。
「ん?ああ…デステとウォーリ、だったか?どうした?」
レオナルドは先ほどの自己紹介で聞いた相手の名前を思い出す。ただし突然のことに、その目には若干警戒の色が浮かんでいる。
「俺のことはシドでいいさ」
最初に話しかけてきた中肉中背で優男風の男子、シド=デステが笑顔で言った。
「あ、僕のこともザンクでいいです」
小柄で坊主頭の男子、ザンク=ウォーリが続く。
「わかった、シド、ザンク。俺のこともレオでいい」
「そうか、それじゃあレオ。一つ訊きたいんだが、自己紹介のときに言っていたのは本気なのか?穏便な学園生活とかって」
「?もちろんそうだけど…、それが?」
「じゃあさ、王国の発展に尽力しようとかっていうのはあんま無い感じ?レオは公爵家だよな?」
何を訊かれるのかと思いきや、そんなことか。
「まあ、俺は魔力ないしな。家関係なくそういうのは難しいから。それに自分のことで手一杯で正直気にしてられないって感じだな。……大きな声で言えることじゃないけど」
レオナルドにとってこれは隠すようなことではない。そこに劣等感はもうないから。
「マジかぁ!うん、やっぱ家とかじゃなく自分、だよな!」
レオナルドの答えにシドのテンションが急に上がる。
「ですよね!」
ザンクもうんうんと頷いている。
「え?」
レオナルドは二人の反応に意表を突かれた。
二人からレオナルドに対する蔑みなどは感じられず、むしろ友好的に見えたからだ。
「いやぁ、自己紹介は空気読んで王国のために~とか言ったけど、実は俺達も同じなんだよ。俺達田舎の男爵家の生まれでさ。爵位は低いし、金もない。しかも俺は三男、ザンクは四男だから俺達に貴族の恩恵なんてほんとんどなくて平民と大差ないし。魔力がもっとあったらまた違うんだろうけど、俺達はそっちも全然だから」
「王女様には悪いですけど、正直国のことなんて僕らにとってはどうでもいいんですよ。考えても無駄ですしね」
ザンクの方が言葉遣いは丁寧だが、内容は辛辣だった。
「な、なるほど……」
「夜会のときも、なんか場違い感がすごかったんだよな。それでもほら、俺は顔がいいから?端の方で女子をダンスに誘おうと見計らってたんだが、一歩及ばなかった。ザンクも同じだったみたいで、近くにいた俺達はそこで意気投合したんだ。な?」
「はい。みんな目をギラギラさせててドン引きでしたよ。あの中には突っ込んでいけませんでした。それでも、シド君と仲良くなれましたし、美味しいものもたくさん食べれたのでそれはよかったですけどね」
「ははっ、確かに夜会はちょっと居心地悪かったかもな」
「だろ?やっぱ俺達気が合いそうだよな!」
「そうだな」
「うんうん。そんなレオに一つ確認なんだが、夜会では可愛い子達とたくさんダンスしてたよな?俺はちゃんと憶えてる。一人はレオの妹らしいけど、あの中に本命はいるのか?」
「何だよ急に」
急な展開にレオナルドは少し身構える。
「本命じゃないなら、できれば紹介してもらいたい!」
「僕もお願いします!」
シドは両手を合わせ、ザンクはがばっと頭を下げた。
「……お前ら最初からそれが狙いじゃないだろうな?」
レオナルドがそんな二人にジト目を向けると、彼らは否定の言葉とともにぶんぶんと首を横に振った。
「……却下だ」
レオナルドは一言で彼らの願いを切って捨てるのだった。
入学初日、こんなやり取りから、レオナルドにゲームのような取り巻きとは違う、普通の友達ができた。
ちなみに、王立学園では一学年につき四つのクラスがある。一年の教室が二階で、二年の教室が三階だ。
そして、毎年入学者数に違いはあれど、近年大きな増減はしていないため、いつも各クラスは四十人前後で構成されている。
閑話休題。
自分の教室に辿り着いたレオナルドは中に入ると、一度全体を見渡した。
教室の中はそれなりに広く、教壇が設置された前方から後ろにかけて床が階段状に高くなっており、固定式の机と椅子が並んでいる。
気合が入っているからなのか、席は前方から埋まっているが、レオナルドは構わず最後方まで行き、一番端の席に座った。
そして自分と反対側の端に座る人物をチラリと見る。
そこには、肩で切り揃えた淡金色の髪にタンザナイトのような青紫色の瞳のスレンダーな女子が机に右肘をつき、その手のひらに顎をのせて、つまらなそうに前を向いていた。ただ、そんな姿でも絵になる美しさがある。
(ステラ。あそこに座ってるのがヘスティ=フォーレ。ヒロイン最後の一人だ)
ヘスティの横顔を視界に収めながらレオナルドは説明した。
『ほう』
(でも安心してくれ。ヘスティシナリオに俺はほとんど絡まないから。まあその裏側でさらっと殺されてはいるんだけど)
『……それを安心というのですか?それに今は同じクラスになってしまっていますよ?』
(俺から近づいたりなんてしないから大丈夫だよ)
『そう上手くいくといいですけどね』
(……それに、彼女の目的は見定めることのはずなんだ。だからか、自分から積極的に誰かと関わろうともしない…、はず。……まあ、ゲームどおりなら、だけどさ)
最後に弱弱しく付け足した言葉が虚しく響く。レオナルド自身、今となっては自信なさげだ。
(でも、あの人を寄せつけない雰囲気はそのとおりっぽいだろ?)
そんな思いを振り払うようにレオナルドは努めて明るい調子で続けた。
『とりあえず今はそういうことにしておきましょうか』
(……おう)
一応の説明を終えたレオナルドはヘスティから視線を外すとあらためて教室全体に目を向けた。
思い思いにお喋りを楽しんでいる者が多いようだ。
レオナルドの前に並んで座っている男子達も小声で何やら話していた。
そんな中、夜会のときのようにチラチラと自分を見てくるいくつかの視線をレオナルドは感じて、思わずため息が出てしまう。
だが、それも担任が来るまでだ。そう思って受け流す。
そう、担任が来るまで――――。
(ん?担任……?)
思考がそこに至ったとき、
(あっ!?)
レオナルドは目を見開き、口も開いていた。
ただ、実際には声を出していなくて本当によかった。もし声に出ていたら、間違いなく周りから奇異な目で見られ、初日から変な人のレッテルを貼られていただろう。
『どうしましたか?』
そこに、ステラの落ち着いた声が頭に響いた。
(あ、いや、ちょっと嫌なこと思い出しちゃって……)
『嫌なこと、ですか?』
(ああ。このクラスの担任な、ゲームでは中年の男性教師で、超が付くほどの魔力至上主義者なんだよ……。差別して何が悪いって感じでさ。事あるごとに生徒達をいびり倒してくるんだ。しかも、このクラスは入学前試験の魔法実技で成績最底辺だった落ちこぼれの集まりだ、って本人達に向かってわざわざ言うんだぜ?皆言われなくたって自分の実力くらいわかってるってのに、ただ劣等感を抱かせるためだけに)
『本当にいけすかない人間が多いのですね』
(そうかもな。どうしてそんな奴がこのクラスの担任になったのかはわかんないけど……、いや、ヘスティとアレクセイを自然に関わらせるためか?まあ、何にしろ、そんなのが担任だと思うと今から憂鬱だなぁって。なるべく標的にはなりたくないけど、無理だろうなぁ……)
『何かしてきたら精霊術を使ってバレないように痛めつけてやればいいのでは?』
(……しないから)
返事が少し遅くなってしまった。最近はなかったが、何度も繰り返したやり取り。けれど少しだけ違う、表現の変化に気づいたから。
思えば夜会のときもそうだった気がする。
『そうですか』
僅かに間があったことには頓着せず、返事が予想通りだったのか、ステラは素っ気なく答えるのだった。
それからレオナルドは頬杖をつきながら窓の方に目を向け、ぼんやりと外を眺め始めた。
これ以上担任のことを考えてもどうしようもないし、考えていると気が滅入るからだ。その代わりに、セレナリーゼやミレーネは今頃どうしているだろう、とそんなことを思っていた。
暫くの間レオナルドがそうしていると、今までざわざわしていた教室内が急に静かになった。
どうしたのかと何の気なしに前を向いたレオナルドはそこにいるはずのない人物を見て固まってしまう。
(そんな!?)
腰まであるイエローブラウンの髪をふわふわと揺らし、カーネリアンのようなオレンジ色の瞳は真っ直ぐ前を向いている。
『……なるほど。これも、ですか』
ステラの声に呆れのようなものが混じる。
(いや、けど、なんで彼女の担任するクラスまで変更になるんだ!?)
『わかりません。あの人間がサブヒロインであることを考えると余計に。レオが担任の話なんてするからでは?』
(んな馬鹿な……)
困惑するレオナルドは、しかし教壇の横に立った彼女から目が離せない。
彼女は、この教室にいる誰よりも小さなその体で、誰よりも堂々としているように見える。当然だ。子供にしか見えない身長や体つきだとしても、彼女は立派な大人であり、研究者であり、教師なのだから。
「やあやあ。キミ達、入学おめでとう。私はアリシア=ワーヘイツ。キミ達の担任だよ。私は研究第一でね、教師業は二の次だったんだ。だから担任もこれまでは断っていたんだけど、今回初めて引き受けさせてもらった。ま、二年間よろしく頼むよ」
自己紹介を終えたアリシアは短い時間で生徒達の顔を見渡すと、ニッと笑った。
「それじゃあ早速だけど、キミ達にも順番に自己紹介してもらおうかな。名前と…そうだな、将来の目標なんかを言ってもらおうか」
アリシアが一人目を指名し、生徒達の自己紹介が始まった。
生徒達の目標は地方文官、衛兵、研究者、魔道具師など様々だ。
また、具体的な職業は言わず、ただ国の発展に貢献したいといったように大枠で答える者も多い。
しかし、中央文官や王国騎士といったいわゆるエリートが就く職業を言う者は一人もいなかった。
そしてとうとうレオナルドの番がやってきた。
「レオナルド=クルームハイトです。とりあえずの目標は、穏便に学園生活を送って無事卒業すること。将来は平穏に生きていきたいと思っています。よろしくお願いします」
レオナルドは正直に本音を語った。
本人は至って真面目だ。切実な思いなのだから当然である。だが、それは他の生徒達とは大きく違い異質な内容だった。クルームハイト公爵家の人間だと思えば尚更だ。
これに対し、生徒達の反応は様々だった。
驚きを露わにする者、何言ってんだこいつといった目でレオナルドを見る者など。
そうした中、アリシアだけは面白そうに笑みを深めており、そんなアリシアと目が合った気がしたレオナルドは、瞬間、なぜだか肩がビクッと震えてしまった。
その後も生徒達の自己紹介は問題なく進み、ヘスティの番となる。
「ヘスティ=フォーレだ。目標なんてものはない。馴れ合うつもりもない。…ただ何も起きなければそれでいい」
低く抑えられた声で、周囲を突き放すような刺々しい言い方だった。さらには、彼女の整った顔立ち、切れ長の目が一層冷たい印象を与えている。
レオナルドとしては、ゲーム序盤のヘスティは確かにこんな感じだった、と思い出して納得するだけだが、他の生徒達はそうはいかないだろう。
短い自己紹介で多くの反感を買ってしまったことが窺える。
一方、アリシアは堪えきれないといった様子で苦笑を漏らしていた。
全員の自己紹介が終わると、
「皆、いい自己紹介だったね。いや、本当に興味深かった。キミ達の担任になれて嬉しく思うよ」
アリシアは生徒達に向かって笑顔でそう締めくくった。
その後はアリシアからいくつもの連絡事項が伝えられ、この日は解散となった。
アリシアが教室を出ていくと、教室内は再びざわざわし始めた。
まだ早い時間のため、そこかしこで、親睦も兼ねたこの後の予定を話し合っているようだ。
そんな彼らを横目にレオナルドは一つ伸びをすると自分もさっさと教室を出ようと立ち上がりかけるが、そこに声がかけられた。
「なあ、ちょっといいか?」
レオナルドの前に座っていた男子二人だ。
「ん?ああ…デステとウォーリ、だったか?どうした?」
レオナルドは先ほどの自己紹介で聞いた相手の名前を思い出す。ただし突然のことに、その目には若干警戒の色が浮かんでいる。
「俺のことはシドでいいさ」
最初に話しかけてきた中肉中背で優男風の男子、シド=デステが笑顔で言った。
「あ、僕のこともザンクでいいです」
小柄で坊主頭の男子、ザンク=ウォーリが続く。
「わかった、シド、ザンク。俺のこともレオでいい」
「そうか、それじゃあレオ。一つ訊きたいんだが、自己紹介のときに言っていたのは本気なのか?穏便な学園生活とかって」
「?もちろんそうだけど…、それが?」
「じゃあさ、王国の発展に尽力しようとかっていうのはあんま無い感じ?レオは公爵家だよな?」
何を訊かれるのかと思いきや、そんなことか。
「まあ、俺は魔力ないしな。家関係なくそういうのは難しいから。それに自分のことで手一杯で正直気にしてられないって感じだな。……大きな声で言えることじゃないけど」
レオナルドにとってこれは隠すようなことではない。そこに劣等感はもうないから。
「マジかぁ!うん、やっぱ家とかじゃなく自分、だよな!」
レオナルドの答えにシドのテンションが急に上がる。
「ですよね!」
ザンクもうんうんと頷いている。
「え?」
レオナルドは二人の反応に意表を突かれた。
二人からレオナルドに対する蔑みなどは感じられず、むしろ友好的に見えたからだ。
「いやぁ、自己紹介は空気読んで王国のために~とか言ったけど、実は俺達も同じなんだよ。俺達田舎の男爵家の生まれでさ。爵位は低いし、金もない。しかも俺は三男、ザンクは四男だから俺達に貴族の恩恵なんてほんとんどなくて平民と大差ないし。魔力がもっとあったらまた違うんだろうけど、俺達はそっちも全然だから」
「王女様には悪いですけど、正直国のことなんて僕らにとってはどうでもいいんですよ。考えても無駄ですしね」
ザンクの方が言葉遣いは丁寧だが、内容は辛辣だった。
「な、なるほど……」
「夜会のときも、なんか場違い感がすごかったんだよな。それでもほら、俺は顔がいいから?端の方で女子をダンスに誘おうと見計らってたんだが、一歩及ばなかった。ザンクも同じだったみたいで、近くにいた俺達はそこで意気投合したんだ。な?」
「はい。みんな目をギラギラさせててドン引きでしたよ。あの中には突っ込んでいけませんでした。それでも、シド君と仲良くなれましたし、美味しいものもたくさん食べれたのでそれはよかったですけどね」
「ははっ、確かに夜会はちょっと居心地悪かったかもな」
「だろ?やっぱ俺達気が合いそうだよな!」
「そうだな」
「うんうん。そんなレオに一つ確認なんだが、夜会では可愛い子達とたくさんダンスしてたよな?俺はちゃんと憶えてる。一人はレオの妹らしいけど、あの中に本命はいるのか?」
「何だよ急に」
急な展開にレオナルドは少し身構える。
「本命じゃないなら、できれば紹介してもらいたい!」
「僕もお願いします!」
シドは両手を合わせ、ザンクはがばっと頭を下げた。
「……お前ら最初からそれが狙いじゃないだろうな?」
レオナルドがそんな二人にジト目を向けると、彼らは否定の言葉とともにぶんぶんと首を横に振った。
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