死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する！

第二章

激闘の裏で

　レオナルドがブラックワイバーンと戦っていたその日、グラオム＝クルエールは一人、ムージェスト王国王都ムジェスタにある教会に向かっていた。

　クルームハイト公爵家のメイド―――ミレーネとの一件があった後から、グラオムはすぐに仕返しをしてやろうとずっと考えていたが、中々いい案が浮かばなかった。目の前で起きていることならば、大抵たいていのことは自分の立場を利用して優位ゆういに話を進められるが、いざこうしてその場を逃げられると途端とたんにやり方がわからなくなる。
　しかも、クルームハイト公爵家は腐くさっても自分と同じ公爵の位だ。グラオムは次期当主と言っても、現状げんじょうは学園に通かよう学生に過ぎないため、自分にできることが非常に少なかった。その事実もグラオムを苛立いらだたせた。

　そこで今日、父親である、現クルエール公爵家当主、エルガ＝クルエールに事情じじょうを説明したのだ。
　自分達がいかに悪くなく、メイドの分際ぶんざいで自分達に不敬ふけいを働いたミレーネに対しけじめを求めるため、クルームハイト公爵家に圧力をかけてほしい、と。

　だが、エルガからは、そんなくだらないことで圧力などかけられるか、と一蹴いっしゅうされてしまった。どうせならメイドではなく、セレナリーゼ本人の弱みでも握にぎってこい、と逆に叱しかられてしまったくらいだ。
　自分はエルガの命令で、馬鹿な第一王子、イリシェイム＝ムージェストの取り巻きなんてことをしたくもないのにしているというのに、エルガに取り合ってもらえなかったグラオムは、むしゃくしゃした気持ちそのままに屋敷を飛び出した。

　そうしてやって来たのが教会だった。
　この教会を管理している大司教だいしきょうに会いに来たのだ。
　中に入ると、すぐに上等じょうとうな衣装を身に纏まとった男を見つけることができた。
「ヴァイザス様！」
　会いたい人物にすぐに会えて、グラオムの顔がぱっと笑顔になる。
「おや？これはグラオム様。どうされましたか？」
　ヴァイザスと呼ばれた男は、異常いじょうなほどの色白で、濃い紫色の長髪と相あいまって、客観的には何とも不気味ぶきみな印象を受ける。そのせいか、年齢も不詳ふしょうで、二十代にも三十代にも、もっと上にも見える男だ。
　だが、グラオムにとっては、エルガとヴァイザスが親しい仲にあることもあり、以前から心を開いていて、何かある度たびに相談に乗ってもらっていた。
　ヴァイザスは非常に聞き上手で、尚且なおかつ的確てきかくな助言じょげんもくれるからだ。今までに幾度いくどもヴァイザスの言う通りにしたら上手うまく事が進んだ経験がグラオムにはあり、すっかり信用していた。

「実は……ちょっと気分の悪いことがありまして、話を聞いてほしいんです」
「ふむ。では奥でお茶でも飲みながらゆっくり聞きましょうか」
「ありがとうございます！」

　それから教会内にある一室に移動して、グラオムは一連の流れをすべて話した。
　時々相づちを打ちながらヴァイザスは親身しんみになって聴きき終えると、
「それは大変な目に遭いましたねぇ」
（この男は本当にくだらないことばかり言ってきますねぇ）
　内心ではグラオムのことを馬鹿ばかにしていたが、それはおくびにも出さず、気の毒に思っているかのように言葉をかけた。
「まったくです。それで何とかする方法はないかと思いまして」
（ほぼ確実に、自分からちょっかいをかけて素気すげ無く断られただけですが、クルエール公爵家にはまだまだ頑張がんばってもらわなければなりませんし、今回も信用稼かせぎをしておきますか）
　ヴァイザスは、グラオムの被害者面づらした説明ではなく、事実を正確に見抜いていたが、
「それならば簡単かんたんにやり返す方法がございますよ」
　笑みを浮かべながら答えをあげることにした。
「本当ですか！？」
「ええ、ええ。もちろんですとも」
「そ、それはどのような！？」
　前のめりになってグラオムが尋たずねる。
「その前に。グラオム様はクルエール公爵家の嫡子ちゃくしでございます。であるならば、今後のためにももう少し人を使うことを覚えられた方がいいでしょう」
「人を使う？」
「はい。今回のことで言えば、相手が同格のクルームハイト公爵家ということですので、グラオム様よりも立場が上のイリシェイム殿下、でしょうか。お父上から、グラオム様は殿下の側近そっきんだと聞いておりますよ？」
「それはそうですけど、使うといってもどうやって……？」

「簡単です。殿下に対する嫌がらせとして、セレナリーゼ＝クルームハイトが裏で糸を引き、彼女のメイドが側近であるグラオム様達を貶おとしめた、そうお伝えすればいいのです。伝え方に注意が必要ですが、クルームハイト公爵家はイリシェイム殿下の派閥はばつではありませんので、十分信用いただける内容だと思いますよ」
「ですが、それでは万が一のとき私が責任を取らされるのでは……？」
　事を大きくしてしまって、もし相手から反撃を受けたらと考えるとグラオムは途端とたんに怖くなってしまう。何よりもまず、保身ほしんが先行せんこうするのだ。
（本当に小さい男ですねぇ）
　これが公爵家の嫡子だというのだから笑わせてくれる。もちろん言動には一切出さないがヴァイザスは呆あきれていた。
「そこで、同じく被害に遭あわれたネファス様を表立おもてだった被害者にしてしまうのですよ。実際、腕を振り払われたのはネファス様なのでしょう？」
「まあ、そうですけど……」
　グラオムは不服を隠そうともしない。ヴァイザスの案では、たとえ上手くいっても、実利じつりはすべてネファスのものになってしまう。それはそれでグラオムは面白おもしろくなかった。

「万が一のことがあっても、すべてネファス様の暴走ぼうそうということにしてしまうのですよ。確かにグラオム様には具体的な利も入ってこなくなります。ですがそのメイド、いえ、クルームハイト公爵家へ罰ばつを与えることができれば傷つけられてしまった矜持きょうじも幾分いくぶん回復できるのでは？しかも、お父上の望みにも合致がっちするのではありませんか？実利などあったとしてもネファス様に与えてやればいいのです。上手くいけばネファス様に貸しを作ることができ、失敗しても責任を負うのはネファス様だけになる。いかがですか？」
　グラオムは、ヴァイザスの説明を聞いているうちに、段々と確かにそうかもしれないと思えてきた。あのメイドのような綺麗きれいな女は滅多めったにお目にかかれないのは確かだ。そんな女を自分の思うがままにしたいという気持ちはある。だが、それは自らが安全な立ち位置にいることが前提ぜんていだ。
　それを飛び越こえてまでしたいかというと、自分の身の方が可愛かわいい。
　これがグラオムの偽いつわらざる本心だった。
　ならば実利はネファスに与えてやって、自分は高みの見物を決め込むのもそれはそれで気持ちがよさそうだ。それに、確かにエルガが望んでいた通り、セレナリーゼの弱みとなるかもしれない。
「……そうですね。ヴァイザス殿の言う通りです。その方向で話を進めてみたいと思います」
　グラオムはいっそ清々すがすがしいほどの醜みにくい笑みを浮かべながらヴァイザスの提案に同意した。
（まったく。単純な男ですねぇ。まあ、扱あつかいやすくて助かりますが）
　ヴァイザスもまた内心でほくそ笑んでいた。
　その後二人は、具体的な手順などを話し合うのだった。

　グラオムと話した翌日、ヴァイザスの耳にも、黒髪の少年がブラックワイバーンを倒した、という噂うわさが入ってきた。
　ヴァイザスはシスターに出かけてくることを告つげ、すぐに王都を出る。
　そして、空・を・飛・ん・で・北へと向かった。それはレオナルドがブラックワイバーンと戦った山岳さんがく地帯。レオナルド達の戦場となった所よりもさらに北へと飛んで行き、大きな洞窟どうくつのようなところで降り立った。

「まさか、一・夜・で・都・を・滅・ぼ・せ・る・ほどの私・の・傑・作・が本当にやられたとは……」
　もぬけの殻からとなっているのを確認したヴァイザスは、呆然ぼうぜんと呟つぶやく。どうやらここがブラックワイバーンの住処すみかだったようだ。
「意識もほとんどなくなり、ようやく使い勝手がよくなってきたところで……」
　まだまだ働いてもらうつもりだったブラックワイバーンが倒されてしまったことはヴァイザスにとってそれなりにショックだった。
「もしや、あなたの意思で自ら殺されに行ったのですか？ですが……」
　ヴァイザスは、独り言を呟きながら思案に耽ふける。それならば確かに倒されることもあり得るだろうが、それでも相応の強さが必要なはずだ。
「黒髪の少年……。ムージェストで黒髪は非常に珍めずらしい。あなたを倒せる可能性がある者となると……」
　ヴァイザスは真剣な表情で自分が魔力測定に立ち会った場面を思い返していく。少年というからにはここ数年に行っているはずだ。その中でも保有魔力が大きかった者は数人しかいない。黒髪であることと合わせれば、すぐに答えは導みちびき出された。
「アレクセイ＝スヴェイト？あの少年がすでにそれほどの力をつけているということですかねぇ？」
　アレクセイ＝スヴェイト。スヴェイト男爵家の嫡子だ。彼こそ、レオナルドが言うゲームの主人公だったりする。
「だとすれば、爵位しゃくいは低くとも、セレナリーゼ＝クルームハイト以上の要注意人物ですねぇ」
　言いながらどうにも引っかかる部分がヴァイザスにはあった。
「はぁ……。セレナリーゼ＝クルームハイトの件もどういう訳か失敗に終わりましたし、シャルロッテ＝ムージェストが彼ら二人を自分の陣営に引き込もうと動いているという話もある」
　魔力量で言えば、アレクセイ、セレナリーゼ、シャルロッテの順、そして権力の大きさでは真逆の順になる。高いレベルでバランスが取れているといえた。そんな彼らが今後勢力を拡大していくとなったら、厄介な存在になるかもしれない。
「……実に面倒めんどうですねぇ」
　言葉とは裏腹うらはらに何が面白おもしろいのか、ヴァイザスは歪いびつな笑みを浮かべていた。