65 / 119
第二章
憎しみの発露
しおりを挟む
ミレーネは数歩進んで部屋に入るとそこで足を止めた。
「どうした?もっとこっちに来いよ。…ああ、もしかしてさっきの女たちを見て臆したのか?だが、ここに来たら何をされるかなんてわかっていただろう?」
嬲るようにミレーネへ言葉を浴びせるネファスだが、
「まあ、待ちたまえ、ネファス」
それをグラオムが止めた。
「何ですか、グラオムさん。今日は僕の好きにさせてもらえる約束じゃ―――」
ネファスはグラオムが約束を反故にする気ではないかと警戒するが、それは続くグラオムの言葉で否定された。
「もちろん、この玩具はキミのものだ。飽きるまで好きに遊べばいい。壊れていなきゃその後俺も楽しませてもらうかもしれんがな」
「じゃあどうしたっていうんです?僕は昨日から楽しみ過ぎて昨夜は発散するのが大変だったんですよ?」
「キミにしては珍しく一夜で壊してしまったくらいだしな。それは十分わかってるさ。いやな、この女、いやクルームハイト公爵家はキミに支払うべきものがあるだろう?それを先に受け取ったらどうかと思ってな。こちらは当初の約束通り半分を貰うぞ?」
「ああ、なるほど。確かにそれもそうですね。約束はちゃんとわかってますよ。おい、ミレーネ。手ぶらに見えるが、金貨三百枚はどうした?ちゃんと用意したんだろうな?」
「…………」
「女、早くネファスの問いに答えろ。今回の金は大事な資金なんだ。俺達が楽しむのにも自由に使える金が必要でな。そのためにわざわざ馬鹿な王子の機嫌をとって、担ぎ出したんだ」
「ああ、そうだ。本当、僕達があの馬鹿を動かすのにどれだけ苦労したことか。思い出しただけでイライラしてきた。対価はしっかり貰わないと。それで?金はどうしたんだ?」
「まさかと思うがクルームハイト家は王子の命令に逆らう訳ではあるまい?」
耳を塞ぎたくなるほど酷い会話だった。
グラオム、ネファス、二人ともその表情や言動から―――いや、その存在自体から下衆な人間性がはっきりと伝わってくる。
親が親なら子も子ということだ。
こんな人として最低なクズ達が思うがままにやりたい放題するために、自分達家族は壊されたのかと憎しみの炎が一層燃え盛る。そして先ほどの女性達を見てもわかる。この連中に人生をめちゃくちゃにされたのは間違いなく自分達だけではないのだろう。いったいどれほどの罪なき人々がこんな奴らに弄ばれてきたのか。
「……お金は持ってきていません。私はもうクルームハイト公爵家のメイドではありませんので」
ミレーネの声は少し震えていた。何かを必死で堪えているように見えたグラオム達はそれを恐怖でいっぱいなのだろうと受け取った。
「はぁ!?」
ネファスは怯えているくせに金を持ってきていないなどとふざけたことを言うミレーネに目をむいた。一方、グラオムはメイドではないという言葉に反応する。
「クハハハッ!なんだお前、クルームハイトに捨てられたのか?こいつは傑作だな。お前を捨てたところで王子の命令が無くなる訳ではないというのになんと滑稽な。お前も酷い家に仕えてしまったものだなぁ」
「笑い事じゃないですよ、グラオムさん!金はどうするんですか!?」
「問題ないだろう。言った通り、王子の命令は健在なんだ。あの馬鹿を前面に出して堂々と取り立ててやればいいだけだ」
この考えがあったから、グラオムはミレーネが金を持ってきていないと言っても余裕だったのだ。
「そっか。そうですよね!」
グラオムの言葉に、焦った様子だったネファスの顔が明るくなる。
「それに期限は今日だ。遅れるようならその分の利子も追加してやろう」
「おお!いいですね!ぜひそうしましょう」
グラオムとネファスが盛り上がっているところに、
「……いいえ。あなた達がお金を受け取ることはありません」
ミレーネの静かな声が響いた。もう声は震えていない。先ほどはどうにかなってしまいそうなほどの怒りや憎しみで震えてしまったが、今はその気持ちが飽和してしまったからなのか、妙に冷静だった。
「何?」
「どういう意味だ?」
話に水を差されたグラオムとネファスは不快げな表情でミレーネに目を向けたが、彼女は下を向いていてその表情は窺えない。
「……あなた達は知らないかもしれませんが、七年前、第一王子殿下の暗殺未遂事件が起きました。その際、クルエール家とブルタル家は、曖昧な証言一つで、他に何の証拠もないにもかかわらず、当時第二王子派に属していたジェネロ男爵を即座に犯人と断定した。そして弁明の機会も与えられないまま男爵及び夫人は処刑された」
「いったい何の話をしているんだ?」
「……まさか?」
ネファスは突然昔の話をし始めたミレーネを不審がるが、グラオムは何かに気づいたように呟いた。
ミレーネは顔を上げると、キッとグラオムとネファスを睨みつけ、
「……私は無実の罪で無念の中殺されたジェネロ男爵家の娘です!私は両親を殺された恨みをずっと抱え続けて生きてきた!」
二人に向かって声を張り上げ自分の正体を明かした。
「なっ!?お前がジェネロ男爵の娘だって!?」
「…………」
ネファスが動揺したような反応を示し、グラオムは目を見開きつつも、無言でミレーネを見つめる。
「それでもクルームハイト公爵家での日々は穏やかだった。けど、そんな私の前に、あの日あなた達が現れ、あろうことか絡《から》んできた!あなた達が当時の事件に直接関係していないとしても、クルエールとブルタルであるというだけで、あなた達への憎しみがどんどん増していった!しかもあなた達は、親が私の両親にしたのと同じように私に罪を着せた!そんなあなた達への怒りや憎しみを私はもう抑えることができなくなった!…だから今日、私はあなた達を殺しに来た!」
感情が一気に爆発してしまったミレーネは、言い切った後、はぁ、はぁと荒い息を吐いている。二人を睨む目からはいつからか涙がこぼれていた。
「ぼ、僕達を殺しに来ただと!?」
ネファスが狼狽えた様子を見せるが、
「フ…、フハハ…、フハハハハッ!」
グラオムは大きな笑い声をあげた。
「どうした?もっとこっちに来いよ。…ああ、もしかしてさっきの女たちを見て臆したのか?だが、ここに来たら何をされるかなんてわかっていただろう?」
嬲るようにミレーネへ言葉を浴びせるネファスだが、
「まあ、待ちたまえ、ネファス」
それをグラオムが止めた。
「何ですか、グラオムさん。今日は僕の好きにさせてもらえる約束じゃ―――」
ネファスはグラオムが約束を反故にする気ではないかと警戒するが、それは続くグラオムの言葉で否定された。
「もちろん、この玩具はキミのものだ。飽きるまで好きに遊べばいい。壊れていなきゃその後俺も楽しませてもらうかもしれんがな」
「じゃあどうしたっていうんです?僕は昨日から楽しみ過ぎて昨夜は発散するのが大変だったんですよ?」
「キミにしては珍しく一夜で壊してしまったくらいだしな。それは十分わかってるさ。いやな、この女、いやクルームハイト公爵家はキミに支払うべきものがあるだろう?それを先に受け取ったらどうかと思ってな。こちらは当初の約束通り半分を貰うぞ?」
「ああ、なるほど。確かにそれもそうですね。約束はちゃんとわかってますよ。おい、ミレーネ。手ぶらに見えるが、金貨三百枚はどうした?ちゃんと用意したんだろうな?」
「…………」
「女、早くネファスの問いに答えろ。今回の金は大事な資金なんだ。俺達が楽しむのにも自由に使える金が必要でな。そのためにわざわざ馬鹿な王子の機嫌をとって、担ぎ出したんだ」
「ああ、そうだ。本当、僕達があの馬鹿を動かすのにどれだけ苦労したことか。思い出しただけでイライラしてきた。対価はしっかり貰わないと。それで?金はどうしたんだ?」
「まさかと思うがクルームハイト家は王子の命令に逆らう訳ではあるまい?」
耳を塞ぎたくなるほど酷い会話だった。
グラオム、ネファス、二人ともその表情や言動から―――いや、その存在自体から下衆な人間性がはっきりと伝わってくる。
親が親なら子も子ということだ。
こんな人として最低なクズ達が思うがままにやりたい放題するために、自分達家族は壊されたのかと憎しみの炎が一層燃え盛る。そして先ほどの女性達を見てもわかる。この連中に人生をめちゃくちゃにされたのは間違いなく自分達だけではないのだろう。いったいどれほどの罪なき人々がこんな奴らに弄ばれてきたのか。
「……お金は持ってきていません。私はもうクルームハイト公爵家のメイドではありませんので」
ミレーネの声は少し震えていた。何かを必死で堪えているように見えたグラオム達はそれを恐怖でいっぱいなのだろうと受け取った。
「はぁ!?」
ネファスは怯えているくせに金を持ってきていないなどとふざけたことを言うミレーネに目をむいた。一方、グラオムはメイドではないという言葉に反応する。
「クハハハッ!なんだお前、クルームハイトに捨てられたのか?こいつは傑作だな。お前を捨てたところで王子の命令が無くなる訳ではないというのになんと滑稽な。お前も酷い家に仕えてしまったものだなぁ」
「笑い事じゃないですよ、グラオムさん!金はどうするんですか!?」
「問題ないだろう。言った通り、王子の命令は健在なんだ。あの馬鹿を前面に出して堂々と取り立ててやればいいだけだ」
この考えがあったから、グラオムはミレーネが金を持ってきていないと言っても余裕だったのだ。
「そっか。そうですよね!」
グラオムの言葉に、焦った様子だったネファスの顔が明るくなる。
「それに期限は今日だ。遅れるようならその分の利子も追加してやろう」
「おお!いいですね!ぜひそうしましょう」
グラオムとネファスが盛り上がっているところに、
「……いいえ。あなた達がお金を受け取ることはありません」
ミレーネの静かな声が響いた。もう声は震えていない。先ほどはどうにかなってしまいそうなほどの怒りや憎しみで震えてしまったが、今はその気持ちが飽和してしまったからなのか、妙に冷静だった。
「何?」
「どういう意味だ?」
話に水を差されたグラオムとネファスは不快げな表情でミレーネに目を向けたが、彼女は下を向いていてその表情は窺えない。
「……あなた達は知らないかもしれませんが、七年前、第一王子殿下の暗殺未遂事件が起きました。その際、クルエール家とブルタル家は、曖昧な証言一つで、他に何の証拠もないにもかかわらず、当時第二王子派に属していたジェネロ男爵を即座に犯人と断定した。そして弁明の機会も与えられないまま男爵及び夫人は処刑された」
「いったい何の話をしているんだ?」
「……まさか?」
ネファスは突然昔の話をし始めたミレーネを不審がるが、グラオムは何かに気づいたように呟いた。
ミレーネは顔を上げると、キッとグラオムとネファスを睨みつけ、
「……私は無実の罪で無念の中殺されたジェネロ男爵家の娘です!私は両親を殺された恨みをずっと抱え続けて生きてきた!」
二人に向かって声を張り上げ自分の正体を明かした。
「なっ!?お前がジェネロ男爵の娘だって!?」
「…………」
ネファスが動揺したような反応を示し、グラオムは目を見開きつつも、無言でミレーネを見つめる。
「それでもクルームハイト公爵家での日々は穏やかだった。けど、そんな私の前に、あの日あなた達が現れ、あろうことか絡《から》んできた!あなた達が当時の事件に直接関係していないとしても、クルエールとブルタルであるというだけで、あなた達への憎しみがどんどん増していった!しかもあなた達は、親が私の両親にしたのと同じように私に罪を着せた!そんなあなた達への怒りや憎しみを私はもう抑えることができなくなった!…だから今日、私はあなた達を殺しに来た!」
感情が一気に爆発してしまったミレーネは、言い切った後、はぁ、はぁと荒い息を吐いている。二人を睨む目からはいつからか涙がこぼれていた。
「ぼ、僕達を殺しに来ただと!?」
ネファスが狼狽えた様子を見せるが、
「フ…、フハハ…、フハハハハッ!」
グラオムは大きな笑い声をあげた。
201
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。
伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい
えながゆうき
ファンタジー
停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。
どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。
だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。
もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。
後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す
紅月シン
ファンタジー
七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。
才能限界0。
それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。
レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。
つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。
だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。
その結果として実家の公爵家を追放されたことも。
同日に前世の記憶を思い出したことも。
一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。
その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。
スキル。
そして、自らのスキルである限界突破。
やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。
※小説家になろう様にも投稿しています
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる