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第二章
怒りの権化
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室内に何度も何度も鈍い音が響いている。
レオナルドがネファスに馬乗りになり、殴りつけているのだ。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔はボコボコに腫れており、体中切り傷だらけでかなり悲惨な有様だ。
そしてレオナルドが手を止めるとネファスがもう何度目かもわからない泣き言を口にした。その怯えきった目には心を反映するように得体の知れない化物に対する恐怖がありありと浮かんでいる。
「か……かひゅげで……。がい…ふぐ…ボー…ジョ…あぞこ…に……」
ネファスが室内にある棚に目を向け、このままでは死んでしまうと必死に願った。
棚の中に、飲めば傷や怪我を治してくれる回復ポーションがあるのだろう。高性能なものは部位欠損すら治すことができる。回復ポーションは教会が製造販売を独占しており、非常に高価なものだ。扉が閉じているため何本あるのかは見えないが、いったいこれまでどういう使い方をしていたのか。考えたくもなかった。ただ、これまでの二人を見ていれば、自分達に使っていた訳ではないことだけは透けて見える。
「そんなものまであるとはな。だが、それを俺が渡してやる訳がないだろう?」
もしかしたらミレーネも無理やり回復ポーションを使われて無限地獄のような目に遭っていたかもしれない、その可能性だけでレオナルドの怒りが高まる。
「ひっ!?…い、いあだ……」
レオナルドの怒りを感じたのか、ネファスが短い悲鳴を上げる。だが、そんなものは関係なく、レオナルドは再び殴りつけた。
「……ぼ、ぼぉ…やめで……ぐで。……ぼぅ…いあだ……」
次が自分の番だということがわかっているからだろう。グラオムが懇願する。グラオムもネファスと同じく悲惨な有様だ。
それを横目でチラリと見たレオナルドは、風の刃を発生させグラオムの足を切りつけた。
「ぐぁっ!?」
その後、手を止めても今度は呻くだけのネファスを見て、徐に立ち上がると、レオナルドは隣に転がるグラオムに馬乗りになった。
「それで俺がやめるとでも思うのか?」
そしてレオナルドはグラオムを殴りつけた。
今となっては、何も言わなければ切りつけられることもないとわかりそうなものだが、グラオムもネファスも言わずにはいられなかった。自分の上からレオナルドが退いた瞬間は自分の番が終わったという安堵がやってくるのだが、隣で殴り続けられるもう一人を見ていると、次はまた自分なのだと、どんどん恐怖が襲ってきていっぱいいっぱいになっていってしまうのだ。
そうしてつい何事かを喋ってしまうと風の刃で切りつけられる。
先ほどからこれの繰り返しだ。これがこの二人に対してレオナルドが決めたこと。この二人には、自分の手で直接その身体に、心に、恐怖を刻みつける。ゆっくりと、けれど確実に、徹底的に、心を絶望に染めていってやる、と。
それでも、レオナルドの怒りは全く収まらない。それも当然だった。拗らせていたとはいえ、ミレーネは前世の記憶を取り戻す前からレオナルドが淡い想いを抱いていた相手なのだから。今のレオナルドはミレーネも主人公を好きになる可能性についてわかっているため、きちんと弁えているが、そんな相手の心をあそこまで傷つけた者達を誰が許せるというのか。
戦いが始まった当初、グラオムとネファスは余裕の表情でそれぞれ、ウインドカッターとストーンブレットをレオナルドに向けて放った。
魔道具を使えなくなった今のレオナルドなら簡単に倒せると思っていたからだ。
だが、何発撃とうとレオナルドを戦闘不能にするどころか、掠りもしない。
二人からすぐに余裕は消え、苛立ちを募らせていった。
ある程度自由に魔法を使わせ続けたレオナルドは、二人の腹部に拳を撃ち込んだ。身体強化すら使っていないレオナルドの動きだが、鍛錬などしていない二人は全く反応できなかった。
殴られ慣れていない二人はその一撃で蹲《うずくま》ってしまうが、レオナルドを睨みつけながら上から目線で喚《わめ》いた。
レオナルドはそれらを聞き流すと、二人の顔面に思い切り蹴りを入れ、強引に二人を仰向けに転がした。
そして、バインドミストを模した精霊術を使い、白い靄で二人を拘束すると、同じくストーンブレットを模した精霊術を使い、先の尖った石で二人の手のひらを穿ちそのまま床に固定してしまったのだ。ただ精霊術で作られた石が刺さったままのため出血は意外と少ない。
二人は激痛から言葉にならない絶叫を上げる。それと同時に、まだ魔道具を隠し持っていたのかと悔しがった。
これらはどちらも今までのレオナルドには使えなかった精霊術だ。では、なぜ使えるようになったのか。答えは簡単。使えるような気がしてやってみたら使えたというだけだ。
戦いの中で実際に魔法が発動するところを目にし、体感したことで、イメージしやすくなったことが大きい。加えて、戦闘中ということで、感覚が研ぎ澄まされていたことも大きいだろう。
ここに来てレオナルドの精霊術の腕は格段に上がっていた。
そうして片方を殴っている間、もう一人が喚けばウインドカッターを模した精霊術で致命傷にならない程度に浅く切りつけた。ステラが何度もレオナルドに忠告していたが、それは聞き入れてもらえなかった。
最初の内はこんなことをしてただで済むと思うななどと威勢のよかった二人だが、徐々に、今回のことは王子の命令に従っただけだと、自分達は悪くないなどと言うようになった。
また、何度も何度も魔法としか思えないものを使ってくるレオナルドに、この力は魔道具によるものではないのではないかという疑問が二人に芽生《めば》えた。ただ、教会で行う魔力測定は確かなもので、レオナルドに魔力がないのは間違いないのだ。だとすればレオナルドはいったどうやって魔法を使っているのかと初めて目の前の存在を不気味に思うのだった。
そして今では助けて、やめて、と弱弱しく懇願するばかりとなった。
『…レオ。これ以上続けるとこの人間はそのまま死んでしまいます』
ステラがグラオムを殴り続けるレオナルドに忠告する。ただ、その力の無い声には届かないことへの諦めが滲んでいた。
レオナルドはステラの声が聞こえたからなのか、そこで動きを止めた。だが、ステラは声が届いたなんて勘違いをもうしない。レオナルドの怒りは全く衰えていないからだ。そしてこの怒りは元凶を殺すか、原因が取り除かれるまで衰えないこともわかっている。
ここまでのことをされ続けてようやくというべきか、今回初めて殴られ続けるグラオムを見てもネファスが何も言わなかった。見ると、体を小刻みに震わせながら歯をカチカチと打ち合わせていた。
真下を見れば、グラオムもネファスと同じような状態だった。
「……もういいか」
「「っ!?」」
レオナルドはポツリと呟くと、立ち上がりどこかに歩いていく。
その呟きは二人の耳にも届き、永遠に終わらない恐怖と絶望に染まっていた彼らの心に、ようやく終わるのかと一縷の希望が湧いた。そしてそれは大きな安堵となって広がっていく。もう関わりたくない、解放されたい、今の二人はそんな考えでいっぱいだった。
レオナルドはすぐに戻ってきた。手に黒刀を握って。
「お前ら…そろそろ死ね」
レオナルドの宣告は二人を更なる絶望に叩き落すものだった。一瞬でも希望を抱いたせいでその絶望はより深くなる。
「っ、わどぅ…がっ…だ。あや…ばる…がら…。じに…だぐない……」
「っ、やめ……。ごろ…ざ…ないで…ぐで……」
ネファスとグラオムは理不尽な恐怖の権化たるレオナルドに対し、必死に命乞いをする。そうレオナルドの怒りが二人には理不尽なものに思えてならなかった。
この期に及んでも彼らの中にはこの程度のことで殺される謂れなどないという考えがあるのだろう。
だからレオナルドにどう思われるのか理解できない。
レオナルドは殺意に満ちた冷めた目で二人を見ると、まずはネファスの前に立ち、無言のまま黒刀を構えた。
ネファスが泣き喚く中、レオナルドが黒刀で止《とど》めを刺そうとしたまさにそのとき―――、
「いけません!レオナルド様!」
それを止《と》めるようにミレーネがレオナルドの体に抱きついた。
レオナルドがネファスに馬乗りになり、殴りつけているのだ。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔はボコボコに腫れており、体中切り傷だらけでかなり悲惨な有様だ。
そしてレオナルドが手を止めるとネファスがもう何度目かもわからない泣き言を口にした。その怯えきった目には心を反映するように得体の知れない化物に対する恐怖がありありと浮かんでいる。
「か……かひゅげで……。がい…ふぐ…ボー…ジョ…あぞこ…に……」
ネファスが室内にある棚に目を向け、このままでは死んでしまうと必死に願った。
棚の中に、飲めば傷や怪我を治してくれる回復ポーションがあるのだろう。高性能なものは部位欠損すら治すことができる。回復ポーションは教会が製造販売を独占しており、非常に高価なものだ。扉が閉じているため何本あるのかは見えないが、いったいこれまでどういう使い方をしていたのか。考えたくもなかった。ただ、これまでの二人を見ていれば、自分達に使っていた訳ではないことだけは透けて見える。
「そんなものまであるとはな。だが、それを俺が渡してやる訳がないだろう?」
もしかしたらミレーネも無理やり回復ポーションを使われて無限地獄のような目に遭っていたかもしれない、その可能性だけでレオナルドの怒りが高まる。
「ひっ!?…い、いあだ……」
レオナルドの怒りを感じたのか、ネファスが短い悲鳴を上げる。だが、そんなものは関係なく、レオナルドは再び殴りつけた。
「……ぼ、ぼぉ…やめで……ぐで。……ぼぅ…いあだ……」
次が自分の番だということがわかっているからだろう。グラオムが懇願する。グラオムもネファスと同じく悲惨な有様だ。
それを横目でチラリと見たレオナルドは、風の刃を発生させグラオムの足を切りつけた。
「ぐぁっ!?」
その後、手を止めても今度は呻くだけのネファスを見て、徐に立ち上がると、レオナルドは隣に転がるグラオムに馬乗りになった。
「それで俺がやめるとでも思うのか?」
そしてレオナルドはグラオムを殴りつけた。
今となっては、何も言わなければ切りつけられることもないとわかりそうなものだが、グラオムもネファスも言わずにはいられなかった。自分の上からレオナルドが退いた瞬間は自分の番が終わったという安堵がやってくるのだが、隣で殴り続けられるもう一人を見ていると、次はまた自分なのだと、どんどん恐怖が襲ってきていっぱいいっぱいになっていってしまうのだ。
そうしてつい何事かを喋ってしまうと風の刃で切りつけられる。
先ほどからこれの繰り返しだ。これがこの二人に対してレオナルドが決めたこと。この二人には、自分の手で直接その身体に、心に、恐怖を刻みつける。ゆっくりと、けれど確実に、徹底的に、心を絶望に染めていってやる、と。
それでも、レオナルドの怒りは全く収まらない。それも当然だった。拗らせていたとはいえ、ミレーネは前世の記憶を取り戻す前からレオナルドが淡い想いを抱いていた相手なのだから。今のレオナルドはミレーネも主人公を好きになる可能性についてわかっているため、きちんと弁えているが、そんな相手の心をあそこまで傷つけた者達を誰が許せるというのか。
戦いが始まった当初、グラオムとネファスは余裕の表情でそれぞれ、ウインドカッターとストーンブレットをレオナルドに向けて放った。
魔道具を使えなくなった今のレオナルドなら簡単に倒せると思っていたからだ。
だが、何発撃とうとレオナルドを戦闘不能にするどころか、掠りもしない。
二人からすぐに余裕は消え、苛立ちを募らせていった。
ある程度自由に魔法を使わせ続けたレオナルドは、二人の腹部に拳を撃ち込んだ。身体強化すら使っていないレオナルドの動きだが、鍛錬などしていない二人は全く反応できなかった。
殴られ慣れていない二人はその一撃で蹲《うずくま》ってしまうが、レオナルドを睨みつけながら上から目線で喚《わめ》いた。
レオナルドはそれらを聞き流すと、二人の顔面に思い切り蹴りを入れ、強引に二人を仰向けに転がした。
そして、バインドミストを模した精霊術を使い、白い靄で二人を拘束すると、同じくストーンブレットを模した精霊術を使い、先の尖った石で二人の手のひらを穿ちそのまま床に固定してしまったのだ。ただ精霊術で作られた石が刺さったままのため出血は意外と少ない。
二人は激痛から言葉にならない絶叫を上げる。それと同時に、まだ魔道具を隠し持っていたのかと悔しがった。
これらはどちらも今までのレオナルドには使えなかった精霊術だ。では、なぜ使えるようになったのか。答えは簡単。使えるような気がしてやってみたら使えたというだけだ。
戦いの中で実際に魔法が発動するところを目にし、体感したことで、イメージしやすくなったことが大きい。加えて、戦闘中ということで、感覚が研ぎ澄まされていたことも大きいだろう。
ここに来てレオナルドの精霊術の腕は格段に上がっていた。
そうして片方を殴っている間、もう一人が喚けばウインドカッターを模した精霊術で致命傷にならない程度に浅く切りつけた。ステラが何度もレオナルドに忠告していたが、それは聞き入れてもらえなかった。
最初の内はこんなことをしてただで済むと思うななどと威勢のよかった二人だが、徐々に、今回のことは王子の命令に従っただけだと、自分達は悪くないなどと言うようになった。
また、何度も何度も魔法としか思えないものを使ってくるレオナルドに、この力は魔道具によるものではないのではないかという疑問が二人に芽生《めば》えた。ただ、教会で行う魔力測定は確かなもので、レオナルドに魔力がないのは間違いないのだ。だとすればレオナルドはいったどうやって魔法を使っているのかと初めて目の前の存在を不気味に思うのだった。
そして今では助けて、やめて、と弱弱しく懇願するばかりとなった。
『…レオ。これ以上続けるとこの人間はそのまま死んでしまいます』
ステラがグラオムを殴り続けるレオナルドに忠告する。ただ、その力の無い声には届かないことへの諦めが滲んでいた。
レオナルドはステラの声が聞こえたからなのか、そこで動きを止めた。だが、ステラは声が届いたなんて勘違いをもうしない。レオナルドの怒りは全く衰えていないからだ。そしてこの怒りは元凶を殺すか、原因が取り除かれるまで衰えないこともわかっている。
ここまでのことをされ続けてようやくというべきか、今回初めて殴られ続けるグラオムを見てもネファスが何も言わなかった。見ると、体を小刻みに震わせながら歯をカチカチと打ち合わせていた。
真下を見れば、グラオムもネファスと同じような状態だった。
「……もういいか」
「「っ!?」」
レオナルドはポツリと呟くと、立ち上がりどこかに歩いていく。
その呟きは二人の耳にも届き、永遠に終わらない恐怖と絶望に染まっていた彼らの心に、ようやく終わるのかと一縷の希望が湧いた。そしてそれは大きな安堵となって広がっていく。もう関わりたくない、解放されたい、今の二人はそんな考えでいっぱいだった。
レオナルドはすぐに戻ってきた。手に黒刀を握って。
「お前ら…そろそろ死ね」
レオナルドの宣告は二人を更なる絶望に叩き落すものだった。一瞬でも希望を抱いたせいでその絶望はより深くなる。
「っ、わどぅ…がっ…だ。あや…ばる…がら…。じに…だぐない……」
「っ、やめ……。ごろ…ざ…ないで…ぐで……」
ネファスとグラオムは理不尽な恐怖の権化たるレオナルドに対し、必死に命乞いをする。そうレオナルドの怒りが二人には理不尽なものに思えてならなかった。
この期に及んでも彼らの中にはこの程度のことで殺される謂れなどないという考えがあるのだろう。
だからレオナルドにどう思われるのか理解できない。
レオナルドは殺意に満ちた冷めた目で二人を見ると、まずはネファスの前に立ち、無言のまま黒刀を構えた。
ネファスが泣き喚く中、レオナルドが黒刀で止《とど》めを刺そうとしたまさにそのとき―――、
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