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第三章
ステラの仮説①
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数日後。
「ようやく落ち着いて時間が取れたな」
レオナルドは一人自室で寛いでいた。
『レオはセレナリーゼとミレーネの相手で忙しかったですからね』
「そう言うなよ。二人には心配かけちゃったみたいだし、確かに最近は出かけるのご無沙汰だったからさ。俺にとってもいい気分転換になったんだ」
『……それはよかったですね』
フレイと出会い、夕食に遅れて帰ってきたあの日から数日間、昼間はセレナリーゼが、夜はミレーネがレオナルドにべったりだったのだが、それを心配かけた、気分転換になったで済ませていることにステラは呆れ気味だった。まあレオナルドの心にそれだけの余裕がないこともわかっているので何も言わないが。
「うん……それで聞かせてくれないか?どうしてステラは俺に人を殺すなって言うのか」
レオナルドが表情を真剣なものに変えて本題を切り出す。
『そうですね……。その話をする前に、レオに確認したいことがあります』
「何だよ、あらたまって」
『レオの気持ちについてです』
「俺の気持ち?」
何のことだと訝しむレオナルドだが、ステラはお構いなしに切り込んだ。
『はい。レオは命を絶つということに恐怖を感じていますよね?例えそれが敵対するものであっても』
「なっ、俺は別に――!」
『自分では気づいていませんか?精霊術を使えるようになり、レオが実戦訓練を再開したとき、私は魔物がすべて元は普通の生き物だということを伝えました。今思えばそれが誤りでした。以降レオは魔物を殺すことに躊躇いを覚えています』
「そんなことは―――!」
『ないとは言わせませんよ。レオは相手が魔物であってもいきなり攻撃をしかけるということをしません。まずは相手を観察し意思があるか確認するようになりました』
何とか否定しようとするレオナルドに対し、ステラは断言した。レオナルドの中にいるステラにはわかるのだ。心の動き、ほんの微かに震える身体、レオナルドの反応がすべて。
「いや、それは……」
『それがレオナルド=クルームハイトという人間本来の心根なのか、前世のレオが混ざったことによるものなのかはわかりません。レオの前世は随分と平和な世界だったようですからね』
「…………」
レオナルドは苦い表情で黙り込む。
『ですが心根だけの話ではないとも思います。レオはすでに一度、目の前で人間から魔物になってしまったモノを殺していますよね?それが心の傷になっているのではありませんか?』
「っ!?」
レオナルドは息を呑《の》んだ。心臓が嫌な感じにその鼓動を速める。瞬間的に思い出される、セレナリーゼを誘拐した賊がクラントスになったときのこと。あのときはセレナリーゼを守るのに必死で深く考えていなかったが、これまでに何度も殺したときの生々しい感触がフラッシュバックしていた。
『そして恐らく決定的だったのはブラックワイバーンとの戦いです。あの戦いでレオは人間としての想いを持った相手を殺した』
「ああ……」
ステラの言いたいことは十分にわかった。
(要は殺すことを怖がる俺の心が弱いってことか……)
『レオは相手の存在を受け止め過ぎなのです』
優し過ぎるのですレオは―――ステラの本心はそれだったが、フレイとかいう人間と同じようなことを伝えるのは何だか癪でレオナルドには伝わらないようにした。
「……けど、覚悟があるのは本当だ。前世の記憶なんて関係ない。これはレオナルド自身がずっと持ってるものだ。この世界では争いが身近なものだから。相手が魔物だろうと人間だろうとな。それに場合によっては自分達が巻き込まれる形で戦争だって起こりうることを今の俺は知っている」
レオナルドが真情を吐露するが、
『その覚悟がまた問題なのですよ。レオの心は決して弱い訳ではない。だからこそ心に過度な負担がかかると自分自身でわかっているのにその選択肢を取れてしまう。結果として心をすり減らすことになっても。ですがそれには限界があります』
それすらもステラに言い返されてしまう。
「……その過度な負担ってのが人を殺すことだって言いたいのか?」
『人であったモノも含まれるでしょうね。そして限界が訪れたとき、レオの心は壊れてしまうと危惧しています』
「心が壊れるって……んな大袈裟な」
レオナルドは苦笑を漏らすが、
『本当に大袈裟だと思いますか?』
すぐにステラから切り返された。
「……俺が殺すことを怖がってるってのは、まあ、その通りだよ。前世の記憶を思い出す前、初めて魔物を殺したときのことは今でもよく憶えてるから。でも、それでどうして俺の心が壊れるなんてとこまで話が飛躍するんだ?精神的にきついってことならわからないでもないけど……心なんてそうそう壊れるもんじゃないだろ」
ステラの言い分を力なく肯定したレオナルドだが、結論部分の意味だけはわからなかった。
『……ゲームのレオは闇落ちなどではなく、心が壊れてしまったのではないかと考えました』
僅かな沈黙の後、ステラはいよいよ核心部分に踏み込んだ。
「?どういう意味だ?」
『レオは以前言いましたよね。私の言葉でゲームのレオナルドは精神を侵されていったと』
「ああ。本人の台詞にそうあったからな」
『私はそこに違和感を覚えました。今よりもさらに力の弱った私にそこまでできるとは思えません。そして今までのレオを見ていて、ゲームのレオナルドは嘘を言ったのではないかと考えました』
「嘘?そんなことあり得ないだろ。レオナルドは確かに次期当主として相応しくあれるようにって自分を追い込んでたんだ。そこにステラ…っていうか精霊の言葉が悪い方向に影響を与えて―――」
『ですが私には、そんなことではセレナリーゼやミレーネと敵対する理由にならないように思えます。それよりもあえてプレイヤーにそう誤解させていたと考えた方がしっくりくるんです』
ゲームをプレイした訳でもないステラのその考えはあまりに突拍子もないように感じるが、レオナルドはそれを完全に否定することができなかった。
「ようやく落ち着いて時間が取れたな」
レオナルドは一人自室で寛いでいた。
『レオはセレナリーゼとミレーネの相手で忙しかったですからね』
「そう言うなよ。二人には心配かけちゃったみたいだし、確かに最近は出かけるのご無沙汰だったからさ。俺にとってもいい気分転換になったんだ」
『……それはよかったですね』
フレイと出会い、夕食に遅れて帰ってきたあの日から数日間、昼間はセレナリーゼが、夜はミレーネがレオナルドにべったりだったのだが、それを心配かけた、気分転換になったで済ませていることにステラは呆れ気味だった。まあレオナルドの心にそれだけの余裕がないこともわかっているので何も言わないが。
「うん……それで聞かせてくれないか?どうしてステラは俺に人を殺すなって言うのか」
レオナルドが表情を真剣なものに変えて本題を切り出す。
『そうですね……。その話をする前に、レオに確認したいことがあります』
「何だよ、あらたまって」
『レオの気持ちについてです』
「俺の気持ち?」
何のことだと訝しむレオナルドだが、ステラはお構いなしに切り込んだ。
『はい。レオは命を絶つということに恐怖を感じていますよね?例えそれが敵対するものであっても』
「なっ、俺は別に――!」
『自分では気づいていませんか?精霊術を使えるようになり、レオが実戦訓練を再開したとき、私は魔物がすべて元は普通の生き物だということを伝えました。今思えばそれが誤りでした。以降レオは魔物を殺すことに躊躇いを覚えています』
「そんなことは―――!」
『ないとは言わせませんよ。レオは相手が魔物であってもいきなり攻撃をしかけるということをしません。まずは相手を観察し意思があるか確認するようになりました』
何とか否定しようとするレオナルドに対し、ステラは断言した。レオナルドの中にいるステラにはわかるのだ。心の動き、ほんの微かに震える身体、レオナルドの反応がすべて。
「いや、それは……」
『それがレオナルド=クルームハイトという人間本来の心根なのか、前世のレオが混ざったことによるものなのかはわかりません。レオの前世は随分と平和な世界だったようですからね』
「…………」
レオナルドは苦い表情で黙り込む。
『ですが心根だけの話ではないとも思います。レオはすでに一度、目の前で人間から魔物になってしまったモノを殺していますよね?それが心の傷になっているのではありませんか?』
「っ!?」
レオナルドは息を呑《の》んだ。心臓が嫌な感じにその鼓動を速める。瞬間的に思い出される、セレナリーゼを誘拐した賊がクラントスになったときのこと。あのときはセレナリーゼを守るのに必死で深く考えていなかったが、これまでに何度も殺したときの生々しい感触がフラッシュバックしていた。
『そして恐らく決定的だったのはブラックワイバーンとの戦いです。あの戦いでレオは人間としての想いを持った相手を殺した』
「ああ……」
ステラの言いたいことは十分にわかった。
(要は殺すことを怖がる俺の心が弱いってことか……)
『レオは相手の存在を受け止め過ぎなのです』
優し過ぎるのですレオは―――ステラの本心はそれだったが、フレイとかいう人間と同じようなことを伝えるのは何だか癪でレオナルドには伝わらないようにした。
「……けど、覚悟があるのは本当だ。前世の記憶なんて関係ない。これはレオナルド自身がずっと持ってるものだ。この世界では争いが身近なものだから。相手が魔物だろうと人間だろうとな。それに場合によっては自分達が巻き込まれる形で戦争だって起こりうることを今の俺は知っている」
レオナルドが真情を吐露するが、
『その覚悟がまた問題なのですよ。レオの心は決して弱い訳ではない。だからこそ心に過度な負担がかかると自分自身でわかっているのにその選択肢を取れてしまう。結果として心をすり減らすことになっても。ですがそれには限界があります』
それすらもステラに言い返されてしまう。
「……その過度な負担ってのが人を殺すことだって言いたいのか?」
『人であったモノも含まれるでしょうね。そして限界が訪れたとき、レオの心は壊れてしまうと危惧しています』
「心が壊れるって……んな大袈裟な」
レオナルドは苦笑を漏らすが、
『本当に大袈裟だと思いますか?』
すぐにステラから切り返された。
「……俺が殺すことを怖がってるってのは、まあ、その通りだよ。前世の記憶を思い出す前、初めて魔物を殺したときのことは今でもよく憶えてるから。でも、それでどうして俺の心が壊れるなんてとこまで話が飛躍するんだ?精神的にきついってことならわからないでもないけど……心なんてそうそう壊れるもんじゃないだろ」
ステラの言い分を力なく肯定したレオナルドだが、結論部分の意味だけはわからなかった。
『……ゲームのレオは闇落ちなどではなく、心が壊れてしまったのではないかと考えました』
僅かな沈黙の後、ステラはいよいよ核心部分に踏み込んだ。
「?どういう意味だ?」
『レオは以前言いましたよね。私の言葉でゲームのレオナルドは精神を侵されていったと』
「ああ。本人の台詞にそうあったからな」
『私はそこに違和感を覚えました。今よりもさらに力の弱った私にそこまでできるとは思えません。そして今までのレオを見ていて、ゲームのレオナルドは嘘を言ったのではないかと考えました』
「嘘?そんなことあり得ないだろ。レオナルドは確かに次期当主として相応しくあれるようにって自分を追い込んでたんだ。そこにステラ…っていうか精霊の言葉が悪い方向に影響を与えて―――」
『ですが私には、そんなことではセレナリーゼやミレーネと敵対する理由にならないように思えます。それよりもあえてプレイヤーにそう誤解させていたと考えた方がしっくりくるんです』
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