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次を目指して

忌むべき過去

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「依頼……ですか?」

「はい 是非聖剣使い様にと」

 新しい街のギルドで情報を集めに来たリン。そこで言われたのは、名指しによる依頼であった。

「依頼主の方が前金を置いていってしまいまして……」

 先払いで置いってってしまった為、断るに断れなかったと言う。

「それで引き受けるしかなかったと」

「はい……追いかけたのですが見失ってしまいまして」

「どんな方だったんですか?」

「それが……とても怪しい方でして」

(だろうな)

 まず第一に、自分達がこの街に来る事を事前に知っていた事が怪しい。

 そもそも有無も言わせずお金だけ置いていったような輩にロクな奴はいないだろうと、リンは察していた。

「黒いコートで顔もフードで覆われていたので確認が取れませんでして……」

「……受けよう」

「受けるんですか!?」

 当然の驚きだが、リンは相手を残念ながら知っていた。

(どういうつもりだ……?)

 この世界に最初に来た時に出会った人物で、魔王三銃士の一人『アイン』だろうと。

 そんな怪しい装いの自分物など一人しか知らない。

「それと……指定した場所には一人で来て欲しいとのことで」

(やべぇ……絶対罠じゃん)

 あまりの怪しさに、受付も申し訳なさそうに説明をする。

 こんなあからさまな依頼を受けようと普通は思わないが、受けなかった時の事を考えると流石のリンも断れなかった。

(どうせ断ったり破ったりしたら……とんでも無いことになりそうだしな)

 相手は魔王軍の精鋭、実力は未知数だが油断するわけにはいかない。

「あっ! ここにいたね 良さそうな宿見つけたよ」

 街に到着してからリンはギルドへ、シオンは宿を探してもらっていた。

 他の仲間が何をしているかは不明である。

「助かる 今日はオフにして街の探索でもしてらどうだ?」

「そっそうね! だったら一緒に見て周らない?」

「いや 俺はもう少し情報収集してるから大丈夫だ」

「……あっそ」

「埋め合わせはいつかな」

「……指切りしとく?」

「指切りは嫌いなんだ」

 結局機嫌を損ねたまま、シオンと別れる。

 その後も、次々に誘われる。

「アニキー! 休憩なら一緒に街見て周りません?」

「旨そうな屋台があってさぁ……」

「どうでござる? 良ければ一緒に……」

「よう二代目! ちょいと付き合えや お前いたほうがナンパするのに有利になりそうだからよ」

(結局全員に見つかってしまった)

 なるべく疑われないように行動を知る人を減らしたかったのだが、残念ながらそれは叶わなかった。

(なるべく帰りが遅くなりませんように……)

 祈りが天に届くとは余り期待できなかったが、祈らずにいられなかい。

 そして約束の場所に辿り着く。待ち伏せでもされて敵に囲われるのかとも考えていたリンだが、予想とは違う光景が広がっていた。

「ここは……廃村か?」

 指定された場所に向かうと、いつ頃かはわからなかったが、潰されて廃村となった村があった。

(こんなところに呼び出して……何のつもりだ?)

 罠が設置されていないか確認しつつ、廃村を探索する。

 見たところそれ程昔といった雰囲気ではなく、ここ十年ほど前かといった様子だった。

(ここも……魔王軍に潰されたってことか?)

「ここで何をしている……聖剣使い」

「!?」

 背後から突如声が聞こえ、慌てて振り向く。

(……誰だ?)

 そこにいたのは十三歳ぐらいに見える少年・・だった。

 パッと見の身長が百六十あるかないか程で、透き通るような白い髪に白い肌。

 真紅の瞳が、冷たくリンを睨んでいた。

「何故お前がここにいる?」

「……もしかしてここに呼んだのはお前か?」

「俺が? お前を? それは何かの冗談か」

 心底嫌そうにリンの答えを否定する。

 では目的は何だと尋ねようとするが、少年の手には花束が握られているのを見て、リンは少年がここに来た理由を察した。

「俺の事を知っているのか?」

「……その顔を見ればわかるさ 『御伽おとぎ戦争』を終結させた大英雄 その聖剣使いと同じ顔をした異世界からの聖剣使い」

「……この村の人なのか?」

「ああ……そうだった・・・・・

 少年は花を供えて、手を合わせる。

「この祈りが死者に届くと思うか? 聖剣使い」

 少年の質問。それはとても返答に困る質問だった。

「……あの世があるなら届くかもな」

「そうだな そしてあるのなら……そこには無能な神々がいるのだろうか?」

 言葉の節々から感じる『憎しみ』の感情。

 その感情は、この廃村で生まれたものである。

「……八年前の出来事だ」

 少年は語る。この惨状が、如何にして起こったのかを。

「元々この村は身寄りの無い人達や曰く付きの人の集落だった 本当に小さな……それでもその日を一生懸命生きる人達ばかりだった」

 隠れ里。村に名前など無く、誰にも見つからないようにひっそりと暮らす日々を過ごしていた。

「俺の家族は母と姉との三人家族だった 父親は俺が物心つく前に殺されたということしか知らない」

 それが理由だったのかは定かではないが、おそらくこの村に住むのはそうであったのだろうと、少年は言う。

「俺がこの村に来て三年……当時五歳の俺はこの近くのある噂話を信じた」

 村から少し離れた先に見える山の麓。そこにある洞窟は迷宮の様に入り組んでいると。

 そして、その迷宮の一番奥には金銀財宝が眠っていると。

「良くある噂だ 本当にあるのかどうかも怪しい……なのに俺は信じて止まなかったよ」

 自分を卑下した言い方で語る少年を、リンは黙って聞いていた。

「どうしても見つけたかった……この小さな村が少しでも裕福な暮らしができるようになるんじゃないかとな」

 わがままを聞き入れてくれた三つ上の姉と一緒に、村を出た。

 小さな冒険は今でも色あせない最後の思い出・・・・・・だった。

「……最後?」

「ああそうだ……あの日の出来事を……忘れてたまるか……」

 怒りに震えた声、悔しさで握り締められた掌から血が滲み出ている。

「結局洞窟すら見つけられずに帰ったさ……ただその時俺は足を怪我した」

 大した事ない怪我であったが、五歳の子供にとって駄々をこねて、歩くのを嫌がるのには充分な理由になった。

「そんな俺を見て……姉が近くの人里から薬を持ってきてくれた」

 優しい姉だった。自慢の姉だった。

 一緒に遊んでくれて、嫌な顔一つせずに、いつも気にかけてくれていた。

 あの日の光景が、鮮明に蘇る。

 あの日の起きた『地獄』の始まりが。





「はい! これでおしまい! 痛いのも飛んでったでしょ?」

「ありがとう姉ちゃん……」

 手当をしてくれる優しい姉。

「どういたしまして! 歩ける?」

「……手!」

「手?」

「手つないで!」

 わがままを言っても許してくれる姉。

「はいはいわかったよ……甘えん坊だなぁ」

 二人の冒険は今日はお終い。

 お昼に出発して、今はもう夜空に星空が広がってしまっている。

「遅くなっちゃったね ママに怒られちゃうな~」

「……一緒にごめんなさいして」

「うん 一緒に謝らなきゃね」

 心配をかけてしまった、きっと母が心配しているとからと心の準備をしておく。

「さあてここを抜けたら村だよ……あれ? 今日って祭りだったけ?」

 森を抜ければ村に着く。

 今日は怒られて、それで泣き疲れて、明日目を覚ませばコロっと忘れてまた冒険ごっこをしよう。

 ただ、それだけだったのに。

「どうして……燃えてるの?」

 平凡な日常は、二度と訪れなかった。
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