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暗雲の『ライトゲート』

堕天の魔王

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「まさか……理性を保つ事が出来るとはな」

「俺も驚いてるよ もっとも途中まで理性が無かったのは確かだが」

 闇の賢者の石『ダークイクリプス』の影響で闇に侵蝕され、凶暴な獣に成り果てた筈であった。

 しかしこうして理性を取り戻した。溢れ出た力を僅かに残った理性で押さえ込み、今こうして一泡吹かす事が出来たのだ。

「まったく……拙者騙されたでござるよ?」

「嬢ちゃんの名演技な 本当に交信できなかったと思ったぜ」

 シオンに意識がある事を黙っているように伝えたリン。

 その期待にシオンは見事に答え、油断した隙を突くことができたのも演技力あっての事であろう。

「『大丈夫』って言われた時はどうするのかと……上手くいってよかったわ」

「やるなぁ! これが騙すならまずは見方からってヤツか!」

「まあ戻んない時は叩けば直ると思ってたけどな!」

 危うく古い家電製品みたいな扱いをされかけるリンだったが、今はそれよりも問い詰め泣ければならない奴がいるのを忘れてはならない。

「長ったらしいご高説をありがとう その間に正気に戻れたよ」

「ふん……それがどうした? 今の一撃で私を殺せなかったのは大きいぞ?」

「言ったろ? お前は誰だ・・・・・ってな 本体が何処にいるのかもわからないのにその身体を殺せるかよ」

 リンの眼には、エルロスに絡まる『無数の糸』が視えていた。

 それは無理やり兵士達と組み手をさせられた時の兵士にもあったものだ。

「大事な情報源だ 簡単に殺す真似なんてすると思うなよ?」

「アニキ セリフが悪役です」

 散々振り回されたリンの我慢は限界に達していた。

 こうして人質も解放したのであれば、後は思う存分殴れるとリンも意気込む。

「フフッ……中々面白い男だ お前も『傲慢の器』に成れたのかもしれないな」

「どういう意味だ?」

「過ぎた事だ 今の言葉は忘れるがいい……もっとも『死に逝く者』にはこの言葉も不要であるか」

 リンが付けた傷が塞がれていく。

 エルロスは立ち上がる。禍々しくも神々しい、まるで『神の使い』かと思わせる程の威光を放ち、その背には堕天を表す『黒翼』が広げられる。

「人間は私が導く……それを拒む者は赦さない 命の枠組からも消え失せろ」

(何か来る……っ!)

 その場にいた者はそれを察知し、すぐに防御の姿勢に入る。

 エルロスが手をかざすと、王の間全てを包み込む程の閃光がリン達を襲う。最早防御など何の意味も無かったと理解するのには、余りにも遅すぎた。

「『二翼』ではこの程度か……まだまだ『覚醒』には程遠い」

「ぐっ……うぅ」

 全身を焼き焦がされるかと思うほどの熱線がリン達を襲い、形勢逆転した筈が再び絶体絶命へ追いやられる。

「全員……生きてる?」

「かろうじて……」

 何とか生きているが、たったの一撃でほぼ壊滅まで追い込まれてしまう。

 リンは一番ダメージを受けたチビルを癒す。治癒魔法も使える事を考えれば、最初に治すのであればチビルが先決だった。

「それも木の賢者の石の力か? 自分だけでなく他者の傷も癒せるのは厄介な力だ」

「チビル 皆の傷を治したらこの場を離れろ……俺が時間を稼ぐ」

「稼ぐって……何か策は無いのかよ!?」

「ここまで強いのは想定外だ 全員で挑んでもまた返り討ちになるだけだろうしな」

 この惨状を目の当たりにしてしまえば、勝機は絶望的であると悟るしかないと、弥が上にも認めるしかない。

 それだけライトゲートの王である『エルロス・オウル・グリフィン』という男は桁違いの強さの敵なのだ。

「どうする? もう一度闇に墜ちるか? それがお前の最善手であろう?」

(嫌なところついてくるぜ……)

 圧倒的な力の代償に失われる理性。それが闇の賢者の石がもたらす力。

 奇跡的に元に戻れたが、今度力を使えば元に戻れるかわからない。

「終わりだ……絶望したまま死ね」

「させるか!」

 木がエルロスの腕に絡まり、魔法を使うことを妨げる。

「姑息な」

 木に魔力を流し込み、枯らせたのだが何度も腕に絡みつく。

「聖剣二刀流……ッ!」

 賢者の石を変化させ、右手に木の聖剣『ローズロード』を、左に土の聖剣『ガイアペイン』を構えた状態で斬り込む。

「『森羅山象しんらざんしょう』!」

 地面から岩と、大木でエルロスを突き立てる。

「アニキ!」

「拙者達も……ッ!」

「さっさと逃げろ! 大技使うのに邪魔だ!」

 そうでも言っておかないと逃げてくれないだろうと、リンはあえて突き放すように言って聞かせる。

「……一旦退こう 二代目の言うとおりにするぞ」

「チッ! オレにもリベンジさせろっての」

「先着一名様限定だ 悪く思うなよ」

 真意が伝わり、ムロウと雷迅は先に離れる。

「勝でござるよリン殿」

「アナタはこんなところで負けられない筈よ」

「先に行ってますからね……ッ!」

 アヤカ、シオン、レイも離れ、全員を回復させたチビルを最後にリンとエルロスの一対一の戦いとなった。

「仲間を思いやる心意気……なんと美しい」

 リンの攻撃を物ともせず、仲間とのやり取りを素直に褒めるエルロス。

「お前に言われると汚された気分になる」

「安心しろ……すぐに同じ場所に送ってやろう」

「ただし『地獄でな』……か? 良く聞く台詞なんだよ」

 光が再び王の間を包み込む。

 全身を焼き焦がす熱線。防ぐことが出来ないのは既にわかっていた。

「……ほう?」

《グウゥ……!》

 もう一度『獣』へ墜ちる。

 闇の力を使うことを躊躇して勝てる筈が無かったからだ。

《ガアアアアアアァァァァァァ!》

「面白い! 獣が何処まで喰らいつけるか見せてみろ!」

 巨大な魔方陣がリンを囲み、リンから魔力を奪っていく。

《ガウァ!》

 だがリンは地面を力任せに叩き付けると、物理的に魔方陣を粉砕し、エルロスに襲い掛かる。

「流石は賢者の石の力だ! 『伝説戦争』で存分に名を轟かせただけある!」

 結界がリンを阻み、それ以上先に進めない。

《ガアアアアアアァァァァァァ!》

「所詮は獣か 何の考えも無しに襲うだけ……!?」

 先程の魔法陣と同じく、強引に押し進む事をやめない。

 唯の獣である筈が無かった。

《グウゥ……! ガアアアアアアァァァァァァ!》

 結界を壊し、翼を貫く。

「何だと!?」

《ガアアアアアアァァァァァァ!》

 怯んだ隙を逃さずに、蹴りでエルロスを吹き飛ばす。

 餓えた獣を侮ってしまった『傲慢』さ。それが仇となった。

「よくも……よくも私の翼を!」

《グウゥ……》

「許さん許さん許さん……許さんぞ聖剣使い! 獣へ墜ちた分際で誰に傷を付けたと思っている!?」

 何を言おうと今のリンに届くことは無い。本能のままに、目の前の獲物を喰らう事のみに、獣は爪を研ぐ。

「見ろ! この無残な翼を! 誰であろうと傷を付けられなかったこの私の翼をお前は傷つけた! 万死に値する! 元に戻せなかったらどうするつもりだ!?」

 冷静さを失い、喚き散らすエルロス。リンが貫いた翼はもう塞がれている。

 幾つもの魔方陣を上空に展開し、次々にリンへと降り注ぐ。

「感じるぞ……漸く『翼』が解放される……漲るぞぉ!」

 更に力を増すエルロス。魔法の威力もより強くなっていく。

「これで『四翼』……まだだ! まだ足りない!」

 黒く染まる四翼が、エルロスに力を与える。

《ガアアアアアアァァァァァァ!》

「……『破滅の死翼』」

 四つの翼が黒き光を纏い、リンを穿つ。

「あっ……! ぐぅ……っ!」

「ほう? 変身が解けたか……それにしてもまだ生きているとはな」

 理性が戻り、生きてはいるが満身創痍の状態である。

(これでも……駄目なのか!?)

「万策尽きたな もうお前に勝ち目は無い」

 立つ事も儘ならず、リンは自らの敗北を覚悟する。

「ああ窮屈だ! 早く……! もっと早くこの『器』からぁ!」

 これほどの強さでありながら『本来』の力とは程遠い己の身体に、苛立ちを覚え悶えるエルロス。

「つまり……まだ『完全では無い』ようだな?」

「!?」

 その言葉が何処からとも無く聞こえ、辺りを見渡す。

「お前は!? 何故ここにいる!?」

 声の正体は、天井を破り現れた。

「……魔王!?」

「聖剣使いは我の獲物だ……勝手に手を出すな」

 透き通るような白い髪に白い肌に加え、真紅の瞳がの少年。

「成る程……お前が『魔王サタン』か」

「そういう事だ 初めまして……『魔王』」

「エルロスが……『魔王』だと?」

 この場に『魔王サタン』が現れ、そしてエルロスをサタンは『魔王』と呼ぶ。

「どういうことだ……お前が魔王だろう?」

「そうだ 俺は『黙示録の竜』の血を浴び心臓を喰らった……『サタンの化身』である赤き竜をな」

 魔王はエルロスを指差し、正体を告げる。

「俺が『サタンを名乗った』事で赤き竜は覚醒した……自らの存在を脅かす俺を消す為にな その時に一緒に覚醒した『魔王』がいた それがコイツだ」

「……気づいていたのか?」

「気づいたのはサタンの力が馴染み始めてからだ……それまでは気づかなかったさ 身を潜めていたようだしな?」

「ああそうか……やはり『憤怒の王』は……本当にお前が取り込んだのだな」

「そうだとも『傲慢の王』よ そして……この世に魔王は二人もいらない・・・・・・・・・・

 サタンの言葉を、エルロスは嗤う。

「自惚れ……それこそ『傲慢』だな!? 我々は陰と陽! 表裏一体! 離れる事は有りはしない! 神より『裁き』を受けた時からずっと!」

「サタンと『同一の存在』だと言われる魔王を……俺の世界でも本にあったな」

 神々との戦いに敗れ、堕落した『天使』はやがて魔王となった。

「私は『ルシファー』……傲慢を掌る『魔王』である!」

 再び地上に覚醒し、エルロスに憑依した『堕天の魔王』であった。

 
 
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