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秩序機関『ギアズエンパイア』

力になれれば

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「暇かぁユウヅキィ?」

「雷迅か……どうした?」

 魔王軍との戦いまであと三日。対魔王軍に備えるギアズエンパイアで、リン達は最後の準備を始めていた。

「んなもん対戦に決まってんだろ? もう殆ど時間もねえんだ テメェの実力がどんなもんか直接試させろって話だ」

「そうだな……ここの設備だけじゃあ物足りなかったしな」

 ここはギアズのバトルルーム。リンは既に今日の分のトレーニングは済ませていた。

 だが生身では無いホログラムの敵では、満足のいく鍛錬ができなくなっていた。

「だろう? 最初は良かったがどうにもヌルくてなぁ オレとしてはもっと思いっきり暴れてぇのよ」

「壊れるからやめておけよ?」

 リンと、初代聖剣使いの戦いの際も、バトルルーム内の機材が壊れてしまっていた。

 今は直っているが、そのせいで慎重に扱わなくてはならなくなったリン。

「んでだ 聞いたところだと地下に対戦場があるだとよ 今はもうホログラム頼りで殆ど使ってないらしいが……機械じゃないぶん耐久度なら上だぜ?」

「ならそこに行くか……場所は知ってるのか?」

「おう ついて来な」

 案内を雷迅に任せ、対戦場へと向かう。

「久しぶりじゃないか リン君」

 その向かう途中、声をかけられる。

 光国家『ライトゲート』の王、『エルロス・オウル・グリフィン』に。

「来られていたのですね」

「うん 我々ライトゲートも戦いに参加するからね」

「その様子ですとお身体の具合もよろしいようで」

「問題ないよ まあもし悪いところがあっても少しは無理をするさ 呑気に寝ていられる状況じゃあ無いだろう?」

 もしも魔王軍との戦いに敗れてしまえば、人界は魔王軍の物となる。

 そうなってしまえば、確かに寝ていられる状況では無いだろう。

「おうおう王様よう 悪いけど長引く用件なら後にしてくれや オレは今からコイツとタイマン張りに行く最中なんだよ」

 相手が王であろうと全く気にせず、雷迅はいつもと変わらない態度で接する。

「ほう……君は『魔族』だね?」

「だったらなんだよ?」

「いや……ライトゲートでは魔族を嫌悪しているのは知っているかい?」

「今更言われなくても知ってるよ」

「だがそれを『変えたい』とボクは思っているんだよ」

「ああ?」

 突然の内容に、雷迅雷は困惑する、

「平和的な解決を……って事さ 永年の溝を埋めるには途方もない時間を有するとは思う……けど相手の事も知らずに最初から否定するの僕には出来なくてね」

 光絶対主義、魔族への差別意識がとても強い国であるライトゲート。

 その王であるエルロスは、自身の国の在り方へ異議を唱えていた。

「今までそうしてたのはお前らだろ? 今度は仲良くしましょうってのは随分都合が良すぎるんじゃあねえのかよ?」

「うん そうだね」

「返事が軽いなおい……」

「具体的に何かの案はあるんですか?」

 王であるエルロスが国へ呼びかければ、国の体制自体は変える事は可能であろう。

 だがそれは表向きの対策にしか過ぎず、今までの確執全てが解消される訳では無い。

「無いよ」

「無いのに言ってんのかよ!?」

「だからその一歩としてタイマン……? とやらを観てみたい  それを観たら少しは案が浮かぶかもしれない」

「まあ……それぐらいな」

「ありがとう! よろしくね!」

 雷迅の手を掴んで無理やり握手をするエルロス。

 完全に相手のペースに呑まれてしまった雷迅はなすがままだった。

「なら用件があったのは雷迅だったんですか?」

「君にも勿論あるのだけれど……まあ後でも良いだろう」

(言えるな今言って欲しいのだが……)

 そう思いつつも口には出せず、再び対戦場へと向かう。

「客席に誰が居ようが関係ねえ! どっちが先に倒れるかのタイマン勝負! 始めようぜ!」

「どっちも頑張ってね~」

「気の抜ける応援すんじゃあねえよ!」

 エルロスは大人しく観客席から応援の言葉をかけているが、どうにも締まらない。

(大丈夫何だろうか……?)

 不安はあるが、やるしか無い。

 雷迅は身体に稲妻を纏い、帯電させている。

 既に準備は整っているのであれば、リンも聖剣呼び出し雷迅に応えた。

「おいおい……このオレに『電撃勝負』を仕掛ようってのか?」

 呼び出した聖剣は『雷』の聖剣。

 雷の聖剣『ボルトラージュ』を片手に、リンは構えた。

「それとも手加減のつもりか? 舐められたもんだぜ」

「勘違いするなよ 俺は大真面目だ」

 リンはこの勝負を雷迅の言う『電撃勝負』を望んでいた。

 目の前にいる雷迅は、リンの唯一知る『雷使い』であり、雷の聖剣ボルトラージュは手に入れてから日が浅い。

「アンタから盗んでやるのさ 雷の技術を」

「……いいぜ! テメェの身体に教え込んでやるぜ!」

 纏っていた稲妻が、更に激しさを増す。

 感情が最大まで昂っている。これを止めるには戦いにぶつけるしか方法は無い。

「手加減無しだ! ぶっ倒れるまでやろうじゃあねえか!」

 地面へ殴りつけると、雷撃が地を這う。

 放たれた一撃を、しっかりとリンは見極める。

「『雷牙轟咆らいがごうほう』」

 地を這う雷撃に対して、リンも同じく雷撃をぶつけて相殺させた。

(消えた……?)

「相手を見失うのは致命的だぜぇ!?」

 雷撃に注意を引きつけ、自身はその間に背後へと回り込む。

 強力な電気に優れた身体能力という雷迅の強さは、単純ではあるが、だからこそ『強い』のだ。

「……止めたな?」

 だが、リンは止めた。

 頭で理解する前に、身体が先に反応していた。

「前より……重くなったな?」

「強くなったのはお前だけじゃあねえってことさ!」

 拳を掴まれていたが、これを好機と言わんばかりに電流を流しこむ。

 凄まじい電流にバチバチと音を立て、普通であればここで相手は倒れているであろう。

「忘れたか……今の聖剣を!?」

 雷の聖剣『ボルトラージュ』である。

 持ち主の瞬発力、反射速度に加えて『耐雷』を付与する事が出来る聖剣である。

「オラァ!」

 掴んだ拳を強く握り、勢いよく引っ張る。

「ぐっ!?」

 体勢が崩され、隙を晒してしまう雷迅。

 すかさず蹴りを加え吹き飛ばすが、手応えはあまり無い。

「チッ! しっかり受け身も取りやがって」

「バーカ! だったらさせないぐらい痛めつけろ」

 不意は突かれてしまったが、大したダメージを受けてはいなかった。

 トレーニングではあるが、互いに手を抜いてなどいない。

 宣言通り『全力』でぶつかり合っていた。

「身体も温まってきたなぁ? それとも沸騰するぐらいがお好みかい!?」

「俺はもう少しぬるくいきたいな」

「冗談だろう? そんなんに浸かってたら……」

 より一層強力な電気を纏って、リンへと殴りかかる。

「感電させちまうぞ!?」

 正面突破。何の策もなく、ただ真っ直ぐ突き進む。

「形態変化……」

 接近戦に持ち込ませてはいけない。

 雷迅の体術は、リンを軽く上回る。

斧式おのしき! 『ボルトラージュ』」

 聖剣が姿を変え、巨大な『斧』の姿となった。

「『雷崩電滅らいほうでんめつ』」

 斧を振り下ろす。

 地面は割れ、そこから膨大な電流が流れ始めると、雷迅目掛けて放たれる、

「オレに電気で挑むなんざ……百年はえぜ!」

 襲いかかる電流に、構う事なく突き進む。

「忘れたか!? オレは『偏食鬼』! 電気を喰らって強くなる! 伝説の雷の力だろうがオレのモンだぁ!」

 前に進む度に『強く』なる。

 たとえ伝説の聖剣の力であっても、それが『電気』である限り、雷迅の前では『無力』と化す。

「もらったぁ!」

 再び拳がリンへと殴り付けられる。

「……お前他の聖剣使わないんじゃあなかったか?」

「誰もそんなこと言ってないぞ?」

 もう一つの聖剣が握られていた。

 土の聖剣『ガイアペイン』を呼び出し、その力で身体を硬化させ、雷迅の攻撃を何とか受ける事が出来ていた。

「まあ勝てるものならそうしたさ けどな……アンタに手加減して勝てる程俺は強く無いんだよ」

 初めて戦って時からずっと、雷迅の強さは知っている。

 その強さは敵同士だった時から、『信じられる』強さであった。

「……フハハハハハッ! やっぱお前との戦いは最高だな!?」

「不思議とな……アンタと戦うのは嫌いじゃない」

 互いに笑みが溢れる。

 こんな充実した戦いを味わう事など、魔王軍を相手にする時は味わえない。

「まだまだいくぜ! お次は……っ!」

「そこまでーッ!」

 二人の戦いが、更にヒートアップするという直前に、観戦していたエルロスが止めた。

「なんだよ止めんじゃねぇ! こっちはまだやり足りな……」

「どっちも凄かったよ! 二人はこうして親睦を深め合っているんだね!」

「おぅ!? いつのまにオレの側に!?」

「たとえ人間と魔族だったとしても『拳と拳で語り合う』事をすれば種族は関係ない……よくわかったよ!」

「いやそれは雷迅が特別……」

「君には俄然興味が湧いてきた! 是非とも今後人間と魔族共存の為の話し合いの架け橋になって……」

「ええい! うっとおしい!」

 興が削がれたと言ってこの場から去ろうとする雷迅を、エルロスは追いかけていく。

(まあ……この世界の第一歩になればいいか)

 リンがこの世界から元の世界に帰ってしまえば、後の事はこの世界の住人に任せる事となる。

 大した事は出来ない。だが力になれるのであれば、リンも惜しまず協力したかった。

「あっそうだ! 君への用件を言っておこう!」

 一旦雷迅を追いかけるのをやめて、エルロスは振り返ってリンへと告げる。

「今度兵士皆の前で演説してもらうからよろしくね!」

「絶対嫌です」

 それでもやりたくないことはあった。

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