記憶喪失の僕が最強の轉魂使いだった件

ソコニ

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第7話「研究室の秘密」

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夜の闇が霧原町を包み込んだ頃、蒼たちは桐生の研究所へと向かっていた。建物の周囲には黒スーツの警備員が数人配置されているが、その数は日中より少ない。

「あの窓から入れるわ」瑠璃が研究所の三階の小さな窓を指さした。三人は研究所から少し離れた茂みに身を潜めていた。

「あんな高いところ...どうやって?」蒼が疑問を呈した。

「記憶糸を使う」瑠璃は静かに言った。「警備員の記憶を一時的に操作して、私たちの存在を"見えなくする"。それから糸を使って壁を登るの」

蒼は瑠璃から流れ込んだ知識を頼りに、記憶糸の使い方を思い出した。指先から青い糸を伸ばし、それを意識を通して操る。最初は違和感があったが、次第に自分の腕の延長のようにコントロールできるようになってきた。

「準備はいい?」瑠璃が尋ねた。

蒼と綾音は頷いた。

「じゃあ行くわよ」

瑠璃が先頭に立ち、茂みから出た。彼女の指先から伸びた細い青い糸が、まるで蜘蛛の糸のように夜の闇に溶け込み、近くの警備員に向かって伸びていく。糸が警備員の頭部に触れると、彼はわずかに体を震わせ、そして何事もなかったかのように元の位置に戻った。

「今の警備員には、私たちが見えなくなっている」瑠璃が説明した。「でも効果は十分ほどしか持たないわ。急いで」

三人は素早く建物の壁の下まで移動した。次に瑠璃は記憶糸を壁に向かって放ち、それを使って壁を登り始めた。蒼も同様に、自分の記憶糸を壁に食い込ませ、それを手掛かりに登っていく。

「こんな使い方もできるのか...」蒼は感嘆した。

「記憶糸は基本的に精神に作用するものだけど、物質にも少しだけ絡めるの」瑠璃は上から説明した。「ただし、すごく力が要るから、長時間は無理よ」

三人は無事に三階の窓に到達した。瑠璃が記憶糸を使ってロックを解除し、三人は研究所の中へと潜り込んだ。

「ここは資料保管室ね」瑠璃が小声で言った。「桐生先生の研究室はもっと奥にある」

三人は薄暗い廊下を進んだ。瑠璃の記憶糸のおかげで、監視カメラにも映らないようになっている。蒼も自分の糸を使って、同じように効果を発揮できた。

「桐生の研究室はここ?」蒼が大きな扉の前で尋ねた。

瑠璃は首を振った。「いいえ、その先よ。でもまずこの部屋を調べるべきだわ。ここには実験記録が保管されている」

扉には「研究記録保管室」と書かれたプレートが掛けられていた。瑠璃が記憶糸でロックを解除し、三人は部屋に入った。

中は壁一面に棚が並び、無数のファイルや電子記録媒体が整然と並べられていた。

「何から探せばいいんだ?」蒼は途方に暮れた様子で尋ねた。

「まず『記憶の杯』に関する記録を」綾音が提案した。「それから、蒼の家族についての情報も」

三人は手分けして探し始めた。瑠璃は電子システムにアクセスし、蒼と綾音は紙のファイルを調査する。

「これは...」蒼が一冊のファイルを手に取った。表紙には「記憶抽出計画—Phase 3」と書かれている。

ファイルをめくると、衝撃的な内容が記されていた。そこには「記憶抽出装置」の設計図と、それを使った実験の記録が詳細に記されていた。桐生は霧原町の住民から「価値ある記憶」を抽出し、特殊な結晶に保存していたのだ。

「これは恐ろしい...」蒼はページをめくりながら呟いた。

記録によると、桐生の目的は異なる人々から抽出した記憶を混ぜ合わせ、新たな「完全記憶体」を作り出すことだった。それは人間の限界を超えた知識と能力を持つ存在になるはずだった。

「完全記憶体...?」綾音がファイルを覗き込んだ。「それって、人間の記憶を集めて新しい意識を作ろうというの?」

「そうみたい」蒼は顔を上げた。「でも、そのためには強力なエネルギー源が必要だと書いてある。それが...」

「記憶の杯ね」瑠璃が別のファイルを手に取りながら言った。「桐生先生は長い間、それを探していた」

瑠璃が見つけたファイルには「魂器回収計画」と書かれていた。そこには七大魂器についての詳細な情報と、それらを探す組織「魂器回収機関」についての記述があった。

「魂器回収機関...」蒼は息を呑んだ。「桐生はその機関の一員なのか」

「いいえ、トップよ」瑠璃はファイルをめくりながら言った。「この機関は十年前、霧原大災の後に設立された。目的は七大魂器を集め、その力を"人類の進化"のために利用すること」

ファイルには各魂器の推定所在地と、それを回収するための作戦が記されていた。「記憶の杯」は確かに霧原神社の地下に封印されているとされていたが、その封印を解くには「深宮の血」が必要だと書かれていた。

「深宮の血...」蒼は自分の手を見つめた。「そういうことか...」

「もっとすごいものを見つけたわ」綾音が別の棚から一冊のファイルを持ってきた。「深宮家に関する調査資料よ」

三人はそのファイルに目を通した。そこには蒼の家族についての詳細な調査記録があった。蒼の父・零王は著名な魂術研究者で、特に「轉魂」の力に関する第一人者だった。深宮家自体が古くから魂術の名家として知られており、特に父は「轉魂使い」として恐れられていたという。

「俺の父が...轉魂使い?」蒼は驚きを隠せなかった。

ファイルには家族の写真も含まれていた。父・零王、母・彩、そして幼い蒼と小さな女の子―妹の綾奈。蒼は写真を見つめ、泣きそうになるのを堪えた。これが自分の家族の姿だった。

「霧原大災の時、深宮家は行方不明になった」ファイルには続いていた。「しかし、深宮零王が魂術実験を行っていた形跡があり、大災との関連が疑われる。特に"記憶の杯"を使った実験の痕跡が...」

「待って」瑠璃が突然立ち上がった。「何か来る」

三人は静かになり、耳を澄ました。確かに、廊下からかすかな足音が聞こえてくる。

「隠れて!」瑠璃が二人に急かした。

三人は素早く棚の陰に身を隠した。ドアが開き、黒スーツの男たちが数人、部屋に入ってきた。

「定期巡回だ」一人が言った。「異常はないな」

「ああ、問題ない」もう一人が答え、彼らは部屋を出ていった。

「危なかった...」蒼はほっとして息をついた。

「証拠を持って行くべきね」綾音が提案した。「特に桐生の計画と深宮家についての資料を」

蒼は重要なページをポケットにしまった。「これで十分だろう。もう行こう」

三人が部屋を出ようとした時、瑠璃が別の扉に目をとめた。「ちょっと待って。あそこに行きたい」

「どこだ?」蒼が尋ねた。

「"記憶保管室"」瑠璃が答えた。「もしかしたら...私の記憶もあるかもしれない」

蒼は理解を示した。「行こう」

三人は別の扉へと向かった。瑠璃が記憶糸でロックを解除し、中に入る。そこには冷蔵庫のような大きな装置が並び、中には小さな結晶体が無数に保管されていた。

「これが...人々から抽出した記憶?」蒼は息を呑んだ。

「ええ」瑠璃が震える手で一つの結晶に触れた。「各結晶には誰の記憶かラベルが付いている」

瑠璃は自分の名前を探し始めた。綾音も彼女を手伝う。蒼は別の棚を見てまわった。

そこには特別に保管された大きな結晶があった。ラベルには「深宮零王—断片」と書かれている。

「父の...記憶?」

蒼がその結晶に触れようとした瞬間、突然警報が鳴り響いた。

「侵入者アラート!侵入者アラート!」

「やばい!」蒼は叫んだ。「何が起きた?」

「罠よ!」瑠璃が焦った様子で言った。「特別保管の結晶には警報装置が仕掛けられていたの!」

「出口を探そう!」綾音が叫んだ。

三人は急いで部屋を出た。廊下には既に黒スーツの男たちが集まりつつあった。彼らは三人を見つけると、すぐさま追いかけてきた。

「こっち!」瑠璃が別の廊下を指さした。

三人は走った。蒼と瑠璃は記憶糸を使って追手を惑わせようとするが、数が多すぎて完全には対処できない。

「窓から出られる!」綾音が廊下の端の窓を指さした。

三人が窓に向かって走った時、前方から一人の男が現れた。白衣を着た桐生だった。

「やあ、深宮蒼」桐生は微笑んだ。「ようやく会えたね」

蒼たちは立ち止まった。逃げ道は断たれたように見えた。

「桐生...」蒼は警戒しながら言った。

「興味深いね」桐生は蒼を観察するように見た。「まさか轉魂の力が目覚めるとは。しかも瑠璃と契約するとは...」

彼は瑠璃を見て、失望したように頭を振った。「残念だよ、瑠璃。せっかく君の家族の記憶を保管してあげていたのに」

「家族の記憶を返してください!」瑠璃は怒りを込めて叫んだ。

「返すつもりだったよ。でもこんな裏切りをするなんて...」桐生は肩をすくめた。「まあいい。深宮蒼、君こそ私が待っていた人物だ。君の血があれば、記憶の杯の封印が解ける...」

「勝手なことはさせない」蒼は毅然と言った。

「選択肢はないよ」桐生はポケットから小さな装置を取り出した。「おとなしく従うか、それとも...」

その瞬間、綾音が動いた。彼女の周りに青白い炎が現れ、廊下に広がった。

「逃げるわよ!」

蒼は咄嗟に瑠璃の手を取り、綾音の炎が作り出した隙に乗じて窓に向かって走った。桐生が何か叫ぶ声が背後から聞こえたが、三人は既に窓を開け、外に飛び出していた。

三階からの落下は危険だったが、蒼と瑠璃は記憶糸を使って壁に絡みつき、落下の衝撃を和らげた。綾音も彼らと一緒に無事に地上に降り立った。

「走って!」蒼が叫んだ。

三人は研究所から離れ、夜の霧の中へと走り去った。背後では警報が鳴り続け、複数の懐中電灯の光が彼らを追いかけている。

「神社に戻らないと...」蒼は息を切らしながら言った。「七海が待っている」

走りながら、蒼はポケットの資料に触れた。そこには彼の過去と、桐生の恐ろしい計画についての真実が記されていた。

「完全記憶体」を作るための禁断の実験。七大魂器を探す「魂器回収機関」。そして轉魂使いとしての父の存在...

全てが繋がり始めていた。しかし、まだ多くの謎が残されていた。記憶の杯を手に入れなければ、全ての真実を知ることはできない。そして今や、桐生は蒼が来たことを知ってしまった。

時間との戦いが始まったのだ。
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