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第4話「竜王との運命の出会い」
しおりを挟む森の奥深く、黒い獣は私を乗せたまま走り続けた。
刺客たちの声は遠くなり、やがて完全に聞こえなくなった。しかし、獣はまだ速度を緩めることなく進んでいく。月明かりが木々の隙間から差し込み、幻想的な光景を作り出していた。
「どこへ連れて行くの?」
再び尋ねても、獣は答えない。ただ、前を見つめながら走り続ける。
時間がどれほど経ったのか分からない。やがて、森の中に開けた空間が見えてきた。
獣は足を止め、私に降りるよう促した。震える足で地面に立つと、目の前に広がる光景に息をのんだ。
それは古代の神殿のような建物だった。
白い大理石でできた柱が月明かりに照らされ、神秘的な輝きを放っている。屋根の一部は崩れ落ち、床には草が生えていたが、それでもなお荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「これは……」
私が言葉を失っていると、獣が低いうなり声を上げた。振り返ると、獣の姿が徐々に変わり始めていた。
体が大きくなり、形が変わっていく。羽のようなものが背中から生え、鱗が光り始めた。
恐怖で足がすくみ、逃げることもできない。ただ、目の前の変貌を見つめるだけだった。
最終的に現れたのは——巨大な竜だった。
漆黒の鱗に覆われた体は、月光の下で青みがかって見える。その目は私と同じ青緑色で、知性に満ちていた。
「人間の女よ、恐れるな」
驚くことに、竜は人間の言葉で話した。深く低い声だが、はっきりと理解できる。
「あ、あなたは……」
竜は私を見下ろし、頭を傾げた。
「なぜ、お前は刺客に追われていた?」
「わ、わかりません」震える声で答える。「私は婚約破棄されて、辺境に追放されたばかりで……」
「婚約破棄?」竜は興味深そうに瞳を細めた。「誰との婚約だ?」
「エドワード王太子です」
竜の目が一瞬、怒りで赤く光った気がした。
「愚かな人間どもめ」
竜はそう呟くと、巨大な翼を広げた。そして突然、竜の体が輝き始め、今度は逆に小さくなっていく。
眩しい光が収まると、そこには一人の男が立っていた。
長い黒髪、青緑色の瞳、そして引き締まった体躯。三十歳前後に見える容姿だが、その目は何百年も生きてきたかのような古さを感じさせた。黒と金の装飾が施された豪華な衣装を身につけている。
「自己紹介が遅れたな」男は優雅に一礼した。「私はレオンハルト・ドラグヴァリス。竜族の王だ」
「竜、族の……王?」
神話や伝説でしか聞いたことのない存在が、目の前に立っている。信じられない現実に、私の頭は混乱していた。
「そうだ。人間たちは私のことを『竜王』と呼ぶこともある」
レオンハルトは神殿の中へと歩き始めた。「来たまえ、アリア・レスフォード」
「私の名前をどうして……?」
「お前の血の匂いでわかった」彼は振り返らずに言った。「特別な血だ」
混乱しながらも、私は彼の後に続いた。選択肢はなかった。刺客たちは今も森のどこかで私を探しているだろう。それに、この男——竜王は、明らかに私を助けるつもりで連れてきたようだった。
神殿の奥には、古代の祭壇のようなものがあった。その中央には、青く光る水晶が置かれている。
「手を差し出しなさい」
「え?」
「魔力を確かめる必要がある」
躊躇いながらも、私は言われた通りに右手を差し出した。
レオンハルトは私の手を取り、水晶の上に導いた。彼の手は大きく、温かかった。
「水晶に触れてみろ」
恐る恐る、水晶に指先を触れる。
その瞬間、水晶が眩いばかりの光を放った。青い光が部屋中に広がり、私の体を包み込む。
「やはりな」
レオンハルトの表情が変わった。驚きと喜びが混じったような表情だ。
「何が起きたの?」
光が収まり、水晶は以前より強く輝いていた。
「貴女は竜の血を引いている」
「え?」
レオンハルトは真剣な表情で続けた。
「千年前、竜族と人間の間に生まれた子がいた。その血筋は代々、レスフォード家に受け継がれてきたのだ」
「そんな……私が?でも、私には魔力が——」
「眠っていたのだ」レオンハルトは断言した。「人間社会では埋もれていた才能が、ここで目覚めた」
彼は私の顔をまじまじと見つめた。その目には、これまで誰にも向けられたことのない熱のこもった視線があった。
「アリア・レスフォード。貴女は特別な存在だ」
彼の言葉に、胸が高鳴った。今まで平凡だと、無能だと言われ続けてきた私に、誰かが「特別」だと言ってくれる。
「私が…特別?」
「そうだ」レオンハルトは私の手をまだ握ったまま、一歩近づいてきた。「千年も探し続けた、竜の末裔。私の伴侶となるべき存在」
「伴侶?」
「古の予言通りだ」彼の声は低く、情熱的になった。「『王者の血を引く人間の娘が、竜王の元に現れる時、新たな時代が始まる』」
彼は私の手に唇を押し当てた。その瞬間、電流のような感覚が体中を走った。
「お前は王家の血を引き、私に見出された。もう二度と、愚かな人間に蔑まれることはない」
レオンハルトの目が真紅に輝いた。それは怒りではなく、情熱の色だった。
「今夜から、お前は私の庇護下に置く。誰も、お前に手出しはできぬ」
彼の言葉には絶対的な力があった。王の宣言。
「でも、私はまだ——」
言葉を遮るように、遠くから人の声が聞こえてきた。
「あの森の奥にいるはずだ!探せ!」
刺客たちだ。彼らはまだ諦めていなかった。
「愚かな人間どもめ」
レオンハルトは冷たく呟くと、私の方を振り返った。
「行くぞ、アリア。私の城へ」
「城?」
「竜の国だ。人間には見つけられぬ場所」
そう言うと、彼は再び体を光で包み、竜の姿に戻った。
「乗れ」
巨大な竜が背中を低くし、私に促す。
迷っている暇はなかった。刺客の声はどんどん近づいている。
私は決意を固め、竜の背に飛び乗った。
竜は大きく羽ばたき、神殿の崩れた屋根から夜空へと飛び上がった。
地上が遠ざかり、星空が近づく。森はどんどん小さくなり、やがて地図のように見えた。
風が髪を激しく舞わせる中、私は竜の首筋にしがみついた。
「怖いか?」竜の声が風を越えて聞こえた。
「ううん」不思議なことに、恐怖はなかった。むしろ解放感があった。「自由な感じがする」
竜は喉元から笑うような音を立てた。
「そうか。それならば——」
突然、竜は急降下を始めた。
「きゃああっ!」
思わず悲鳴を上げるが、それはすぐに笑い声に変わっていた。
空を飛ぶ感覚。風を切る爽快感。全てが新しく、そして不思議と懐かしい感覚だった。
「この先に、私の国がある」竜は言った。「人間の娘よ、お前の新しい人生の始まりだ」
月明かりの下、巨大な山脈の間に、キラキラと光る城が見えてきた。
私はもう後戻りできないことを知っていた。だが不思議と恐怖はなかった。
むしろ、この瞬間を待っていたかのような高揚感があった。
エドワード王太子に婚約破棄され、家族に追放され、刺客に命を狙われた。
だが今、私は伝説の竜王に「特別な存在」と呼ばれ、新しい世界へと飛んでいく。
「これが、私の運命なの?」
風に乗せて呟いた言葉に、竜は答えた。
「ああ、我が伴侶よ。これこそが、お前の真の姿へと至る道だ」
私たちは輝く城塞へと降り立った。新しい世界の入り口へと。
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