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第23話:「追っ手の影」
しおりを挟むドライフィールド村での実験的な浄化儀式から三日後、誠たち一行は王都への帰路についていた。大規模な水源浄化作業は一定の成功を収め、毒水蛇を一時的に撃退することができた。完全な解決には至らなかったものの、村人たちは定期的に浄化儀式を行うことで水源を使えるようになった。
「あの村の人たちの団結力には驚かされたわ」
馬車の中で、ミラは感慨深げに話した。回復したトビアスも隣に座り、元気を取り戻していた。
「みんなでそれぞれの技術を出し合って問題を解決する方法…これこそ『実用価値』の真髄ですね」トビアスは誠のノートを読みながら言った。
ソフィアも頷いた。「王立魔法学院では、魔法の理論や純度を重視しすぎて、こういった民間の知恵を軽視しがちです。この経験は私にとっても大きな学びになりました」
誠は窓の外を見つめていた。今回の村での出来事が、MPUの今後の投資戦略に大きな影響を与えることは間違いなかった。彼の「実用価値評価法」は、単なる理論ではなく、実践を通じて証明された有効な指針になったのだ。
「マルコたちが見送ってくれた時の顔、忘れられないね」誠は微笑んだ。
村人たちは涙ながらに彼らを見送り、「恩は決して忘れない」と誓ったのだった。エズラ長老からは、村に伝わる古い魔法書を贈られた。「これを正しく使ってくれる若者たちに託したい」という言葉と共に。
「王都に戻ったら、まずはMPUの会議を開いて、この件を報告しなければ」誠は計画を口にした。「そして、ヴァンダーウッド家の不正行為について証拠を集め、商務庁に提出する」
「証拠は十分揃っているわね」ミラは自信たっぷりに言った。「あの容器、村人たちの証言、そして水源の分析結果…」
彼らの会話は、馬車が突然激しく揺れたことで遮られた。
「何だ!?」
御者の叫び声と共に、馬車は急停止した。窓から外を覗くと、森の中の道に複数の黒装束の男たちが立ちふさがっていた。
「ヴァンダーウッド家の私兵…!」ミラが小声で言った。
誠は状況を素早く判断した。「皆、冷静に。こちらには何の非もない。話し合いで解決しよう」
彼は馬車から降り、黒装束の男たちと向き合った。十人ほどの武装した男たちが、冷たい表情で誠を見下ろしていた。
「田中誠、お前と仲間たちを王国への反逆罪で逮捕する」先頭の男が宣言した。
「反逆罪?馬鹿な」誠は冷静に反論した。「我々は単なる投資家であり、村の水源問題を調査していただけだ」
「黙れ」男は剣を抜いた。「お前たちは王国の安定を脅かす謀反人だ。特に民衆投資連合などという扇動組織を結成し、市場の秩序を乱している」
「それは全くの誤解だ」誠は毅然と言い返した。「MPUは王国の法に則った正当な組織だ。我々は—」
「無駄だ」男は誠の言葉を遮った。「レオンハルト・ヴァンダーウッド卿の命令だ。お前たちは全員、王都へ連行される」
この時、馬車からミラ、トビアス、ソフィアも降りてきた。ミラの表情は緊張していたが、決意に満ちていた。
「誠、彼らは話を聞くつもりはないわ」彼女は冷静に状況を見極めていた。
ソフィアは小声で誠に言った。「私の魔法で時間を稼ぐことはできますが、相手の数が多すぎます」
誠の市場予知能力が周囲の「気流」を捉えていた。追っ手たちからは強い敵意と冷酷さを示す赤い渦が巻き上がっている。交渉の余地はなさそうだった。
「最後の警告だ」先頭の男が剣を突きつけた。「おとなしく従え」
誠は一瞬の間に選択肢を考えた。戦えば負ける。降伏すれば全員捕まり、証拠も没収される。逃げるしかない。
「ソフィア、今だ!」
誠の合図で、ソフィアは瞬時に光の幕を展開した。眩しい閃光が森を包み、追っ手たちの視界を奪う。
「走れ!」
誠は仲間たちを促し、森の中へと駆け出した。背後から怒号と足音が聞こえる。追っ手たちは眩しさから回復し、追跡を始めていた。
「こっちよ!」ミラが小道を指さした。彼女は調査の際に地図を詳しく研究していた。「この道を通れば王都方面へのショートカットになるわ」
四人は必死で森の中を走った。ソフィアは時々振り返り、追跡者を遅らせるための小さな魔法障壁を設置していく。
「もう少しで開けた場所に出るはず」ミラが息を切らしながら言った。
そのとき、背後から弓の放たれる音がした。矢が風を切る音に、トビアスが叫んだ。
「伏せて!」
みんなが身を低くする中、一本の矢がミラの肩をかすめた。
「ミラ!」
「大丈夫…かすり傷よ」彼女は痛みに顔をゆがめながらも、立ち上がった。
森の中を走り続けるが、追っ手たちの足音は近づいていた。彼らは明らかにこの森に詳しく、動きも訓練されていた。
やがて一行は小さな渓谷に差し掛かった。向こう岸に渡れば、開けた場所に出られるはずだった。しかし、古い木の橋は細く、一度に一人しか渡れない。
「急いで!」
誠はトビアスを先に行かせ、次いでソフィアが橋を渡り始めた。ミラが続こうとした時、彼女は突然立ち止まった。
「誠…このままでは全員捕まるわ」
彼女の瞳に決意の色が宿っていた。
「何を言って—」
「誰かが時間を稼がないと」ミラは毅然と言った。「あなたが生き残って、この戦いを終わらせて。MPUとドライフィールド村の未来のために」
「冗談じゃない!一緒に行くんだ!」
「時間がないの!」ミラは誠の胸に証拠の入った袋を押しつけた。「あなたならできる。わたしは必ず脱出してみせるから」
追っ手たちの声がすぐ近くまで迫っていた。
「行って、お願い」ミラの目には涙が光っていた。「あなたが捕まっては、すべてが終わるわ」
誠は苦しい選択を迫られていた。ミラの言葉に理があることは分かっている。MPUの証拠を守り、村人たちを救うためには、誰かが犠牲になる必要があった。
「必ず助けに来る」誠はミラの手を強く握った。「約束する」
「信じてるわ」ミラは微笑んだ。「さあ、行って」
誠は重い足取りで橋を渡り始めた。振り返ると、ミラは小さな魔法杖を手に、追っ手たちを待ち構えていた。彼女は幸いなことに、誠から簡単な自衛魔法を教わっていた。
橋を渡り切った誠は、トビアスとソフィアと合流した。
「ミラは?」トビアスが尋ねた。
「時間を稼いでくれている」誠の声は苦しげだった。「先を急ごう」
三人は森を抜け、開けた丘に出た。ここからは王都への道が見える。しかし、誠の足は次第に重くなっていった。
「待てない」彼は突然立ち止まった。「ミラを見捨てることはできない」
「でも、誠さん…」トビアスが心配そうに言った。
「私も戻ります」ソフィアが決意を示した。「ミラさんを助けましょう」
「トビアス、君は王都に急ぎ、アルフレッドに事態を伝えてくれ」誠は袋の一部を彼に託した。「この証拠を持って行け」
「わかりました」トビアスは震える手で袋を受け取った。「くれぐれも気をつけて…」
彼が王都方面へと走り去ると、誠とソフィアは森へと引き返した。
「計画はありますか?」ソフィアが小声で尋ねた。
「ミラが捕まっているとしたら、彼らは恐らく野営地へ連れていくだろう」誠は推測を語った。「この辺りのヴァンダーウッド家の領地には、いくつかの監視小屋がある。そこを探すんだ」
「魔法探知で探れるかもしれません」ソフィアは提案した。
二人は密かに森へ戻り、慎重に動き始めた。誠の市場予知能力が「気流」の動きを探り、ソフィアの魔法探知が人の気配を探る。
「あっちです」ソフィアが小さな光の玉を手のひらに浮かべ、それが北東方向を示した。「人が集まっている場所があります」
二人は茂みを通り抜け、小高い丘の上に這い上がった。そこから見下ろすと、小さな空き地に簡易テントが張られ、火が焚かれていた。黒装束の男たちが六人ほど集まり、その中央に、木の柱に縛られたミラの姿があった。
「ミラ…」誠は胸を痛めた。
「彼女は無事なようです」ソフィアが小声で言った。「怪我はなさそう」
「よし、救出作戦を立てよう」
誠は周囲の地形と追っ手たちの配置を慎重に観察し始めた。ミラを救出するための計画が、彼の頭の中で形を成していった。
「ソフィア、あなたの魔法で囮を作れないか?」
「はい、幻影魔法なら」
「そして、私は…」
二人は月明かりの下、密かに作戦を練り上げていった。遠くでは、ミラが誇り高く頭を上げ、捕らえた者たちの質問にも黙秘を貫いている姿が見えた。
「待っていてくれ、ミラ」誠は心の中で誓った。「必ず救い出す」
丘の上の影の中、救出作戦の準備が静かに進められていった。
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