ことだま戦記 〜話せばリアル〜

ソコニ

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第1話:言葉が現実に!?

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「おい、天音。お前、また一人でつまらないことしてんな」

下校時の教室。机に向かって一人、小説を読んでいた天音は、その声に顔を上げた。声の主は同じクラスの佐々木。いわゆるクラスのボス的存在で、天音にとっては長年の悩みの種だった。

「放課後の読書くらい好きにさせてよ」

天音はそう言って再び本に目を落としたが、佐々木はニヤリと笑い、天音の机から本を引ったくった。

「へぇ、『言葉の力』?なにこの陰キャ臭い本。お前ってホント中二病だよなぁ」

クスクスと周りの取り巻きが笑う。天音は静かに立ち上がった。背は高くないが、痩せているわけでもない平凡な体型。特徴といえば、どこか遠くを見ているような琥珀色の瞳くらいだ。

「返して」

「おっと、怖い怖い。でもさ、こういう本って燃やすとどうなるんだろ?言葉の力とか燃えるとなんか出るのかな?」

佐々木はライターを取り出し、本のページに近づけた。

「やめろ!」

天音は思わず叫んだ。教室には担任も生徒もほとんど残っていない。誰も助けてくれない。怒りと無力感が混ざり合う中、天音の中で何かが沸き立ち始めた。

「消えろ!」

その瞬間だった。

天音の言葉が教室内に反響し、まるで空気が震えたような奇妙な感覚が走った。佐々木の姿が一瞬、文字通り透明になったのだ。一秒にも満たない時間だったが、確かに彼の姿が見えなくなった。

「な...何だ今の...」

佐々木は自分の手を見つめ、おののいている。取り巻きの連中も目を丸くして固まっていた。

「お、お前...何か変なことしただろ!」

本を天音の机に投げ捨て、佐々木は青ざめた顔で教室を飛び出していった。残された取り巻きも慌てて彼の後を追う。

残された教室で、天音はまだ理解できないでいた。何が起きたのか。自分が「消えろ」と言った瞬間、本当に佐々木が一瞬消えたのか?そんなことあるはずない。

「幻覚...だよな」

そう呟きながらも、天音の心には確信があった。あれは幻覚ではない。自分の言葉が、現実になったのだ。

---

「ただいま...」

家に帰り、玄関で靴を脱ぎながら天音は呟いた。返事はない。母親は夜勤の看護師で、今頃は病院にいるはずだ。父親とは天音が小学生の頃に離婚していて、今は母子家庭。天音は自分の部屋に向かい、バッグを投げ出すと、ベッドに倒れ込んだ。

「本当に起きたことなのか...」

目を閉じて、教室での出来事を思い返す。「消えろ」と言った瞬間の、空気が震えたような感覚。佐々木が一瞬透明になった光景。

「試してみるか...」

天音は起き上がり、部屋を見回した。目についたのは、机の上に置かれた鉛筆立て。

「浮け」

何も起きない。

「飛べ」

変化なし。

「動け」

反応はゼロ。

「やっぱり気のせいか...」

ガッカリしながらも、どこか安心する天音。だって、言葉で現実が変わるなんて、そんな力を持ってしまったら...

「でも、あの時は確かに...」

天音はもう一度思い返した。あの瞬間、自分の中で何かが沸き立つような感覚があった。怒りや恐怖、そして何かへの強い願望。単に言葉を発しただけではなく、その背後にある感情が重要だったのかもしれない。

「消えろ!」

今度は鉛筆立てに向かって、あの時と同じ感情を込めて叫んだ。すると——

一瞬、鉛筆立てが透明になった。

「マジか...」

天音は自分の手を見つめた。これは夢ではない。自分の言葉が、現実に影響を与えたのだ。

---

それから数日間、天音は自分の力を試し続けた。家の中の小さなものから始め、さまざまな言葉を試した。「動け」「止まれ」「熱くなれ」「冷たくなれ」...結果はまちまちだった。

成功するときと失敗するときがある。集中していて、強い感情が伴うときは成功率が高い。小さなものほど効果が出やすく、大きなものや複雑な命令は難しいようだ。そして、効果の持続時間は短い。長くても数秒程度だ。

「これって...言霊?」

古い言い伝えで言う「言霊(ことだま)」。言葉には魂が宿り、現実に影響を与えるという考え方。天音は国語の授業で習ったことがあった。まさか自分がその力を使えるとは。

しかし、その力の使い方に天音はまだ戸惑っていた。人を傷つける力にもなりうる。間違った使い方をすれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。

そして何より——

「この力を他の人は持ってないのか?」

もし自分だけが持つ特殊な力なら、それはなぜなのか。もし他にも持っている人がいるなら、彼らはどうやってその力と付き合っているのか。疑問は尽きなかった。

---

週が明け、学校に戻った天音。佐々木との一件以来、クラスメイトたちは天音を少し距離を置いて見るようになっていた。「あいつ、なんか変なことができるらしいぞ」といった噂が広がっていたのだろう。

天音にとってはむしろ好都合だった。いじめられる心配が減ったからだ。

放課後、天音は再び一人で教室に残り、本を読んでいた。突然、背後から声がかかる。

「天音くん」

振り返ると、クラスの中でも目立たない存在の倉田という女子だった。普段はほとんど話したことがない。

「なに?」

「あの...佐々木くんのこと、本当に消したの?」

天音は息を飲んだ。彼女は見ていたのか。

「気のせいだよ。そんなこと、できるわけないじゃん」

「そう...」

倉田は少し残念そうな顔をした。

「なんで聞くの?」

「私も...見えたから」

天音は眉をひそめた。「見えた」とはどういう意味だ?

「佐々木くんが消える瞬間。それに...」

倉田は周りを見回し、小さな声で続けた。

「私も、ちょっと変なことができるんだ」

天音の目が大きく見開かれた。他にも同じような力を持つ人間がいるのだろうか?

倉田は手のひらを開き、小さく呟いた。

「光れ」

すると、彼女の手のひらに小さな光の玉が現れた。弱々しく、すぐに消えてしまったが、確かにそこにあった。

「君も...言霊の力?」

天音の問いに、倉田は驚いたように目を丸くした。

「言霊...そう呼ぶんだ。私は自分でも何なのか分からなくて...」

二人は互いを見つめ、共通の秘密を持つ仲間としての連帯感が生まれていた。

「いつから?」

「去年の冬から。急に...」

話を続けようとした時、教室のドアが勢いよく開いた。体育着姿の男子生徒が息を切らして立っていた。

「おい、天音!グラウンドに来い!佐々木が決闘を申し込んでるぞ!」

天音は顔をしかめた。佐々木...またあいつか。

「行かないよ。そんな茶番に付き合ってる暇はない」

「行かないと、お前の秘密をばらすって。『天音は変な力を持ってる』って、全校生徒の前で言うらしいぞ」

天音は顔色を変えた。まだ自分自身で理解していない力のことを、学校中に知られるわけにはいかない。

「わかった...行く」

倉田が心配そうに天音の腕をつかんだ。

「危ないよ!佐々木くんは本気で怒ってる。それに...」

「大丈夫」

天音は静かに言った。胸の奥に、新しい感覚が芽生えていた。恐怖と同時に、不思議な高揚感。自分の力を試す機会かもしれない。

「行ってくる」

天音は教室を出た。グラウンドでは、佐々木を含む数十人の生徒たちが彼を待ち構えていた。

「来たな、天音!」

佐々木の声にはこれまでにない敵意が込められていた。

「なに?これ以上俺に何をする気だ?」

「お前こそ、俺に何をした?あの日、お前の言葉で俺は...」

佐々木は言葉を詰まらせた。周囲の生徒たちは興味津々の目で見守っている。

「俺はただ、『消えろ』って言っただけだよ」

天音はわざと普通に言ってみた。効果はない。やはり言霊の力を発動させるには、強い感情や意志が必要なようだ。

「その力で何をするつもりだ?みんなを脅すのか?」

佐々木の質問に、天音は首を振った。

「脅すつもりなんてない。君が俺の本を燃やそうとしたから、反射的に...」

「うるさい!」

佐々木が怒鳴り、天音に向かって駆け寄ってきた。拳を振り上げる。

その瞬間——

「動くな!」

天音の言葉が空気を震わせた。佐々木の体が一瞬固まる。まるで時間が止まったかのように。

「なっ...体が...」

佐々木は動けなくなっていた。しかし効果は数秒で切れ、すぐに動けるようになる。

「化け物...お前本当に化け物だ!」

恐怖に満ちた眼差しで、佐々木は後ずさりした。周囲の生徒たちも動揺し、ざわめきが広がる。

「天音くん...」

倉田が教室の窓から見ていた。彼女の表情には恐怖よりも、どこか羨望の色が浮かんでいた。

天音は自分の手を見つめた。この力は何なのか。なぜ自分に与えられたのか。そしてこの先、この力とどう向き合っていくべきなのか。

恐怖と好奇心が入り混じる中、天音の心に確信が芽生えていた。

この力を理解し、正しく使う方法を見つけなければならない。

そして、もしかしたら——この世界には、他にも「言霊」の力を持つ者たちがいるのかもしれない。

佐々木と対峙しながら、天音の冒険はまだ始まったばかりだった。

(つづく)
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