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第2巻 第7話:黒幕の影…!『無言のことだま使い』の正体
しおりを挟む「もう大丈夫よ。動けるようになったみたいね」
倉田が心配そうに天音を見つめていた。事件の警告から二日が経過し、天音は医務室のベッドから起き上がれるまでに回復していた。胸の傷は獅堂教授の特別な治療のおかげで、驚異的な速さで癒えつつあった。
「ありがとう、倉田さん。看病してくれて」
天音はゆっくりと身を起こした。痛みはまだあるが、もう耐えられる程度だ。
「獅堂教授の治療法はすごいね。普通なら一ヶ月はかかる傷なのに…」
「『癒しの言霊』の力だって。先生はそれも使えるんだって」
倉田は天音の枕を直しながら、最新情報を伝えた。
「この二日間で、また三人の生徒が言霊を失ったんだって。もう計十六人よ」
「そんなに…」
天音は眉をひそめた。事態は着実に悪化している。「七日後、言葉は滅ぶ」という警告の意味が、日に日に重みを増していた。
「風香さんとシオンは?」
「二人とも調査チームで活動してるわ。特に風香さん、すごく頑張ってる。言霊が使えなくても、伝統的な『風の道具』を駆使して調査してるの」
天音は静かに頷いた。風香の決意の強さを感じる。そして、シオンもまた、自分なりの方法で真相に迫っているのだろう。
「倉田さん、獅堂教授に会いたい。呼んでもらえる?」
「でも、まだ安静にしていた方が…」
「時間がないんだ。あと五日しかない」
天音の決意に満ちた表情に、倉田は迷いながらも頷いた。
「わかった。先生を呼んでくるね」
---
「予想以上の回復ぶりだな」
獅堂教授が天音の状態を確認しながら言った。彼の眼差しには安堵の色があった。
「先生のおかげです。ありがとうございます」
「この二日間の調査で何かわかりましたか?」
獅堂教授は窓の外を見つめ、しばらく沈黙した後、静かに話し始めた。
「『言葉喰い』の出現パターンには、ある規則性があるようだ。被害者たちの言霊の種類、発生場所、時間帯…全てが計画的だ」
「誰かが操っている…?」
「ああ。そして、その黒幕は学園内に潜んでいる可能性が高い」
天音は驚きの表情を浮かべた。
「学園内に?でも、それは…」
「生徒か教師か、それとも職員か…それはまだ特定できていない。だが、『真言の塔』の図書室に残されたメッセージは、犯人が我々の調査を知っていることを示している」
獅堂教授は天音に近づき、低い声で続けた。
「それに、もう一つ気になることがある。30年前の事件と今回の事件には、ある共通点がある」
「共通点?」
「どちらも『言霊の王』の復活に関連している。しかも、30年前の事件は突然終息した。犯人が見つかったわけでも、対策が成功したわけでもない。ただ…終わったのだ」
天音は考え込んだ。
「何か…目的を達成したから?」
「その可能性が高い。そして今回も、何かの準備が進行しているのではないかと危惧している」
獅堂教授は天音の肩に手を置いた。
「天音、君はまだ完全には回復していない。だが、『響け、心の声』の力は使えるか?」
「はい、多分…でも、まだ不安定です」
「それでいい。今日の午後、調査チームで特別な試みをする。君にも参加してほしい」
「特別な試み?」
「『言葉喰い』を呼び寄せ、直接対峙する」
天音は驚いた。
「呼び寄せる?どうやって?」
「風香の協力を得て、彼女を囮にする計画だ。彼女は既に言霊を失っている。さらに『風の宝玉』を使うことで、『言葉喰い』を引き寄せられる可能性がある」
「でも、それは風香さんにとって危険すぎます!」
「彼女自身が志願した。君の回復を待たずに実行するつもりだったが…君も加われるなら、成功率が上がる」
天音は迷いながらも、決意を固めた。
「わかりました。参加します」
---
その日の午後、「真言の塔」の最上階にある「星見の間」に調査チームが集まった。メンバーは獅堂教授、天音、風香、シオンの他に、水鏡の塔の上級生二名だった。
「計画を説明する」
獅堂教授が中央の魔法陣のような模様が描かれた床に立ち、話し始めた。
「風香が『風の宝玉』を使い、特殊な波動を発生させる。それに反応して『言葉喰い』が現れると予測している」
風香は決意に満ちた表情で頷いた。彼女の手には前回のバトルで使用した宝玉が握られていた。
「宝玉の力は強すぎるので、他のメンバーは風香を守りながら、『言葉喰い』が現れたら直ちに封じる」
シオンが冷静な声で質問した。
「封じるといっても、どうやって?『言葉喰い』は言霊すら奪う存在だぞ」
「これを使う」
獅堂教授は古い羊皮紙を広げた。
「『封印の言霊陣』だ。五人で囲み、同時に『封じよ』の言霊を放つ。それで一時的に『言葉喰い』を封じ込められる」
天音は自分の役割を確認した。
「僕は?」
「君は『響け、心の声』で『言葉喰い』と交信を試みてほしい。前回、一時的にできたと聞いている。その正体、目的を探るんだ」
計画の詳細が説明され、全員が位置について準備が整った。風香が中央に立ち、周囲をシオン、天音、獅堂教授、水鏡の塔の生徒二名が囲む形だ。
「準備はいいか?」
獅堂教授の声に、全員が頷いた。
「では、始めよう」
風香は宝玉を掲げ、静かに目を閉じた。宝玉が青く輝き始め、彼女の周りに風の渦が形成される。それは前回のバトルの時よりも制御された、穏やかな風だった。
「風よ、導け…失われた言葉の在処へ…」
風香の声に呼応するように、宝玉の光が強まり、部屋中に青い光が広がった。
数分間、静寂が続いた。
「来ないな…」
シオンが呟いた時、突然、部屋の温度が急降下した。窓ガラスに霜が走り、息が白くなるほどの寒さが訪れた。
「来た!」
獅堂教授の警告と同時に、床から黒い靄が立ち上り始めた。「言葉喰い」の出現だ。
黒い靄は徐々に形を取り、人型に近い姿になっていく。しかし、実体はなく、煙のように揺らめいていた。
「準備!」
獅堂教授の指示で、全員が「封印の言霊陣」の位置に移動した。風香は中央から退き、天音の側に立った。
「天音くん…」
彼女の声には緊張が混じっていた。
「大丈夫、計画通りに」
天音は静かに「響け、心の声」を準備した。彼の周りに微かな波動が形成される。
黒い影はさらに大きくなり、天井近くまで伸びた。そして、不気味な声が室内に響いた。それは人間の声というより、風の唸りのような音だった。
「来たるべき、沈黙の時…」
「今だ!封じよ!」
獅堂教授の合図で、全員が同時に「封じよ」の言霊を放った。五つの言霊が交差し、黒い影を取り囲む光の網が形成された。
影は一瞬動きを止めたが、すぐに激しく暴れ始めた。
「効いている!さらに強化するぞ!」
獅堂教授が指示を出す。全員が再度「封じよ」の言霊を強化しようとした瞬間—
「無効」
新たな声が響いた。低く、冷たい男性の声だった。
突然、光の網が砕け散り、「封印の言霊陣」が崩壊した。驚愕の表情で獅堂教授が叫ぶ。
「誰だ!?」
「沈黙」
同じ声が響いた瞬間、部屋全体が奇妙な静寂に包まれた。天音は咄嗟に「響け、心の声」を放とうとしたが、声が出ない。いや、声は出ているのに、音が生まれない。
全員が同じ状況だった。口を動かしても、音が出ない。言霊が使えない。
「無駄な抵抗だ」
声の主が姿を現した。部屋の隅から、一人の男性が歩み出てきたのだ。
彼は全身を黒いローブで覆い、顔の下半分だけを白い仮面で隠していた。目だけが見える状態で、その瞳は冷たく光っていた。
「私は『無言(むごん)』。言葉を封じる者」
黒い影—「言葉喰い」—は彼の側に寄り添うように移動した。まるでペットのようだ。
「これが『無言』…!」
天音は心の中で叫んだ。口を動かしても音が出ないが、「響け、心の声」なら…と思い、力を集中させた。
「響け、心の声!」
彼の言霊が静かに広がった。音はないが、波動は生じている。天音は「無言」の存在を捉えようとしたが、強固な壁に阻まれた。彼の心には近づけない。
「無言」は天音を見つめ、冷笑を浮かべた。
「『響け、言霊』の使い手か。興味深い」
彼は一歩近づいた。
「だが、私の『沈黙の領域』では、いかなる言霊も機能しない。音そのものを消し去り、言葉の力を封じる…それが私の力だ」
天音は全身に冷たい恐怖を感じた。この男の力は、これまで出会ったどの敵よりも強大だった。
獅堂教授が「無言」に向かって突進しようとしたが、彼の一瞥でその場に凍りついた。
「動くな」
獅堂教授の体が完全に停止した。
「無言」は一人ずつメンバーを見渡し、最後に風香に視線を向けた。
「お前から頂いた言霊、よく味わわせてもらった。純粋な風の力…素晴らしかったぞ」
風香の表情に怒りが浮かび、彼女は懐から最後の風切り羽を取り出した。だが、「無言」はそれを見て笑っただけだった。
「無駄だ」
彼が手をかざすと、風切り羽は宙に浮かび、粉々に砕けた。
「全ての言葉は、最終的に沈黙に帰る。それが世界の真理だ」
「無言」は天音たちを見下ろすように言った。
「七日後、全ての言葉が滅ぶ。そして、新たな時代が始まる」
彼は黒い影—「言葉喰い」—に命じた。
「残りを頂け」
影が獅堂教授に向かって伸びていく。教授は動けないまま、影に包まれていった。
天音は必死で体を動かそうとした。傷の痛みを無視し、なんとか「無言」に立ち向かおうとする。だが、「沈黙の領域」の力は強すぎた。
突然、意外な人物が動いた。シオンだ。
彼は木刀を握り、「無言」に向かって飛びかかった。音はないが、彼の動きだけは鮮やかだった。
「無言」は一瞬驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「言刃を使わずとも戦うか…面白い」
シオンの木刀が「無言」に迫った瞬間、「無言」の手が閃いた。シオンの体が宙に浮き、壁に叩きつけられた。
「お前も連れていく。言葉を拒絶する者…興味深い存在だ」
黒い影がシオンを包み、彼は意識を失ったように崩れ落ちた。
風香が天音の前に立ちはだかり、最後の抵抗を試みた。「無言」は彼女を一瞥し、
「勇敢だが、無駄だ」
彼の手の動きで、風香も宙に浮き、シオンの側に投げ出された。黒い影が二人を完全に包み込んだ。
天音だけが残された。
「そして、お前…」
「無言」が天音に近づく。
「お前の『響け、言霊』は特別だ。我が主『言霊の王』が最も恐れる力…だからこそ、今は生かしておく」
彼は天音の頬に触れた。冷たい指先が、天音の肌に触れる。
「七日後、お前自身が選択することになる。言葉の終焉を受け入れるか、無意味な抵抗を続けるか…」
「無言」は黒い影と共に、シオン、風香、獅堂教授を連れて後退し始めた。
「次に会う時、すべてが明らかになるだろう」
彼らの姿が徐々に薄れていく。
「待て!」
天音は必死で叫んだが、音にならない。彼は最後の力を振り絞り、「響け、心の声」の力を極限まで高めた。
一瞬、波動が「無言」に届いたように感じた。彼の心の片隅に、何か弱点のようなものが…
だが、その瞬間、強烈な反動が天音を襲った。「無言」の力が彼の心を押し返したのだ。
「七日後…楽しみにしている」
「無言」の最後の言葉と共に、彼らの姿は完全に消えた。部屋には天音一人だけが残された。
「沈黙の領域」の効果が消え、音が戻った。天音は膝をつき、荒い息をついた。
「風香さん…シオン…獅堂先生…」
仲間たちが連れ去られた現実が、重く天音の心にのしかかった。彼は無力感に打ちのめされそうになりながらも、立ち上がろうとした。
その時、部屋のドアが開き、倉田と水織教官が駆け込んできた。
「天音くん!大丈夫?何があったの?」
倉田が心配そうに天音を支える。
「みんな…連れ去られた…」
天音の言葉に、水織は顔色を変えた。
「獅堂教授も?」
「はい…『無言』という男に…」
「無言…まさか、伝説の…」
水織の表情に恐怖の色が浮かんだ。
「彼が30年前の事件の黒幕…そして今回も…」
天音は力なく床に座り込んだ。
「僕に何もできなかった…」
「自分を責めないで」
水織が厳しくも優しい声で言った。
「『無言』は最強のことだま使いの一人。獅堂教授でさえ敵わない相手だ」
「でも、みんなを救わなきゃ…」
天音の声に、決意が混じり始めた。
「七日後、全ての言葉が滅ぶと言っていた。それまでに…」
水織は考え込むように言った。
「時間がない。でも、『無言』と対峙するには、もっと力が必要だ」
「どうすれば…」
「一つだけ方法がある」
水織は天音を見つめた。
「『言霊の地図』を使って、かつて『言霊の王』を封印した場所に行くんだ。そこには、強大な言霊の力が眠っている」
「言霊の地図…?」
「ああ。獅堂教授の研究室に隠されているはずだ。それを見つけ、指し示す場所に向かうんだ」
天音は立ち上がり、決意を固めた。
「わかりました。地図を探し、そこに行きます」
「危険な旅になるだろう」
「それでも行かなければ。仲間たちを救うために」
天音の目に、新たな光が宿った。絶望のどん底から、わずかな希望を見出し始めたのだ。
「倉田さん、手伝ってくれる?」
「もちろん!一緒に行くよ!」
天音と倉田は互いに頷き合った。
「言霊の地図」を見つけ、そこに示される場所へ向かう。そして、風香、シオン、獅堂教授を救い、「無言」の計画を阻止する—
新たな旅が、今始まろうとしていた。
(つづく)
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