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第7話「コード改変の限界」
しおりを挟む廃神社の本殿。朽ちた板の間に三人は座り込み、影狼との戦いの余韻を感じていた。青白い光を放つ白狐が中央に立ち、その姿は神々しく輝いている。
「やったわね...」志乃は安堵の溜息をついた。「白狐さんの二つ目の封印が解けて『零式・陰陽結界』まで使えるようになるなんて」
蓮も笑顔を浮かべた。「白狐、お前の力は素晴らしい」
白狐は静かに頷いたが、その瞳には不安の色が見えた。「確かに力は増した。だが...」
言葉が途切れた瞬間、白狐の体が突如として激しく震え始めた。青白い光が不規則に明滅し、体の輪郭が歪み始める。
「白狐!?」蓮が飛び上がる。
「何が起きてるの!?」志乃も驚いて立ち上がった。
白狐は苦しげに唸り、床に崩れ落ちる。その体から漏れる光が不安定に揺らめき、時折デジタルノイズのようなちらつきが走る。
「蓮...私の体が...」白狐は途切れ途切れに話した。「コードが...不安定に...」
志乃は急いでポータブルコンピュータを取り出し、白狐の状態をスキャンした。「これは...」彼女の顔から血の気が引く。「コアプログラムが不安定化してる!データの劣化と破損が急速に進行中よ!」
蓮は白狐の横に膝をつき、「どうすれば...」と志乃に問いかけた。
志乃は額に汗を浮かべながら分析を続ける。「封印を正規の手順を踏まずに急いで解いたことが原因みたい。コアプログラムに歪みが生じているわ」彼女は画面を蓮に見せた。「デジタル構造が崩れていく...このままではサーバー間を移動するたびに劣化していくわ」
「修復できるか?」蓮の声には切迫感があった。
「試してみる」志乃はキーボードを叩き始めた。「応急処置的なパッチを当てるわ」
蓮も自分のデバイスを取り出し、白狐の状態を安定させるためのプログラムを書き始めた。プログラマーとして培った技術のすべてを注ぎ込み、コードの破損箇所を特定し、修復を試みる。
刻一刻と状況は悪化していった。白狐の体はより透明になり、時折完全に消えかける瞬間もある。本殿に漂う白狐のデジタルな粒子が、まるで雪のように舞い散っていた。
「効果がない...」志乃は焦りを隠せなかった。「通常のバグフィックスじゃダメなの。この崩壊は根本的な部分で起きてる」
蓮は必死にあらゆるプログラミング手法を試みた。エラー修正アルゴリズム、自己修復プロトコル、冗長データの再構築...しかし、どれも一時的な効果しか示さなかった。白狐の状態は徐々に、しかし確実に悪化していく。
「私は...消えるのか」白狐の声は弱々しくなっていた。青い目が蓮を見つめる。「蓮...君と出会えて...良かった」
「諦めるな!」蓮は叫んだ。「必ず救ってみせる!」
志乃は画面から顔を上げ、涙ぐんだ目で蓮を見た。「先輩...もう手段が...」
蓮の頭に閃きが走った。父の研究データ。彼は急いで持参していたタブレットを開き、暗号化された父のファイルを探し始めた。ついに見つけた最後のファイル。「父さん...何か残してくれていないか...」
暗号を解読すると、そこには「零式起動」と名付けられたプログラムが記録されていた。蓮は速読しながらプログラムの内容を理解していく。
「これは...」蓮の目が見開かれた。
志乃も画面を覗き込み、「これは...最終手段だわ」と震える声で言った。「零式起動...式神のコアを一度完全に停止させ、再構築するプログラム」
「リスクは?」蓮が尋ねる。
志乃は唇を噛んだ。「成功すれば白狐さんは救われる。でも、失敗すれば...完全に消滅する可能性がある。確率的には...成功率50%以下」
蓮は静かに頷いた。「やるしかない」
「でも先輩!」志乃が食い下がる。「そんな危険を...」
「他に選択肢はあるのか?」蓮は冷静に問い返した。志乃が黙り込むのを見て、彼は決意を固めた。「俺は白狐を見捨てない」
蓮は崩壊が進む白狐の前に膝をつき、その顔を優しく見つめた。白狐の姿はすでに半透明で、体から漏れ出す光の粒子が本殿の空気中に舞い始めていた。
「白狐...信じてくれ」蓮は静かに、しかし強い意志を込めて語りかけた。「君を救う方法がある。だが、リスクも大きい」
白狐は弱々しく目を開け、蓮を見た。「何を...すれば...」
「零式起動だ」蓮は説明した。「君のコアを一度停止させ、再構築する。だが...成功は保証できない」
白狐は小さく頷いた。「構わない...君を信じる...」
蓮は白狐の額に手を当て、深く息を吸い込んだ。「必ず戻ってくる。約束する」
志乃はプログラムの準備を整え、「零式起動、設定完了」と告げた。彼女の声は緊張で震えていた。「先輩...本当にやるの?」
「ああ」蓮は決意に満ちた表情で頷いた。
蓮は「零式起動」プログラムを起動させ、古代の陰陽術の呪文を唱え始めた。父のファイルには詠唱も記されていたのだ。本殿内の空気が震え、床に古い陰陽道の紋様が浮かび上がる。
プログラムが実行されるにつれ、白狐の体からはより多くの光の粒子が放たれていった。その姿がさらに透明になり、輪郭が溶けていく。
「蓮...」白狐の最後の言葉が聞こえた。「恐れている...だが...信じる...」
「必ず戻ってくる」蓮は再び約束した。「俺たちの絆は、こんなことでは切れない」
光がフラッシュのように増大し、一瞬神社全体を白く照らした。そして...白狐の姿は完全に消え、光の粒子だけが空中に漂っていた。
志乃は息を呑み、画面を見つめた。「コアプロセスの停止...確認」彼女の声は震えていた。「これから再構築フェーズに入るわ」
蓮は動かなかった。白狐が消えた場所を見つめ続けている。彼の表情は決意に満ち、目には揺るぎない光が宿っていた。
「父さん...力を貸してくれ」心の中で蓮は祈った。
再構築プロセスがゆっくりと始まった。空中に漂う光の粒子たちが、少しずつ中央に集まり始める。しかし、それはあまりにも遅く、あまりにも不確かだった。
「パラメーターが不安定...」志乃の声には不安が満ちていた。「再構築が正常に進行してるか判断できないわ」
蓮は立ち上がり、光の粒子の渦の中に手を伸ばした。「白狐...戻ってきてくれ」
その時、蓮の手から青白い光が放たれた。八雲家に伝わる陰陽術の血が、彼の中で目覚めたのだ。蓮自身も驚いたが、本能的にその力を受け入れた。彼の手から放たれる光が、空中の粒子たちを引き寄せ、形を与え始める。
「先輩...?」志乃は目を見開いた。「どうして...」
「わからない...」蓮は集中したまま答えた。「だが、この力を使わなければ...」
蓮の体からより強い光が放たれ、白狐の粒子がさらに強く反応した。粒子が渦を巻き、徐々に形を取り始める。四本の足、しなやかな体、そして九本の尾...白狐の姿が再び現れ始めたのだ。
「再構築率60%...70%...」志乃が高揚した声で読み上げる。「80%...」
光の渦がより激しく回転し、中央に白狐の姿がさらに明確になっていく。最後に大きな光の爆発があり、眩しさに二人は目を閉じた。
光が収まると、そこには白狐が立っていた。以前よりも小さいが、確かにそれは白狐だった。体の輝きは弱いものの、安定している。
「白狐...?」蓮は恐る恐る呼びかけた。
白い狐は目を開け、蒼い瞳が蓮を見つめた。「蓮...私は...戻ってきた」
「白狐!」蓮は駆け寄り、白狐を抱きしめた。思わず出た行動だったが、白狐も頭を蓮の肩に寄せ、その温もりを受け入れた。
志乃は涙を拭いながら笑った。「信じられない...零式起動が成功したのよ」彼女は画面を確認した。「コアプログラムはかなり単純化されたけど、基本的な機能と意識は保たれてる。自己修復機能も働いてるわ」
蓮は白狐を見つめた。「大丈夫か?何か変わったことは?」
白狐はゆっくりと体を動かし、確かめるように歩いた。「体が...軽い。そして小さくなった。力も以前より弱まっている」彼は落ち着いた声で言った。「だが...核となる部分は無事だ。『浄化』も『零式・陰陽結界』も使える。そして何より...私の意識、私という存在が残った」
「それが一番大事なことだ」蓮は微笑んだ。
白狐は蓮を見上げた。「しかし、不思議なことがある。零式起動の間...私はある場所を訪れた気がする」
「場所?」蓮は首を傾げた。
「ああ...」白狐の目が遠くを見つめる。「白い空間...そして、そこには...」
白狐は言葉を切った。何かを思い出せないようだった。
「大丈夫よ」志乃が二人に近づいた。「記憶の一部が断片化してるのかもしれない。時間をかければ戻るかも」
三人は静かに本殿に座り直した。外は夕暮れになりつつあり、神社を赤く染めていた。
「さて、次のステップは?」志乃が尋ねた。「白狐さんの状態は安定してるけど、もう一度無理をすれば...」
「分かっている」蓮は頷いた。「もう無理はさせない」彼は白狐に視線を向けた。「三つ目の封印までは時間をかける。まずは君を完全に回復させることが優先だ」
白狐も同意した。「賢明だ。しかし、黒陰は待ってはくれない」
「それは私たちが何とかするわ」志乃は自信たっぷりに言った。「コード・ブレイカーズのネットワークを使って、しばらく身を隠しましょう」
「次の鍵は何か分かるか?」蓮は白狐に尋ねた。
白狐は静かに考え込んだ。「三つ目の封印の鍵は...『古の書』だ。それは国立図書館の特別収蔵庫に保管されているはずだ」
「また博物館侵入みたいなことになるのね」志乃はため息をついた。
蓮は立ち上がり、夕日を見つめた。「明日からの計画を立てよう。今夜はここで休むか」
その時、蓮のデバイスが鳴った。見知らぬ番号からのメッセージ。開くと、そこには一行だけあった。
「お前らの抵抗は無駄だ——影狼」
メッセージには座標が添付されていた。
「黒陰は常に私たちを監視してる...」志乃は怯えた様子で言った。
蓮は冷静にデバイスをポケットに戻した。「だからこそ、俺たちは前に進むしかない」
白い狐は窓から差し込む夕日に照らされ、その姿は再び美しく輝いていた。「共に行こう、蓮」
夕暮れの神社に、三人の決意が静かに共鳴していた。
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