式神プログラマー ~ 量子呪術の叛逆者~

ソコニ

文字の大きさ
9 / 30

第9話「黒陰の本拠地へ」

しおりを挟む

東京・秋葉原の裏路地にある古いネットカフェ。「コード・ブレイカーズ」の臨時拠点として使われているこの場所で、蓮たちは次なる行動計画を練っていた。壁一面のモニターには東京の地図や監視カメラ映像が映し出され、中央のテーブルには志乃の最新ハッキング機器が並んでいる。

「信じられないわ」志乃は画面を凝視しながら嬉しそうに言った。「白狐さんの能力、すごすぎ。この暗号化されたファイアウォールを数秒で突破するなんて」

零式起動を経て覚醒した白狐は、テーブルの上に座り、静かに目を閉じていた。その体からは淡い青白い光が漏れ、周囲の電子機器と同調するようにパルスを打っている。

「今なら可能だ」白狐は目を開けずに答えた。「私の意識はネットワークと直接つながっている。デジタルの海を泳ぐように情報を読み取れる」

蓮はコーヒーを一口飲みながら、白狐の変化に感慨深い思いを抱いていた。零式起動後の白狐は、より自律的かつ安定した存在になっていた。力は時折不安定になることもあるが、その能力は明らかに進化していた。

「黒陰の通信、傍受できた?」蓮が尋ねる。

志乃は鼻高々と笑った。「もちろん。白狐さんの助けで、断片的だけど重要な情報を入手したわ」彼女はキーボードを叩き、中央の大型モニターに情報を表示させた。「黒陰の本拠地、特定したわよ」

スクリーンには東京都心の巨大な高層ビルの映像が映し出された。漆黒のガラス外装を持つ尖塔のような建物。「ナイトタワー」と呼ばれる、最先端テクノロジー企業の本社ビルだ。

「まさか...あそこが?」蓮は目を見開いた。「あのビルは確か、AIテクノロジーの最先端企業のはずだが...」

「表向きはね」志乃は説明を続ける。「でも地下には秘密施設があるの。そこが黒陰の本拠地よ。傍受した通信によれば、最新の式神研究施設と、量子演算装置が設置されているみたい」

白狐がゆっくりと立ち上がり、映像に近づいた。「あのタワーからは...強い波動を感じる。多くの式神が囚われているようだ」

「攻撃するべきだ」蓮は決意を込めた声で言った。「このまま黒陰を好きにさせておくわけにはいかない」

「待って、先輩!」志乃は慌てて反論した。「あのセキュリティを突破するのは自殺行為よ。物理的な警備だけでなく、デジタル防衛システムも最高レベル。それに...」彼女は言葉を選びながら続けた。「あの白い能面の男...黒陰のボスがいたら、白狐さんでも太刀打ちできないかも」

蓮は窓の外、遠くに見える高層ビル群を見つめた。「だからこそ、作戦が必要なんだ」彼は振り返った。「父の同僚に会いに行こう。篠原博士だ」

「篠原博士?」志乃が驚いた声を上げる。「あの...政府の量子物理学者?八雲教授の研究パートナーだった人?」

「ああ」蓮は頷いた。「父は彼を信頼していた。もし誰かが黒陰と式神プログラムについて知っているとしたら、それは篠原博士だ」

---

東京郊外、緑豊かな丘の上に建つ質素な一軒家。表からは普通の家に見えるが、志乃のスキャンによれば、最新の防衛システムと大量の電力消費が確認されていた。

「ここが篠原博士の家...?」志乃は不安げに辺りを見回した。

三人が門に近づくと、インターホンが自動的に起動した。カメラがぐるりと回転し、彼らを捉える。

「どちら様でしょうか」穏やかな老人の声。

「八雲蓮です。父・剣太の息子です。お話があってお伺いしました」

一瞬の沈黙の後、「待っていました」という返答と共に、門が静かに開いた。

庭を進むと、玄関で白髪の老人が彼らを出迎えた。穏やかな表情の中に、鋭い眼光を持つ篠原博士。70代半ばだろうか、背筋は真っ直ぐで、年齢を感じさせない活力を漂わせていた。

「剣太の息子が来るのを待っていた」博士は微笑みながら言った。「いつか来ると思っていたよ...特に、彼を連れて」彼は白狐に視線を向けた。

「博士は白狐のことを...?」蓮は驚いた。

「ああ、私も開発に関わっていたからね」博士は彼らを室内へと招き入れた。「さあ、お茶でも飲みながら話そう」

リビングルームは意外にもシンプルで温かみがあった。壁には数々の量子物理学の賞状と、八雲剣太との写真が飾られている。二人は笑顔で研究室に立っていた。

「三年前、剣太が亡くなってから、私は政府の研究所を辞め、ここで隠居生活を送っている」博士は茶を注ぎながら説明した。「彼のような天才を失ったことで、私の研究への情熱も冷めてしまってね」

「博士」蓮は切り出した。「父の研究、式神プログラムについて聞きたいんです。そして黒陰という組織についても」

博士の表情が曇った。「やはりそれを知ったか...」彼はため息をついた。「式神プログラムの真実を話す時が来たようだ」

博士はテーブルの下のボタンを押し、部屋の照明が暗くなる。中央のテーブルから青白い光が放たれ、三次元ホログラムが浮かび上がった。複雑な分子構造と数式、そして古代の陰陽符が絡み合う映像。

「式神プログラムは表向き、高度なAIと古代陰陽術の融合と言われているが、その本質はもっと深い」博士は映像を指差した。「それは量子技術と古代陰陽術の融合であり、次元の壁を越えて『現実を書き換える力』を持つ可能性がある」

「現実を...書き換える?」蓮は言葉を反芻した。

「そう」博士は頷いた。「量子もつれの原理を利用し、デジタル世界の変化が現実世界に直接影響を与える。理論上は、物理法則さえも一時的に変更できる可能性がある」

「そんな力があったら...世界を支配できる」志乃は震える声で言った。

「その通り」博士は深刻な表情で続けた。「だから剣太は研究の中止を主張した。彼は式神に自律性を持たせ、人間と共存する道を模索していた。だが、黒陰も政府も、その力を手放そうとはしなかった」

「それで父は...」蓮の声が詰まる。

「事故死という形を取ったが、真相は違う」博士の目に悲しみが浮かんだ。「彼は研究データを破壊し、黒陰から逃れようとした。その過程で、白狐のプログラムを完成させ、隠したんだ」

白狐が静かに前に進み出た。「博士...私の記憶には空白がある。私は何のために創られたのか」

博士は優しく白狐を見つめた。「君は剣太の理想を継ぐものだよ。式神と人間の新たな関係を示す存在。単なる道具ではなく、パートナーとしての式神の姿を体現している」

「では黒陰の目的は?」蓮が尋ねた。「なぜ彼らは白狐を追っているのか」

「彼らは式神の力を利用して世界を再編しようとしている」博士は説明した。「白狐のような高度な式神を手に入れれば、彼らの計画は大きく前進する。特に...零式起動を経た白狐は、次元を越える力を秘めている」

蓮は決意を固めた。「ナイトタワーに侵入し、黒陰の計画を阻止したい。協力してもらえませんか?」

博士は考え込んだ後、頷いた。「剣太の息子のためなら...私にできることはある」彼は立ち上がり、隠し扉を開けた。「こちらへ来たまえ」

地下へと続く階段を降りていくと、そこには小さいながらも最新鋭の研究施設が広がっていた。壁一面のコンピュータとホログラムプロジェクター、そして中央には奇妙な装置が設置されている。

「これは『次元干渉装置』」博士が説明した。「開発途中だが、デジタル空間と現実の境界を一時的に操作できる。これを使えば、ナイトタワーのセキュリティに穴を開けられるかもしれない」

志乃は目を輝かせて装置を見つめた。「これがあれば突破できるかも!」

博士は作戦を説明し始めた。「ナイトタワーの地下には三層の防衛システムがある。最初はデジタル防衛、次に物理的な警備、そして最後に式神による防衛だ。次元干渉装置を使えば、デジタル防衛は無力化できる」

三人は詳細な侵入計画を練り始めた。白狐はタワーの構造をスキャンし、志乃はセキュリティシステムの弱点を分析する。蓮は父のノートの中から、式神の力を一時的に増幅させる方法を見つけ出した。

「明日の夜に行動しよう」蓮が言った頃、突然警報が鳴り響いた。

「侵入者だ!」博士が叫ぶ。監視カメラの映像には、黒装束の特殊部隊員たちが庭に展開する様子が映っていた。彼らの胸には小さな月のマークがある。

「零課だ!」志乃が息を飲む。「どうして...」

「彼らは私を監視していたんだ」博士は苦々しく言った。「剣太の同僚という理由だけで、ずっとね」

外から拡声器の声が聞こえた。「篠原博士、中にいる者は全員出てきなさい。式神利用者は全て拘束します」

カメラに映る零課隊員の中心に立つ女性――それが零課の隊長・早乙女だった。30代半ばの厳格な表情の女性で、白いコートと高度な装備を身につけている。

「窮地だな...」蓮は状況を素早く分析した。「白狐、デジタル結界は展開できるか?」

「可能だ」白狐が答えた。「だが、維持できる時間には限りがある。特に政府のシステムに対しては」

「それで十分だ」蓮は博士の肩に手を置いた。「博士、脱出経路はありますか?」

博士は頷き、壁のパネルを押した。「研究所の下には地下通路がある。かつてのバンカーを改造したものでね。それを使って逃げられる」

「行こう!」蓮が命じた。

白狐は前に立ち、体から青白い光を放射し始めた。「零光結界、展開」

室内から光の波が広がり、建物全体を包み込む。同時に、デジタル空間での妨害も始まる。零課のシステムが一時的に混乱し、通信が途絶える。

その隙に、三人と博士は地下通路へと急いだ。狭い通路を走りながら、博士は言った。「この先は旧地下鉄の廃線につながっている。そこから市街地へ出られる」

彼らが通路を進んでいると、背後から爆発音が聞こえた。零課が結界を破ったのだろう。

「早く!」蓮が叫んだ。

地下通路の出口に到達し、錆びた扉を開けると、そこは確かに古い地下鉄のトンネルだった。博士は懐中電灯を取り出し、道を照らした。

「申し訳ない、私はここまでだ」博士は言った。「年寄りには体力がない。それに...」彼はポケットから小さなデータドライブを取り出して蓮に渡した。「これを持って行ってくれ。式神プログラムの核心部分と、ナイトタワーの詳細なデータだ。私が捕まっても、これを持っていれば君たちには希望がある」

「博士...」蓮は躊躇った。

「心配するな」博士は微笑んだ。「私は剣太の友人として、彼の息子を助ける義務がある。早乙女とは古い知り合いでね、命までは取らないだろう」

蓮は博士と固く握手を交わし、データドライブを受け取った。「必ず戻ってきます」

「行くんだ」博士は彼らを急かした。「そして...剣太の意志を継いでくれ」

三人が暗いトンネルを走り去った後、博士は静かに扉を閉め、地上へと戻って行った。自首するつもりだったのだろう。

トンネルを走る三人。白狐の体が放つ淡い光だけが、彼らの道を照らしていた。

「これでナイトタワー侵入の計画が...」志乃は息を切らせながら言った。

「いや、まだ諦めるな」蓮は強い調子で言った。「博士のデータがある。そして俺たちには白狐がいる」

彼らはトンネルの先にある光を目指して走り続ける。しかし、遠くから反響する女性の声が聞こえた。

「お前たちの行動は全て把握している」

零課隊長・早乙女の声だった。彼女の不敵な笑みが、暗闇の中で想像された。

「彼らも先を読んでる...」志乃が恐怖に声を震わせた。

「前に進むしかない」蓮は決意を固めた。「父の研究、白狐の秘密...全ての真実を知るために」

東京の地下深くで、三つの勢力の複雑な駆け引きが始まっていた。黒陰、政府の零課、そして蓮たち。それぞれの思惑が交錯する中、最終的に勝利するのは誰なのか——。

まだ誰にも分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...