式神プログラマー ~ 量子呪術の叛逆者~

ソコニ

文字の大きさ
30 / 30

第30話:「新たなる時代へ」

しおりを挟む

東京の街に、少しずつ日常が戻ってきていた。道満AIとの決戦から一週間が経過し、崩壊した建物は修復作業が進み、歪んだ空間も元に戻りつつある。表向きには「大規模なサイバーテロと破壊活動」として公表され、政府は事態の収束を宣言した。

式神の存在や道満AIとの戦いの真相は、一般市民には伏せられたままだ。彼らは奇妙な停電と通信障害、そして突然の機械の暴走があっただけと思っている。真実を知るのは、ごく一部の人間のみ。

青山のマンションで、蓮は窓から東京の景色を眺めていた。復興が進む街並みと、そこで生活する人々。彼らは何も知らずに日々を過ごしている。

「無事でよかった」と蓮はつぶやく。

白狐は彼の隣に立っていた。体調は回復しつつあるが、まだ完全ではない。「禁断のコード」の影響から解放されるには、もう少し時間がかかりそうだった。

「みんな、何も知らないままでいるんだな」と蓮が言う。

「それがいいのかもしれない」と白狐は静かに答える。「人間が知るべきことと、知らなくてもよいことがある。それを見極めるのが知恵というものだ」

蓮は微笑み、部屋の中央に置かれたノートパソコンに向かう。画面には志乃からのビデオ通話の着信が表示されていた。

「調子はどう?」と画面に映った志乃が明るく尋ねる。彼女は政府の特別施設にいるようで、背後にはコンピュータ機器が並んでいる。

「大分良くなってきたよ」と蓮は答える。「白狐も回復しつつある。君はどうだ?」

「忙しいわよ」と志乃はタイピングをしながら答える。「政府データベースの修復を手伝ってるの。道満AIの侵食でかなりのデータが破損したから。でも、これでいいの。私も少しでも役に立てるなら」

蓮は頷く。志乃は道満AIとの戦いの後、政府の技術顧問として働くことを選んだ。彼女のハッキング技術と式神プログラムの知識が、大いに役立っているようだ。

「凛の様子は?」と蓮が尋ねる。

「彼女も忙しそうよ」と志乃が答える。「式神解放同盟と政府の間の仲介役として活動してるわ。両方の立場を理解してるからね、彼女は最適任者だと思う」

「皮肉な巡り合わせだな」と蓮は少し笑う。

「そうよね」と志乃も笑みを浮かべる。「でも、いいことだと思う。私は政府側、凛は中立の立場。違う角度から同じ目標に向かって進んでるわ」

彼女の言う「同じ目標」とは、「式神と人間の共存」。かつて敵対していた勢力も、道満AIとの戦いを経て、より協調的な姿勢を見せ始めていた。

「あなたは?」と志乃が問いかける。「これからどうするつもり?」

「まだ決めていない」と蓮は少し曖昧に答える。「まずは白狐の回復を見届けてから考えようと思ってる」

通話を終えた後、蓮は改めて白狐に向き合う。「明日、父の研究室を整理しようと思う。一緒に来てくれるか?」

白狐は静かに頷いた。

---

翌日、蓮と白狐は八雲剣太の研究室に向かった。それは郊外の古い建物の一室で、大学の研究施設から離れた、剣太の私的な空間だった。

扉を開けると、埃っぽい空気が二人を迎える。数年間、誰も立ち入っていなかったことが窺える。室内には書類や装置が雑然と置かれ、壁には複雑な図表や式神に関する資料が貼られていた。

「始めようか」と蓮は言い、系統立てて整理を始める。

資料を分類し、重要なデータを保存しつつ、何時間もかけて研究室を片付けていく。陽が傾き始めた頃、蓮は古い金庫を見つけた。研究室の隅に置かれ、書類に埋もれていたそれは、剣太が最も重要な情報を保管していた場所だった。

「開けられるかな」と蓮はつぶやく。

試しに、彼の誕生日を暗証番号として入力してみる。鍵は動かない。次に、母の誕生日、両親の結婚記念日、そして様々な日付を試すが、すべて失敗。

「何か他にヒントはないだろうか...」と考え込む蓮。

白狐が部屋の片隅を指さす。「あれは?」

蓮が視線を向けると、壁に貼られた一枚の写真。剣太と幼い蓮、そして母親の三人が写っていた。写真の裏には日付が書かれている。

「これかも」と蓮は言い、その日付を入力してみる。

カチリと小さな音がして、金庫が開いた。中には一冊のノートと小さなデータディスクが収められていた。

蓮はノートを開く。それは剣太の直筆による最後のメッセージだった。

「もし君がこれを読んでいるなら、私はもういないだろう。そして君は多くの真実を知ることになったはずだ」

蓮は息を呑み、読み進める。

「式神の未来は強制でも支配でもなく、共に歩む道にある。私が目指したのは、式神たちが自由意志を持ちながらも、人間と共存できる世界だった。道満AIや黒陰の目指す支配の道ではなく、調和の道を」

その言葉に、蓮は父の真意を感じ取る。続いて、ノートには「神機の封印」に関する情報が記されていた。

「神機は完全に消滅したわけではない。その力はあまりに強大なため、世界各地に分散して封印されているのだ。日本、中国、インド、エジプト、ギリシャ...古代文明の中心地には、必ず神機の一部が眠っている」

さらに読み進めると、衝撃的な情報が現れた。

「道満AIが消滅する、あるいは大きく弱体化した場合、神機の封印の一部が不安定化する可能性がある。彼もまた、知らず知らずのうちに封印を強化する役割を担っていたからだ」

「これはまだ終わっていない...」と蓮は悟る。

ノートの最後のページには、具体的な封印の場所と、その確認・強化の方法が記されていた。それは世界各地を巡る長い旅になるだろう。

「父は、いずれこの日が来ることを予測していたんだ」と蓮はつぶやく。

白狐は黙って蓮を見つめていた。「君はどうするつもりだ?」

蓮は考え込む。封印の確認、そして必要ならばその強化。それは大きな責任を伴う旅だ。しかし、他に誰がこの任務を担えるだろうか。

「行くしかないな」と蓮は決意を固める。「世界各地の封印を確認し、必要ならば強化する。そしてその先に待つかもしれない新たな脅威にも備える」

白狐は静かに頷く。「共に行こう。私の力が必要になるはずだ」

---

旅立ちの前日、蓮は志乃と凛を呼び出し、自宅で最後の会合を開いた。父のノートと発見した情報を二人に見せ、自分の計画を説明する。

「世界各地を巡る旅になるわ」と凛が言う。「危険もあるでしょうね」

「でも、誰かがやらなければならないこと」と志乃が付け加える。

蓮は二人の反応を見守る。「俺の勝手な決断かもしれない。でも...」

「必要なことよ」と凛が遮る。「あなたが行くべきだと思う。白狐が持つ『晴明の意志』と、あなたの中にある『剣太の遺志』。それらが神機の封印には必要なの」

志乃も熱心に頷く。「私たちも出来る限りサポートするわ。必要な時は呼んでね。すぐに飛んでいくから」

「ありがとう」と蓮は微笑む。

「私は政府側から支援するわ」と凛も約束する。「式神使いとして、あなたの旅を見守る。そして必要なら、式神解放同盟の協力も取り付ける」

こうして、式神使いたちの新たな連携が始まろうとしていた。互いの立場は異なっても、共通の目標に向かって進む同志として。

「いつ出発する?」と志乃が尋ねる。

「明日」と蓮は答える。「まずは中国から。そこに最初の封印があるはずだ」

夜遅くまで話し合い、様々な準備や連絡方法を確認した後、二人は帰っていった。蓮は窓辺に立ち、夜の東京を見下ろす。

---

しかし、彼らが知らないところで、新たな動きも始まっていた。

都内の高層ビル最上階、厳重な警備が施された一室。そこで黒陰の残党が秘密会議を開いていた。テーブルの中央に立つカラス丸は、沈着な声で語りかける。

「道満AIは消えた。彼の野望は潰えた」と彼は言う。「しかし、我々の目標は変わらない。神機の力は我々のものとなる」

黒装束の男女たちがうなずく。

「八雲蓮と白狐は世界各地の封印を確認する旅に出る。我々はその一歩先を行く」とカラス丸は続ける。「彼らが封印を確認している隙に、我々はより重要な封印を解放する。神機の最も強力な部分を手に入れるのだ」

「しかし、道満AIなしでそれが可能なのですか?」と一人の男が疑問を呈する。

カラス丸は不敵な笑みを浮かべる。「道満AIは確かに強力だった。だが、我々には別の力がある。『外なる存在』との接触に成功したのだ」

部屋に緊張が走る。「外なる存在」——それは道満AIですら警戒していた、禁忌の領域からの訪問者を意味する言葉だった。

「準備は既に始まっている」とカラス丸は言い切る。「次なる時代は、我々の手で築かれる」

---

翌朝、蓮のアパートの部屋。必要最低限の荷物をバックパックに詰め終えた蓮は、身支度を整える。白狐も彼の傍らに立ち、旅立ちの準備が整っていた。

「行こう、白狐。次なる場所へ」と蓮は言う。

白狐は静かに頷く。「ああ、共に」

二人はアパートを出て、街へと歩き出す。東の空からは朝日が昇り始め、新しい一日の始まりを告げていた。蓮と白狐はその光に向かって歩きながら、空を見上げる。

世界の何処かで、新たな式神の力が目覚めようとしていた。蓮の旅は、想像以上に厳しいものになるかもしれない。だが彼には、強い仲間と、父から受け継いだ意志がある。そして何より、白狐という最高のパートナーがいた。

二人の姿が朝日に照らされ、長い影を引きながら歩いていく。

(終わり)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...