『転生商帝 〜金で戦争も王国も支配する最強商人〜』

ソコニ

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第1話「死の宣告は新たな人生の始まり」

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「蒼井さん、この契約を通せば今期の目標の倍以上の利益が出ますよ」

銀座の高層ビル、アストラル金融グループの最上階会議室。蒼井剛(28)は額から流れる冷や汗を拭いながら、目の前の資料に最後の修正を加えていた。もう72時間、まともに睡眠を取っていない。

「日中は株価の変動を読み、夜は契約書の穴埋め、そして朝まで交渉戦略か…」

独り言をつぶやく声は、疲労でかすれていた。しかし、その目だけは鋭く光っている。特にExcelシート上の数字を見る時、その眼光は捕食者のように冴えわたった。

「クールな財務の魔術師」——それが蒼井剛の社内での異名だった。

***

「フッ、まさにチェックメイトというわけだ」

交渉相手のアメリカ企業CEOが、降参を示すように両手を上げた。

「蒼井くん、君の提案した契約条件なら…我々も納得せざるを得ないね」

アメリカ側の財務担当が苦々しい表情で言った。彼らは当初、日本市場参入のために有利な条件を求めていた。しかし蒼井の緻密な戦略と冷静な交渉術の前に、彼らの要求は一つ一つ崩されていった。

「では、契約成立ということで…」

契約書にサインが交わされる瞬間、会議室のドアが勢いよく開いた。

「蒼井!よくやった!話は聞いたぞ!」

派手なネクタイを締めた中年男性、アストラル金融の専務・東條が両手を広げて入ってきた。彼は蒼井の直属の上司だ。

「契約の詳細は後で報告します」

蒼井は冷静に答えた。彼は感情を表に出すタイプではない。特にビジネスの場では。

「いやいや、素晴らしい成果だ!今夜は祝杯だ、祝杯!」

東條は蒼井の肩を強く叩いた。そして、アメリカ側の経営陣に向かって、

「さあ皆さん、今日はうちの若手の手腕を見せつけてしまいましたが…今夜は私がご馳走しますよ!」

片方の腕を蒼井の肩に回しながら、東條は耳元でささやいた。

「ところで、この契約の担当を明日から変更する。君には次の大型案件を任せるからな」

蒼井の目が一瞬だけ見開かれた。

「ですが、この契約はまだアフターフォローが…」

「心配するな。後は宮本部長のチームが引き継ぐ」

宮本部長——蒼井の天敵。過去二度、蒼井の成果を横取りし、自分の手柄にした男だ。

「しかし…」

「異議は認めん!これは上からの命令だ」

東條の笑顔の裏に見える貪欲さ。蒼井は胸の内で苦々しく思った。

*またか……また俺の成果が奪われる。三ヶ月かけて構築した契約なのに。*

***

銀座の高級クラブ。東條は接待と称して豪遊していた。

「蒼井君、君は本当にすごい。だがな、この業界で生き残るには腕だけじゃ足りない。政治力だ、政治力が…」

東條は二人の女性をはべらせながら、蒼井にも女性を勧めてくる。しかし蒼井はグラスの氷をかき混ぜるだけだった。

「東條さん」

珍しく蒼井から切り出した。

「私に任せていただいた契約です。最後まで責任を持たせてください」

東條は酔いに赤い顔をさらに赤くした。

「まだそんなことを…言っただろう、上からの命令だと」

「上からとは誰の命令ですか?」

蒼井の声は静かだが、鋭さを増していた。東條は一瞬ひるんだ。

「…宮本の昇進が決まったんだ。彼の実績作りも必要でな…」

実績作り——つまり蒼井の成果を横取りするということだ。

「そのために私が三ヶ月必死で組み立てた契約を…」

「蒼井!」東條の声が荒くなった。「君はまだ若い。これからいくらでもチャンスはある。だが会社の方針に逆らうと…」

脅しだった。蒼井は黙って席を立った。

「失礼します。体調が優れません」

***

アストラル金融の前。蒼井は冷たい夜風に顔をさらした。

「くそっ…!」

珍しく感情が漏れた。かつて大学時代、彼を引き抜いたのもこの東條だった。「君の才能を最大限活かす」と。

しかし現実は違った。才能は搾取され、成果は横取りされ、残るのは過労と空虚感だけ。

胸が痛んだ。それも比喩ではなく、物理的な痛み。

「ぐっ…」

蒼井は胸を押さえた。視界がぼやける。

「また…徹夜の反動か…」

歩道に膝をつく。意識が遠のいていく。

「タクシー…呼ばないと…」

スマホを取り出そうとした時、視界が真っ白になり、剛は冷たいコンクリートの上に倒れ込んだ。

***

「過労死です…申し訳ありません」

聞こえてくる医師の声。しかし蒼井には自分の体が見えない。意識はあるのに。

*死んだのか…?俺は…?*

闇の中で浮遊する感覚。そして突然、まぶしい光。

***

「生きてる…?」

声が出た。自分の声だが、何か違う。低すぎる。

目を開けると、そこは木造の薄暗い建物の中だった。周囲には様々な人種の男女が、鎖で繋がれて座っていた。

「何だこれは…?」

驚いて立ち上がろうとすると、自分の足首も鎖で繋がれていることに気づいた。

「おい、東の野郎が目を覚ましたぞ!」

粗野な声。振り返ると、鎧を着た男が指さしていた。

「奴隷商人のバルクスに知らせろ!」

*奴隷?何のコスプレだ…?*

しかし周囲の状況は余りにもリアルだった。汗と排泄物の混ざった悪臭。絶望的な表情の人々。そして何より、自分の体の感覚が違う。

手を見ると、見覚えのない筋肉質の腕。胸元には「異邦人、東の大陸産、25歳前後、名称:ライアン」と書かれた木の札が掛けられていた。

*冗談だろう…?*

記憶は蒼井剛のものなのに、体は別人のもの。そして周囲は明らかに日本ではない、中世ヨーロッパのような光景。

「異世界…?冗談だろ…」

***

「これが今日の商品だ。丈夫な体の若い男だ。言葉は通じんが、賢そうな目をしている」

太った男、バルクスと呼ばれる奴隷商人が蒼井…いや、今やライアンとなった彼を指さした。

周囲には様々な身なりの人々が集まり、商品である奴隷たちを品定めしていた。

*奴隷市場…?俺は奴隷として売られようとしている…?*

ライアンは冷静に状況を分析し始めた。パニックに陥っても何の解決にもならない。これが現実なら、まず生き延びる方法を考えねばならない。

「では、このライアンという男の競りを始める!開始価格は50シルバー!」

シルバー?この世界の通貨単位らしい。周囲の反応から、決して安くない金額のようだ。

「55シルバー!」
「60だ!」

数人の男たちが価格を競り始めた。

*アストラル金融での交渉と大差ないな…ただし今回は俺自身が商品か*

皮肉な状況にライアンは内心で嘲笑した。

「80シルバー!」

老人の声だった。白髪の細身の老人が、杖を支えに立ち上がっていた。
 
「ミラー殿、珍しいな。あんたが奴隷を買うとは」

バルクスが驚いた様子で言う。

「商会の雑用係が必要でね」

老人、ミラーと呼ばれた男は、ライアンの目をじっと見つめた。

「この男の目に何かを感じるのさ」

それから競りは続いたが、最終的にミラーという老人が100シルバーという高額で落札した。

***

「ミラー商会へようこそ、ライアン」

老人は小さな商会の前でそう言った。建物は質素だが清潔に保たれていた。

「お前は言葉が分からんと聞いているが…どうも目の動きを見ていると、理解しているような気がするな」

鋭い老人だった。ライアンは一瞬迷ったが、素直に頷いた。

「やはり!賢い目をしていると思った!」

ミラーは嬉しそうに杖を突いた。

「お前は『東の大陸』の出身だそうだが、我々の言葉を理解するのか?」

ライアンは頷いた。

「話せるのか?」

「…はい」

初めて発した言葉。声の感じも違う。低く、どこか力強い。

「素晴らしい!では説明しよう。ここはアルカディア大陸、サーディス王国の首都ラティアスだ。そしてここは小さいが、私の商会だ」

ミラーは簡潔に説明した。この世界のことを。通貨システム、ギルド制度、貴族と平民の関係…

*異世界に転生…か。こんなファンタジーが現実になるとは*

しかしライアンにとって、それは新たな可能性でもあった。

「お前には商会の雑用をしてもらう。掃除、荷物運び、時には使い走りもだ。しかし真面目に働けば、いずれ自由の身にしてやろう」

ミラーの言葉は優しかった。しかしライアンの頭の中は既に別の計算を始めていた。

*この世界の経済システム、商業の仕組み、貨幣価値…全てを理解すれば、俺の知識は武器になる*

前世での経済の知識、数字を操る能力、人の心理を読む交渉術。それらは現代日本に置いてきたわけではない。この若く健康な体に、蒼井剛の全ての才能と経験が宿っている。

「ありがとうございます、ミラー様。精一杯働かせていただきます」

表面上は従順に答えたが、ライアンの目は冷徹に光っていた。

*奴隷から始まり、この世界で成り上がってやる。前世では搾取されるだけだったが、今度は俺が支配する側になる*

***

それから数週間、ライアンはミラー商会で黙々と働いた。表向きは言われた仕事をこなしながら、実際はこの世界の商業システムを学んでいた。

帳簿を見れば取引内容が分かる。客の会話からは市場動向が読める。ミラーの商談を盗み聞きすれば、交渉術が学べる。

「コッパー、シルバー、ゴールド…補助通貨にはクォーターとペニー…」

夜、作業場の片隅で麦わらの寝床に横たわりながら、ライアンは呟いた。

「ギルドは商業、鍛冶、魔法、冒険…それぞれが勢力争いをしている」

情報を整理し、分析する。それが蒼井剛の、いやライアンの才能だった。

「この世界では『信用』が少なすぎる…」

現代の金融システムの基礎である「信用創造」の概念がない。全てが現物取引か、せいぜい短期の掛け売りだけ。

「これは…チャンスだ」

ライアンの脳裏に計画が浮かび始めた。

前世では理不尽な搾取に苦しんだ。しかしこの世界では、自分が経済を牛耳る側になれる。

「金の力で、この世界を支配してやる」

夜空の星を見上げながら、ライアンは誓った。

奴隷の身分から始まり、商人として成り上がり、やがては国家すら動かす存在になる—。

それが彼の新たな人生の始まりだった。
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