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第4話「奴隷から商人へ、最初の投資」
しおりを挟む「1000ゴールドをお受け取りください」
ライアンは三人の債権者の前で、金貨の入った袋を机に置いた。約束の300ゴールドではなく、1000ゴールドという予想外の金額に債権者たちは驚きの表情を浮かべた。
「これは…約束より多いぞ」
痩せた男、ハーバートが疑わしげに言った。
「言った通りの人物だったな」
エドモンド・ラグナーは微笑みを浮かべ、ライアンに敬意を示した。
「あと2000ゴールドで完済となります」
ライアンは冷静に言った。その表情からは、かつての奴隷の影は微塵も感じられない。高級な服に身を包み、背筋を伸ばした彼の姿には、生まれながらの商人としての自信が漂っていた。
「残りはいつ払う?」
太った商人、バルトが尋ねた。
「その点で提案があります」
ライアンは机に置かれた契約書に目を落とした。
「完済までの期限を当初の3ヶ月から1年に延長していただきたい。その代わり、年利20%の利息をお支払いします」
*1年後、この借金の価値は倍になっている…*
「20%?」
ハーバートが目を見開いた。通常の利息が10%程度の世界で、20%は破格の条件だった。
「さらに、皆様との継続的な取引関係を約束します。私の商会の成長に伴い、皆様にも利益をもたらすことを」
エドモンドが笑みを深めた。
「君は面白い商人だ。私は同意しよう」
他の二人も、うなずいて同意した。破格の利息に魅了されたというより、ライアンの示した自信と計画性に安心したように見えた。
「では、新たな契約書を作成しましょう」
取引が成立し、ライアンは内心で冷静に計算していた。
*これで買った時間は1年。十分だ*
***
「何に投資するかは決まったか?」
エドモンドの問いに、ライアンは窓の外を見ながら答えた。債権者との契約締結後、エドモンドだけが残り、ライアンを食事に誘っていた。高級酒場「黄金の杯」のプライベートルームで、二人は静かに話をしていた。
「まだいくつか候補を検討中です」
「あのセバスチャンが持ち帰った古書の他にも、価値あるものを持っているんじゃないのか?」
「古書はすべて売却しました」
ライアンは冷静に嘘をついた。実際には数冊まだ手元に残していたが、それを明かす必要はなかった。
「そう。では何に目をつけている?」
「情報をお求めなら、それにも価値があります」
ライアンは笑みを浮かべた。商人として当然の応酬だ。
エドモンドは大声で笑った。
「さすがだ!ミラーの目に狂いはなかった」
彼はグラスを傾け、真剣な表情になった。
「聞くところによると、南部の農村で連続した干ばつがあったそうだ」
「穀物の凶作ですか?」
「ああ。今はまだ都の市場に影響はないが…」
「そのうち価格が上がる」
ライアンが言葉を継いだ。
「正確には?」
「二週間後の秋祭りの頃だろう。都に人が集まり、需要が増える」
エドモンドは懐から地図を取り出し、南部の村々を指さした。
「特にメイスフィールド村は壊滅的な被害だ。多くの農民は種も残せず、来期の作付けさえ危うい状況だ」
「なぜこんな情報を?」
「君に、本物の商人の目があるか試してみたかったのさ」
エドモンドは静かに言った。
「そして、私にはこの情報を活かす余裕がない。他の投資案件で手一杯でね」
ライアンは相手の意図を察した。エドモンドはライアンの才能を認め、彼を通じて利益を得ようとしているのだ。
「ありがとうございます。ただ、情報提供には何か条件がありそうですね?」
「鋭いな」エドモンドは微笑んだ。「単純なことだ。君が成功したら、利益の10%をよこせ」
「話が早くて助かります。では15%で手を打ちましょう」
「15?私が値切られるとは」
「情報だけでなく、あなたの信用も借りるつもりです。ラグナー家の名前があれば、運送手段の確保や許可書の取得がスムーズになる」
エドモンドは一瞬考え、うなずいた。
「君との取引は面白い。契約成立だ」
グラスを掲げ、二人は乾杯した。ライアンの頭の中では、すでに具体的な計画が形成されていた。
***
翌朝、ライアンは都の貧民街「影の谷」を歩いていた。情報収集が目的だ。貧しい人々は市場の変化に最も敏感だ。彼らの会話は、しばしば都の経済状況を如実に反映する。
「パン屋のケインはもう小麦粉を減らし始めてるぞ。同じ値段で小さくなったパンを売りやがる」
「仕方ないさ。南部からの穀物が少なくなってるって聞くし」
数時間、様々な会話を集めた後、ライアンは満足そうに商会に戻った。
「南部の干ばつ、穀物の減少、そして市場の反応…」
彼は地図を広げ、メイスフィールド村とその周辺を調べた。エドモンドの情報が正しければ、そこでは穀物が大幅に安く売られているはずだ。農民たちは収穫が少ないため、急いで現金化しようとしているのだろう。
「明日出発する」
ライアンは決断した。残りの530ゴールドのうち、500ゴールドを投資に回す計画だ。
***
「これが許可書だ。ラグナー家の印がある限り、通行料は免除される」
エドモンドから渡された許可書を確認し、ライアンは準備を整えた。小さな馬車一台と、エドモンドから借りた2頭の馬。荷物は少なく、大半は空のスペースだった。
「帰りは満載だ」
彼は静かに微笑んだ。
旅は順調に進み、二日後、ライアンはメイスフィールド村に到着した。村の様子は想像以上に厳しかった。干ばつで作物は枯れ、人々の表情は暗かった。
村の広場では市が開かれていたが、買い手は少なく、農民たちは不安げに自分の商品を見つめていた。
「これはチャンスだ」
ライアンは馬車を市場の端に停め、まず村の有力者に挨拶した。村長のジョセフは痩せた老人で、彼の目には疲労と絶望が見えた。
「都からの商人か。珍しいな」
「穀物を買い付けに来ました」
「そうか…だがうちの村の収穫は例年の3分の1もない。価値はないだろう」
「それでも都では需要があります」
ライアンは市場を歩き、各農家の品物を確認した。小麦、大麦、豆類…質は悪くないが、量が少ない。そして価格は都の相場の半分以下だった。
「すべて買い取ります」
ライアンの宣言に、農民たちは驚いた。
「いくらだ?」
村長が疑わしげに尋ねた。
「相場の7割」
「7割!」
歓声が上がった。都の半分以下の値段で売るつもりだった農民たちにとって、それは予想外の好条件だった。
「ただし条件があります」
広場が静かになる。
「私の馬車に積める量を優先すること。そして、残りは明日、私が手配した商人が買い付けに来る」
これは嘘だった。追加の商人など手配していない。しかし、農民たちが持つ全ての穀物を一度に彼の馬車に積むことはできないし、他の村も回る計画だった。
「それなら、今日は私の分だけ売り、明日を待とう」と農民たちが考えるのを防ぐための戦略だった。
「わかった」
村長が同意し、取引が始まった。ライアンは冷静に品質を確認しながら、着実に馬車を穀物で満たしていった。400ゴールド分の買い付けを終え、残りの資金で別の村も回る計画だった。
***
「この先が危険?」
村を出る際、ライアンは羊飼いから警告を受けた。
「ああ、最近は山賊が出るようになった。特に穀物を運ぶ馬車が狙われる」
「なるほど」
ライアンは考え込んだ。迂回すれば時間がかかる。しかし穀物は早く都に運ばなければ意味がない。
「進むとしよう」
彼は決断した。道中、常に周囲に注意を払いながら馬車を進める。荒れた山道に入ると、緊張が高まった。
「来るな…」
祈りも虚しく、山の斜面から突然、数人の男たちが飛び出してきた。
「止まれ!」
粗野な声に、ライアンは馬車を停めた。抵抗しても勝ち目はない。5人の男たちが馬車を囲み、武器を構えている。
「荷物を見せろ」
リーダーらしき大柄な男が命じた。彼はライアンより若く見えたが、顔には傷跡があり、目は冷酷だった。
「穀物です」
ライアンは冷静に答えた。
「穀物?」リーダーは馬車を見て笑った。「運がいいな。今は高く売れる」
「今は安い」
ライアンの言葉に、リーダーは眉をひそめた。
「何?」
「今、都での穀物価格は安い。この荷物を奪っても大した金にはならない」
「嘘を言うな!南部は干ばつだ。穀物は貴重だ」
「その情報は古い」
ライアンは冷静に嘘をついた。
「南部の次は西部で凶作があったが、北部では豊作だった。今週、北部から大量の穀物が都に運ばれた。市場は供給過多だ」
リーダーは混乱した様子で仲間と目を合わせた。
「それでもこの荷物を奪う」
「それは君の自由だ。だが、私と組めば10倍の利益が得られる」
「何?」
「二週間後、都で秋祭りが開かれる。多くの人が集まり、穀物の需要が急増する。その時、価格は今の3倍になる」
リーダーは警戒しながらも、話に興味を示した。
「なぜ俺たちに話す?」
「単純な取引だ。私の荷物と私自身の安全を守ってくれれば、利益を分け合う」
ライアンは馬車から降り、リーダーに近づいた。
「君たちは山のことを知っている。私は市場のことを知っている。互いの知識を組み合わせれば、両方が利益を得られる」
「何割をよこす?」
「2割だ」
「少なすぎる!5割だ」
「3割。それ以上は出せない。経費がかかるからな」
リーダーは仲間と相談し、しぶしぶ同意した。
「取引成立だ。だが、騙したら…」
「商人の信用は命より大切だ」
ライアンは静かに言った。
「俺はガルド。こいつらは俺の仲間だ」
「ライアン・ミラー」
彼は正式に自己紹介した。かつての主人の姓を継いでいた。
「ミラー商会の当主だ」
***
都への道中、ガルドと彼の仲間たちは優秀な護衛となった。彼らは道に詳しく、他の盗賊団の動きも把握していた。
「なぜ盗賊になった?」
休憩時、ライアンはガルドに尋ねた。
「選択肢がなかったからだ」
ガルドは無表情で答えた。
「俺は傭兵の息子だったが、父は戦争で死んだ。母も病で失い、残されたのは借金だけ…」
「借金?」
「ああ。父が傭兵として装備を整えるために借りたものだ。町の高利貸しは容赦なく取り立てた」
ライアンは興味を持って聞いていた。
「逃げるしかなかった。山に逃げ、生きるために盗みを始めた」
「他の者たちも似たような境遇か?」
「みんな社会に居場所がなかった者たちだ」
ライアンは考え込んだ。彼らは悪人ではなく、状況の犠牲者だ。そして使えるかもしれない。
「ガルド、提案がある」
「何だ?」
「私の商会で働かないか?まずは護衛として。給金は月に3シルバーだ」
「3シルバー!」
ガルドは驚いた。それは一般的な労働者の2倍の給金だった。
「なぜ?」
「君には才能がある。観察力と決断力、そして部下をまとめる力だ」
ライアンの目は真剣だった。
「奴隷から商人になった私には、君のような人材が必要だ」
ガルドは黙って考え込んだ。
「仲間たちは?」
「彼らには別の仕事を提案しよう。情報収集や、特定の仕事を請け負ってもらう」
ガルドはゆっくりと頷いた。
「わかった。試してみよう」
こうして、ライアンは最初の部下を得た。彼の商会は、一人の商人から組織へと変わり始めていた。
***
都に戻ったライアンは、エドモンドの助言通り、穀物を倉庫に保管した。そして待った。
二週間後、秋祭りが始まった。予想通り、都には多くの人が集まり、食料の需要が急増。穀物価格は徐々に上昇し、ライアンが買い付けた時の3倍近くになった。
「今だ」
ライアンは穀物を市場に出した。400ゴールド分の穀物が、1100ゴールド相当になっていた。経費と約束のガルドの取り分を差し引いても、500ゴールド以上の利益だ。
「約束通り、エドモンドには15%、75ゴールド」
計算しながら、ライアンは満足そうに微笑んだ。
「初めての投資は成功だ。これで奴隷から商人への第一歩を踏み出した」
彼は商会の帳簿に新たな記入をした。
「これはほんの始まりに過ぎない」
窓から見える夕暮れの空に、ライアンは野心の目を向けた。彼の心には、はるかに大きな計画が形作られていた。かつて奴隷だった男は、今や商人として確かな一歩を踏み出したのだ。
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