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第2巻第5話「初の敗北…!人生ガチャの残酷な真実」
しおりを挟む夜の闇が王都ロザリアを包み込んだ頃、レンは治療院のベッドで目を覚ました。体中が痛む。ヴァルガとの戦いで負った傷は、治療師の魔法で応急処置されていたが、完全に癒えるにはまだ時間がかかるようだった。
「目が覚めたのね」
部屋の隅に座っていたシルヴィアが立ち上がり、レンのベッドに近づいた。
「ああ...」
レンは起き上がろうとしたが、痛みで顔をしかめた。
「無理しないで」シルヴィアが彼の肩に手を置いた。「傷が開くわよ」
「シルヴィア...『古の森』はどうする?」
「明日、一人で向かうわ。あなたは回復してから来て」
レンは歯を食いしばった。彼にとって初めての本格的な敗北。S級・剣聖の力が通用しない相手がいるという現実を、まだ完全には受け入れられずにいた。
「俺も行く」
「無理よ」シルヴィアはきっぱりと言った。「今のあなたじゃ足手まといになるだけ。それに...」
彼女は窓の外を見て、声を潜めた。
「あの男、まだ外にいるわ」
「ヴァルガが?」
「ええ。おそらくあなたを見張っているのね」
レンは考え込んだ。ヴァルガは「影喰い」を自分で狩ると言っていた。レンたちが先に行くことを阻止するつもりなのだろうか。
「どう思う?」レンが尋ねた。「奴の目的は何だ?」
シルヴィアは首を傾げた。
「わからないわ。だけど、あの『A級・剣聖キラー』は偶然ではないでしょうね。あなたに対抗するために用意された能力よ」
「でも、なぜ俺を...」
会話が途切れた瞬間、窓ガラスが粉々に砕け散った。
「なっ!?」
黒い影が室内に飛び込んできた。漆黒の鎧、冷酷な眼差し—ヴァルガだ。
「やはりここにいたか」
ヴァルガの声は氷のように冷たかった。シルヴィアが防御の姿勢を取る。
「何をする気?もう勝負は終わったでしょう!」
「いいや、終わっていない」
ヴァルガは一瞬でシルヴィアの背後に回り込み、彼女の首を掴んだ。
「ぐっ...!」
「シルヴィア!」
レンは飛び起きようとしたが、体が言うことを聞かない。
「おとなしくしろ」ヴァルガがシルヴィアを人質に取り、レンに言った。「質問に答えろ。お前はなぜガチャ適合者になった?」
「な...何を言っている?」
「とぼけるな」ヴァルガの表情が険しくなる。「お前はガチャ適合者だ。死と復活を繰り返し、スキルを更新できる特殊な存在」
レンは息を呑んだ。ヴァルガはガチャシステムのことを知っている。そして...
「お前も...適合者なのか?」
ヴァルガは冷笑した。
「そう思うか?」
彼はシルヴィアの首をさらに強く締め上げた。彼女は苦しそうに喘ぐ。
「やめろ!」
「答えろ。お前はいつ、どうやって適合者になった?」
「知らない...気づいたらそうだった...」
「嘘をつくな!」
ヴァルガの怒号が室内に響き渡る。彼はシルヴィアを床に叩きつけ、レンに迫った。
「全ての適合者には理由がある。お前も例外ではない」
ヴァルガがレンの喉元に剣を突きつけた。冷たい刃が肌に触れる。
「最後にもう一度聞く。なぜお前は適合者になった?」
「本当に...知らない...」
「そうか」ヴァルガの目に殺意が宿る。「なら用済みだ」
剣が一閃、レンの喉を貫いた。
「がはっ...!」
鮮血が噴き出す。意識が遠のいていく。レンの視界が徐々に暗くなる中、倒れたシルヴィアが何かを叫んでいるように見えた。だが、声は聞こえない。
(俺は...また死ぬのか...)
完全な闇が訪れる前、ヴァルガの最後の言葉が聞こえた。
「運命管理機関に伝えておけ。『影喰い』は私が狩る」
---
白い空間。
「またすぐに会ったわね、レン」
マナの声にレンは目を開けた。
「俺は...殺された」
「そうよ。ヴァルガに首を切られたわ」
レンは体を起こし、首に手をやった。傷はもうない。
「シルヴィアは?」
「彼女のことは見えないわ。でも...生きてると思う」
レンは安堵のため息をついた。
「さて、どうするの?」マナが問いかけた。「S級・剣聖を変更する?」
レンは考え込んだ。変更すべきか?しかし、何に変えれば剣聖キラーに対抗できるのか。
「他にどんなS級スキルがある?」
マナは光の円盤を手で操作するようなしぐさをした。
「S級は全部で10種類。剣聖、幻影魔術師、魔王の後継者、竜騎士、暗殺者、聖騎士、召喚師、錬金術師、時間操作者、死神の使者」
「時間操作者...それなら剣聖キラーに対抗できるかも」
「試してみる?」
レンは決断した。「ああ、S級・時間操作者を引く」
光の円盤が回転し始めた。刹那、青白い光が放たれ、結果が表示される。
「『A級・大地の守護者』を獲得しました」
「え?」レンは目を疑った。「A級?なぜだ?S級を選んだはずだ」
マナは困ったような表情を浮かべた。
「時々、選んだランクが出ないことがあるの。確率の問題よ」
「くそっ...もう一度」
レンは再び死に、再び白い空間に戻った。
「S級・竜騎士」
回転、光、そして...
「『A級・光の射手』を獲得しました」
「なんだよ!」
レンは怒りに震えた。何度試しても、S級が出ない。
三度目の死。
「S級・魔王の後継者」
「『B級・治癒師』を獲得しました」
四度目の死。
「S級・暗殺者!」
「『B級・暗視使い』を獲得しました」
五度目、六度目...何度試しても、S級が出ない。
「どうなっているんだ!?」
レンの叫びに、マナは悲しげな表情で答えた。
「レン...あなたには言いたくなかったけど...」
「何だ?」
「あなたは『死亡ペナルティ』に入ったのかもしれない」
「死亡ペナルティ?」
マナは深く息を吸い、説明を始めた。
「ガチャ適合者には、死にすぎると発動する特殊なペナルティがあるの。死亡回数が一定数を超えると、S級スキルが出にくくなる現象よ」
「なんだって...」
「これまであなたは何回死んだ?」
レンは考えた。リセマラで100回、それから冒険中にも何度か死んでいる。
「100回以上...もしかしたら120回くらいか」
「...限界に近いわね」
「限界?」
「死亡回数が300回を超えると、F級スキルしか出なくなる『地獄モード』に入るの」
レンは愕然とした。こんな落とし穴があったとは...
「死亡ペナルティを解除する方法は?」
「わからないわ」マナは首を横に振った。「ガチャシステムの深部は、私にも分からない部分があるの」
レンは頭を抱えた。S級・剣聖を手放せば、新たなS級は手に入らないかもしれない。かといって、剣聖のままではヴァルガには勝てない。
「もう一度だけ試す。今度はA級を狙う」
円盤が回る。
「『A級・破魔の戦士』を獲得しました」
「破魔の戦士...」
これなら剣聖キラーに対抗できるかもしれない。魔法を打ち消す能力だ。
「これにする」
「スキルは?」マナが尋ねた。
「風の加護のままでいい」
光が強くなり、レンの意識は現実世界へと還っていった。
---
目を覚ますと、レンは王都の外れ、草むらの中にいた。夜明け前の薄暗い時間帯だ。
体を起こし、周囲を見回した。見知らぬ場所だが、遠くに王都の城壁が見える。ヴァルガは彼の遺体をここに捨てたのだろう。
「A級・破魔の戦士か...」
レンは自分の新しいスキルを試した。手から淡い白い光が放たれる。これが破魔の力か。
「シルヴィアは...」
彼女の安否が気になった。治療院に戻ろうにも、現在の状況がわからない。町に戻れば、ヴァルガに見つかるかもしれない。
慎重に動こうと決めたレンは、城壁に向かって進んだ。通りがかりの農夫から情報を得ると、昨夜の治療院での騒動は大きな話題になっているらしい。
「あの治療院で殺人事件があったそうだ。黒い鎧の男が若い冒険者を殺し、女魔術師も連れ去ったとか...」
「連れ去った?」
「ああ、噂では『古の森』へ向かったとか」
レンの心臓が高鳴った。ヴァルガがシルヴィアを連れて森へ行ったのか。
急いで城壁を目指すレン。そこで予想外の人物に出会った。
「リナ?」
エルムウッドの市場で出会った少女、リナが彼の前に立っていた。
「良かった、生きていたのね、レン」
「どうしてここに?」
「長い話よ」リナは周囲を警戒しながら言った。「人目につくところじゃ話せない。ついて来て」
彼女に導かれ、レンは城壁の隙間から抜け出し、近くの廃屋に入った。そこは以前、シルヴィアと戦った場所を思い出させる。
「話してくれ、リナ。なぜここに?シルヴィアのことは?」
リナは深く息を吸った。
「私、ずっと嘘をついてたの。実は...」
彼女の表情が真剣になる。
「私は元ガチャ適合者の娘。父は運命管理機関に殺された」
「運命管理機関...ヴァルガが言ってた組織か」
「そう。彼らはガチャシステムを管理し、適合者たちを監視している。そして時に...抹消する」
「なぜ?」
「適合者が強くなりすぎると、彼らの計画を狂わせるから」
リナは詳しく説明し始めた。運命管理機関は七人の「管理者」によって指揮される謎の組織。彼らはガチャ適合者を選び、その力を監視・操作している。
「シルヴィアも彼らに狙われているの。だから私は彼女と接触して、警告するためにエルムウッドから王都まで追ってきたの」
「じゃあ...シルヴィアを知っていたのか?」
「ええ。彼女は特殊な適合者よ。死亡回数が少ないのに、ガチャの知識が豊富。運命管理機関も注目している」
レンはリナの話に驚きながらも、別の疑問を投げかけた。
「死亡ペナルティについて知ってるか?」
「知ってるわ。それこそ運命管理機関の罠よ」
「罠?」
「適合者に死を重ねさせ、力を弱めるための仕組み。S級が出にくくなり、最終的にはF級しか出なくなる『地獄モード』に陥る」
レンは事態の深刻さを理解し始めた。自分は知らないうちに、彼らの罠にはまりかけていたのだ。
「地獄モードを回避する方法は?」
「死なないこと」リナはシンプルに答えた。「それか、特別なアイテムを手に入れること」
「アイテム?」
「『命の水晶』と呼ばれるもの。死亡カウントをリセットできると言われているわ」
「それはどこで?」
「『古の森』の奥深く...影喰いの巣の近くに」
全てが繋がり始めた。ヴァルガが影喰いを狙う理由、シルヴィアを連れ去った理由...
「行かなきゃ」レンは立ち上がった。「シルヴィアを助け、命の水晶を手に入れる」
「待って」リナが彼の腕を掴んだ。「あなた、スキルを変えたでしょ?」
「ああ、A級・破魔の戦士だ」
「それじゃヴァルガには勝てないわ」
「なぜ?」
「彼のA級・剣聖キラーは、単なるスキル無効化じゃないの。相手の戦闘スキルすべてを無力化する能力よ」
「くそっ...」
「でも、ある方法があるの...」
リナは「死亡回避」の技を教えてくれた。瀕死の状態でもガチャを引ける特殊な方法だ。
「完全に死なずに、一時的に白い空間に行けるの。そうすれば死亡カウントを増やさずにスキルを変更できるわ」
「本当か?」
「試してみる?」
リナは小さな剣を取り出した。
「これで浅く傷つけるだけよ。深手にはしないから」
レンは震える手でリナの剣を受け取った。この方法で本当にガチャが引けるのか?
「信じるしかない...」
彼は剣で自分の手首を切った。血が流れ出す。意識が遠のき始める...
---
白い空間。
「レン?まだ死んでないわ」
マナが驚いた表情で彼を見つめていた。
「死亡回避...成功したのか」
「特殊な状態ね」マナが言った。「半死状態...珍しいわ」
「ガチャは引ける?」
「引けるけど、選択肢が限られるわ」
光の円盤が現れたが、通常より小さく、光も弱い。
「S級は無理ね。A級かB級から選んで」
レンは考えた。ヴァルガの剣聖キラーは戦闘スキルを無効化する。ならば...戦闘以外の方法で勝つべきだ。
「B級・毒使い」
円盤が回る。
「『B級・毒使い』を獲得しました」
レンは満足げに微笑んだ。これなら戦闘スキルではないので、剣聖キラーの影響を受けにくいはずだ。
「スキルは?」
「風の加護のままで」
「了解。では現実世界に戻るわ。気をつけて」
意識が元の世界に戻っていく。
---
「成功したの?」
廃屋でリナが心配そうにレンを見つめていた。手首の傷はすでに彼女が応急処置をしてくれていた。
「ああ、B級・毒使いを獲得した」
「それは良い選択ね」リナは微笑んだ。「毒ならヴァルガの能力をすり抜けられるわ」
レンは立ち上がった。体は弱っているが、動ける状態だ。
「『古の森』へ行こう。シルヴィアを助け、影喰いを倒す」
「一緒に行くわ」リナが言った。「私も運命管理機関に恨みがあるもの」
二人は廃屋を出て、西門へと向かった。
レンは空を見上げた。これまでの戦いは、S級スキルの力に頼りすぎていた。だが今、その力がなくなり、新たな戦略を考える必要がある。
「死亡ペナルティ...運命管理機関...」
全ては繋がっている。彼らが適合者を選び、試し、そして時に抹消する。なぜそんなことをするのか?
「行くわよ、レン」
リナの声にレンは我に返った。二人は西門を抜け、「古の森」へと続く道を進み始めた。
シルヴィアを救い、影喰いを倒し、そして命の水晶を手に入れる。さらにはヴァルガへのリベンジも果たす。
レンの旅は、新たな局面を迎えていた。
(つづく)
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