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第2巻第7話「ガチャ封印!? 俺にだけ回せない制約」
しおりを挟む「古の森」の入り口は、朝霧に包まれていた。
陽光が森の隙間を貫き、地面に斑模様を描く。木々は遥か上空まで伸び、まるで天を突き刺すかのようだ。レン、シルヴィア、リナの三人は、森の入り口で最後の装備チェックを行っていた。
「みんな準備はいい?」
シルヴィアが二人に問いかけた。彼女はローブの内側に複数の魔法の水晶を忍ばせ、杖を握っている。
「ああ」
レンは剣の手入れを終え、鞘に収めた。B級・毒使いのスキルを活かすため、剣の刃には特殊な毒が塗られている。これなら剣聖キラーの能力を持つヴァルガにも対抗できるはずだ。
「準備完了」
リナは小さな弓と矢筒を背負い、ベルトには短剣がぶら下がっている。
「古の森の深部には、三つの区域があるわ」
シルヴィアが地図を広げた。複雑な森の構造が描かれている。
「『緑の回廊』『霧の湖』そして『影の谷』。影喰いは最も深い『影の谷』に潜んでいるはず」
「そこまでどれくらいかかる?」
「順調なら半日。でも...」
彼女は不安げに空を見上げた。
「この森は普通じゃないわ。時間の流れが歪み、方角も定まらない。迷いやすいの」
「だからこの特殊なコンパスを持ってきたのよ」
リナが取り出したのは、青い結晶でできたコンパス。針は北ではなく、常に森の中心を指すという。
「行こう」
レンが先頭に立ち、森の中へと足を踏み入れた。木々が視界を覆い、徐々に外の光が遮られていく。
森の中は想像以上に薄暗く、空気は湿っていた。苔むした木々、キノコの群生、そして時折聞こえる動物の鳴き声。
「気をつけて」シルヴィアが警告した。「この森には普通の獣だけでなく、魔物も潜んでいるわ」
三人は慎重に歩を進めた。シルヴィアの指示に従い、コンパスの針が示す方向へと進む。
「あの木...動いた?」
リナが指差した方向を見ると、確かに一本の木が微かに揺れていた。風もないのに。
「古の森の木々は半分生きているの」シルヴィアが説明した。「敵意はないけど、時に好奇心を示すことも」
更に奥へと進むと、「緑の回廊」と呼ばれる区域に到達した。巨大な木々が左右に整然と並び、まるで自然の大聖堂のようだ。
「凄い...」
レンは息を呑んだ。木々の間から漏れる光が、床に神秘的な模様を描いている。
「この先は...」
シルヴィアの言葉が途切れた。前方から不穏な気配が感じられる。
「隠れて!」
三人は素早く茂みに身を隠した。少しして、黒いローブを着た複数の人影が通り過ぎていく。
「あれは...」
「運命管理機関の『監視者』ね」シルヴィアが小声で説明した。「下級の使者よ」
監視者たちが去った後、三人は再び歩き始めた。だが、この出会いによって緊張感が高まった。敵は既に動いている。
「霧の湖」に近づくにつれ、辺りの気温が下がり、白い霧が立ち込めてきた。
「ここからが本当の挑戦ね」
シルヴィアが杖を掲げると、先端が淡く光り始めた。僅かながらも霧を払う光だ。
「霧の湖では、幻影が現れるわ。過去の記憶や恐怖が形になる場所」
「どうやって見分ける?」レンが尋ねた。
「見分けられない。だから私たちは常に接触を保ち、離ればなれにならないように」
三人は手をつなぎ、霧の中へと進んだ。視界は数メートル先も見えないほど白く霞んでいる。
歩くうちに、霧の中から人影が現れ始めた。
「あれは...」
レンの目の前に、かつての自分自身が現れた。S級・剣聖として無双する姿。そしてヴァルガに倒される瞬間も。
「気にしないで」シルヴィアが諭すように言った。「あなたの記憶から作られた幻よ」
リナの前には、年老いた男性の姿が見える。彼女の父親だろうか。リナは涙を浮かべながらも前進した。
「もうすぐ湖よ」
霧が徐々に晴れてきた。そして—
「わっ!」
レンが足を踏み外した。崖だった。彼は咄嗟に木の根を掴み、宙吊りになった。
「レン!」
シルヴィアとリナが手を伸ばす。だが、もう一つの声が響いた。
「無駄だ」
冷たい声。振り返ると、崖の上にヴァルガが立っていた。
「ヴァルガ!」
「神崎レン、お前に警告したはずだ。この森に来るなと」
ヴァルガの瞳が冷酷に光る。彼は右手を掲げ、何かの印を結んだ。
「運命管理機関の命により、お前の『ガチャ能力』を封印する」
「何?」
突然、レンの体が赤い光に包まれた。激痛が全身を走り、彼は崖から落下した。
「レン!」
シルヴィアの悲鳴が聞こえる。レンは湖面に激突し、意識を失った。
---
「...ン...レン...」
かすかな声が聞こえる。レンは目を開けた。湖の岸辺で横たわっている。リナが心配そうに彼を見下ろしていた。
「良かった...」
「何が...」
レンは体を起こそうとして痛みに顔をしかめた。全身が痛む。そして何より、体の中に違和感があった。
「シルヴィアは?」
「捕まった」リナの表情が暗くなる。「ヴァルガに連れて行かれたわ」
「くそっ...」
レンは立ち上がろうとしたが、足がもつれて再び倒れた。
「無理しないで」リナが彼を支えた。「あなた...封印されたのよ」
「封印?ヴァルガが言っていた...」
「ええ。運命管理機関には、適合者の能力を一時的に封じる力があるの。もう『ガチャ』は回せないわ」
「そんな...」
レンは自分の体を確認した。確かに、これまで感じていた力が消えている。B級・毒使いのスキル、そして風の加護も。完全に普通の人間に戻っていた。
「じゃあ死んでも...」
「死んだら普通に生き返るけど、ガチャは引けない」リナが説明した。「これが『封印』よ」
絶望感がレンを襲った。チート能力を失い、ただの人間になってしまった。こんな状態でヴァルガと戦えるはずがない。
「シルヴィアを救わなきゃ」
「でも、どうやって?」
良い質問だ。レンは考え込んだ。今の自分にできることは?
「まず、この湖から抜け出そう」
二人は岸辺から森の奥へと進んだ。霧は晴れ、「影の谷」への道が見えてきた。
「リナ、運命管理機関について、もっと詳しく教えてくれないか」
歩きながらレンが尋ねた。
「父から聞いた話では、彼らには階級があるの。最下層の『監視者』、中間の『執行者』、そして最上位の『管理者』」
「ヴァルガは?」
「彼は特殊ね。『狩人』と呼ばれる存在。適合者を狩るための特別な能力者よ」
レンは考えた。ヴァルガの剣聖キラーのスキルは、レンを狩るために特別に与えられたものなのか。
「封印を解く方法は?」
「命の水晶しかないわ」
「つまり、影喰いを倒さないと...」
「そう。でも...」
リナが不安げに周囲を見回した。
「影喰いは強敵よ。A級冒険者の集団さえ全滅させた魔獣。今のあなたには...」
言葉にしなくても理解できた。今のレンには太刀打ちできない。
「それでも行くしかない」
レンは歯を食いしばった。剣の腕前だけで戦うしかない。それでシルヴィアを救えるのか?命の水晶を手に入れられるのか?
「影の谷」が近づいてきた。谷は文字通り、常に影に覆われた場所。太陽の光さえ届かない。
「あれが...」
谷の入口には巨大な石の門があった。古代の文字が刻まれている。
「何て書いてある?」
「『影に入りし者よ、己が影と向き合うべし』」リナが読み上げた。「警告文ね」
二人は門をくぐった。途端に周囲の温度が急激に下がり、息が白くなる。
「寒い...」
谷の中は想像以上に暗かった。リナが携帯していた光の石を取り出し、微かに道を照らす。
「気をつけて」
足元は滑りやすく、時折骨のような白いものが散乱している。以前ここに来た冒険者たちの遺骨だろうか。
「リナ...あの時言っていた、1000回死ぬと何が起こるんだ?」
「父は『変質』と言っていたわ。適合者が何か別のものに変わる...」
「別のもの?」
「詳しくは...」
突然、リナの言葉が途切れた。彼女は立ち止まり、前方を指差した。
「レン、あれ...」
光の石の明かりが照らし出したのは、谷の奥にある巨大な祭壇。その中央に、チェーンで拘束されたシルヴィアの姿があった。
「シルヴィア!」
レンが駆け出そうとすると、リナが彼の腕を掴んだ。
「待って!罠かもしれない」
慎重に近づくと、シルヴィアは意識があるようだった。彼女は顔を上げ、二人を見た。
「レン...リナ...来ないで!」
遅かった。祭壇の周りから黒い影が立ち上がる。それはまるで液体のように流れ、やがて人型を形成した。
「影喰い...」
リナの声が震えた。伝説の魔獣、影喰い。それは人間の形をしているが、全身が漆黒の影で構成されている。目も口もなく、ただ人型の影だけが存在する。
「レン...逃げて...」
シルヴィアの弱々しい声が聞こえた。彼女は力を奪われているようだ。
「逃げられるわけないだろ!」
レンは剣を抜いた。普通の鋼の剣。チート能力なしの、ただの剣だ。
「リナ、シルヴィアを助けてくれ」
「でも...」
「頼む!」
レンは影喰いに向かって突進した。彼の剣が影を切り裂く—と思ったが、刃は空を切っただけだった。影の体は実体がないようだ。
「くっ...」
影喰いは手を伸ばし、レンの影に触れた。突然、激痛がレンを襲う。
「ぐああっ!」
体から力が抜けていく感覚。まるで生命力そのものを吸われているようだ。
「レン!」
リナが弓を構え、影喰いに向かって矢を放った。矢は影を貫き、効果がないように見えたが、魔獣は一瞬ひるんだ。
その隙に、レンは距離を取った。体が重い。影に触れられただけでこれほどの力を奪われるとは。
「どうすれば...」
普通の武器は通用しない。物理攻撃は効かない。
「リナ、何か方法は?」
「影には光を!」
なるほど。レンは光の石を手に取り、影喰いに向かって投げつけた。石が影に触れると、魔獣は痛みに悶えるような動きを見せた。
「効いた!」
だが、一時的な効果に過ぎなかった。影喰いはすぐに体勢を立て直し、今度はリナを狙った。
「リナ、気をつけて!」
リナは素早く身をかわしたが、影喰いの一部が彼女の足に触れた。彼女は悲鳴を上げ、倒れた。
「リナ!」
レンは彼女の元へ駆け寄った。リナの顔色が悪い。生命力を奪われたようだ。
「大丈夫...まだ...」
彼女は弱々しく微笑んだ。
状況は最悪だった。チート能力なし、仲間は二人とも戦闘不能、そして目の前には物理攻撃が効かない敵。
「どうすればいい...」
絶望感がレンを襲った。こんな状況でどう戦えばいいのか。死んでも復活するだけで、新たなスキルは得られない。
そのとき—
「レン、聞こえるか?」
シルヴィアの声が頭の中で響いた。テレパシーのようだ。
「シルヴィア?」
「念話よ...私の力を使って...」
「どういうこと?」
「祭壇の中央に...水晶がある...それが影喰いの核...それを破壊して...」
祭壇の中央?レンは注視した。確かに、シルヴィアの下、床の中央に小さな赤い水晶が埋め込まれている。
「わかった!」
影喰いが再び攻撃態勢に入る。レンは最後の力を振り絞った。
「おい、影野郎!こっちだ!」
彼は自分の足元の光の石を踏みつぶした。閃光が走り、影喰いがひるむ。
その隙に、レンは祭壇に向かって突進した。影喰いが追いかけてくる。
「間に合え...!」
レンは剣を構え、祭壇に飛び込んだ。影喰いの腕が彼の背後から伸びてくる。
「うおおおっ!」
渾身の力で剣を振り下ろす。刃が赤い水晶に命中し、割れる音が響いた。
瞬間、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。影喰いの体が崩れ始め、黒い霧のように散っていく。
「やった...のか?」
完全に影喰いが消滅すると、シルヴィアを縛っていたチェーンも消えた。彼女は力なく崩れ落ちた。
「シルヴィア!」
レンは彼女を支えた。彼女は弱っているが、意識はあった。
「レン...よくやったわ...」
「何が起きたんだ?なぜお前がここに?」
「ヴァルガに...連れてこられたの...」
彼女の声は弱々しかった。
「影喰いは...運命管理機関の創造物...彼らは私たちを試していた...」
「試験?」
「そう...」
シルヴィアの視線が割れた水晶の破片に向けられた。レンもそれを見た。
「命の水晶...?」
破片の中に、青く輝く小さな結晶が見える。レンはそれを手に取った。
「これが...」
突然、結晶が眩い光を放った。三人の体を青い光が包み込む。
「なっ...」
レンの体の中で、何かが解き放たれるような感覚があった。体内に力が戻ってくる。
「封印が...解けた?」
シルヴィアとリナも少しずつ力を取り戻している様子だった。
「命の水晶の力ね...」シルヴィアが言った。「死亡カウントをリセットし、封印を解く...」
彼女はようやく立ち上がれるようになった。
「でも...これは罠だったわ」
「罠?」
「そう。運命管理機関は最初から私たちにこれを手に入れさせるつもりだった。彼らはそれを...」
彼女の言葉が途切れた。洞窟の入口から、拍手の音が聞こえてきた。
「見事だ、神崎レン」
ヴァルガの姿が現れた。彼の背後には数人の監視者がいる。
「お前...」
「予定通りだ。お前は影喰いを倒し、命の水晶を手に入れた」
「どういうことだ?」
「全ては試験だ。お前が本当に『特別な適合者』かどうかを確かめるための」
ヴァルガは数歩前進した。
「そして結果は...合格。お前は確かに特別だ」
レンは混乱した。自分が特別?試験?どういうことだ?
「説明してもらおうか」
「その必要はない」
ヴァルガは右手を掲げた。監視者たちが一斉にレンたちを取り囲む。
「お前たちは全員、運命管理機関本部へ連行される。そこで全てが明らかになるだろう」
「断る!」
レンは剣を構えた。B級・毒使いのスキルが復活している。今なら戦える。
「無駄だ」
ヴァルガはレンに向かって一歩踏み出した。その眼には殺意が宿っている。
「もう一度、お前を倒してやろう」
絶体絶命の状況。チート能力は戻ったものの、相手はヴァルガ。前回の戦いではまったく歯が立たなかった。
レンは決断した。
「シルヴィア、リナ、逃げろ!」
「でもレン...」
「俺がヴァルガを引き付ける。お前たちは逃げて!」
シルヴィアは一瞬躊躇ったが、状況を理解したようだった。
「必ず助けに来るわ!」
彼女はリナの手を引き、洞窟の別の出口へと駆け出した。監視者の何人かが追いかける。
「逃がさん!」
ヴァルガが動こうとした瞬間、レンが彼の前に立ちはだかった。
「お前の相手は俺だ」
「いいだろう。まずお前を倒してから、あの二人を捕まえる」
ヴァルガが剣を抜いた。レンも構えた。二度目の対決。今度は勝てるのか?
レンはB級・毒使いのスキルを発動させた。剣の刃が紫色に輝き始める。
「その程度のスキルでは...」
ヴァルガの剣聖キラーが発動。レンの剣から紫の光が消えた。
「やはり...」
「戦闘スキルは全て無効化できる。そんなことも知らなかったのか?」
レンは焦った。毒のスキルさえ無効化されるとは。だが、もう後には引けない。
「ならば...純粋な剣術で勝負だ!」
レンは力の限り剣を振るった。しかし、ヴァルガの剣さばきは圧倒的。数手で、レンの剣は弾き飛ばされた。
「終わりだ」
ヴァルガの剣がレンの胸に突き刺さる。
「ぐっ...」
痛みと共に、意識が遠のいていく。
「また会おう、神崎レン。次は運命管理機関本部でな」
ヴァルガの冷たい声を最後に、レンは闇に沈んでいった。
(つづく)
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