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第12話:「第一の関門—氷炎のセラフィム」
しおりを挟む「神の門」関所で、天ヶ瀬司たちは思いがけない試練に直面していた。
「諸君を通すと決めたが、一つ条件がある」
氷炎のセラフィムが静かに告げた。彼の二色の瞳——左目は氷のように青く、右目は炎のように赤い——が司を鋭く見据えていた。
「何でしょう?」
司が問うと、セラフィムは薄く笑みを浮かべた。
「私と料理勝負をしてほしい。『暁の料理人・ソル』、君の腕前が気になってね」
一同は息を呑んだ。セラフィムは天帝シェフ・ゼウルの側近にして最強の料理人。その料理には「氷と炎の調和」という特殊な力があるという。
「お断りすることもできますか?」
司が尋ねると、セラフィムは首を横に振った。
「もちろん、断ることも可能だ。だが、そうなれば君たちの神宴祭参加資格は剥奪される」
「わかりました。料理勝負、お受けします」
司は決意の表情で答えた。マルコとグスタフが心配そうに視線を交わす。エリシアも不安げだったが、司を信じる決意の表情も浮かべていた。
「よろしい。では、一時間後にこの関所の中央広場で行おう」
セラフィムは立ち上がり、部屋を出ていった。残された四人は、静かに状況を確認し合った。
「これは予想外だったな」
グスタフが眉をひそめた。
「しかし、今さら引き返すわけにもいかない」
「セラフィムの料理はどれほど強いのでしょうか?」
エリシアが心配そうにマルコに尋ねた。
「彼は『神授の料理』の使い手です」
マルコは静かに答えた。
「食べた者の精神を支配する力を持つと言われています。一口食べれば、どんな強い意志の持ち主でも神々に忠誠を誓うようになる…」
「そんな…」
エリシアが青ざめた。グスタフも表情を引き締めた。
「司、どうする?」
司は少し考えてから、決意を示した。
「勝つしかないさ。セラフィムの『神授の料理』に対抗できるのは、私の『神馳せの饗宴』だけだろう」
彼の表情には確かな自信があった。これまでの旅で多くの人々に料理を振る舞い、その力を試してきたからこそ、自分の可能性を信じることができるのだ。
「では、準備をしよう」
グスタフは立ち上がった。
「彼の料理の弱点を見つけなければならない。マルコ、何か情報はないか?」
マルコは眉を寄せて考え込んだ。
「セラフィムの料理は完璧と言われています。しかし…」
彼はふと思い出したように表情を変えた。
「彼の『氷と炎の調和』は強力な技術ですが、それに使われる材料は選り抜かれたものでなければならないはずです。関所でその条件を満たすのは難しいのではないでしょうか」
「それは有利だな」
グスタフが頷いた。
「材料の制約があれば、彼の力も制限される」
司は静かに頷いた。
「準備しよう。エリシア、君の力も必要になる」
「はい!」
彼女は力強く応えた。
---
一時間後、関所の中央広場には二つの調理台が用意されていた。周囲には関所の役人や警備兵、旅人たちが集まり、物珍しそうに料理バトルの準備を見守っている。
セラフィムが華麗な所作で入場してきた。彼は今や調理服に着替えていた。純白の上着に、左半分は青、右半分は赤という独特の模様が施されている。
「来たか、『暁の料理人・ソル』」
彼は司に優雅に会釈した。
「私はこの場所を訪れる優れた料理人との勝負を楽しみにしている。君もその一人だ」
司も礼を返した。彼もまた調理服に着替えていた。周囲の旅人たちからはざわめきが起こった。こんな特別な料理バトルを目の当たりにできるとは思っていなかったのだろう。
「勝負の条件を説明しよう」
セラフィムが高らかに宣言した。
「我々は同じ材料を用いて一皿の料理を作る。制限時間は30分。審査は、この関所の責任者であるラミアス卿が行う」
灰色の頭髪に厳格な表情の中年男性が前に進み出た。彼の目には聡明さと同時に、何か隠された不安も感じられた。
「材料はこちらだ」
セラフィムが手を振ると、役人たちが食材を運んできた。そこには新鮮な魚介類、野菜、香辛料などが並んでいる。さほど珍しいものではなく、どれも関所周辺で調達できるありふれた材料だった。
「これらを使って、『旅人の心を動かす前菜』を作るのだ」
セラフィムの提案に、司は静かに頷いた。
「では、始めよう」
鐘が鳴り、料理バトルが開始された。
両者はまず材料を吟味することから始めた。セラフィムの手さばきは流麗で、まるで芸術作品を生み出す芸術家のようだった。司もまた、持ち前の技術と「神馳せの饗宴」の力を僅かに使って材料を見極めていく。
「司さん、どうですか?」
エリシアが助手として隣に立ち、小声で尋ねた。
「この魚…特殊な性質がある」
司は手に持った銀色の小魚を見つめながら言った。
「『記憶を呼び覚ます』効果を高める成分を持っているようだ」
彼の「神馳せの饗宴」の力が、食材の特性を直感的に理解させていたのだ。
「あの男は何か特別な料理を作ろうとしているぞ」
グスタフが警戒の目でセラフィムを見つめた。セラフィムは既に氷と火の両方を駆使した調理法で魚を捌き始めていた。彼の周りには青と赤のオーラが交互に現れ、不思議な光景を作り出している。
「あれは…」
マルコが息を呑んだ。
「『神授の料理』の予兆です。彼は本気で料理しています」
司も自分の料理に集中した。彼の選んだ銀色の小魚を中心に、周囲の野菜や香辛料を組み合わせて一皿の前菜を構想する。彼の頭の中には、これまでの旅で出会った人々の顔が浮かんでいた。ハーバリア、アクアティア、フレイムバーグの町の人々。彼らが神々の支配から解放された時の表情。
(彼らの記憶を呼び覚ました料理…そして烙印を解く料理…)
司の手が動き始めた。銀色の小魚をさばき、特殊な切り方で身をそぎ落としていく。その身を薄くスライスし、塩と香辛料でマリネする。
「エリシア、この野菜を風で乾かしてくれないか?」
「はい!」
エリシアは手をかざし、緑色の風を起こした。野菜が風に包まれ、適度な乾燥具合になる。司はそれを細かく刻み、香り高いペーストに仕上げた。
一方、セラフィムの調理も進んでいた。彼は同じ材料を使いながらも、全く異なるアプローチで料理を作っていた。特に目を引いたのは、彼が魚を調理する手法だった。左手で触れると魚は一瞬で冷凍され、右手で触れると素早く解凍される。その過程で魚の細胞構造が変化し、独特の食感と風味が生まれるのだ。
「素晴らしい技術だ…」
グスタフも感嘆の声を上げた。
「あんな調理法は見たことがない」
時間が経過するにつれ、両者の料理は形を成していった。セラフィムの皿には、青と赤のグラデーションを描く美しい一皿が完成しつつあった。氷で固められた透明な器に、炎で焼き上げた食材が盛り付けられている。
司の料理は、より素朴だが深い意味を持つものになっていた。銀色の小魚のマリネを中心に、周囲に彩り豊かな野菜を配置。そこに「神馳せの饗宴」の力を込めた特製のソースをかけていく。
「残り10分!」
進行役の声が響き、周囲の緊張が高まる。
司は最後の仕上げに取りかかった。彼の体から金色のオーラが漏れ始める。それは目立たない程度のものだったが、確かに「神馳せの饗宴」の力だった。
「エリシア、最後の力を貸してくれ」
エリシアは頷き、風の力で特製ハーブの香りを料理全体に行き渡らせた。香りと風と「神馳せの饗宴」の力が融合し、司の料理は完成に近づいていた。
「残り5分!」
セラフィムも仕上げに入っていた。彼の料理からは青と赤の光が強く放たれ、周囲の温度すら変化しているように感じられた。その姿は、まさに「神授の料理」の使い手だった。
「時間切れ!手を止めなさい!」
鐘が鳴り、両者は同時に手を止めた。調理台の上には、二つの全く異なる前菜が完成していた。
セラフィムの「氷炎の誘い」は、視覚的にも芸術品のように美しかった。氷で作られた器に、炎で香ばしく焼き上げた魚のエッセンスが閉じ込められ、周囲には赤と青のソースが交互に塗られている。
司の「解放の前菜」は、より素朴だが深い輝きを持つ料理だった。銀色の小魚のマリネを中心に、色とりどりの野菜が調和し、全体を包む金色のオーラが僅かに見えた。
「審査を始めよう」
ラミアス卿が前に進み出た。彼はまずセラフィムの料理を一口食べた。その瞬間、彼の表情が変わった。目が見開き、口元が緩み、まるで陶酔したような表情になる。
「これは…素晴らしい…」
彼の声は震えていた。
「氷と炎の完璧な調和…これこそ神々に捧げるべき料理…」
セラフィムは満足げな表情を浮かべた。彼の「神授の料理」が効果を発揮し始めていた。
次に、ラミアス卿は司の料理に手を伸ばした。一口食べると、彼の表情がさらに変化した。今度は陶酔ではなく、驚きと混乱、そして何かを思い出したような懐かしさが混ざり合っていた。
「これは…私の記憶…」
彼の目から涙が溢れ出した。
「子供の頃、母が作ってくれた料理…神々が現れる前の…あの時代の…」
ラミアス卿の体から光が漏れ始めた。「神の烙印」が薄れ始めたのだ。セラフィムの表情が一瞬、驚きに変わる。
「な…何だと?」
しかし、ラミアス卿はすぐに混乱した様子で頭を振った。
「いや、しかし…セラフィム様の料理こそが…神々の意志を…」
彼の中で二つの力が拮抗していた。セラフィムの「神授の料理」による支配と、司の「解放の前菜」による解放。どちらが勝るか、場の空気が凍りついたようになった。
ラミアス卿は苦しげに両方の料理を交互に見つめた。そして…
「勝者は…『暁の料理人・ソル』!」
彼の宣言に、場は静まり返った。セラフィムの顔に怒りの色が浮かぶ。しかし、すぐに彼は冷静さを取り戻し、微笑んだ。
「興味深い結果だ。君の料理には特別な力がある」
彼は司に近づき、小声で付け加えた。
「『神殺しの料理人』よ」
司の背筋が凍りついた。変装がバレたのか?しかし、セラフィムは続けた。
「心配するな。今日のところは君を通す。神宴祭でのパフォーマンスが楽しみだ」
彼はそれ以上何も言わず、優雅に立ち去った。周囲の人々からは歓声が上がっていた。彼らはこの料理バトルの真の意味を理解していなかったが、素晴らしい料理の競演を目撃できたことに満足していたのだ。
「危なかった…」
グスタフが小声で言った。
「しかし、セラフィムは君の正体に気づいているな」
「なぜ捕まえないのだろう?」
エリシアが不思議そうに尋ねた。マルコが答えた。
「おそらく、神宴祭という公の場で『神殺しの料理人』を倒すことを望んでいるのでしょう。それが神々の威厳を示すことになる」
司は静かに頷いた。
「いずれにせよ、第一の関門は突破した。これで神の国ファルミラへの道が開けた」
---
料理バトルの後、司たちは無事に関所を通過し、ファルミラへの最後の道のりを進んでいた。
「本当に危なかったね」
エリシアが安堵の表情で言った。
「あのセラフィムという人、恐ろしく強かった」
「ああ」
司も同意した。
「彼の『神授の料理』は、想像以上の力を持っていた。一歩間違えば、私たちは彼の料理で操られていたかもしれない」
「だが、司の『解放の前菜』も素晴らしかった」
グスタフが肩を叩いた。
「あの料理は今までにない新しいものだったな?」
「ええ」
司は頷いた。
「旅の中で様々な経験をしてきて、『記憶を呼び覚ます』料理と『烙印を解く』料理を組み合わせたんです。それが『解放の前菜』になった」
マルコはしばらく考え込んでいた。
「セラフィムは強敵です。神宴祭では彼ともう一度対決することになるでしょう」
「その時は、今日以上の料理を作らなければな」
司は空を見上げた。夕暮れの空に、遠くファルミラの塔が見え始めていた。
「ほら、見えてきたぞ」
グスタフが指さした。
神の国ファルミラ——その全容がついに視界に広がった。七つの塔を持つ巨大な神殿を中心に、純白の建物が放射状に広がる巨大な都市。黄金の屋根が夕日に照らされて輝き、まるで天上の都のような荘厳さを放っていた。
「神宴祭はあの中央神殿で行われるんですよね」
エリシアが尋ねると、マルコが頷いた。
「はい。神殿の大広間で予選が行われ、勝ち残った者たちがトーナメントに進みます」
「予選は明日から始まる」
グスタフが言った。
「今夜は宿を取り、しっかり休むとしよう」
司は口では同意したものの、彼の心は静かな興奮で満ちていた。いよいよ神宴祭が始まる。そして、「神殺しのレシピ」の手がかりを見つけるという重要な使命もある。
「いよいよだね…」
エリシアが司の横に立ち、同じようにファルミラの姿を見つめていた。
「ええ。本番はこれからだ」
彼らは夕陽に照らされた神の国ファルミラへと歩を進めた。これからの戦いが、世界の運命を左右することになるだろう。しかし、彼らの決意は固かった。料理で世界を変えるという信念が、四人の心を一つにしていたのだ。
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