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第12話:「商人ギルド入会、見習いの日々」
しおりを挟む「ここに、カレイド商人ギルド正式会員の証を授与する」
アルバート・ギルド長は厳かな声で宣言し、直樹に銀色に輝くバッジを手渡した。大広間に集まった商人ギルドの会員たちから、温かい拍手が沸き起こる。見習い会員の銅のバッジとは異なり、正式会員の銀のバッジは、より洗練された意匠で、中央にギルドの紋章が刻まれていた。
「橘直樹、おめでとう」アルバートは公式な口調から柔らかい声に変わり、直樹の肩を叩いた。「見習いから正式会員への昇格は簡単なことではない。特に君のように短期間での昇格は稀だ」
「ありがとうございます」直樹は深く頭を下げた。「これもディーンさんをはじめ、多くの方々のご指導のおかげです」
ディーンは誇らしげな表情で直樹に近づいてきた。「おめでとう、橘。君の成長ぶりには目を見張るものがある。南方での交渉から、最終試験まで、すべてが見事だった」
昇格式典の後、アルバートは直樹を執務室に呼び、「直樹商会」の設立について話し合った。
「商会を設立するには、まず資本金が必要だ」アルバートは説明した。「最低でも金貨5枚が目安だな。それから事務所と倉庫、そして最初の商品仕入れ資金も考慮しなければならない」
直樹は計算していた。現在の手持ち資金は銀貨5枚のみ。正式会員としての給与は見習い時代より増えるとはいえ、金貨5枚という額は簡単に貯められるものではない。
「資金面で心配なら」アルバートは直樹の表情を見て言った。「ギルドにも融資制度がある。または、出資者を募ることも可能だ」
「考えさせてください」直樹は慎重に答えた。「まずは自分の力で資金を貯める方向で努力してみます」
アルバートは頷いた。「その姿勢は立派だ。急がなくても良い。まずは正式会員として経験を積み、人脈を広げることだ」
執務室を出た直樹は、これからの計画を考えていた。「マザーの食堂」での仕入れの仕事は続けながら、ギルドでの正式会員としての仕事も始める。そして、少しずつ資金を貯めていく...
ディーンが事務所で直樹を待っていた。「正式会員になったことで、君の責任範囲も広がる」彼は説明した。「これからは単なる助手ではなく、独自の取引を任せることになる」
「どのような取引ですか?」直樹は興味を示した。
「まずは東の地域との毛皮取引だ」ディーンは地図を広げて指さした。「カレイド市から東に三日の距離にあるネイル村は質の高い毛皮の産地だ。そこから直接仕入れ、カレイド市の高級衣料店に卸す取引を任せたい」
直樹は真剣に頷いた。「了解しました。いつから始めればよいですか?」
「来週には出発できるよう準備してくれ」ディーンは言った。「君一人で行くには初めての場所だから、地図と紹介状を用意しておく」
その日の夕方、直樹は「マザーの食堂」に立ち寄り、マーサに正式会員になったことと、東への取引旅行の予定を伝えた。
「おめでとう!」マーサは直樹を温かく抱きしめた。「あなたなら必ずうまくいくわ。東への旅行は何日くらいかかるの?」
「往復で約一週間です」直樹は答えた。「その間、仕入れは...」
「心配しないで」マーサは手を振った。「私の甥が最近手伝いに来てるの。あなたがいない間は彼に任せるわ」
「ありがとうございます」直樹は安心した。「帰ってきたら、また続けさせてください」
宿に戻った直樹は、一人で今日の出来事を振り返っていた。正式会員への昇格、そして商会設立の夢。彼の「値切りの王」への道は、確実に前進している。だが、まだまだ課題は多い。特に資金面の問題は大きい。
「金貨5枚か...」
直樹は部屋の窓から夜空を見上げながら考えていた。【最強の値切り】スキルを使えば、効率的に利益を上げることはできるだろう。しかし、それだけで十分な資金を短期間に貯めるのは難しい。もっと大きな取引、より効果的な方法が必要だ。
部屋が突然、金色に輝き始めた。マーケリウスの姿が現れる。
「直樹よ、正式会員への昇格おめでとう」商売の神は優雅に頭を下げた。
「ありがとうございます」直樹は敬意を込めて応えた。「あなたのご加護のおかげです」
「いや、それは君自身の才能と努力の結果だ」マーケリウスは笑顔で言った。「特に南方での交渉と、最終試験でのガルドとの取引は見事だった」
「商会設立のためには、まだまだ資金が足りません」直樹は率直に悩みを打ち明けた。
「資金集めに焦りは禁物だ」マーケリウスは諭すように言った。「真の商人は時に急ぎ、時に待つことを知っている。今は経験を積むことに集中するとよい」
直樹は頷いた。「東への取引旅行が控えています。良い経験になるでしょう」
「その通りだ」マーケリウスは微笑んだ。「そして覚えておくがいい。値切りの王への道には、常に試練と機会が待っている。東での取引も、そのひとつになるだろう」
マーケリウスの姿は金色の光と共に消えていった。直樹は神の言葉を胸に刻み、明日からの準備に取り掛かることにした。
---
翌日から、直樹は東への取引旅行の準備を始めた。ディーンから毛皮取引の詳細を学び、必要な書類や資金を準備した。ネイル村での宿泊先や、村の有力者についての情報も集めた。
「毛皮取引で最も重要なのは品質の見極めだ」ディーンは直樹に教えた。「特に冬毛と夏毛の違いは価格に大きく影響する。それから、保存状態も重要だ」
直樹は熱心にメモを取りながら聞いていた。「村での適正価格はどのくらいですか?」
「通常、上質な狐の毛皮一枚につき銀貨3~5枚程度だ」ディーンは答えた。「しかし、村人たちとの関係性によって変わることもある。彼らは都会の商人を警戒する傾向がある」
「なるほど」直樹は考え込んだ。「信頼関係の構築が大切なんですね」
「その通り」ディーンは頷いた。「これは単なる一回の取引ではなく、長期的な関係を築く第一歩だ。将来的には『直樹商会』の重要な取引相手になるかもしれない」
この言葉に、直樹は改めて責任の重さを感じた。これは単なる仕事ではなく、彼の将来の商会のための基盤作りでもあるのだ。
出発の前日、直樹は市場で最後の準備を整えていた。東の村人たちへの手土産や、旅の必需品を揃える中、偶然にもガルド・バロンと出会った。
「おや、橘」ガルドは親しげに声をかけた。「正式会員への昇格、おめでとう。聞いたぞ、東への取引旅行だそうだな」
「はい」直樹は挨拶した。「ネイル村での毛皮取引です」
「ネイル村か...」ガルドは懐かしそうに言った。「私も若い頃、よく通った。あそこの村長のヨハンとは古い付き合いだ」
「ヨハンさんですか?」直樹は興味を示した。「何か助言をいただけますか?」
ガルドは周囲を見回し、声を落とした。「実はヨハンには弱点がある。彼は東方の珍しい香辛料が大好きでな。特にカルダモンとクローブだ。それらを贈り物にすれば、きっと喜ぶだろう」
「貴重な情報をありがとうございます」直樹は感謝した。
「もう一つ」ガルドは続けた。「ネイル村の近くには古い遺跡がある。村人たちはそこに特別な思い入れがあるようだ。彼らの文化や信仰を尊重することも大切だ」
直樹はこの情報も注意深くメモした。「心に留めておきます」
「では、良い旅を」ガルドは直樹の肩を叩いた。「商売の神の加護があらんことを」
ガルドと別れた後、直樹は早速、東方の香辛料を扱う店に向かった。カルダモンとクローブは確かに高価だったが、村長との関係構築に役立つなら、良い投資になるだろう。
出発の朝、直樹は荷物を整え、馬車で東門に向かった。ディーンが見送りに来ていた。
「これが紹介状だ」ディーンは封をした手紙を渡した。「ヨハン村長宛てだ。それから、これは取引資金」
彼は小さな革袋を手渡した。中には銀貨100枚が入っていた。
「100枚...」直樹は重みを感じた。「責任重大です」
「心配するな」ディーンは微笑んだ。「君なら上手くやれる。値切りの才能は誰にも負けないからな」
直樹は深く頭を下げた。「必ず良い結果を持ち帰ります」
馬車が動き出し、カレイド市の東門を出ていく。直樹は窓から振り返り、徐々に小さくなっていく街を眺めた。これが正式会員としての最初の独立任務。成功させて、商会設立への第一歩としなければならない。
道中、直樹は東の地域についての資料を読み返した。ネイル村は主に狩猟と農業で生計を立てる小さな村だが、その毛皮は品質が高く、カレイド市の高級衣料店で重宝されている。しかし、村人たちは外部の商人に対して警戒心が強く、信頼関係を築くのに時間がかかることもあるという。
「村人たちの視点に立って考えることが大切だ」直樹は呟いた。「彼らにとっての『価値』は何か...」
馬車は東へと進み、直樹の新たな挑戦が始まろうとしていた。三日後、彼はネイル村に到着し、初めての独立取引に臨むことになる。
値切りの王への道は、一歩ずつ確実に進んでいた。
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