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第1章
平凡と非凡は何色に 4
しおりを挟む「ふぇ、フェレットって動物の?」
少しずつ体育館の陰にわたしたちの姿が隠れ始めたのを感じたころ、わたしはようやく口を開く。
わたしが咄嗟に思いつくフェレットという単語、それはイタチ科に属する小型哺乳類の動物だ。
「そうに決まってるでしょ。それ以外に何かある?」
秋川さんは相変わらず頬を赤らめながらそれを肯定する。
いや、それ以外に何かある?とか言われても。
わたしはてっきり何かしらの告白をされるとばかり思って心を高ぶらせていたんだし、的外れというかすごく呆気に取られる質問だ。ていうかどんな質問だよ。
いや冷静に考えたら秋川さんがわたしにそういうよこしまな感情を持つことがありえないことなんだけどさ。それ以上に、フェレットを飼っているか、なんて本当の本当に意味がわからない質問をされたことで色々上書きされている。
…………真面目に考えて、彼女がわたしがフェレットを飼っているかどうかを知りたがる理由ってなんだ?そんな質問をするのに、どうして秋川さんは恥ずかしがるような表情を見せたりしているんだ?
余計に混乱が加速してわたしの小宇宙でビッグバンが10回は起こっている。
とにかく、分からなくても、簡単に答えられる質問をこのまま放置しておくわけにもいかないので、わたしは慎重に口を開く。
「え、えと。フェレットは飼ってないよ……」
現実問題、わたしはフェレットを飼ってはいない。というか我が家で動物を飼ったことはない。ほんとうに、なんでこんな質問したんだ秋川さんは。
「………………………………はぁ!?」
正直に答えた結果、秋川さんはしばしの沈黙の後、先ほどの頰染めはどこへやら、険しいいつもの顔に戻って怒りに近い感情を露わにした。いや意味わからんし。
「じゃ、じゃあイタチやテンを飼ってるの?」
「いや、飼ってないけど………。」
なんだなんだ?
なんでそんなにペットの話にこだわるんだ?
しかもフェレットはともかく、イタチやテンは野生動物なのでは?
わたしが混乱でいっぱいになっていると、秋川さんは、はぁ、と期待外れに嘆くようにため息をついた。いつもの冷淡さからは想像もつかない落胆っぷりだ。
いや、わたしなんか悪いことしたか?
なんでわたしがフェレットを飼っていると思ったのか。仮にわたしがフェレットを飼っていたとしたらなんだというのか。
分からないことだらけだ。
「その、秋川さん、フェレット好きなの?」
「え?な、なんでそう思うの?」
秋川さんが何やら納得いかなげにぶつぶつ呟いていたのでわたしから話しかけると、秋川さんはあからさまにあたふたと動揺し始めた。
なんかよく分かんないけど、その様子がすごく可愛い。これがギャップ萌えというやつか。
「いや、根拠はよくわからないけど、好きだからわたしに、フェレット飼ってる?って聞いたんじゃないかなって。」
「…………っ」
仮にそうだったらそうだったで、尚更わたしにその話をしようとした意味が分からない
ただ、本人の慌て具合からして図星をついたらしい。わたしという平凡で愚鈍な人間が秋川さんから会話の流れを奪取するなんて奇跡も起こるんだな。
「…………………………………………そうだけど、悪い?」
しばしの沈黙の後、秋川さんはこちらを威嚇するように睨みながら、その事実を肯定した。
「いや、別に悪いとか思ってるわけじゃないけど、なんでわざわざ呼び出してまでわたしにそんな話を……?」
「だってあなた、動物好きっていつも友達と話してたじゃない。それで、もしかしたら話が合うかもしれないって思って………その………」
そこまで言って、秋川さんは恥ずかしそうに俯いて黙りこくってしまった。少し顔をのぞいてみるとその症状は首元まで真っ赤に染まっている。
なんかよくわかんないけどめちゃくちゃ可愛いな。これがギャップ萌えというやつか。(二回目)
「あ、もしかして、いつも携帯で見てたのって…………」
最後までは言わなかったが、秋川さんはコクリと頷く。
秋川さんはそんなに動物が大好きな人だったのか。動物というかフェレットとかイタチ。
わざわざスマホで写真を探すくらいに。
普段秋川さんが人を跳ね除ける理由は分からないけど、本人的には同じ趣味について話し合える存在が欲しかったのだと推測できる。それでわたしをわざわざ呼び出したのか。
いやはや、これは全く予想外だったけど、わたしにとっては好都合だ。というか秋川さんと仲良くできる絶好の機会だ。てっきり半殺しにされるものだとばかり。
問題があるとすれば、わたしフェレットどころか動物好きでもなんでもないところだ。嘘も方便っていうわけでもないけど、あくまで動物好きはただのアピールであって、悪いがほとんど興味ない。
…………………………いや、このことがバレたら今度こそ半殺しじゃ済まされないのでは?
向こうが勘違いしたってことを踏まえても、フェレット好きの秋川さんがわたしに近づいた理由は動物繋がりであって、良い子ちゃんアピールするために動物利用してました~なんて言ったら……………。
どうしよう。
「えーと、わたしも動物は好きだけどね、フェレットに関してはあんまり詳しくないんだ。でも、かわいいから今度調べてみようかなぁ、なんて。」
うん。まあここらへんが妥当な返答だろう。動物に興味はないけど、秋川さんと仲良くなれるなら知ってみてもいいかもしれないし。
「ほ、ほんと!?」
理想通りだったのかどうかはもうわたし自身ですら判断できないが、わたしの宣言を聞いた秋川さんは、普段は絶対に聞かせないであろう喜びの感嘆を上げた。
「それならフェレットだけじゃなくてイタチとかオコジョとかテンとか、あとイイズナやハクビシンなんかも可愛いよ!フェレットは飼育用として作られた個体だから他の子たちとはちょっとちがうけど、基本的な見分け方としては大きさの違いがあってね。ハクビシンやテンは普通の犬猫と同じくらいか、それよりも大きいくらいでその見た目の可愛さと相反して凶暴で強いところも魅力なの。逆にイイズナやオコジョはかなり小さくて、その愛くるしさといったらもうすごいんだよ……………………あ、いや……ごほん。まあ、曽鷹さんがそう言うなら、動物好きの同志として友達になってあげてもいいけれど。」
ありえないくらい目を輝かせて、ものすごい早口で捲し立てていた秋川さんにただただ圧倒されていたわたしだったが、秋川さんは自分の行動を瞬時に振り返ったのか、なんとか自制していつもの冷静さを取り戻そうとした。それでも話したいことがたくさんあるようで、押さえ込んでいる感じがすごく分かりやすい。
それにしても、あの冷静沈着で横暴な氷の女王様に、こんな一面があったとは。これがギャップ萌えというやつか。(3回目)
なんというか、もう好きっていう次元を超えている気がする。フェレットマニア?いや、イタチ科全体に目を輝かせているからイタチマニアか?
「あ、うん……。わたしも秋川さんみたいなイタチマニアになれるようにがんばるね。」
「なっ……イタチマニアはないんじゃない?せめてイタチフリークとかイタチファンとかにしなさい。」
文句ありげに口を尖らせているけど、全部同じだと思うけどな。
なんならフリークってどちらかといえば否定的な意味合いだし。
でも、語り合えるかもしれない仲間ができたからか、秋川さんはちょっと嬉しそうだ。見間違えだったら悲しいけど。
ちなみに、わたしも嬉しい。
なんてったって、こんな雰囲気の秋川さんを知っているのはたぶんわたしだけだろうから、特別感があって良い。
何はともあれ、これでわたしたちは友達だ。意外なこともわかって、いよいよ仲良くできるのかもしれない。
わたしの中でその希望は確かに大きなものになりつつある。なんだか明日から楽しみが多くなりそうだ。
「あ、一応念押ししとくけどね」
「?」
「今日のこと誰かに話したら、どうなるかわかってるわね?」
「あ、ハイ。」
秋川さんはすっかり調子を取り戻して、わたしを蔑むような目に返り咲いている。
どんなに大きな希望があっても一瞬で消滅する可能性があることには変わらないけと理解させられた瞬間だった。
ん?そういえば、なんで秋川さんはわたしがフェレットを飼っていると思ったんだろうか。
わたしが動物好きという情報は普段の会話をたまたま聞いて分かるにしても、さっきの秋川さんは私がフェレットを飼っている可能性をかなり高く見積もっていたように見えた。でもわたしは事実としてフェレットを飼っていないし、そんな話を蒼たちにしたことも別にない。
自分の行動を振り返って悩んでいたが、その答えは秋川さん自身がすぐに明かしてくれることになった。
「あっ…………でも、携帯の待ち受けフェレットとあなたの自撮りの写真にしてたじゃない。その子は曽鷹さんのなんなの?」
思い出したかのように、秋川さんがわたしに細長い指をぴんと指しながら、疑惑を込めたような声で聞く。
「あ。」
わたしの中でいろいろ整理がついていないのは変わらなかったが、確かにわたしはスマホの待ち受けにおばあちゃんの家で飼っているフェレットとの写真を使っている。あくまでこれもアピール的なやつだけど。
でも、それを秋川さんが知っているってことは…………
「秋川さん、わたしの携帯の待ち受け盗み見たの?」
「へっ?」
「だってそうでしょ?秋川さんとこんなに長く話したのなんて初めてだし、少なくとも仲良くなんてなかったじゃん。だから、わたしの携帯の待ち受けになんの写真使っているかなんて普通わからないよね。」
「…………それは………」
秋川さんは小さく口を閉じて籠る。
わたしとフェレットの繋がりなんてどれだけ大きく見積もっても祖母の家を介したものくらいしかない。
ま、別に秋川さんがわたしの携帯の待ち受けを覗いていたところで困ることもないんだけど、でも
「わたしにはあんなに携帯を覗いたことを怒ってたのに、秋川さんも見てたってことだよね。」
仮に同じことをしていたならわたしだけ怒られるのもなんか癪なので、ちょっと煽ってみた。
すると、秋川さんの表情は青くなった後赤くなってわたしに一歩足を出した。
「…………変な勘違いしないでよね!私の場合、偶然目に映っちゃっただけで、盗み見ようとしたわけじゃないのよ。私のは事故、あなたのは犯罪、一緒にしないで。」
ふん、と大きく息を鳴らすと、耳まで真っ赤になった秋川さんがさっきまでわたしが通ってきた道をずかずかと歩いて帰っていった。たぶん怒りによる紅潮だけではないだろう。
わたしはというと目を点にして、唖然としたまま秋川さんの後ろ姿を見つめるしかなかった。
いやまあ本人の主張は理解したけど、そんなに感情的になることかな。『偶然目に入っちゃっただけだけど、何か?』みたいな感じで言われると思ってた。
案外、好きなことになると嘘をつけない人間なのかもしれないな。
まだよく飲み込めてないけど、一応わたしたちの関係はそこまで悪いものでもないのかもしれない、と思い込むことにして、暗さが増してきた夕焼けの体育館裏から去ることにした。
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