百合活少女とぼっちの姫

佐古橋トーラ

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第3章

あらゆる秘匿を押さえつけて

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♢♢♢


 土下座させられた。
 初めてやった、あんなの。

 あんなやつに。

 正座して、頭を下げて、服従を宣言して。

 最低だ。
 あいつ。

 
 日が暮れかけた帰り道を一人で歩きながら、さっきまで見下されていたあの視線を思い出して身を震わせる。

 動画を餌に放課後に呼び出された時点で、結奈がヤバいやつだとは分かっていた。初めて会った人にあんな脅しをかける時点で異常だし。
 でも、まさかあんなことをさせられるなんて思いもしなかった。
 図書室でわたしに命令した時のあの子の顔は、もはや人間のそれとすら思えなかった。
 悪魔みたいににやけて、心の底から嘲る目だった。恐怖すら覚えた。大人しい以外の印象がなかったのに、今日の一幕のせいでクラスで一番強烈な印象に変わった。

 まあ、それはいい。よくないけど。

 今のわたしの問題は、むしろ自分自身にあった。

 結奈が最低なやつだと分かったからには、なんとかして彼女の毒牙から逃れるために奔走するのが普通だ。弱みを握り返すとか、あの動画をなんとかして消すとか。
 そうする予定だった。
 あの動画さえなければ、陰キャでぼっちな結奈の証言なんて誰も信用しないのだから。

 でも、あの子に図書室で命令された時、変な触覚が刺激されてしまった。
 胸がざわめくようなおかしな感じだ。

 脅されて土下座までさせられたのに、不思議と嫌悪よりも先に出てくる感情があった。
 いや、もちろん最悪には違いない。あんなやつに弱みを握られたとか、一生の不覚だ。でも、結果としてわたしの行動が引き起こしたものは想定外に印象付けられるものだった。

 あの笑顔。
 人を小馬鹿にして、それを何とも思ってない鋭く尖った笑顔。

 あれが、どうしてか忘れられない。

 悪役のお姫様みたいに、嗜虐的で圧倒的な凶暴性を秘めていた。

 こんな表情ができるなんて───
 
「……バカかわたし。」

 一瞬過ぎってはいけない感情が生まれてしまって、わたしは隠すように道のど真ん中で携帯を取り出した。

 あんな屈辱的な目に遭わされたのに、なんでこんなに宙を踏んでいるのか分からなかった。
 馬鹿にされて嬉しいはずがないのに。

 世の中には罵倒されて喜ぶ人もいるらしい。
 理沙さんとかもそれに近い。
 でも、わたしはそれとは違う。
 そんなことをされて喜ぶはずもない。

 だから、これはあくまで人間観察への興味だ。彼女に笑顔で見下されているのに胸が鳴いているのは、普段とのギャップに驚いただけ。

 わたしは被害者だ。
 悪いクラスメイトに弱みを握られて、嫌々従うしかない可哀想な人。

 よし。
 それでいい。
 この問題は解決。

 内部的なことはいいとして、結奈からはどうやってあの動画を消させるかは考えないと。
 ……まあ、今は好きに泳がせておいてもいいか。このままで良いとは思ってない。でも、彼女がわたしの秘密をバラさないでいるうちは、言いなりになってあげてもいいかなって、少しだけ思ったりもして……。

 いや嘘。

 わたしがいじめられて喜ぶ変態みたいでヤダ。
 そんなことは認めたくないから、早くなんとかしないと。
 
「………ん。」

 携帯をいじって精神統一していると、ラインの通知が届いた。

 カラオケを断ってしまった美海がまた苦情が来たのか、はたまた沙羅が宿題が分からなくて泣きついてきたのか。
 どうせ大した案件でもないだろうけど、一応確認しておこうとアプリを開いたわたしだったが、そこでまたざわめきを止められなくなった。

 結奈からだった。

 つい先ほど、連絡のためにラインを交換したばかりだ。

 嫌な予感がしたが、見なかったらまた何を言われるか分かったもんじゃない。

 案外挨拶のスタンプかな?なんて可能性の低い望みにかけ、恐る恐る確認する。

「────っ」

 送られてきたのは一枚の写真。
 わたしが結奈の前で、地面に手をついて土下座している写真だった。

「撮られてたの……。」

 『写真もちゃんと撮ってるよ』そう言いたげな無言の連絡だった。わたしを戒めるためなのか、単に面白がって送ってきたのか、どっちみち、結奈はやっぱり最低だ。
 自分の土下座画像を送られる、こんな屈辱は初めてだ。

「………………。」

 怒らないといけない。
 拒絶しないといけない。

 それなのに、綺麗に手の指先で三角形を作って、伏せて髪を垂らす惨めな自分を見ていると、なぜか思うところがあった。
 なんでこんなものに乱されてんだろう、わたし。
 動揺とか、憤慨とかによるものではなく、憐れな自分に対して湧き起こる陶酔みたいだ。そんなわけないのに。

『これ、待ち受けにしてもいいよ。』

 自分をぶん殴りかけているわたしに、結奈から少し遅れて追記が来た。くだらないものだった。

『するわけないじゃん、バカなの?』
『じゃあ別いいよ。でも保存はして自分の写真フォルダに残しておいて。それで、一日一回は自分の土下座姿見て反省してね。』

 またもやとんでもない命令をしてきた。
 
『やだ。』
『こっちは命令だから。やらないならこれもみんなに見せるね。』

 …………ふざけやがって。

『保存すればいいんでしょ。分かったから。』

 断ったらすぐ脅してくる。
 やっぱりこの女は最低だ。

 心までこんなやつに動かされちゃおしまいだ。この理不尽な要求を跳ね除けて、いつか結奈と立場逆転してやる。
 そんで今度は結奈に土下座させれば良い。それでこのモヤモヤもなくなる。

 でも、できるかな、そんなこと。弱みの写真は今後も増えそうだし、もうとっくに安全圏にコピーされてしまっているかもしれない。もし勝機と見て反逆して、返り討ちにあったら?そのときはわたし………………

「樹っ!」
「うわっ」

 ぼーっと立ち止まっていると、いつのまにか沙羅が後ろからわたしに抱きついていた。道の真ん中でいきなり飛んでくるのは心臓に悪い。

「あれ、沙羅。部活は?」

 沙羅はバスケ部で、今日も部活があったはず。

「早めに終わった。樹こそこんな時間に帰ってるなんて珍しいじゃん。」
「まあ、ちょっと学校に用事があって残ってた。」
「ふーん。」

 嘘は言ってない。でも、さっきのことを考えると繕ってるみたいでちょっと気まずい。

「それより、なんか顔赤いけど大丈夫?」

 沙羅はニコニコしながらわたしの頰をつんつんと指で跳ねた。

「えっ、赤いかな?」
「うん。ちょっとね。」

 あんなことがあった後だ。その事実はあまり考えたくもない。

「夕日のせいだよ。」
「なにそのロマンチックな言い回し。」

 もしくは怒っているせいか。
 どちらにせよ沙羅に変な顔は見せられない。わたしと結奈の関係がバレたら、それこそ従っている意味もなくなる。

「熱とかあるわけじゃないからさ。」
「ならいいけど。一緒に帰ろ?」

 沙羅の言葉に大きく頷くと、わたしたちは日が暮れた狭い道を縦になったり横になったりして歩いた。

 沙羅はいいやつだ。もちろん美海も他の友達も良い人ばかりだ。
 どっかの最低な誰かとは大違い。

 ……その最低な奴に少しだけ興味を持ってしまっているわたしもまた最低かもしれない。

 いい子のふりして裏では夜の関係を持ち、さらにその裏では結奈という悪徳脅し姫に頭を下げている、沙羅には見せられないものばかりだ。

「…………ねえ沙羅。」
「んー?」
「ちょっと聞いてもいい?」
「どうぞ。」

 横を車が通り抜ける中、前を歩く沙羅に少し大きめな声で話しかける。

「仮に沙羅が真面目な生徒だったとする。」
「わたしは元々真面目だけど。」
「うん、仮に真面目だったとしてね。もし悪いことしてるのが周りにバレそうになったらどうする?」

 沙羅までくだらないモヤモヤに付き合わせるのは良くないとは知っている。
 でも、自分に言い訳したかった。
 結奈なんかに従う自分に、そうするしかないって口実を作らないとやってられない。

 沙羅は少し黙ってからいつもの明るい声で続ける。
 前を歩いているから表情はこちらからは見えない。

「悪いことって?」
「たとえば、タバコとかお酒とか。」

 売春とか。

 いやまだギリギリラインは超えてない気がするけど。キスまでだし。

「そりゃ、頑張って隠す。」
「隠した結果、一人の知り合いに弱みを握られて、言うこと聞かないとバラすぞって脅されたら?」
「うーん、従うしかないかなぁ。でも絶対やだよね、そんなやつに従わないといけないなんて。」
「やっぱ、やだ?」
「もちのろん。好きでもなんでもない人に弱みを握られるってガチで最悪でしょ。」

 だよねぇ。
 わたしもそう思う。

 そう。わたしはまさに最悪な気分のはずだ。
 それが普通。

 最悪な気分のはずなのに、そこはかとなくそれ以外の感情が混じってきている今が異常事態なのだ。

「で、今のはなんの心理テストなの?」
「いや、なんでもないから。ただなんとなく。ありがとね。」

 沙羅が仮にわたしだったら、きっと結奈を憎み陥れて立場を取り戻すんだろうなと思う。少なくとも、今のわたしみたいにはならない。

 じゃあ、わたしはなんなんだろう。
 絶対的ピンチなのに、このそわそわする感じは何を示しているのだろうか。

 結奈は嫌いだ。それは間違いない。
 でも、彼女が今後わたしに何をするのかに関しては、少しだけ、ほんの少しだけ、受け流してやっても問題はないだろうと思った。

 狂った本能が頭から飛び出かけている気がしたけど、逆らえないから厄介極まりないのだ。

 
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