百合活少女とぼっちの姫

佐古橋トーラ

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第3章

人魚は地上を歩けない

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「えっ、あ、うん。イイけど。」

 突然の誘いに一瞬困惑したが、すぐに頷いて結奈の隣につく。
 なんとなく、車道寄りに立って歩いた。
 
 ……あれ。わたしなんでこんなにすんなり結奈の言うこと聞いてるんだろ。
 一緒に帰るなんて大したことでもないけど、わたしは結奈のことが嫌いなんだから、無理だと分かっててもちゃんと抵抗しないといけないのに。
 まあいいか。
 どうせ嫌だと言っても断れないんだし、わざわざ無駄な時間を過ごす必要もない。

 結奈のことは嫌い。 
 でも受け入れるためにポジティブに考えてるだけだ。うん。

「伊月。」
「うん?」

 大通りを避けて横の細道に出ると、結奈が片手を出してわたしに何かを要求してきた。

「なに、その手?」
「荷物。」
「荷物?」
「うん。それ。」

 結奈が指差した先には、わたしが左手に下げている手提げバックがある。
 普通のバックだけど、何がしたいのだろうか。

「持ってあげる。」

 ニヤッと笑って、あり得ないことを言い出す結奈に思わず顔を顰める。
 たった2日の仲だけど、そんな優しさを見せてくれるような人間じゃないってことは知ってる。ていうかもう顔からして何か悪いことを企んでいる。

 まあ、とぼとぼ弱気な顔してる時より、こうやっていたずらな顔して時の方が輝いてると思うけど。

「いいの?ありがと。別に重くもないけど……」

 とりあえず話に乗ってみる。
 そこまで悪い未来も見えないし。

 バッグを手渡すと、結奈はそれを持ったまま適宜的にわたしの後ろに立った。

「?」
「はい。じゃあお願いね。」
「??」

 何が?

 結奈はわたしの肩に両手を置いて何かを主張するが、話が全く見えてこない。

「何がお願いなのか教えてくれませんかね。」
「おんぶ。」
「は?」
「おんぶして。片手が塞がってたらおんぶできないからバッグ持っててあげるって言ったんだけど。」

 肩に手をついたまま子供のように跳ねて、わたしに背負うようにねだってくるクソガキを呆れた目線で見つめるが、そんなことでこの女の気分を変えられるならわけないことだ。

 当然のことだが、結奈がわたしに誠心誠意の優しさを見せることなんてまずない。
 わざわざバッグを持ってあげるなんて言ったのも、おんぶさせるための過程でしかなかったのだ。

「自分で歩くこともできないお子ちゃまなんですか?」
「うん。私もう歩けないから、伊月が下僕として安全に家まで送ってね。」
「タクシーじゃないんだけど。」
「おんぶがダメなら抱っこでもいいよ。流石に前が見えなくて抱っこは危ないけど。」

 だめだ。とりつくしまない。
 結奈の顔からして、これもわたしを困らせることの一環なんだろうが、単純労働が多いのは普通にめんどくさい。

「ほら早くしてよ。」
「ちなみに断ったらどうするの。」
「お仕置き。伊月が黙っておんぶするしかなくなるくらい、厳しく躾けるからね。」

 楽しそうにほくそ笑む表情と、『お仕置き』という単語に、体内を流れる動線が心なしか揺れた。厄介なことに、その一連の動きはわたしの中で増大していって、いやでも意識づけられてしまう。

「ん。伊月、もしかしてお仕置きしてほしい?」
「は?いや、別にそんなことはないけど……。っていうかそんなわけないけど。」

 慌てて否定する。

 いや本気で嫌だからね。

 ただ、ほんの少しだけ、逆らって生意気な態度とってたらどんな罰が待っているかが気になっただけ。本当に少しだけ。
 実際に体験したいわけではない。ぜったい。仮にそうだったとしても、実験的な興味関心からであって、本能的なものではない。

「なんでもいいけど、早くおぶって。」

 頭を振り回すわたしを無視するように、結奈は馬に鞭打つように腰の上あたりを叩いた。

「いたい。暴力女。」
「これが痛いなら身体が貧弱すぎていずれ死ぬ運命でしょ。早くしないとお仕置きだよ。」
「もう。分かったって。」

 本当にわがままな姫だ。
 いつもはクラスの端っこで誰とも話せないくせに。わたし以外には誰にもイキれないくせに。
 無駄に要求が多かったりプライドがあったりするあたり、嫌なところで人間らしさが際立っている気がする。普段出てこないから全部わたしに皺寄せが来てる。

 小柄な結奈の足の付け根を手で支えて背中に体を乗っけると、ちょうどスカートの裾から出ている足が腕に触れて、肌が触れ合ってる感触が無駄に滑らかで不思議な感じがした。
 そのまま、わたしは嫌々おぶった体勢のまま歩き出す。

 こんなやつを背負うなんて無駄の極みだが、その無駄を排除できない以上雌伏に帰すしかない。

「ほら。乗り心地はどう?」
「よくない。がたんがたん揺れるし、子供おんぶしたことないんだろうなぁって分かる乱暴さを感じる。」

 言いたい放題言ってくれるなノロマ娘。
 確かにわたしは子供を抱っこしたことも背負ったこともないけど、別にわたしは結奈のお母さんではないのだからそんな風に扱う義理もない。

「わたしは結奈のママじゃないからね。家に帰って本物のお母さんに抱っこして貰えばいいじゃん。」
「そうだね。そうするよ。」

 どこまで本気で行っているのか分からないが、結奈は文句だけつけてわたしの背中を占拠し続けた。
 人通りが少ない道と時間帯とはいえ、こんなところクラスメイトにバレたらどうしようか。
 まあ、私と結奈が一緒にいたって別に問題があるわけではないけど、結奈の変なイメージをわたしにまで押し付けられるのはいやだ。
 
 しばらく直線の道を歩き続けて、もう時期わたしの家も近づいてくるころ、結奈は肩にかけている右手でわたしの胸あたりを軽く叩いた。

「………なに?」

 普段人に触られない部位を叩かれて、一瞬だけパニックになったが、それを気取られぬように落ち着いて冷たく返答する。

「そこ、右に曲がって。」
「わたしの家は真っ直ぐなんだけど。」
「だからなに。先に私の家に連れてってくれないと帰れないんだけど。」

 生後まもない赤ちゃんかよ。
 お姫様状態の結奈は、我儘、傲慢、横柄、尊大、不遜、暴慢、傲岸のシン七大罪(今考えた)を全て網羅したような生き物だ。全部同じような意味だけど。
 もうここに放り投げて逃げようかなぁなんて思うが、逃げたところで明日も明後日も会うかもしれないのだから八方塞がりだ。
 まあ、結奈がどんな家に住んでるのとか、少しくらいは気になるから、今回はそれを知るため、ということで自分を納得させよう。

 大人しく従うことにして、わたしは普段曲がらない道を右に曲がる。

 嫌がらせのつもりで、わざと後ろに倒れ込む真似事をしてみたりもした。『きゃっ』なんてらしくもない可愛い悲鳴を聞けたが、罰として強く顔面をぶっ叩かれたからやっぱり辞めておけば良かったと思った。
 
 ♦︎♦︎♦︎


「あ、そこの白い家ね。ちょっと屋根が変な風に傾いてるやつ。」

 曲がって知らない道を歩き始めてから1分ほど、結奈の家はわたしの家の案外近くに建っていた。
 普通の家、といえばその通りな、二階建ての一軒家だった。そんなカラフルな家を想像してたわけでもないが、こうやって見るとなんとも期待を裏切られたような気分になってくる。

「はい、じゃあ降ろすね。」

 雑に結奈をその場に下ろしたが、それを予想していたのか綺麗に着地されてむかついた。

 ただでさえ遅い時間は、完全に夜と確信できるほどまでになってしまっている。心配して待っていてくれるような家族もいないとはいえ、直帰でここまで暗くなるのは初めてだ。

「結奈のせいで時間食っちゃった。今度こそまた明日ね。」

 早く帰りたいので、長話することもなく雑に手を振る。

「また明日も会いたいの?」
「そういう意味では言ったんじゃない。単なる挨拶文句じゃん。」

 もしくは、明日も呼び出されることを想像してしまったせいか。

「そっか。じゃあまたね。………あ、待って。」
「まだなんかあるの?」
「うん。」

 もうこりごりだ。そろそろ本気で面倒になってくる、と思ったのだが、結奈は思いもよらない行動をしてきた。

 右手をそっと伸ばして、彼女から見たら相当高い位置にあるであろう私の頭をそっと撫でたのだ。
 暖かく、わたしのものとは全然違う柔らかい指が、頭の頂点から側面にかけてなだらかな曲線を辿る。昨日撫でられたときの馬鹿にするような視線とは違う、下位のものを可愛がるような純粋な好意を感じた。

「えっと……これは?」
「ご褒美。膝枕もしてくれたし、おんぶもしてくれたから。」
 
 とことん人を人と思ってないような、本当にわたしをペットだと扱っているのが分かる撫で方だった。

「いい子いい子。今日はよく頑張って偉かったね。」

 愛でる、という言い方が正しいと思う。
 やっぱり馬鹿にしていた。
 昨日とは違う感覚だが、見下されていることには違いなかった。

 だから、手を押し除けなきゃいけなかった。

 わたしは貴女のものじゃない、だから、こんな薄っぺらい褒め言葉はいらない、そう言いたかった。
 善意でもなければ自然でもない、悪意しかない。わたしが結奈のものだって分からせるためだけに、こんなに中身のない褒美を与えている。

 何回でも言ってやる。
 最低だ。

 頭の中では言えるのに。

 その手中に収まっている感覚が、どこかでなにかを疼かせる。
 どこかでなにかって何だよ。何も情報がないだろ。

「………嬉しくない。」

 弱々しくて、子供みたいな情けない反抗が、わたしにできるやっとだった。
 認めたくないが、声に出せなかった以上は認めたのと同じことだ。
 
「うん。じゃあね。また明日。」

 最後まで、わたしは見くびられたまま結奈の行動を許してしまった。

 家の中に平然と姿を消していった結奈を見て、ようやく地団駄を踏んだ。

 その手の感覚を忘れたくて、水を振り払う犬みたいに頭を振り回すが、そう都合よく消えることもない。
 撫でられた頭と、背中に残る体温のもどかしさに、まるで置いて行かれた子犬のように萎れるわたしだった。
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