夏色パイナップル

餅狐様

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最終章 未来変動編

第拾五話 ひずみ

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 岩姫祭から約一ヶ月。

 どんよりとした空の下、アジサイがこれでもかと咲き誇り、カエル達が恋の歌を奏でる頃。


 あれから五人で集まる事は無くなった。


 姉貴はあれ以来心ここに在らず。
 好きなイタズラすら、しなくなった。
 釣りに行ってもボケっとして魚に竿を盗られる始末。

 透璃は学校にすら来ていない。
 家を訪ねても出てこない。
 いや、気配すら感じないのだ。
 もちろん、RINEも通じない。

 昼愛倫はあれからまた顔に雲がかかっていた。
 ……かと思ったら二、三日で突然明るくなって俺と普段より遊ぶようになり、遊んでいる最中に泣き出してしまう事が増えた。

 暁葉は数日後、学校で突然俺を呼び出すと『もしかして、好きな人できた~?』と心を透かしているかのように聞いてきた。
 実は……と、この前の出来事を話すと『そっか~、や……あの女の人に恋しちゃったんだね。翔陽は』と、笑って答えた直後に目からは涙がこぼれた。
 『翔陽も大人になったんだなって思ったら感動しちゃって』とその場を後にして以降、暁葉の態度がよそよそしい。

 俺も俺で黒髪の彼女については吹っ切れているはず。
 そう決めたはずなのに心のどこかで求めているのか、街中で似たような女性がいると無意識に、目で追ってしまうようになっていた。


 かくして、五つの歯車はあの日を境に上手く噛み合わなくなってしまった。

 無論、もう釣りにすら行けていない。

 そこに追い打ちをかけるように天城田は動く。
 ダムの関を作る予定地付近に事務所兼、工事の人の宿泊施設を構えたのだ。

 皮肉にもそこはかつて俺達が通った保育園の跡地。

 最近になって老朽化を理由に、点在していた保育園に通う子供を、一箇所の新しい保育園に移園する動きがあって母園は閉園した。

 その思い出の詰まった場所を占拠されたのだ。

 すぐにでも行動を起こしたい。
 だが、主戦力の姉貴があの状態では話にならない。
 俺達だけでやっても失敗の未来しか見えない。

 故に、それを恐れて出来ない。
  
 そこで、俺と昼愛倫は考えた。
 姉貴と道を会わせようと。
 付き合うか否かをハッキリさせれば元に戻るだろうと。


 ――しかし、それは裏目に出てしまう。


 結論から言って二人は恋仲になった。

 おてんば娘だった姉貴が見た目に気を遣い、一歩ずつ女になっていく様は新鮮そのもの。

 そうやってオシャレをして出掛けていく度に、俺の知らない姉貴を道が知っているのかと思ったら少し複雑な気持ちだ。

 化粧をした姉貴は可愛いと言うよりも美しい。
 どこかで見たような既視感を覚えるそのメイク。
 だが、具体的には思い出せない。

 一つ言えるのは、週を追うごとに姉貴は俺達を置いて違う世界へ染まっている事実だ。

 日奈っち救出作戦も、彼女の頭にあるのかは分からない。


 姉貴がどうにもならない事に手をこまねいていた時に、俺と昼愛倫は幸弥にファミレスへ呼び出された。


「ちーッス、お二人さん元気にしてたッスか? ……ってそうでも無さそうッスね。もしや、狐さんの事ッスかね?」


 この男は相変わらず察しが良い。
 俺はコクリとうなずくと彼は続けた。
 

「実はお見せしたいものがあって今日は呼んだッス」


 幸弥はスマホの画面をおもむろに見せてきた。


「え……」
「ちょっとなんなんだし、コレ」


 画面に映っていた一枚の写真。
 それは、道と見知らぬ女が手を繋ぎカラオケ店に入る様子を捉えていた。

 激昴する昼愛倫の言葉は頭に残らなかった。

 その女性は黒髪のあの人と瓜二つだったからだ。
 制服を見るに三加の制服で間違いはない。

 浮気の話で盛り上がる二人をよそに、俺はやっと掴めた手がかりに心踊っていた。


 ――身内の話なのに、俺は最低だ。


「実はこれだけじゃないッス」


 幸弥は次の写真を見せてきた。
 そこには暁葉と楽しそうに食事をする道が写されていた。

 俺も昼愛倫も言葉を失った。

 浮気相手が二人居る事に驚きなのに、さらにその内の一人が暁葉だとは反応のしようがない。

 何かの間違いかとも思ったが、愛梨ちゃん経由で仲を深めてもおかしくは無い関係である。

 しかし、暁葉に限ってそんな泥棒猫のような真似をするとは到底考え難い。

 考察中の俺に対して昼愛倫の行動は烈火の速さだった。


「……あ、暁葉ちゃん。ひめだけど、今時間あるー?」


 言葉の平静を装いながらも、その唇は震えていた。
 瞬きは減り、目も据わっている。


「……なっぽー? ……いるけど。……え、嫌? 何で? ……うん……うん。とりあえず来てよ。……無理?」


 昼愛倫の言葉に次第にトゲが生える。


「じゃあ、ハッキリ聞くけど。道と浮気してんの?」


 それを聞いてしばらくの沈黙の後、昼愛倫は静かにスマホをしまった。


「してるってさ……こんなん、ねーちゃんが知ったらどうすんだよッ! 暁葉ちゃんがこんなアバズレだと思わなかったし」


 昼愛倫の拳は机にやつ当たる。
 やるせなさと悔しさが頬と目を釣り上げた。


「そこでお二人には協力して欲しい事があるッス。……一緒に、裁きを与えましょう。蝮さんに」


 クリクリしている幸弥の目に刃が宿る。
 それは復讐を覚悟する本気の目だ。


「とりあえず、この黒髪の女の事がよく分からないッス。神出鬼没というか三加の知り合いに聞いても見た事が無いとしか返って来ないんスよ。決まって土日のどちらかに出没するコイツを一緒に探して欲しいッス」


 俺達は快諾した。

 幸弥は羽華菜のために。
 昼愛倫は姉貴のために。
 俺は黒髪の女と接触するために。

 三人はここに同盟を結んだ。


 翌週、俺と昼愛倫、幸弥と羽華菜の四人はZIONに来ていた。

 もちろん、簡単な変装をしてだ。

 暁葉にしろ黒髪の女にしろ今日現れる確率が高い。
 理由は、姉貴は家にいるからである。

 それなのに男一人でZIONとは違和感が拭えない。

 故に、俺達はストーキングの真っ最中なのだ。


「ところで、何で羽華菜がいるの?」


「それは未来の旦那様を見守る為ですわ。きっと最後には私を選んでくれると信じていますの。ですから、私はその過程から目を背けない事にしたのですわ。おほほほ」


 なんたるメンタルの強さ。
 一ヶ月後の羽華菜はグレードアップしていた。


「そして、今日はスペシャルゲストにも来て貰っているッスよ」


「……どうも。お久しぶりです」


 マスクで口元を隠した音暖子が姿を見せる。


「来て貰った理由は、その人が三加の生徒であれば、副会長である音暖子ちゃんなら個人を特定できると思って連れて来たッス」


 確かに、それは名案である。


 フードコートに道が入ってから三十分。
 現場にはまだ動きは、無い。

 何時から待ち合わせをしていたのかは知らないが、道はスマホを片手にじっと待ち続けている。

 対して俺達は。


「皆様、いっぱい食べますの!」


 羽華菜が大量にジャンクフードを買ったせいで、ほぼ宴会状態になっていた。

 そうしたら飲み物が欲しくなる。

 結果、トイレが近くなった俺は用を足そうと戦線を離脱していた。

 俺の膀胱は焦りの色を見せていた。

 フードコートとトイレの位置が丁度反対にあるため、普段なら余裕を持っていくのだが、話の流れで抜けるタイミングを見失っていた俺はやっと抜け、今、己との戦いに挑んでいた。

 最終コーナーを曲がった時だ。


 ドンッ!
 

 俺は誰かにぶつかった。


「すみません……大丈夫ですか?」


「いたたた……君こそ大丈夫?」


 長い艶のある黒髪。
 目尻に控えめの赤のアイシャドー
 プリっとした唇。
 そして、三加の制服。

 間違いない。
 俺の求めていた女だ。
 その女が今目の前にいる。


 俺が呆気に取られていると、彼女は軽く会釈をして立ち去ってしまった。

 ぶつかった拍子に落としたのかハンカチを残して。

 用を足しみんなの元へと戻ると、道をそっちのけに関係の無い話で盛り上がっていた。


「ほら、お前らもう来てるから」


 親指をさして視線を誘導すると、場を緊張感が支配した。


「それじゃ、音暖子ちゃんよろしくッス」


「……はい」


 音暖子は目を凝らして見る。
 しかし、位置的に横顔しか見れない。


「……ごめんなさい。判断できません」


 その後もゲームセンター、ウィンドウショッピングとストーカーを続行。

 しかし、どういう訳か位置取りの問題で正面を拝むことは出来なかった。

 二人は今休憩所のベンチで休んでいる。

 ここで音暖子は勝負に出た。

 直接話しかけるというのだ。


「……私なら怪しまれないと思います。偶然を装って生徒会の話があると接触した後、念の為そのまま帰ります。結果は連絡します」


 そう残して二人の元へと向かう音暖子。

 ここで俺に千載一遇のチャンスが訪れた。

 音暖子はその女性から、道を一時的に引き剥がす事に成功したのだ。

 ハンカチを返却する事を口実に話せる機会は、今しか無い。

 俺はグッと手を握って己を奮い立たせると、彼女の元へと向かった。


「あの、すみません」


「あぁ、さっきトイレでぶつかった人だね、何か用?」


 俺はハンカチを差し出した。


「拾ってくれたんだね。ありがとう」


 彼女は笑顔で受け取った。
 ここで俺の疑問を。
 俺の初恋を確かめる。


「つかぬ事をお聞きします。もしかして、この前の岩姫祭で岩姫役をしていませんでしたか? 凄く似ていたので気になって……」


 彼女は目を丸くする。
 数秒、目を逸らして間を置いた後に答えてくれた。


「正解、よく分かったね。誰にもバレないと思ってたんだけどなぁー」


 頭の後ろで手を組むと残念そうにしてみせた。
 俺はすかさず次の質問をした。


「三加の生徒だったんですね。ちなみにお名前は何ていうんですか?」


「あたし? ……依代いよ。うん、依代って言うよ」


 彼女の名前は依代。
 それが分かっただけでも御の字だ。

 ここで問題発生。


 ――話のネタが無い。


 せっかく憧れの人を目の前に、名前を聞いた先を考えていなかった。

 思考停止に陥って無言の数秒が続く。

 向こうも向こうで、話す事も無く目線が定まらない。

 この状況を打破するためにとっさに口から言葉が漏れる。


「えっと、あの……あなたが好きです」


 テンパるにも程度というものがあるはずだ。
 苦肉の策というよりは神風特攻隊とでも言えるだろう。
 俺の脳裏には『終』の文字しかない。


「……アハハハハッ!! あたしら初対面られ、それなのに告白ってどーいんだて、そもそも君の名前も分からねってがんに。アハハハハッ!!」


 依代は高らかに笑い飛ばしてくれた。 
 きっと彼女には顔を赤くしながら慌てる俺が見えているのだろう。
 しばらく笑うと彼女は続ける。


「おっと、また方言でちゃったか。親戚の影響で時々出ちゃうんだ勘弁してね。で、オシャレな麦わら帽子にグラサンの君の名前は?」


 依代は俺を下から見上げて尋ねる。


「か……じゃなくて、しょうです。よろしく」


 俺は偽名を使った。
 名前を道に伝えられては困るから。
 名乗りたくもない偽名を発した。
 俺の初恋は嘘から始まったのである。
 

「そっか、チンピラの翔君だね、よろしく。答えはNOで、好きな人いるから」


 そして、俺の初恋は終了した。
 だが、ただでは転ばない。


「でも、付き合ってる人をたぶらかすのは良くないですよ」


「あれ? 翔君は何か知ってるみたいだね。もちろん……知っててやってるよ」


「どうして?」


「そんなのシンプルに恋をしたから。それ以上の理由なんてあるかな? そろそろ彼氏が戻ってくるみたいだから翔君もどこかへ行きな」


 鬱陶しい態度が言葉に漏れている。
 シッシとされてしまった。

 俺は戻ってみんなに何を話してたか聞かれても、彼女の名前と当たり障りの無い事しか話さなかった。

 しばらくして、グループRINEに着信が。
 音暖子からだ。


 音『三加にあの女性はいないです。依代という名前の人も知りません』
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