54 / 141
龍王と狐の来訪者
53話目
しおりを挟む
この世には人智の及ばぬ存在がいる。最も神に近い力を有する彼らは始祖と呼ばれており、個という存在を超越した始祖たちは永きに渡りこの世界に君臨していた
しかし、今ではその多くがこの世界から姿を消しており、伝承や言い伝えこそ残っているものの、その存在に対して懐疑的になる者も多くなってきているのもまた事実だ
だが裏で生きる空蝉 篝火は他よりも多くの情報を耳にしており、未だ現在この世界において始祖として分類されている存在が少なくとも4体は確認されている事を知っている
鳳仙。天狐。牙狼。原書の4体がそうだ。そしてその中では唯一天狐のみが眷属を創っている
当時の人類2強である初代聖女アンジュ及び初代剣聖トバルカインの殺害。果ては最強種であるはずの龍の国までも滅亡させた鬼姫 夜叉の眷属 羅刹しかり。
尽きる事がない無限の魔力を用いて、島を永遠に空に浮かせて見せ、果ては大戦で干上がった海と荒廃した大地を再生させた天魔 エニシダ・サバトの眷属 初代魔王ルーテン・ブルグしかり
その力の程を知っていれば空狐の玉藻が如何に童女のように。花のように。可憐で儚げであろうとも、眷属である以上、一皮剥けばその中身は紛れもない怪物だと理解できた事だろう。人の形を成していようとも。言葉を介し意思疎通が図れようとも。天災の類いだと認識できたことだろう
数十年ぶりに全力を出した玉藻が放った火星明煌は活火山の噴火の如く、その莫大なエネルギーを玉藻に比べると余りにも矮小でちっぽけな煙霧の結界内部に向けて丸ごとぶち撒けて悉くを焼失させた。そこだけに留まらず結界は一瞬で蒸発して第四区画一帯も凄まじい被害を受けていた有り様だ
逃げ場などどこにも無かった以上、篝火が攻撃に巻き込まれて即死しなかったのは偏に幸運だったと言うほかない
空蝉 篝火は才を持っている側である。だからこそ偶然の積み重ねで生まれた奇跡を実力で掴みとることが可能だった。故に生き残れたのはある種の必然といえば必然でもあったのだが、果たしてその奇跡を生き残れて幸運と喜ぶか、それとも死にそびれて不運だったと嘆くかは人それぞれであろう
少なくとも篝火が己が力量と眼前の存在との絶対に超えられない力の差をまざまざと見せつけられて、心穏やかではいられなかったのだけは確かだ
「これ、が…てん……こ」
遥か高みの天に立つ狐。彼女を前にすれば人の才能など天才も非才も等しく同じだ。宙に届く天から見下ろせば、標高何千メートルもある山と僅かな起伏のある丘に大した違いはないのだから
「化け…物だな」
結界を吹き飛ばされた篝火の右半身は思わず目を背けたくなるほど焼け焦がされていた。右目は蒸発し、皮膚は黒炭みたいにボロボロと焼け爛れ、防御する際の媒介として使用した有幻の霧笛と右腕は完全に焼失していた
「加減しとらんかったのに、まだ生きておるのか。流石は空蝉といったところか。そのしぶとさは賞賛に値する。しかしその状態でよもやこのわしと戦って勝機があるとは思うまいな」
「……まあわしとしてもこれを勝ちとは言いたくないがのう」
結界から溢れ出た死の熱波が玉藻を中心に周囲1キロ圏内を焼け野原にしていた
「いやここは主の結界のお陰でこの程度で済んだと感謝すべきなのか。下手をすればより大きな被害を出しておった」
地に降り立った玉藻は自身の力で引き起こした悪辣な惨状を目に刻み心を痛めながら面を被る
無限に湧き出る力の泉に蓋をするように、八つの尾を持つ巨大な三つ目の狐の怪物はみるみると小さく萎んでいき、先程の尾の無い可愛らしい小柄な狐の少女へと姿を戻していった
自己嫌悪に陥りながらそう言う玉藻を横目に雪姫は死に損なった篝火に言葉をかける
「終わりですよ、ダストスモーキー。その傷じゃもう助からないでしょう」
「せめてもの情けです。私が……」
篝火は改めて雪姫と玉藻2人とマトモに対峙する。既に勝敗は明白だったが何かを悟り、雪姫がトドメを刺そうとする手が止まる。
「どうしたのじゃ」
「王都の真ん中に何か大きな力を感じます」
「ゆ、雪姫殿。契約の紋が何かどんどん薄くなっていってないかの?」
そう言われて、自身の手に刻まれた龍王との契約の証が途切れかけている事に気付く。明らかな失態に流石の雪姫が絶句する、理由なぞどうでも良いが、何においても優先しなければならない彼女の目的のためにアーカーシャは必要なのだから
直後に大気が揺れる。国を。世界を。轟かせる声が遅れて絶望を知らせにやって来た
────否。絶望すら生温い地獄を体現させるのが毒魂アナムなのだ。天魔を魔法の開祖とするならば、呪術の根源と呼ぶべき存在が顕現した瞬間であった
その姿は屍肉の山が膨れ上がったかのように只々巨大であり、悍ましくて邪悪で何よりも穢れていた。
各層の巨大な城壁に阻まれて、今でこそまだ第四区画までの自分たちにしか辛うじて視認できていないが、心の弱い者は姿を見ただけで悉く心が汚染されてしまうことだろう。加えて遥か遠方にいるはずの雪姫たちですら思わず顔をしかめる程の腐臭を漂わせている
「毒魂アナム……じゃと、馬鹿な!?既にアナムは……!」
それを目にした玉藻は言葉を失う。当たり前だ。漸く最悪の未来を乗り越えれるかもしれないと思ってた矢先に、こんなものをまざまざと見せつけられてしまっては……
かつてこの世界の頂点の一角に数えられた存在だ。例え不完全であろうと自分を含め、今この瞬間国にいる者たちが例え束になろうと絶対に勝機はないと断言できた
玉藻にとって想定しうる最悪の未来は項遠の死だ。だがこの現実は容易にその最悪を改悪した。そうではなかったのだ。考えうる限りの最悪は項遠を含む全員が死に王都が滅ぶことだったのだ
こうなれば1秒でも国から人を逃がすしかないと思った矢先に、アナムの闇のようなドス黒い瞳には、放たれたら地図が書き変わるほどの馬鹿げた力が収束していた。それがただ個人を攻撃する為だけに向けられている。
何に?決まっている。自身の敵にだ。始祖に敵として認識できる存在など始祖をおいて他にない
つまりはアーカーシャに向けてだが。恐らくはこの攻撃に巻き込まれて消し飛ばされる事になる多くの命や建物は、アナムにとってはついで以外のなにものでもない。人が歩くときに地面の足元の虫けらをいちいち見ないのと一緒だ。これはアナムにはもはや力を振るうに当たっては気にかける必要すらない事柄なのだ
「みんな死ぬんだな」
生きる事を諦めたかのように篝火は呟いた
「死なない。彼がいるんだから」
アナムと必死に戦っているアーカーシャの元へと雪姫は駆け出していた
篝火には俄には信じられなかった。あんな途方もない力を。あんな小龍がどうやって止める?
強いのは分かっている。桐壺が作戦に参加できなかったのも恐らく小龍が原因だろう
だが言ってしまえば、その程度なのだ。生物としての強さとしての桁が違う。だというのに走り出した白い彼女はあの小さな龍に確信に近い信頼を置いているようだった
篝火の疑問は直ぐに払拭される事になる。全てを破滅させる光が放たれ、それを龍が跡形も無く呑み込んだのだ
そしてそこからはおよそ対等な戦いとは呼べない殆ど一方的なワンサイドゲームだった
しかし、今ではその多くがこの世界から姿を消しており、伝承や言い伝えこそ残っているものの、その存在に対して懐疑的になる者も多くなってきているのもまた事実だ
だが裏で生きる空蝉 篝火は他よりも多くの情報を耳にしており、未だ現在この世界において始祖として分類されている存在が少なくとも4体は確認されている事を知っている
鳳仙。天狐。牙狼。原書の4体がそうだ。そしてその中では唯一天狐のみが眷属を創っている
当時の人類2強である初代聖女アンジュ及び初代剣聖トバルカインの殺害。果ては最強種であるはずの龍の国までも滅亡させた鬼姫 夜叉の眷属 羅刹しかり。
尽きる事がない無限の魔力を用いて、島を永遠に空に浮かせて見せ、果ては大戦で干上がった海と荒廃した大地を再生させた天魔 エニシダ・サバトの眷属 初代魔王ルーテン・ブルグしかり
その力の程を知っていれば空狐の玉藻が如何に童女のように。花のように。可憐で儚げであろうとも、眷属である以上、一皮剥けばその中身は紛れもない怪物だと理解できた事だろう。人の形を成していようとも。言葉を介し意思疎通が図れようとも。天災の類いだと認識できたことだろう
数十年ぶりに全力を出した玉藻が放った火星明煌は活火山の噴火の如く、その莫大なエネルギーを玉藻に比べると余りにも矮小でちっぽけな煙霧の結界内部に向けて丸ごとぶち撒けて悉くを焼失させた。そこだけに留まらず結界は一瞬で蒸発して第四区画一帯も凄まじい被害を受けていた有り様だ
逃げ場などどこにも無かった以上、篝火が攻撃に巻き込まれて即死しなかったのは偏に幸運だったと言うほかない
空蝉 篝火は才を持っている側である。だからこそ偶然の積み重ねで生まれた奇跡を実力で掴みとることが可能だった。故に生き残れたのはある種の必然といえば必然でもあったのだが、果たしてその奇跡を生き残れて幸運と喜ぶか、それとも死にそびれて不運だったと嘆くかは人それぞれであろう
少なくとも篝火が己が力量と眼前の存在との絶対に超えられない力の差をまざまざと見せつけられて、心穏やかではいられなかったのだけは確かだ
「これ、が…てん……こ」
遥か高みの天に立つ狐。彼女を前にすれば人の才能など天才も非才も等しく同じだ。宙に届く天から見下ろせば、標高何千メートルもある山と僅かな起伏のある丘に大した違いはないのだから
「化け…物だな」
結界を吹き飛ばされた篝火の右半身は思わず目を背けたくなるほど焼け焦がされていた。右目は蒸発し、皮膚は黒炭みたいにボロボロと焼け爛れ、防御する際の媒介として使用した有幻の霧笛と右腕は完全に焼失していた
「加減しとらんかったのに、まだ生きておるのか。流石は空蝉といったところか。そのしぶとさは賞賛に値する。しかしその状態でよもやこのわしと戦って勝機があるとは思うまいな」
「……まあわしとしてもこれを勝ちとは言いたくないがのう」
結界から溢れ出た死の熱波が玉藻を中心に周囲1キロ圏内を焼け野原にしていた
「いやここは主の結界のお陰でこの程度で済んだと感謝すべきなのか。下手をすればより大きな被害を出しておった」
地に降り立った玉藻は自身の力で引き起こした悪辣な惨状を目に刻み心を痛めながら面を被る
無限に湧き出る力の泉に蓋をするように、八つの尾を持つ巨大な三つ目の狐の怪物はみるみると小さく萎んでいき、先程の尾の無い可愛らしい小柄な狐の少女へと姿を戻していった
自己嫌悪に陥りながらそう言う玉藻を横目に雪姫は死に損なった篝火に言葉をかける
「終わりですよ、ダストスモーキー。その傷じゃもう助からないでしょう」
「せめてもの情けです。私が……」
篝火は改めて雪姫と玉藻2人とマトモに対峙する。既に勝敗は明白だったが何かを悟り、雪姫がトドメを刺そうとする手が止まる。
「どうしたのじゃ」
「王都の真ん中に何か大きな力を感じます」
「ゆ、雪姫殿。契約の紋が何かどんどん薄くなっていってないかの?」
そう言われて、自身の手に刻まれた龍王との契約の証が途切れかけている事に気付く。明らかな失態に流石の雪姫が絶句する、理由なぞどうでも良いが、何においても優先しなければならない彼女の目的のためにアーカーシャは必要なのだから
直後に大気が揺れる。国を。世界を。轟かせる声が遅れて絶望を知らせにやって来た
────否。絶望すら生温い地獄を体現させるのが毒魂アナムなのだ。天魔を魔法の開祖とするならば、呪術の根源と呼ぶべき存在が顕現した瞬間であった
その姿は屍肉の山が膨れ上がったかのように只々巨大であり、悍ましくて邪悪で何よりも穢れていた。
各層の巨大な城壁に阻まれて、今でこそまだ第四区画までの自分たちにしか辛うじて視認できていないが、心の弱い者は姿を見ただけで悉く心が汚染されてしまうことだろう。加えて遥か遠方にいるはずの雪姫たちですら思わず顔をしかめる程の腐臭を漂わせている
「毒魂アナム……じゃと、馬鹿な!?既にアナムは……!」
それを目にした玉藻は言葉を失う。当たり前だ。漸く最悪の未来を乗り越えれるかもしれないと思ってた矢先に、こんなものをまざまざと見せつけられてしまっては……
かつてこの世界の頂点の一角に数えられた存在だ。例え不完全であろうと自分を含め、今この瞬間国にいる者たちが例え束になろうと絶対に勝機はないと断言できた
玉藻にとって想定しうる最悪の未来は項遠の死だ。だがこの現実は容易にその最悪を改悪した。そうではなかったのだ。考えうる限りの最悪は項遠を含む全員が死に王都が滅ぶことだったのだ
こうなれば1秒でも国から人を逃がすしかないと思った矢先に、アナムの闇のようなドス黒い瞳には、放たれたら地図が書き変わるほどの馬鹿げた力が収束していた。それがただ個人を攻撃する為だけに向けられている。
何に?決まっている。自身の敵にだ。始祖に敵として認識できる存在など始祖をおいて他にない
つまりはアーカーシャに向けてだが。恐らくはこの攻撃に巻き込まれて消し飛ばされる事になる多くの命や建物は、アナムにとってはついで以外のなにものでもない。人が歩くときに地面の足元の虫けらをいちいち見ないのと一緒だ。これはアナムにはもはや力を振るうに当たっては気にかける必要すらない事柄なのだ
「みんな死ぬんだな」
生きる事を諦めたかのように篝火は呟いた
「死なない。彼がいるんだから」
アナムと必死に戦っているアーカーシャの元へと雪姫は駆け出していた
篝火には俄には信じられなかった。あんな途方もない力を。あんな小龍がどうやって止める?
強いのは分かっている。桐壺が作戦に参加できなかったのも恐らく小龍が原因だろう
だが言ってしまえば、その程度なのだ。生物としての強さとしての桁が違う。だというのに走り出した白い彼女はあの小さな龍に確信に近い信頼を置いているようだった
篝火の疑問は直ぐに払拭される事になる。全てを破滅させる光が放たれ、それを龍が跡形も無く呑み込んだのだ
そしてそこからはおよそ対等な戦いとは呼べない殆ど一方的なワンサイドゲームだった
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
47
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる