上 下
92 / 141
龍王と魔物

88話目

しおりを挟む


「《ははっ!どうだーどうだー空からの特等席じゃぞー》」


我らが今いる此処は、ガリア連邦ルネデド侯爵領の直営地ルセイユ。
ガリア連邦は、複数の国が集まって構成された国家だそうで建国の生い立ちはこうだ。聖皇暦900年代後期から1000年代前期にかけてヴォルティクス帝国真王位継承戦争というものが二度起こり、アナシスタイル大陸の実に3/5を治めていた大国は内部分裂により見る影も無くなった。


ガリア連邦は元々、そんなヴォルティクス帝国の衰退に伴い、属国が各小国として独立していき、それを征軍大総督シルベスタが纏め上げたのが発端となるそうな。
今のガリア連邦は通商と金融を生業として発展していてこの大陸唯一の大国だ。その雄大な国土を貴族たちが分割統治しており、領地によっては法律も人種すら異なる多民族国家となる。それらを一手に纏め上げたのがルネデト公爵家を含めた幾つかの公爵家だ。
王はおらず、内政は貴族院という貴族のみで構成された議会が元首として議長を擁立して行っていると姫は言っていた。


東方の町キプロウと比べても差は一目瞭然だ。此方は石畳の道路で綺麗に舗装されており、街は隊商などの往来も激しい。建物自体も綺麗で大きく何よりも人々で賑わっており熱気が違う。
なんだろう。熱気に当てられ、流石に気分が高揚します


【すごい!すごい!すごーーーい!
建物いっぱい!人も色もいっぱいだ!!外ってこんなに広いんだ!!!】


「ndpwa@!!!」


【……そうだよ。世界はヒロインだ!
間違え、てない!世界は広いんだよ!】


質問きてた。世界ヒロイン説とは何ですか?
結論。主人公に危機を救われるのがヒロイン。それに則るなら世界は主人公に何度も救われているからヒロインとなる。
世界が主人公のためにご都合主義を起こすのは当然。なんたってヒロインなんだから。ちなみに主人公に冷たい世界はヒロインではなくヒドインというから気をつけて!※諸説あり。
近年では異世界ちゃんというサブヒロインが大人気。主人公に対して何かと都合が良い展開を用意しているのは、推しに一目惚れして貢いでいるからだって言われてる。


【アーカーシャの言ってること難しくてよく分からないや……】


【母さまはやっぱりすごい……父さまを亡くした後もたった1人でルセイユを、この地を、みんなを、守っているんだ!】


【……あれってもしかして大道芸じゃないか?】


我が直上から指を指した場所には、路上で釣られて笑ってしまうような愉快なパフォーマンスが行われていた。我が降下して近付くと、シャーロット君は驚いてダメダメ!と騒いだが、見えないから大丈夫だと納得させて、近くに寄って3人で静かに鑑賞した。
この子は大道芸を初めて見たのだろう。シャーロット君はいつの間にか食い入るように見つめていた。


「mjt@dwjg!!!」


【すごかった!あれはすごかった!魔法も使わないで剣を食べるやつ!
あ!アーカーシャ!あれは何!】


芸が終わり、我の隣では鼻息荒くシャーロット君と灰土さんがはしゃいでいた。今度は何かに気付いたようで、別のお店の前にお試し用で置かれていたジグソーパズルに興味を示したようだった


【分解されたピースを組み立てる遊びだよ。3人でやってみよっか】


【うん!!!】


「mtjdpg!!!」


時間も忘れるくらい3人で楽しんだ。


【これは何!?】


【船で川下り。でも船ないから我に乗ればいいよ】


「gmpmdtj!!!」


面白おかしく3人で楽しんだ。


「amwtga!!」


灰土がいつの間にやらキーホルダーを3人分買ってきたようだ。それを我とシャーロット君に渡してきた


【え、いいのかな!? も、貰っても】


【良いんじゃないか?でも貰ったらちゃんとお礼を言わないとね】


「あ あり がと う」


気恥ずかしそうに、だけど精一杯の感謝が伝わるように紡がれた言葉だった。恥ずかしさに耐えられなくなったのか、シャーロット君は突然走り出した。目の前には1人の女性がいた。あわやぶつかる瞬間だ


「おっと危ない 前はちゃんと見ないと危ないぞ。少年」


それを向こうのほうがヒラリと避けたのだ。死角だったとか云々の前に、透明の薬を食べて、視認出来ない筈のシャーロット君がまるで見えているかのように避けたのは、どういう理屈だ?


「《OH! NICE BODY》」


身体のラインがギリギリ浮き出る程度の牛柄のフード付きコート付けた女性であった。
薬の効果が切れてるのかと思ったがそうではない。薬を服薬してる我と刃さんは兎も角、なぜ見えるのだろうか


「ん?なんで、こんな所に龍が」


次に我とも目が合った。間違いないこの女性には見えている。しかもこの人、結構強い、かも?強者特有の圧を感じる。ま、街中で戦闘は勘弁してくれよ……


「面白い街だな、全く」


女性はそれだけ言うと別段、気にかける様子もなく、すぐさま踵を翻した。ちょっと驚いたが何もないならそれに越した事は無い。
それから気を取り直して、更に街をめいいっぱい楽しんでいると、いつの間にか日が暮れていた。


【あ、もう戻らないと、怒られちゃうね】


【……】


【今日はありがとう。アーカーシャも刃さんも。】


【いいさ。またこっそり遊ぼうな】


【今度は母さまとこんな風に過ごせたら、嬉しいな。
来るかな、そんな日】


返事はあえてしなかった。この子の頭の隅には常にあの女がいるのだろう。だが果たしてこの子の温もりと優しさの一欠片すらアレは持ち合わせているのだろうか。


ダメだ……怒るな。怒るな。笑え、今この瞬間を台無しにするな




「酷い顔してますよ偉大なる龍王様アーカーシャ。観光はお気に召しませんでしたか?」


「《……楽しかったよ》」


「だから顔に出てますよ」


充てがわれた別室で、寛いでいた我に姫は突然そんな言葉を投げかけてきた。咄嗟に取り作ったつもりだったが、全然ダメなようだ


「明日からは私と灰土でリアクター移送の準備をします。作業は……そうですね。数日を要します。その間は自由にしていいわ。でも緊急時はすぐに助けてね」


「《へい》」


「後は……あんまりあの子に入れ込み過ぎない方がいいですよ、後が辛くなりますから」


「《……》」


「気付いてましたか?あの子の声、まるで二つに割れてる様に聞こえませんでした?あれはね、声が割れてるんじゃなくて、ズレてるんですよ。調整チューニングが合ってない。肉体を持たない精霊、とりわけ高位に進化した天使か悪性変異した悪魔か。
……まあ十中八九悪魔でしょうが、それを取り憑かせている。」


「《……》」


「驚くべきことじゃないですよ。ルネデド家はそもそも降霊魔法という一族秘伝の術式を教会には秘匿して独自に保有していることで知られてますからね」


「《なあ姫》」


「ですが、降霊魔法自体がそもそも未完成で実験的な部分が大きい。研究して精々100年程度のはず。使用した際の負担もかなり大きい。子供なら尚更ね。耳の方も生まれつきではなく、降霊の代償で初めに失ったのでしょう。死んでないだけマシですが」


「《そういうことが聞きたいわけじゃないんだ。つまりあの子は、シャーロットはどうなるんだ?》」



聞きたくもない予想通りの答えを姫は粛々と述べた。


「シャーロット・ルネデドは数年以内に確実に死亡します。
あの状態はまだ段階でいうとフェーズ2といった所でしょうか。数ヶ月後には同調が終わり、フェーズ3に移行したら耳だけじゃすみませんよ。幾つか例を知ってますが、1番多いのが肉体の臓器の殆どが魔力巡回不全を起こすパターンです。
するとどうなるか分かりますか?
人体を通っている魔力がどこかで塞がってそこに急激に圧力が高まるんです。するとね。身体がそこから張り裂けて大人ですらショック死する激痛が「《もういい!!!》」


「《あの女が我が子にクソみたいなことをしでかしてるのは分かった。十分すぎるほどにな。
それで解決策は?当然あるんだろう?》」


「……言ったでしょう。未完成だと。あれは降ろしたモノを帰す術式が組まれていない。
当然強制終了するだけなら私でもできます。でも命の保証はできかねます。寧ろ術者を何らかの重篤な状態になる可能性の方が高い。
降霊魔法の術式がそもそも解明されていない以上は今から私が全力で術式の改良に取り組んでも、到底間に合わないでしょう」


偉大なる龍王様アーカーシャ。だから。だからね。この話はこれでお終いにしましょう」


なんだそれ。魔法をこのまま使い続けると死ぬのが分かっていて、このまま指を加えてただ見てろと?そんなふざけた話があるのか。
いや、まだ一つ手がある。あの女フランソワールなら安全に魔法を止める方法を知っているはずだ。力付くでも聞き出してやる。


我は部屋を飛び出して、フランソワールの所へ向かっていた
しおりを挟む

処理中です...