上 下
107 / 141
龍王と魔物と冒険者

103話目

しおりを挟む
非リアとは充実した生活を送っていない人たち、もしくはその性質を併せ持つ事を指す。留意すべきは、送っていないだけで、送りたくたいとは思っていないということだ。


「自分こういうの初めてで至らない点あると思いますけどよろしくお願いします。アカシャ様…
あ、どうですか、これ。おかしくない……?」


【贈ったチョーカーも付けてくれたんだ。嬉しいな。あ、今日はこちらこそよろしく】


「へ、へへ。折角ですしね」


褒められて照れている花ちゃんの今日の気合の入った服装は女の子らしさ全開って感じだ。デートだから当然といえば当然なのかもしれないが、なんか肌色面積多くない?こう男としてはね?ほら、ね?
それにこちらはいつもと変わらず全裸なので正直申し訳ない気持ちになる。


《我が主人はこう言ってますが、デートプランは完璧です。シミュレートも何度も行っていますので大船で乗った気でいてください》


【そこは疑ってないよ。んじゃあ1日遊び倒しますか!】


落ち込んでいた我のために花ちゃんが色々とデートプランを組んでくれていたようだ。気を遣わせたのなら申し訳ないが、こうまでしてくれたのだ。存分に2人で楽しまないと失礼だろう。
ってなわけで我々のデートを始めましょうか!



【うおお!凄え速いが手荒い!なんだこの生き物。
ってかどこに向かってるんだ?】


「い、意外と操るの難しいな。どうせならと思ったけど、普通の魔導車両キャリッジが良かったかな」


花ちゃんが手配した獣装魔車に乗り爆走しながら目的地に向かっている。しかし中々に悪戦苦闘している様子だ。獣を扱い速度を出す。これが本当のワイルドスピードなーんちゃって。っていうか冗談抜きで事故を起こしそう。我が玉ちゃんに目配せすると途中から玉ちゃんがケーブルを手綱とくっ付けて、運転し始めていた。まるでゴールド免許ばりの運転テクニックである。流石万能魔導具。


《南地区は遊覧スポットに優れています。まずは魔導具ミュージアムに向かいましょう。》


そこから20分ほどかけて魔導具ミュージアムなる場所に到着する。
魔導師たちが創り上げたほぼ全ての魔導具が此処で展示されている博物館らしい。っていうか大きすぎない?どこぞの夢の国なみの敷地面積なんだが。博物館っていうか、巨大アミューズメントパークといった方がしっかりとくる。
魔導具のテーマ別に各ホールでまとめられており、エントランスホールから各展示室へと繋がっているそうな。
人集りもすごいし正直迷子になりそうで怖い。


【すっごい金かかってるって感じだなー】


「ですねー。嘘か本当か開園当初は遭難者も出たって言いますからね。
あ、1番から回っていきましょうか。こっちです」


《よっしゃああ!我が主人積極的!yes yes yes》


【お前どっか調子悪いの?】


花ちゃんが我の手を引いてミュージアムの中へと向かっていく。我には好きな人がいるというのに、手を握られた位で少しドギマギしたのは悲しいかな。男のサガだ


【今の機能拡張魔法って凄くない!?壁を垂直で歩けたんだが】


「へへ、あれ創ったの自分なんです。スーパーウォークくんver2.1で壁だけじゃなく水の上も歩けるんですよ。
因みにいま履いてるのが最新型のやつでハイパーウォークくん4.7です。空も歩けます」


【凄いじゃん!花ちゃん。ところでその数字ってなんか意味あるの?】


「……」


途端に顔を背ける花ちゃん。なんだろう、聞いたら不味かったのか?


《数字に特に意味はないですが、カッコいいですよね》


【ああ、めちゃくちゃカッコいいと思う】


「そんな褒められるほどでも、あ、ありがとうございます」


三つ目展示室の半分を回った辺りでお天道様が真上に行き着いた。タイミングを合わせたかのように隣にいた花ちゃんのお腹も鳴った。彼女は恥ずかしそうに顔を抑えている。聞こえないフリをすべきだろうか、いやこの距離で聞こえてないと言い張るのは無理があるか


《申し訳ありません。お昼にセットしていたタイマーが鳴ってしまったようです。ちなみにミュージアムでの飲食は禁止となりますので一旦外に出る必要があります》


「予定では午前いっぱいいっぱいで見て回れるはずだったんですが、まさかこんなに人がいて混雑するなんて……」


【また来ればいいじゃん。このチケット1ヶ月フリーパスなんでしょ?お腹空いたし、気にせずご飯食べに行こうぜ】


「はい!」


《そういえば黒水筆頭からとあるお店のオープン割引券を頂いております。ランチはここで軽食を取るのが良いかと思います》


「そこでいいですか?アカシャ様」


【折角だしな。良いんじゃない】


《では案内を開始します》



ーーー◇△○×ーーー


此処ビブリテーカーは常に様々な種族により、まるで祭のようにごった返している。
それに今日は魔導学院オーウェンの建立祭により休みだ。人の行き交う雑踏は殊更多く、発展した街並みを色付けるかのように吟遊詩人たちが音楽を奏でて踊り子たちの数も多い。華やかすぎて圧倒されてしまい、思わず感嘆の声を漏らすくらいしかできなかった。
だが隣りにいる彼女は別段それを気にかける様子もなくいつも通りマイペースに話しかけてくる。少し歩くと言われて早3時間。エルフの言う少しなんて全く当てにならないことを知りました。足痛くなってきたよぉ~


「もう少しだから頑張れ」


「ぅぅぅ」


青風様が肩を貸してくれる。本当この人いろんなことに気が付く人だな。
黒水様はそこら辺は全く気にもかけてくれないけど、悪気は無いし普段からこんな感じなのだろう。


「イルイ 聞いたよ、オーウェン編入試験の話。魔力測定が歴代2位でみんなの度肝を抜いたんだってね。」


「……それだけのアドバンテージがあっても私は合格ラインギリギリでしたけどね。3位でしたし」


「今回の編入組はかなり優秀な部類だ。それに入学した時点での差なんて気にする必要ないよ。私なんて候補生時代は"穢れの落ちこぼれ"って言われてたからね。」


「今どきそんな発言したら、速攻査問会にかけられて処罰されますけどね。
とはいえ、差があるならそこを今後どう埋めていくかが課題になりますね。頑張れイルイ」


青風様の言うことは尤もだ。落ち込んでばかりではない。いや、まあ周りがみんな自分より凄い人ばかりというのは思うことが無いわけではない。でも私は漸くスタートラインに立てたのだ。みんなが先を行っている中で自分だけ不貞腐れていつまでも躓いたままではいられないのだ。


「筆頭。ところでオーウェンの歴代1位はどなたでしたっけ?」


「決まってる。雪だよ。あの子、初日で特級認定受けてたから。」


「あー姫さま伝説ってやつですか。魔導司書って二つ名、うちの学院にまで聞こえてましたよ。」


当たり前のように2人は話しているが特級?そんな階級あったっけ?それに二つ名に"魔導"が含まれるって魔導師として最高の栄誉だとも聞いたし。


「特級ってなんですか?1番上は筆頭の黒水様のはずですよね」


「あーそっかそっか。イルイは候補生成り立てだから知らないのも無理ないよ。特級ってのは魔導の深淵という領域に至った者たちだよ。
私たちは各々の目指す魔導を極める事を山を登ることに喩える。当然行き着く光景も道程も異なる。だけど誰でも目指せるんだよ。足さえ止めなければね。」


「対して深淵ってのはずっと水底に沈む事といっていた。普通ならどこかで限界を迎えて引き返す必要がある。沈み続けてその限界を越える必要があるから、誰でもなれるわけじゃないよ」


「今現在は魔導王に魔導戦姫に魔導元帥。それと除外された魔導司書。この4人を指して特級魔導師って言われてるね。」


「……特級」


もう少し詳しく聞きたかったが、タイミング悪くグゥゥっと私のお腹が恥ずかしげもなく産声をあげた。それを聞いて2人はカラカラと明るく笑った。


「話は終わりだね。もう少し行った先に知り合いが新しく開いた店があるらしい。そこにしよう」



連れられた店の立て札には"冥土喫茶 デミchan"と物騒な事が書かれていた建物だった。怪しそうな店だが僅かに開いた窓から食欲をそそる美味しそうな匂いが漂っている。でも新規に開けた店にしては人気が無さすぎる。疑うわけではないが本当に大丈夫だろうか?


「お邪魔します」


あっけらかんと慣れた様子で入っていくものだから、連れられて入ってしまう。
店内はお洒落なインテリアが所々に散りばめられていて、それでいてどこか甘ったるい空気が流れていた。なんだか分からないけどむず痒い!


「おかえりなさいませ。ご主人様にゃん。お席まで案内しますにゃん!」


改造されたエプロンドレスを着けた私よりも小さい獣人の子が元気良く接客しに来てくれた。それにしてもなんだこの服可愛い。学院から支給された服ってあんまり可愛くないから私もこういうの着てみたいな。私そんなに可愛くないしこんな可愛らしいの似合わないの分かってるけどね。憧れるのは自由なはずだ。


席まで案内され、メニュ表を渡される。
特製メルメルプリンとかウルトラスーパーアイスとか凄そうなネーミングのデザートが目を引いたが値段がおかしかった。
一つ小銀貨3枚だった。デザートにしては桁が一つ多くないだろうか。これってぼったくり……


「ご主人様 どうかしましたかにゃん?」


私の顔を快活そうに獣人の子が覗き込んで来る。顔に出過ぎていたか。気を取り直して質問する


「え、あ、いや。どれも美味しそうだなって。オススメとかありますか?」


「それなら"美味しくなーれ萌え萌えきゅんきゅん魔法の言葉と共に届けご主人様に愛のメッセージオムライススペシャル"これが当店1番の人気メニューですにゃん」


「……」


今私呪文詠唱された?というか初日オープンに人気メニューなんてあるの?
思わず固まっていると、隣りに座っていた歪様が同じ台詞を復唱して3つ注文していた。そんな言葉筆頭の口から聞きたくなかった。あと値段はこの3つで大銀貨3枚分だった。価格設定がおかしい。
歪様の手前言えないけど。


「あの、青風様」


「みなまで言うな。筆頭はこういう変な雰囲気がすきなんだ。でも味は確かだよ、この店のオーナーは私の知ってる限り魔導師で1番料理の腕が良い奴だから。」


「楽しみだね オムライス」


カランカランとドアが開く音がした。
ふと目に入ったルビーみたいに艶やかな赤い髪の毛が特徴的で活発そうな妖狼族ライカンの女の子が入ってくる。年は私より少し上だろうか。民族衣装に身を包み、目のやり場に困るほど刺激的な服装から覗かせる健康的でしなやかな手足。
私とは何もかも対照的な子だった。あんまりジロジロ見るのも失礼だろう。視線を外す。


「アカシャ様。ここだよ」


その聞き覚えのある名前に反応して、再度視線が向いてしまう。その子の後ろから小さな赤龍が入ってきた。目にした瞬間に思わずガタリと席を立ち上がってしまった


「アーカーシャ……!?」


いやよく考えろ。私を助けてくれたのは、大きな赤い龍だった。それに名前の響きが似ていただけだ。
これは感覚的なものだ。姿も威圧感も異なるのに私にはこの龍がアーカーシャ本人にしか見えなかった。


「《イルイちゃんだ!》」


彼方も此方に気付いて驚いた顔色を浮かべるも直ぐに以前と変わらぬどこか飄々とした風に手を振って近寄ってきた。
しおりを挟む

処理中です...