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龍王と魔物と冒険者

130話目

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世界最大の冒険者ギルド 略奪者たちの王様ヴァイキングとバルディア大連合(チーム アーカーシャ)の開戦から数日後。冒険者たちはヒッタイト草原とラガシュ森林一帯までの確保に成功していた。だがそこから先は一歩も立ち入れていない。
理由は簡単だ。稀代の天才魔導師雪姫が改良した魔法守護法陣Ⅲ式。龍脈を応用した聖国独自の結界理論。そして世界最強の国家皇国の国防を担う魔力隔絶防壁魔法。
様々な魔法を複雑に組み合わせ、この世界で最も優れた魔法の一つ。"結界防壁魔法"の再現にアヤメが成功したからに他ならない。


力付くでは、あの龍王アーカーシャにすら破れなかった叡智の結晶。絶対の不可侵。破れない以上は戦線が膠着状態になるのは必然。だが、アテが外れる。いつまで経っても冒険者は包囲を解いて撤退する様子が無いからだ。アヤメの結界防壁魔法は理論通りに実践してこそいるが不安定であり未だに未完成だ。時間制限がある。
結界防壁魔法が解けるタイムリミットまでに急いでアヤメは落とし所を見つける必要があった。


「でも、どうすれば。敵対者である魔物たちの話に耳を貸してもらえる……」


アヤメの静かな独白に応えられる者はいなかった。戦局はアヤメが想定してた以上には好転しなかった。多少の肉薄はしたがそれだけだった。アヤメを除いたバルディア代表の誰もが痛々しく傷付いており、表情は俯き沈痛そうな陰が差している。
そしてこの席にはマトローナが不在であった。代わりにガイアセクターのバギラが同席していた。ぽつりと彼が嘆く様に呟いた。


「何故、コノ様ナ事態ニナッテモアーカーシャ様ハ現レテ下サラナイ。モシヤ我ラヲオ見捨テニナラレタノカ……!」


「バギラ!貴様っ!我らが王を疑うか!」


「デハ何故ダ!? コノ存亡ノ危機ニ!シンドゥラ殿!貴殿モ多クノ仲間ヲ失ッタハズ!マトローナ様モ……」


「よしなよ、キャンキャンとみっともない」


最高位冒険者トニー・アダムスとの戦闘中、突如介入してきた無面ノーフェイスの者に片目を奪われ、隻眼となったフェンリルが冷淡に制した。
だがバギラの目にはギラギラと怒りが燃え盛っており、そのまま収まりがつかずに噛み付いた。


「フェンリル!所詮貴様ハコノ地ノ事モ弱イ我等ノ事モドウデモ良イカラダロウ」


「ほぅ 僕を前に良く吠えた。お前は…」


一触即発の空気が張り裂けるより先に。こういう場では口が重い宝人族のボナードが何を思ったのか、宝石化した右手で大理石のテーブルを叩き壊す事で場を制した。


「すまん。 ハエがいたもので」


僅かな沈黙が静寂を作る。
皆が聞きたい事を地龍エウロバが性急に問うた。


「デ。実際ノ所、アーカーシャ様ハ来テクレルノカ?」


「来てくれる希望はある、ただ、いつ来るかの確証が持てない」


実は戦局が決定的に決まる少し前の時点でアヤメは雪姫に与えられた試作型携帯通信魔法具を使って交信を試みていた。だが雪姫からの応答は依然ない。
実際には無視されていた訳ではなく、雪姫は丁度イルハンク区瘴没事件の後処理に追われていたからだがこの事を今のアヤメに知る由は無かった。
或いは、アーカーシャが心身共に万全の状態であったのなら、それでもこの異変にも気付いていたのかもしれないが。


「希望が在るのは良い事ですな。ですが現状の脅威をどう対処しますかな。話し合いが難しい以上、どう凌ぐかが問題ですが」


ラーズの言ってることは尤もだ。結局はそこに行き着く。打開策をどう見出すか。誰もが沈黙を守っていると重い議事堂の扉を誰かが開いた。


「話し合いの場が欲しいのなら、俺たちに協力させてくれないか?」


「ありがとうございます。ですがどうやって」


「こいつを使う」


現れたのは城で保護している冒険者たちだ。一際大柄な男が口を開いた。冒険者ギルド怪物たちの檻所属 トーチカ・フロルだ。手には支給された超高性能連絡魔水晶。これを用いて略奪者たちの王にコンタクトを図るつもりなのだ。


そこから更に12時間後。結界防壁の一部解除をする。トーチカたちのおかげで3人の冒険者を招き入れる事に成功したのだ。
時に。アヤメはこのバルディア大山脈一帯を一つの国として運用する際に23区に分け、第1区から5区にかけて主要な施設を集めて首都としての機能を高めて中央圏域の構築に着手した。
更に現在いる第1区には6割の進捗状況であるが、龍の王と雪の姫が住むに相応しい王城アカシア(龍王アーカーシャをもじった)を造り上げた。
冒険者たちは来客用の応接間に通されることになるが、そこに行くまで終始驚いた様子だった。


通っている廊下一つ取っても、白皚々たる雪を踏んで大雪原に立った気になってしまうほどの穢れの一つも見当たらず、そして白一色の月影さやかな建具たち。天井彫刻は白と赤を合わさった桜色。高い天井から降り注ぐ光で煌めくクリスタルガラスも相まって、厳かな空間を創り上げていた。


「準備に時間がかかってしまい、お待たせして申し訳ありません」


「いや……おかげで此処に来るまでに少し見る時間ができた。素晴らしいな。後学の為にたった数ヶ月でここまで出来る手腕を教えて欲しいものだな」


「詳細は秘密で話せませんが、お褒めに預かり光栄です」


「ふ。申し遅れた。私の名前はディートリー・ミニミ。今回ギルドマスターアレクセイより交渉の席を任されました。
一応略奪者たちの王ヴァイキングでも副ギルドマスターを務めてますので立場上問題は無いでしょう。後ろの2人は君たちから見て右がガルザ。左がアルネイ。心配しないでも口は挟ませない。私の護衛みたいなものとでも思ってくれ。」


最高位冒険者ディートリー・ミニミはイアン族だ。鳥を象徴とする少数部族であり、ディートリーは雨の時にしか姿を現さないとされる稀少な雨燕の羽で作られた羽根冠とその褐色の肌には独自のウォーペイントを施している。


「今回の協議の仲介役を務めさせてもらう、"怪物の檻"所属トーチカフロルと"殺し回る狩人"所属のヒルデス・ハイネだ。先ずは」


場の進行を試みたトーチカであるが、直ぐにディートリーが手で制する。


「先ず……今回は双方の不幸な行き違いから多くの望まない血を流すことになってしまったこと、マスターアレクセイに代わって私から謝罪を。申し訳ない。」


「副マス!?なんで魔物なんかに頭を!やめてください!」


「そうですよ!そもそもこいつらが最初に!」


背後の2人を無視してディートリーは敵意も嫌味もなく羽のような軽やかに頭を下げた。


「私の名前はアヤメ。僭越ながらこの地の支配者である龍王アーカーシャ様に代わり名代を務めさせて頂いております。」


話が通じそうな相手だと少しだけホッとしたアヤメであるが直ぐに気を取り直して切り出す。本番はここからなのだ。交渉とはあくまでも謙らずに、強気で決然な姿勢で行かなければならないからだ。
人間との初コンタクトであれば尚更である。間違っても優しく友好的な外交をするわけにはいかない。立場の弱い者がそんなことをしてしまったら、強い者にどこまでも配慮と譲歩を強いられることになるとアーカーシャに教えられていたからだ。



「ディートリー 率直に聞く。こちらとしてもこれ以上の流血は望む所ではない。要求があるなら聞こう」


尊大に問う。あくまでもこちらに主導権があると思わせなければならない。


「はん。魔物のくせに、態度が気に入らねえな」


「黙れガルザ。 すまない。こちらの要求は以下の通りだ。
一つ目。魔物側の即時武装放棄及び全面降伏。我々にこの地における凡ゆる自由裁量権を委ねること。
二つ目。拘束されている捕虜と先遣隊身柄を速やかに引き渡すこと。
三つ目。今回の騒動によって生じた全ての損害に対する補填と今後の賠償の支払いはバルディア内の有益な資源で行うこと。又その資源の中には宝人族も含まれ「ちょっと待て」


覚悟していた事とはいえ、余りにあちら有利な条件。とはいえ、アヤメとしては多少の無理難題は聞くつもりであった。だからこそ思慮にすらない思わぬ言葉。思考が止まる。故にそれを止めたのはアヤメではない。


「なにか?仲介役のトーチカ・フロル様」


「今の三つ目の途中、宝人族を引き渡せってのはおかしいだろう。彼らはこの地に住まう民だ。それを物か何かみたいに渡せなんてのは、それはもう交渉じゃない。脅迫だ!」


「トーチカさんに同感。少なくとも本来の依頼はマナジウム採取のみのはず。ヴァイキングは戦いに託けていらぬ欲をかいている」


ハイネの喋ってる途中でアルネイがその言動を非難するようにテーブルを強く蹴った。


「てめぇら冒険者のくせに随分と魔物側の肩を持つじゃあねえか あ!?」


「正当な手続きを踏まえずに不法入国をしたのは私たち冒険者側。だから侵略行為をした犯罪者を国防のためにやむなく排除した。違う?
これは管理局が介入したら間違いなく冒険者規定に抵触する。ルールよ。分かる?無法者のヴァイキングの皆さん」


「イカれた狩人が偉そうに能書き垂れんな。そのキレイな面をギタギタにされてえか?お嬢ちゃん」


「やってみろ」


ハイネとアルネイの両者が互いに武器を抜くのと同時にディートリーの方からチャキンと鍔と鯉口が打ち合う音がした。抜刀して振り抜いて納刀する、この一連の動作がトーチカを除くこの場の誰の目にも捉えることが出来なかった事からも、常人には知覚することも出来ない刹那の一撃だったのは間違いないだろう。武器が断ち切られて落ちるよりも速い音速突破の居合い術。鍔の音がする時には敵が斬られている。故にディートリーは"鍔鳴り"の異名を持つのだ。



「トーチカ様もそのようにお考えで?」


「そうだ……いや。これは俺だけじゃなく、合同特別調査隊12名の総意だ。その上でこの国を尊重した誠意ある対応をお願いしたい」


ガルザが堪え切れないと言った風に噴き出した。心底彼らを軽蔑するように。いや、反応を見る限りアルネイもそうなのであろう。


「ぷははっ!聞きましたか!副マス!
魔物が国だってよ!正気か、てめぇら そっちでどんな薬キメたらそうなっちまうんだ!?」


「そもそもここは国じゃあない。そうでしょ 副マス」


「……アヤメ様。誤りが二つあります。
一つ、国として認められるなら、どこか既存の国家が此処を国として承認する必要がある。」


「二つ、アナタたちはこの一連の戦いを侵略と捉えているのかもしれません。仰る通り、侵略行為なら規定違反です。
がそもそも国と認められていない土地で何をしようと規定違反には当たらない。平和喪失というやつです。その地に住まう者たちの命や財産を保護する法律そのものが失効される。
故にこの一連の戦いは『侵略』ではなく、資源の豊富な未開の地バルディアの『開拓』と見なすことができる。事実かどうかは重要じゃない。そう捉える余地があるだけで冒険者ギルドはそう主張することが出来る」



こうなれば如何に国の条件を満たしていようと無駄である。後ろ盾となってくれる国がなければ意味がないのだから。ダメ押しと言わないばかりにディートリーは言葉を紡ぐ。


「四つ目。心苦しいのですが、これが最後の要求。今回の首謀者アーカーシャという魔物たちの王を称した魔物の処刑。
ここまで犠牲を払っている以上は、こうなれば火中の栗は全て拾う所存です。故にこの四つのどれか一つでも受け入れられないのなら、協議は破談とお考え下さい。」


アヤメの顔色は既に悪い。到底容認できるものではなかったからだ。震える唇を必死で律する。


「……侵犯したお前たちに対して過剰な防衛策を講じたのはアーカーシャ様ではなく私だ。ならば私を殺すべきだろう。
そしてそれも殺したくて殺したわけじゃない。この地に棲まう魔物たちは、これまで冒険者に多くの同胞を狩られてきた。水掛け論かもしれないが、それこそ先にやったやられたを持ち出すのなら、冒険者が先に手を出したことになる」


「私としては今更どっちが先でどっちが後かなんて心底どうでも良い。顔も知らない人と魔物たちのこれまでの諍いの歴史の問題を議論すべき場では無いと考えているから。そんなものは歴史家たちの手に委ねるべきじゃない?無論今日のことも含めて。それで返事は? アヤメ様」


「……くそっ。」


見かねたトーチカが強く抗議した。その様相は明らかに怒っていた。今にも戦いになってしまうのかと錯覚してしまうほどに。


「さっきから聞いてりゃこじつけもいい加減にしろ。ヴァイキング!」


「こじつけだろうと感情論以外で説き伏せられない時点でアナタたちは論議に負けている」


「だとしてもこのやり方は止めろ。 ヴァイキング!落とし所が無くて退くに退けないだろ」


「と、言われましても。やめなければどうするつもりですか?」


「俺が」


「私たち全員を敵に回すことになるわよ!」


それ以上に頭に来ていたのか、隣のハイネが啖呵を切った。


「あちゃー。いよいよこいつら頭やられちまってるよ、副マス~!」


「アルネイの言う通りだ。冒険者が魔物なんぞに肩入れするなんて終わってるよ、てめぇら」


「……アナタたちが敵に回ったところで、所詮は10人ぽっちの戦力。その程度で絶対にこの戦いの結果は覆らない。そんなことも分からないの?
こっちに最高位冒険者が何人‥‥‥」


「そっちこそ侮るなよ!こっちには"怪物の檻"のトーチカさんと"怪物殺し"のシュウさんがいるんですよ!」


ディートリーは知っている。冒険者の位階ランクが強さの絶対の指標ではないということを。
代表的な例を挙げれば、最強のCランク冒険者"地蔵"だ。トラブルにより最高位冒険者を殺害している地蔵はペナルティとして高位冒険者以上の資格挑戦が永久剥奪されている。兎も角、一千万人も冒険者がいれば、そういった実力とランクが食い違っている者たちが存在する。
トーチカ・フロル。彼もまた高位冒険者Aランクでありながら、並の最高位冒険者を凌ぐ実力を持つ者だろう。
そして合間見えた事はないが、最近ヴァイキングに加入したシュウ・ハザマもその類いだとディートリーは推察する。
納得した反応が貰えてない時点で協議は破綻している。だからといって結論ありきで急いでこの場で結論を出すべきではない。ディートリーとアヤメの思惑は利害として一致した。


「1週間だけ待ってくれ……」


「だめだ。明日のこの時間まで返事を待つよ。結界を解いて武装放棄すれば降伏。それ以外の凡ゆる行動は拒否したものとみなすのでそのつもりで。両者にとって賢明な判断をアナタ方が下すことを心から願っていますよ」


そう言って、表情を消したディートリーたちは席を立ってこの場を後にしようとする。



「……お前らこそ冒険者を勘違いしてる。冒険者のモットーは"我らは微弱い誰かの剣であり杖である"はずだ!暴利を貪るためにあるわけじゃない!」


「弱者救済。ご立派。
でも初代ヴァイキング長曰く、神そらに知ろしめすだよ。だから些細なことなんだよ。冒険者の在り方なんてものはね」


残された猶予は僅か1日。
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