狂気乱舞

風船葛

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狂気乱舞

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八王子にある、とあるアパートの一室。この部屋は角部屋であり、広さは1LDKである。窓が全部で三つあり、一つは玄関の横、もうひとつはベランダにつづく大きな窓。三つ目はベッドの上に小さな小窓がある。
この部屋で男二人が酒盛りをしている。
既に長い時間飲んでいたのか二人ともだいぶ酔いが回っている。

達夫「はははは。怖すぎるだろそれ」

響「だろ!ホントにびっくりしたんだよ」

達夫「そういや、怖いといえばさ、最近俺の家のものがいくつかなくなるんだよ」

響「なくなる?」

達夫「そう。仕事から家に買ってくるたんびに何かものがなくなってるんだ。最初は靴下とかだったんだけど最近じゃ服とか下着とか」

響「下着!?なんだそれ気持ち悪いな」

達夫「だろ!家の中に妖怪でもいんのかね。それともストーカーかな」

響「どうだろうな」

達夫「警察に言った方がいいんかねやっぱ」

響「うーん。またどうせお前が酔っぱらってどっかにほっぽたんじゃないかと思うけどな。そういや警察といえば、最初にいい忘れたんだけどさ、隣の隣にある301号室に黄色い立ち入り禁止テープ貼ってあったんだけど、何があったのあれ」

達夫「ああ、あれね。一昨日あの部屋で殺人事件があったんだよ」

響「は!?マジで」

達夫「うん。お隣の302号室の人が引っ越す前に教えてくれたんだけど、なんか惨殺されたらしいよ。警察は事情聴取するとき俺にはなんも言わなかったけど」

響「やばすぎるだろ、それ」

達夫「あとなんか、お隣さんが引っ越す前に君も早く逃げた方がいい、ここは目をつけられたとか言ってたわ」

響「怖えよ」

達夫「なあ、怖いよな。まぁ、そんなことよりさ」


響「いやいや、そんなことじゃないだろ。殺人事件てやばすぎるだろ」

達夫「いや、いいんだよ。殺人事件なんか大したことじゃないんだよ」

響「いや大したことすぎるだろ」

達夫「いいから聞けって。実はな、俺、恋をしちまったんだ」

響「恋!?」

達夫「恋」

響「恋ってお前、先月彼女と別れたって言ってたじゃねぇか」

達夫「あぁ、そうだ。だが俺は新しい恋を見つけちまったんだ。運命的な恋をな」

響「へー。次はどんな子だよ」

達夫「まぁ待て!まずは彼女との出会いから説明してやる」

響「はいはい」

達夫「お前、八王子の都市伝説て知ってるか?」

響「は?」

達夫「ひとつはこの地区に伝わる白いワンピースを着た引き裂き女。もうひとつは深夜に独り暮らしの男の所に現れるというひょこひょこ女だ」

響「なんで恋愛話から怪談話になってんだよ」

達夫「まぁ最後まで聞け。俺は先月彼女にふられて毎晩やけ酒をあおってた。ちょうど今から一週間前もいつものように深夜にやけ酒をしてたんだ。時間は深夜2時。その日は何故か肌寒く、酒を飲んでも飲んでも体が暖まらなかった。ふとそこの小窓が気になったんだ。(ベッドの上にある小窓を指す)いつもなら気になったことなんかなかったのに。すると小窓の下から何かが上下してるのが見えたんだ」

響「...」

達夫「最初は虫かと思った。だが、虫にしては大きい。しかもそいつは規則的に動いてるんだ。俺はよく見るために眼鏡をかけて小窓に近づいたんだ。そしたらそこには、見知らぬ女がまるで覗き込むようにひょこひょこ上下してたんだ」

響「おいっ!どこが出会いの話だよっ!女の子とじゃなくて、怪異と遭遇してんじゃねぇか」

達夫「それでな」

響「聞けよっ!」

達夫「落ち着けって、それでな、最初は俺もめちゃくちゃビビった。なんでこんな深夜に家の小窓でひょこひょこしてんだってな。そこでふと思い出したんだひょこひょこ女の都市伝説を」

響「...」

達夫「ひょこひょこ女はただひょこひょこしてるだけで害はないんだ。実際、俺が腰を抜かしてる間もひょこひょこしてた。それで段々俺もその状況になれてきてな。観察しようと思って小窓に近づいたんだ」

響「すごいなお前」

達夫「俺が近づいても相変わらずひょこひょこしてるだけだった。そしたら一瞬、彼女と目があったんだ。
その時、心臓を捕まれたような感覚に陥ったんだ。
そしたら目の前が真っ暗になって、気づいたら朝だった。どうやら気絶してたらしいんだ。でも、俺の胸の高鳴りは止まらなかった。
そこで俺は気づいたんだ」

響「ちょっと待った。お前まさか」

達夫「この胸の高鳴りは恋だとっ!!」

響「いやいや、おかしいだろっ!!なんでそこで恋に落ちてんだよ。胸の高鳴りも心臓が捕まれた感覚も恐怖からきたやつだろ」

達夫「あの日以来、彼女のことしか考えられない」

響「とりつかれてんだよ」

達夫「彼女の雪よりも白く、海より真っ青な肌。
生気を感じさせない神秘的な瞳」

響「死んでるからな」

達夫「この世ものとは思えない美しさだった」

響「この世の者じゃないからだよ」

達夫「どうしてわかってくれないんだ!」

響「わかるかっ!どう考えてもおかしいだろ!
だいたい、幽霊とかいるわけないし、もしかしたら不審者かもしれないだろ」

達夫「それはない」

響「なんで!」

達夫「そこの小窓を開けて、下を覗いてみろ」

響は言われた通り小窓に近づいて窓を開けて、下を覗いた。

達夫「そこの窓には足の踏み場なんてないんだよ」

響「...」
小窓をそっと閉めた。
達夫「つまりな、」

響「い、いや、だとしたら幻覚だよ。お前彼女に振られたのがショックすぎて幻覚を見ちまったんだよ」

達夫「は?」

響「病院にいくべきだ」

達夫「なんで俺が、病院に行かなきゃいけないんだよ」

響「行くべきだろ!お前は幻覚を見ちまってさらにはそれに恋をしたなんておかしなことを言ってるんだから」

達夫「彼女は幻覚じゃない」

響「幻覚だっ!」

達夫「違うっ!」

響「違くないっ!」

達夫「そんなに言うんだったら、(時計を見る)そろそろ彼女がくる時間だからお前も実際に会ってみろよ」

響「は?彼女がくる?」

達夫「ああ。もうすぐ2時だからな。彼女は毎日深夜2時ぴったしにそこの小窓でひょこひょこしてくれるんだ」

響「そんなバカな。てか、毎日来てるのかよっ!」

達夫「そうだよ、毎日来てるんだ。お前がどうしても幻覚だと思うならそこの小窓を見てみろって」

響「い、いや」

達夫「怖いのかよ?幻覚なんだろ彼女は」

響「わかったよ!見てやるよ」
響は再び小窓に近づく。

達夫「2時まで、あと五秒。四、三、二、一..」

響は意を決して小窓を数秒凝視した。

響「はん!やっぱりお前の幻覚じゃないか」
達夫の方に振り向く

達夫「来たっ!」

響「は?何言って、」
響の視界の隅に何かがよぎった。ゆっくり小窓の方に向き直る。
響はひょこひょこ上下する女を直視した。

響「...」

達夫「やっぱり来てくれたあ」

響「ぎやああああああ」

達夫「な、幻覚じゃないだろ」

響「やばい、やばい、やばいって」

達夫「何がやばいんだよ」

響「何がやばいって、やばいからやばいんだよっ!」

達夫「何言ってるんだおまえ」

響「こっちのセリフだよ!!やっぱり病院行こう!
いや、こういう時は寺か神社か教会なのか?!」

達夫「落ち着けって、どうしたんだよ」

響「落ち着けるかよっ!お前化け物に魅いられてるんだぞ!」

達夫「おいっ!ひょここさんを化け物何て言うな!」

響「化け物だろうがっ!
だいたい何だよひょここさんって!言いにくいんだよ」

達夫「ひょここさん、いやひょこたんを侮辱するならお前でも許さないぞ」

響「ちょっと可愛く言い直すな!ちっとも可愛くねぇよ」

達夫「いい加減にしろよっ!!」

響「えぇ..」

達夫「わかってるよ、俺がおかしいって」

響「なら、」

達夫「でも好きになったんだからしょうがないだろっ!本当に心のそこから彼女を愛してるんだよ」

響「...」

達夫「俺も最初は自分がおかしいことになってると思ったよ。失恋でおかしくなったって。でも、しばらく一人で考えても彼女が頭から離れなかった。恐怖からじゃない、どんなときもいつもひょこひょこしてくれる彼女に惹かれたんだ。仕事で落ち込んでるときも、一人が寂しくなったときも、雨の日も嵐の日もずっと彼女はひょこひょこしてくれたんだ。俺に危害を加えたことなんか一度もない」

響「だけど、死んでるだぞ彼女は」

達夫「死人に恋しちゃいけないって誰か決めたんだ!
幽霊を愛しちゃいいけないって誰か決めたんだよ!
童話の人魚姫だって人間と人魚が愛し合ってるし、
美女と野獣だって獣と人間が恋をしてるじゃないか」

響「それはフィクションだし、そもそも種族どころか
生物と非生物だから、」

達夫「お前らの常識の物差しだけで図ろうとするなよっ!どうして常識の外側のことはいつも理解しようとせず、突き放すんだ!何故、異常なものに歩み寄ろうとしないんだ。常識は常に正しいことなのか?
異常や間違いは悪で不正解は敵なのか?」

響「っ!!...」

達夫「この気持ちに偽りはないんだよ。彼女を思うと胸が暖かい気持ちになるんだ。時には焼き焦がれるくらい愛おしいんだ。抱き締めたい、キスをしたい、一緒にもっと過ごしたい。これも全て間違った感情なのかよっ!だったら、」

響「もういい」

達夫「...」

響「お前の気持ちわかったよ。悪かった、俺だけの価値観でお前を否定して」

達夫「響..」

響「お前の言葉、俺の芯まで届いた。異常は悪じゃない」

達夫「わかってくれたか」

響「だから俺も自分に正直になるよ」
自分のリュックに近づき、ポケットからナイフを取り出した。

達夫「響!?」

響「お前、最近物がよく失くなるって言ってたよな。
あれ、犯人は俺なんだ」

達夫「は!?」

響「お前が仕事行ってるあいだ、あらかじめ作っといた合鍵を使ってお前の部屋に忍び込んで、服とか下着を盗んでたんだ」

達夫「なんでそんなことしてんだよ」

響「匂い」

達夫「匂い?」

響「俺は匂いフェチなんだよ。いや、フェチなんてものじゃない。匂いが好きすぎるんだ。匂いそのものを愛してるんだよ」

達夫「...」

響「小さいころからそうだった。こっそり色んな人の服とか体操着とか盗んでたんだ。最初は自分を変態で頭のおかしいやつだと思ったよ。でも、この衝動を我慢しようとすればするほどもっと自分が保てなくなるんだ。理性で押さえつけようとするともっと頭がおかしくなる」

達夫「苦しんでたのか、お前も」

響「ああ。ずっと矛盾を感じてた。自分を失敗作だと思ってたよ。こんな衝動に駆られる自分に対していつも嫌悪感を抱いてた。でも、それも今日までだ。お前のお蔭で目が覚めたよ。この嫌悪感は俺から生まれたものでなく、常識ていう外側のものからきていたって」

達夫「響...」

響「お前が教えてくれたんだ、異常は悪じゃない。だからお前の指をくれよ」

達夫「なんでだよ!なんでそうなるんだよ」

響「もう服とか下着とかじゃダメなんだ。あれはすぐに匂いがなくなってしまうんだ。匂いは生きてるお前から発せられるんだよ。だからお前のからだの一部ならもっと長持ちすると思うんだ」

達夫「か、体の一部なら爪とかさ、指はすぐ腐っちまうだろ」

響「爪は駄目だ。全く匂いがしない。それに腐敗については心配ない。ミイラみたいに乾燥させて大事にするから」

達夫「いや、俺の心配しろよ!指取られた俺はどうすんだよ!俺を大事しろよ、友達だろ」

響「いや、正直お前のことはどうでもいいんだ。俺はお前の人格とか性別とか顔とかが好きというわけじゃないんだ。お前の匂いが好きなんだ。それに指一本じゃ、死なないだろ。」

達夫「そういう問題じゃない!」

響「うるせぇ!指の一本や二本減るもんじゃないだろ」

達夫「減るものだよ!バカ野郎」

響「まあ、抵抗することはわかってた。本当はいつかこっそりやろうとしてたけど、今日はちょうどこのアパートのこの階層にはお前しかいない。悲鳴をあげても無駄さ。大丈夫、痛いのは最初だけ」

達夫「や、やめろ!このイカれやろう、異常者!」

響「おいおい、お前が言ったんだろう異常に歩み寄るべきだって」

達夫「生命の危機に人生観が変わったんだよ」

響「まあ、お前がどう思うとも俺にはもう関係ない」

達夫「ひぃ、た、助けてひょこたん!!」

響「おい!化け物に助けを求めるな!」

達夫「ひょこたんを化け物呼ばわりすんじゃねぇっ!」

すると小窓がガタガタなり始めた。こころなしかひょこたんの動きもはげしい。

響「はん!いっちょまえに化け物が怒るんじゃねえよ。なんだ、お前もこいつが好きなのか?いいじゃねぇかよ、殺す訳じゃねぇんだ。指の一本や二本俺に寄越せや、けちくせぇ!」


達夫「けちとかそういう問題じゃないだろ!」

響「うるせぇ!いいから寄越せ」


すると玄関の扉が勢いよく開いた。
一斉に視線が集まる。そこには白いワンピースを着た、恐ろしく長い髪を前に垂らした女が立っていた。垂らした髪は完全に顔を隠し、長さは腰の所までに達していた。

響「ははっ!来いよっ!てめぇなんか怖かねぇ!
今の俺は無敵なんだ。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえっていうが、俺がお前をあの世まで吹っ飛ばしてやるよ。あの世じゃ知らないが、この世だったら生きてる人間の方が強いに決まってるんだ!!」

達夫「誰?」

響「え?」

二人は小窓の方を同時に見る。ひょこひょこ女はまだ小窓の外でひょこひょこしており、彼女も突然の侵入者を凝視している。

響「誰なんだ、こいつ」

達夫「...ん!?白いワンピースに真っ赤な爪。思い出したぞ、こいつは八王子の都市伝説の一つ、引き裂きおん、」

消灯。 
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