「結婚しよう」

まひる

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第五章

≪Ⅵ≫回避手段【1】

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「あ……、あの……ヴォル?」

 先程まで魔法石だった砂へ視線を落としているヴォルに歩み寄ります。
 動かない彼の袖を軽く引くと、ゆっくりと私に視線を向けてくれました。

「私も行きますからね?」

「…………」

 見上げるように訴え掛けますが、ヴォルからの反応はありません。
 ただ、視線を向けられているだけ。
 ──前もこんな事がありました。そうですよ。皇妃様と接触すると、ヴォルの感情が消えてしまうのです。

「置いていったら怒りますよ?」

「……メル……」

 表情を怒ったように見せ、ようやく名前を呼んでくれました。

「守ってくれるのですよね?」

「勿論…………あぁ……、そうだ」

 少し強引ですが、彼の言質を取るべく詰め寄ります。そして思った通り、私の言葉に当たり前のような反応を返してきました。
 騙し討ちのような感じがしなくもないですが、事実何処へでも行きます。ヴォルのいる場所が私の居場所ですから。

「とりあえず部屋に戻るか」

「はい」

 とりあえずこの地下でおこなう事はなくなりました。
 発端は城内の集団睡眠事件でしたから、それが解決すれば任務終了です。

「飛んでいくか?」

「はい?えっと……歩いて来ましたけど?」

 飛ぶという意味が分かりませんでしたが、私はここへやって来た手段を答えていました。

「部屋まで魔法で飛んでいくか?」

 私の間抜けな返答の為か、ヴォルがくくっと笑いながら言い直してくれます。しかもとても魅力的なお誘いでした。
 だってここに来るまで、結構な距離を階段で降りてきましたから。逆を考えたら気が遠くなりそうです。

「それ、とても素敵なお誘いなんですけど……。ダイエットの為に歩いた方が良いかもです」

「良いのか?地下30階だが」

「…………魔法、お願いします」

 何て意思の弱い私。あまりの変わり身の早さに、ヴォルが苦笑を浮かべていました。
 でもでも階段で行ったら、筋肉痛ではすまない気がしますよ。──って言うか、何でそんな深くに地下を作るのですか?

「行くぞ」

「はい」

 ヴォルが私に確認をした後、魔法を唱えます。周囲の景色がフッと変わりました。何の違和感もなく、まばたきをしたら場所が変わっている的な不思議な移動です。
 抱き締められていたヴォルの腕から出た私は、既に見慣れた部屋の中を見渡しました。ここは間違いなくヴォルの部屋ですね。

「……凄いです」

「そうか。だが何処へでも行ける訳ではない。場所が確実に意識出来ないと無理だ」

 感動する私に、ヴォルは事も無げに答えてくれます。──確実に意識する必要があるのですね。
 まぁ確かに周りに人がいても危険ですから、当然といえばそうなのでした。

「何かものがあったらどうなるのですか?」

「……それの中に転移だろうな」

 何気に問い掛けてみれば、ヴォルもやった事はないのでしょう。わずかに小首をかしげてから告げました。
 怖──っ。ダメです、想像してしまいましたよ。人の身体から生えた自分とか、恐怖以上の不気味なものがありますね。

「あ……そう言えば、ペルさんは魔法を使えなくなっても大丈夫なのですか?」

「問題ない。元々持たざる者だ。魔力をなくした事で、今まで不調だった身体も回復していくだろう。それに……、魔力がなくともペルニギュートが正式な後継者だからな」

 心配に思っていたのですが、ヴォルがハッキリと答えてくれたので大丈夫です。
 でも『正式な後継者』というのは、何回か聞きました。やはり皇妃様の子供だからですかね。

「元より継承順位はペルニギュートを筆頭としている」

 私の疑問など関係なく、ヴォルは当たり前のように告げました。跡継ぎ問題は簡単な事ではないでしょうが、決まりがあるので仕方ないです。
 弟さんの方が一番なら……。私が口を開こうとした時、静かなノックが聞こえました。

「ヴォルティ様?」

「あぁ、ガルシアか。入れ」

 慎重に確認をしてきたガルシアさんです。
 いつもとは違う、こちらを伺うような様子でした。何かあったのですか?

「失礼いたします。あの……、皇帝様がお呼びです」

 妙に緊張している感じの彼女は、告げた後に申し訳なさそうな表情を浮かべます。──嫌な予感がしますね。
 私は先程の皇妃様の剣幕を思い出しました。でも以前出会った皇帝様は、ヴォルの事を認めて下さっているようでしたし。──大丈夫ですよね?
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