「結婚しよう」

まひる

文字の大きさ
上 下
102 / 515
第二章

10.これが不安、か【6】

しおりを挟む
「分かった」

 本当に分かったのでしょうか。と思ったら、私の隣に腰掛けたヴォルです。だから、近いんですって。

「分かったが……。メルに触れるのはやめない」

 そのまま抱き寄せられてしまいました。
 私、本当に心臓が危険です。かなり慣れてきたものの、ヴォルのスキンシップは過剰だと思います。突然密接に触れ合う度、私の心臓は有り得ない程に鼓動を早めるのですから。
 一生の鼓動回数が決まっているのだとしたら、こんな私の人生は先が短そうです。

「で、でも……あの片眼鏡モノクル……さんが……」

 名前を覚える気がなかったので、思わず心の呼び名のままに呼んでしまいました。とりあえず、『さん』はつけましたが。
 それでもヴォルには、私が何を言いたいか伝わったのでしょう。

「問題ない。ベンダーツにはメルに二度と触れさせない」

 あぁ……これが普通なら、物凄く愛を感じる言葉なのでしょうね。ヴォルと私の間には、そんなものは存在しませんが。

「信じろ」

 耳元で告げられる甘い響きの言葉に、私は何も考えられずに小さく頷きました。
 私、本格的に勘違いしそうです。でもこれは私をセントラルに連れていく為に必要な……、方便なのですよ。嘘ではないのでしょうが、目的の為の手段。そうですね、勘違いしてはいけません。

「……お腹、空きました」

 わざとらしくても良いです。このおかしな甘い雰囲気を吹き飛ばしたくて、私はヴォルに抱かれた腕の中から告げます。

「そうか。食堂に行こう」

「はい」

 すんなりと離れた温かさにわずかな寂しさを感じつつも、私はヴォルの後をついて部屋を出ました。……が、すぐに立ち止まります。どうしたので……、あぁ……。
 ヴォルの視線の先をたどり、原因に行き着きました。片眼鏡モノクルです。

 ヴォルが部屋を出た途端、あちらも廊下に顔を出したのでしょう。ピリピリとした空気が漂っています。一触即発……と言うのでしょうか。これ、怖いから嫌なのです。

「ヴォル……」

 私は早急にこの場を去りたい為、ヴォルの服の裾を引っ張りました。勿論、すぐにヴォルが気付いて私の方を振り返ります。
 もう、早く行きましょう?必死に心の中で告げながら、目で訴えました。

「ヴォルティ様」

 片眼鏡モノクルが声を掛けて来ましたが、ヴォルはそれに構わず私の肩を抱くようにしてすれ違います。
 私は思わずすれ違い様に、そんな片眼鏡モノクルの顔を見てしまいました。ぅわ~、怖すぎます!人を射殺せそうな視線を向けられても非常に困るのですけどっ。

 船に乗っている間の食事は、食堂で取らざるを得ません。そうして部屋以外の場所全て、私は片眼鏡モノクルの冷たい視線を受け続ける事になったのでした。

しおりを挟む

処理中です...