「結婚しよう」

まひる

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第三章

7.柔らかい顔を見せる【3】

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 そして今日がまた始まります。でも、二人して穏やかな朝食がとれるだけでも幸せでした。ガルシアさんが部屋に運んでくれるのですよ。
 これはヴォルが配慮してくれたからですけど。初めは皇帝様と──なんて言われまして、全力で首を横に振りました。やめてください、本当に。

「無理はするな」

「はい、ありがとうございます」

 昨日と同じく、ヴォルに勉強部屋まで送ってもらいました。悲しいかな、ここで本日はお別れです。
 ヴォルの背を見送り、一度深呼吸してからノックをします。さぁ、私の試練の時の開始ですよ。

「はい」

「メルシャです」

「どうぞ」

「失礼致します」

 一拍一拍が緊張の時です。ゆっくりと一呼吸置いてから扉を開けます。昨日、散々ダメ出しを受けました。私の全ての動きに、一つ一つ注意を受けます。

 初めは何て性格の──とか思いましたが、これ程事細かに教えてくれる人は今までいなかったです。村の食事処で働いていた時も、私以外の人はとても物覚えが良かったですから。
 同じミスを繰り返しても怒鳴る事なく、温かみは感じませんが言葉で注意をしてくれました。えぇ、決して物は飛んできません。
 昨日一日で、少しだけ片眼鏡モノクル──ベンダーツさんの見方が変わった私です。

「バツです」

 ……でも、ダメ出しがなくなった訳ではありませんが。

 それから午後まで、みっちり礼儀作法の勉強です。勿論、お昼ご飯だって気を抜けません。まともに食べ物が胃に入って行きませんよ。

「バツです」

「はい……」

 またも……。
 昨日は夢に出てきました。バツです、バツです、バツですって。あれ?でも途中からグッスリ眠れました。──ヴォルが来てからでしょうか。

「バツです。余所事を考えるのは、余裕から来るのですか」

「……すみません」

 本当に良く見ています。っていうか、心の中が見えるのでしょうか。
 あらを探されている──と言うのですかね。でも意外な事に、一生懸命に教えてくれるのですよ。言葉と視線は相変わらずブリザードが吹き荒れる程の冷たさを含んでいますが。

「二週間後に皇帝閣下と貴族の方々との会食があります。それまでに基本はマスターして頂かないと、婚約者と言う立場すら剥奪します」

 突き付けられた予定と断言です。
 ……胃が痛くなりました。はぁ、大丈夫でしょうか。って言っても、なるようにしかならないのですけど。

 何度も何度もダメ出しを受けます。ベンダーツさん、根性がありますよね。私が教える側なら既に嫌になってしまっています。胸を張って言えますが、物覚えが悪いのですよ私。

「はぁ~…………」

 魂が抜けそうな程に息を吐き出します。
 疲れました。ようやく解放され、部屋にたどり着いた私。昨日と同じく、ベッドに倒れ込みます。
 今日は昨日よりキツかったですね。何しろ、夕食まででしたから。

「身体が……」

 全身筋肉痛です。
 慣れない体勢で立ったり座ったりもキツいですが、歩き方は尚更ですね。背筋も太股もピクピク痙攣していますよ。これ私、二週間も持つのでしょうか。

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