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92 仮説
「アラタ、こうして二人で話すのは、なんだか久しぶりだな」
「そう言われると、そうだな。みんなで集まって話す事はあるけど、レイチェルと二人きりで話すのは、本当に久しぶりだよね」
車輪が石畳の上を回る振動を感じる。エルウィンもあまり大きく揺れないよう、ゆっくりと走らせているようだが、舗装されていない道はやはり小刻みに体に響くようだ。
「もうすっかり、こっちの世界に慣れたんじゃないか?」
「そうだな。他国の事はほとんど分からないけど、この国で普通に生活する分には、困らないくらいの知識は付いたつもりだよ。レイチェルと店の皆のおかげだ。ありがとう」
「それは何よりだ。ところでアラタ、聞いておきたい事があるんだが、ムラトシュウイチとはどういう人物だ?」
私がその名を口にすると、アラタは一瞬驚いたようだが、自分を納得させるように何度か小さく頷いた後、両手を組み、やや下を向きながら話し始めた。
「・・・うん。確かに話しておかないとな。村戸修一さんは、俺が日本にいた時に働いていた、ウイニングって店の店長だったんだ。俺は村戸さんに誘われて、ウイニングで働いてたんだ。ウイニングは俺の家の近所だったから、仕事もせずにブラブラしてた俺は、よく時間潰しに行ってたよ。ある日、店の前に求人の張り紙が出ててね・・・なんとなくそれを見てたら、村戸さんが声をかけてくれたんだ。毎日のように店に行ってたから、すっかり顔を覚えられててさ、興味を持ってくれてたんだって。それが村戸さんと働く事になったきっかけだね」
私は黙って続きを待った。アラタは当時を思い出しているのだろう。
懐かしそうに、言葉一つ一つを確かめるように、ゆっくりと話を続けた。
「俺が日本にいた時の最後の記憶・・・レイチェルには、最初の日に話したけど、俺は日本で一度死んでいると思うんだ」
「・・・そう言えば、頭を殴られて、そこからの記憶が無いって言ってたね?その時、死んだと思ったのかい?」
「あぁ、気が付くとあの空き家で目が覚めて、それからレイチェルが部屋に入って来たんだ。いまでも毎日思い出すよ。あの日の事は・・・答えはでない。でも、やっぱりあの日、俺は死んだんだと思う。そうとしか思えないんだ・・・・・・」
アラタはそこで言葉を区切ると、窓の外へ目を向けた。
街の大通りをゆっくり走る。馬車から見える景色はとても美しい。赤レンガの屋根が並ぶ統一感のある外装、赤、青、黄色の色とりどりの花が咲き誇り、時間を忘れて見入ってしまう。
だけど、今のアラタはその景色を見ているようで、どこかもっと遠くを見ているようだった。
「・・・マルゴンが、村戸さんの名前を知っているはずがないんだ。10年前なんてありえない。10年前なら、村戸さんはウイニングで働き始めたばかりだし、この世界にいるはずもない。だけど・・・計算がまるで合わないし、おかしな話なんだけど・・・マルゴンは嘘を付いてないと思うんだ。あれだけの執念は、中途半端な気持ちで出せるもんじゃないよ。だから、村戸さんはこの世界にいると思う・・・・・・」
「そうか・・・ムラトシュウイチも、アラタと同じ戦い方をするんだってね?ボクシングっていうんだっけ?」
「うん。ボクシングは村戸さんに教えてもらって、それからジム・・・あぁ、ボクシングを習う場所だよ。ジムに行って本格的に始めたんだ。階級ってのがあって、体の大きさをできるだけ合わせて、体格が近い者同士で戦うようにしてるんだ。村戸さんは、身長は俺より5~6cmは高いかな。筋肉がすごい付いててね、体格は俺よりずっといいな」
「そうなのか。ボクシングで勝負したら、アラタより強いのか?」
「階級が全然違うからね。村戸さんはミドル級でやっていたから。ライト級の俺じゃ話にならない」
アラタは軽く眉を寄せ、口元に少し笑みを浮かべながら顔の前で手を振った。
アラタの話し振りからすると、最初から勝てないと決めつけているように聞こえる。
「ミドル級とライト級ってのはどう違うんだ?」
「あ、ごめんごめん。えっとね、階級は体重で分けるんだけど、アマチュアの場合、ミドル級ってのは75キロまで、それでライト級は60キロまでなんだ。15キロも差がある。体格の違いが想像できるだろ?」
「・・・それだけで、アラタはムラトシュウイチに勝てないと思ってるのか?」
「え?」
私にはピンとこなかった。体重が15キロ違うから、その分パワーに差が出るのは分かる。
だが、なぜ勝てないと決めつけるのか理解できない。
「アラタ、キミはマルコスと戦っただろ?アイツは160cmにも満たない身長で、一度はキミを倒し、そのままカリウスとフェンテスを二人同時に相手して倒し、更に私と戦って、悔しいが私にも勝ったんだぞ?たかだか15キロの体重差が、勝敗を分ける決定的な要因になるのか?」
「・・・・・・」
私の指摘に、アラタは口を開きかけたが、何も言葉を出さなかった。ただ、ショックを受けているような表情を見ると、なにか認識を改めているのかもしれない。
「何も、キミの恩人であるムラトシュウイチと戦えという訳ではないが、やる前から勝てないと決めつけていては、その時点で勝負にならないぞ?それに、キミはこの国最強のマルコスに勝ったんだ。誰が相手でも勝つくらいの気持ちは持ってほしいね」
「いや・・・俺は実力で勝ったとは思ってないよ。マルゴンは俺と最後の戦いをする時には、かなり消耗していた。レイチェルが相当削ったんだろ?俺一人の力で勝ったとは思ってないよ」
自信無さ気に視線を落とすアラタの両頬を、私は挟むように両手で打ち付けた。
乾いた音が響く。
「いってぇッ!な、なにすんだよ!?」
「アラタ、キミは勝っただろ?キミだって少ない食事や、暴力を受けていたせいで最初から体力を落としてたじゃないか?周りの力を認めるのはいいんだ。だけど実力で勝ったと思ってないってのは駄目だ。城に行けば、マルコスに会えるかもしれない。だけど、そんな事言うんじゃないよ?アイツはいけ好かないけど、真っ向から命をかけて戦ったんだ。キミは勝者だ。ならば勝者として堂々とマルコスの前に立て。それが戦いへの礼儀だ」
「レイチェル・・・うん。そうだな・・・分かった」
アラタはどうも腰が低い。実績を誇ろうともしない。
真面目で良いヤツだけど、男としてもっと自分を立ててもいいんじゃないかと思う。
リカルドの挑発的な性格を少しわけてやりたいくらいだ。
「・・・最後の戦いの時、男らしかったんだからさ、もっと自信もちなよ」
アタシはアラタの肩を軽く叩くと、アラタは少し笑った。
こういうのは、本当は彼女のカチュアがやるべきなんだが、あの子はそういう性格じゃないからな。
ちょっとお節介かもしれないけど、口出しさせてもらおうか。
その後、聞いた話では、ムラトシュウイチがなぜこの世界に来ているのか、アラタなりの仮説はあった。
アラタはあまり口にしたくないように、小さく、だがハッキリとその言葉を口にした。
「あの男に・・・村戸さんも殺されたんだと思う」
「そう言われると、そうだな。みんなで集まって話す事はあるけど、レイチェルと二人きりで話すのは、本当に久しぶりだよね」
車輪が石畳の上を回る振動を感じる。エルウィンもあまり大きく揺れないよう、ゆっくりと走らせているようだが、舗装されていない道はやはり小刻みに体に響くようだ。
「もうすっかり、こっちの世界に慣れたんじゃないか?」
「そうだな。他国の事はほとんど分からないけど、この国で普通に生活する分には、困らないくらいの知識は付いたつもりだよ。レイチェルと店の皆のおかげだ。ありがとう」
「それは何よりだ。ところでアラタ、聞いておきたい事があるんだが、ムラトシュウイチとはどういう人物だ?」
私がその名を口にすると、アラタは一瞬驚いたようだが、自分を納得させるように何度か小さく頷いた後、両手を組み、やや下を向きながら話し始めた。
「・・・うん。確かに話しておかないとな。村戸修一さんは、俺が日本にいた時に働いていた、ウイニングって店の店長だったんだ。俺は村戸さんに誘われて、ウイニングで働いてたんだ。ウイニングは俺の家の近所だったから、仕事もせずにブラブラしてた俺は、よく時間潰しに行ってたよ。ある日、店の前に求人の張り紙が出ててね・・・なんとなくそれを見てたら、村戸さんが声をかけてくれたんだ。毎日のように店に行ってたから、すっかり顔を覚えられててさ、興味を持ってくれてたんだって。それが村戸さんと働く事になったきっかけだね」
私は黙って続きを待った。アラタは当時を思い出しているのだろう。
懐かしそうに、言葉一つ一つを確かめるように、ゆっくりと話を続けた。
「俺が日本にいた時の最後の記憶・・・レイチェルには、最初の日に話したけど、俺は日本で一度死んでいると思うんだ」
「・・・そう言えば、頭を殴られて、そこからの記憶が無いって言ってたね?その時、死んだと思ったのかい?」
「あぁ、気が付くとあの空き家で目が覚めて、それからレイチェルが部屋に入って来たんだ。いまでも毎日思い出すよ。あの日の事は・・・答えはでない。でも、やっぱりあの日、俺は死んだんだと思う。そうとしか思えないんだ・・・・・・」
アラタはそこで言葉を区切ると、窓の外へ目を向けた。
街の大通りをゆっくり走る。馬車から見える景色はとても美しい。赤レンガの屋根が並ぶ統一感のある外装、赤、青、黄色の色とりどりの花が咲き誇り、時間を忘れて見入ってしまう。
だけど、今のアラタはその景色を見ているようで、どこかもっと遠くを見ているようだった。
「・・・マルゴンが、村戸さんの名前を知っているはずがないんだ。10年前なんてありえない。10年前なら、村戸さんはウイニングで働き始めたばかりだし、この世界にいるはずもない。だけど・・・計算がまるで合わないし、おかしな話なんだけど・・・マルゴンは嘘を付いてないと思うんだ。あれだけの執念は、中途半端な気持ちで出せるもんじゃないよ。だから、村戸さんはこの世界にいると思う・・・・・・」
「そうか・・・ムラトシュウイチも、アラタと同じ戦い方をするんだってね?ボクシングっていうんだっけ?」
「うん。ボクシングは村戸さんに教えてもらって、それからジム・・・あぁ、ボクシングを習う場所だよ。ジムに行って本格的に始めたんだ。階級ってのがあって、体の大きさをできるだけ合わせて、体格が近い者同士で戦うようにしてるんだ。村戸さんは、身長は俺より5~6cmは高いかな。筋肉がすごい付いててね、体格は俺よりずっといいな」
「そうなのか。ボクシングで勝負したら、アラタより強いのか?」
「階級が全然違うからね。村戸さんはミドル級でやっていたから。ライト級の俺じゃ話にならない」
アラタは軽く眉を寄せ、口元に少し笑みを浮かべながら顔の前で手を振った。
アラタの話し振りからすると、最初から勝てないと決めつけているように聞こえる。
「ミドル級とライト級ってのはどう違うんだ?」
「あ、ごめんごめん。えっとね、階級は体重で分けるんだけど、アマチュアの場合、ミドル級ってのは75キロまで、それでライト級は60キロまでなんだ。15キロも差がある。体格の違いが想像できるだろ?」
「・・・それだけで、アラタはムラトシュウイチに勝てないと思ってるのか?」
「え?」
私にはピンとこなかった。体重が15キロ違うから、その分パワーに差が出るのは分かる。
だが、なぜ勝てないと決めつけるのか理解できない。
「アラタ、キミはマルコスと戦っただろ?アイツは160cmにも満たない身長で、一度はキミを倒し、そのままカリウスとフェンテスを二人同時に相手して倒し、更に私と戦って、悔しいが私にも勝ったんだぞ?たかだか15キロの体重差が、勝敗を分ける決定的な要因になるのか?」
「・・・・・・」
私の指摘に、アラタは口を開きかけたが、何も言葉を出さなかった。ただ、ショックを受けているような表情を見ると、なにか認識を改めているのかもしれない。
「何も、キミの恩人であるムラトシュウイチと戦えという訳ではないが、やる前から勝てないと決めつけていては、その時点で勝負にならないぞ?それに、キミはこの国最強のマルコスに勝ったんだ。誰が相手でも勝つくらいの気持ちは持ってほしいね」
「いや・・・俺は実力で勝ったとは思ってないよ。マルゴンは俺と最後の戦いをする時には、かなり消耗していた。レイチェルが相当削ったんだろ?俺一人の力で勝ったとは思ってないよ」
自信無さ気に視線を落とすアラタの両頬を、私は挟むように両手で打ち付けた。
乾いた音が響く。
「いってぇッ!な、なにすんだよ!?」
「アラタ、キミは勝っただろ?キミだって少ない食事や、暴力を受けていたせいで最初から体力を落としてたじゃないか?周りの力を認めるのはいいんだ。だけど実力で勝ったと思ってないってのは駄目だ。城に行けば、マルコスに会えるかもしれない。だけど、そんな事言うんじゃないよ?アイツはいけ好かないけど、真っ向から命をかけて戦ったんだ。キミは勝者だ。ならば勝者として堂々とマルコスの前に立て。それが戦いへの礼儀だ」
「レイチェル・・・うん。そうだな・・・分かった」
アラタはどうも腰が低い。実績を誇ろうともしない。
真面目で良いヤツだけど、男としてもっと自分を立ててもいいんじゃないかと思う。
リカルドの挑発的な性格を少しわけてやりたいくらいだ。
「・・・最後の戦いの時、男らしかったんだからさ、もっと自信もちなよ」
アタシはアラタの肩を軽く叩くと、アラタは少し笑った。
こういうのは、本当は彼女のカチュアがやるべきなんだが、あの子はそういう性格じゃないからな。
ちょっとお節介かもしれないけど、口出しさせてもらおうか。
その後、聞いた話では、ムラトシュウイチがなぜこの世界に来ているのか、アラタなりの仮説はあった。
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