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704 浅い眠り
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とても静かな夜だった。
外にはどっさりと雪が積もっているが、店内は空気を暖かくする魔道具で快適な温度を保たれているため、冬の寒さの影響はない。
そのためフロアにマットを敷いて、掛け布団一枚という備えでも風邪をひく心配はなかった。
女同士の話しが終わり、男達よりは早く眠りについたが、レイチェルは一時間程の浅い眠りで目が覚めてしまい体を起こした。
窓から差し込む月明かりを頼りに回りを見ると、みんなぐっすりと眠っている事が分かる。
レイチェルは音を立てないようにゆっくりと立ち上がると、静かにその場を離れた。
自分の担当する武器コーナーに行き、イスに腰を下ろす。
カウンターを見ると、買い取り台帳、日誌、作業を記録したノート類は、カウンターの端に平積みにされている。とりあえずまとめて置いたという印象だ。
レジ横には矢尻や弦、研ぎ石なども置いてあるが、レイチェルがロンズデールに発つ前と比べて、陳列は雑になっているし、補充も足りない。
「リカルドのヤツ、こういうところは本当にやる気がないんだな・・・」
フッと笑って、台帳や日誌をあるべき場所に戻しカウンターを整理していると、近づいて来る足音に気が付き顔を向けた。
「レイチェル、何してるの?」
ピンク色のパジャマに白いショールを肩からかけて、カチュアが武器カウンターの前に立った。
「カチュア、起こしちゃったかな?」
「うぅん、そんな事ないよ。なんとなく目が覚めちゃったの、そしたらレイチェルが歩いて行くのが見えたから、どうしたのかなって思って」
レイチェルがカウンター内に入ってくるように手招きすると、カチュアは回り込んで入り、レイチェルの隣の丸椅子に腰を下ろした。
「あ、レイチェル、このクッションすごく柔らかいね。どこで買ったの?」
適度な弾力と優しい座り心地のクッションに、カチュアが関心を持った顔を見せると、レイチェルは目を閉じて堪(こら)えるように笑い声を漏らした。
「・・・どうしたの?」
「カチュア、それはリカルドのだ」
「・・・・・うそ!リカルド君!?」
驚きのあまり、少し高い声を出してしまったカチュアに、レイチェルが口の前で人差し指を立てて、カチュアに笑いかける。
「あ、ご、ごめんね・・・でも、このクッションすごい高そうだよ?すごく柔らかいのに、反発力もあるし、中身もしっかり詰まってるみたい。リカルド君、こういうの気にしないよね?服だって着れればいいって感じだし、クッションにお金使うんなら、食べ物にまわすと思うんだけど・・・」
「そう思うでしょ?あいつ意外にデリケートで、お尻が痛いのは我慢できないみたいだよ?私もそのクッショに座らせてもらったけどすごいよね。それ、リカルドが実家から持ってきたんだって。お母さんの手作りみたいだよ」
リカルドの意外な一面にカチュアは笑いをこらえ、レイチェルも思い出したように小さく肩を震わせている。
「・・・静かだね」
「あぁ・・・静かだな」
笑いが治まると、カチュアは天井近くの高い窓に顔を向けた。
微かに差し込む月の明かりが店内に優しく注がれる。
「あまり、じっと見つめない方がいいぞ。トバリに気付かれる」
「うん・・・そうだね」
夜を支配するトバリは、家内にいれば食べられる事はない。
だが、外に視線を向けていればトバリに感づかれる事もある。
トバリに睨まれれば、それだけで体に大きな負担がかかる。それゆえに、夜は外に目を向ける事も躊躇(ためら)われているのだ。
「・・・レイチェル、何か心配ごとでもあるの?」
深夜に起きて、一人で寝床を出て行った。
その事にカチュアは、レイチェルが何かを抱えているのではと感じていた、
天井から視線を外し、顔半分程をレイチェルに向けると、レイチェルは目を閉じて前を向いたまま口を開いた。
「・・・色々と考えてしまってね・・・少し物思いにふけってしまったよ」
どこか寂し気な表情を見せるレイチェル。
「・・・うん、最近色々あったもんね」
マルゴン、偽国王、そして今回のロンズデールでの戦い。
ここ数か月の出来事を考えると、身の回りが慌ただしいなんて、生易しい言葉ではすまないレベルだった。
レイチェルが考えている事を推察したが、レイチェルの反応を見ると、どうやら少し違っていたようだ。
「あぁ、本当に色々あった。たった数ヶ月の間に、こんなに戦う事になるとは思わなかったよ・・・ところでカチュア、アラタとはいつ結婚式を挙げるんだ?」
「え、うん・・・アラタ君とは、ロンズデールから帰ってきたら結婚式を挙げようって話しはしてたの。だから年が明けたらかな、まだ具体的な日は決めてないけど」
「そうか・・・キミ達は本当にお互いを想い合っているのがよく分かる。カチュア、幸せになってくれよ」
「・・・レイチェル、うん、ありがとう」
かけてくれる言葉は優しいが、どこか寂し気な響きがある。
レイチェルの様子がいつもと違うと感じながら、カチュアはそれを確認する事はできなかった。
・・・多分、店長の事を考えているんだ。
「・・・さて、そろそろ戻ろうか。明日は早いからな」
「・・・うん、じゃあ戻ろっか」
立ち上がって前を行こうとするレイチェルの手を、カチュアがギュッと握ると、レイチェルは少し驚いたようにカチュアを見た。
「レイチェルの手、少し冷たいよ。こうすれば温かいよね」
「あはは、そうだな。カチュアの手は温かいな・・・うん、じゃあ行こうか」
月明かりが微かに照らす店内。
静寂の中、二人は温もりを確かめるように手を繋ぎながら歩いた。
外にはどっさりと雪が積もっているが、店内は空気を暖かくする魔道具で快適な温度を保たれているため、冬の寒さの影響はない。
そのためフロアにマットを敷いて、掛け布団一枚という備えでも風邪をひく心配はなかった。
女同士の話しが終わり、男達よりは早く眠りについたが、レイチェルは一時間程の浅い眠りで目が覚めてしまい体を起こした。
窓から差し込む月明かりを頼りに回りを見ると、みんなぐっすりと眠っている事が分かる。
レイチェルは音を立てないようにゆっくりと立ち上がると、静かにその場を離れた。
自分の担当する武器コーナーに行き、イスに腰を下ろす。
カウンターを見ると、買い取り台帳、日誌、作業を記録したノート類は、カウンターの端に平積みにされている。とりあえずまとめて置いたという印象だ。
レジ横には矢尻や弦、研ぎ石なども置いてあるが、レイチェルがロンズデールに発つ前と比べて、陳列は雑になっているし、補充も足りない。
「リカルドのヤツ、こういうところは本当にやる気がないんだな・・・」
フッと笑って、台帳や日誌をあるべき場所に戻しカウンターを整理していると、近づいて来る足音に気が付き顔を向けた。
「レイチェル、何してるの?」
ピンク色のパジャマに白いショールを肩からかけて、カチュアが武器カウンターの前に立った。
「カチュア、起こしちゃったかな?」
「うぅん、そんな事ないよ。なんとなく目が覚めちゃったの、そしたらレイチェルが歩いて行くのが見えたから、どうしたのかなって思って」
レイチェルがカウンター内に入ってくるように手招きすると、カチュアは回り込んで入り、レイチェルの隣の丸椅子に腰を下ろした。
「あ、レイチェル、このクッションすごく柔らかいね。どこで買ったの?」
適度な弾力と優しい座り心地のクッションに、カチュアが関心を持った顔を見せると、レイチェルは目を閉じて堪(こら)えるように笑い声を漏らした。
「・・・どうしたの?」
「カチュア、それはリカルドのだ」
「・・・・・うそ!リカルド君!?」
驚きのあまり、少し高い声を出してしまったカチュアに、レイチェルが口の前で人差し指を立てて、カチュアに笑いかける。
「あ、ご、ごめんね・・・でも、このクッションすごい高そうだよ?すごく柔らかいのに、反発力もあるし、中身もしっかり詰まってるみたい。リカルド君、こういうの気にしないよね?服だって着れればいいって感じだし、クッションにお金使うんなら、食べ物にまわすと思うんだけど・・・」
「そう思うでしょ?あいつ意外にデリケートで、お尻が痛いのは我慢できないみたいだよ?私もそのクッショに座らせてもらったけどすごいよね。それ、リカルドが実家から持ってきたんだって。お母さんの手作りみたいだよ」
リカルドの意外な一面にカチュアは笑いをこらえ、レイチェルも思い出したように小さく肩を震わせている。
「・・・静かだね」
「あぁ・・・静かだな」
笑いが治まると、カチュアは天井近くの高い窓に顔を向けた。
微かに差し込む月の明かりが店内に優しく注がれる。
「あまり、じっと見つめない方がいいぞ。トバリに気付かれる」
「うん・・・そうだね」
夜を支配するトバリは、家内にいれば食べられる事はない。
だが、外に視線を向けていればトバリに感づかれる事もある。
トバリに睨まれれば、それだけで体に大きな負担がかかる。それゆえに、夜は外に目を向ける事も躊躇(ためら)われているのだ。
「・・・レイチェル、何か心配ごとでもあるの?」
深夜に起きて、一人で寝床を出て行った。
その事にカチュアは、レイチェルが何かを抱えているのではと感じていた、
天井から視線を外し、顔半分程をレイチェルに向けると、レイチェルは目を閉じて前を向いたまま口を開いた。
「・・・色々と考えてしまってね・・・少し物思いにふけってしまったよ」
どこか寂し気な表情を見せるレイチェル。
「・・・うん、最近色々あったもんね」
マルゴン、偽国王、そして今回のロンズデールでの戦い。
ここ数か月の出来事を考えると、身の回りが慌ただしいなんて、生易しい言葉ではすまないレベルだった。
レイチェルが考えている事を推察したが、レイチェルの反応を見ると、どうやら少し違っていたようだ。
「あぁ、本当に色々あった。たった数ヶ月の間に、こんなに戦う事になるとは思わなかったよ・・・ところでカチュア、アラタとはいつ結婚式を挙げるんだ?」
「え、うん・・・アラタ君とは、ロンズデールから帰ってきたら結婚式を挙げようって話しはしてたの。だから年が明けたらかな、まだ具体的な日は決めてないけど」
「そうか・・・キミ達は本当にお互いを想い合っているのがよく分かる。カチュア、幸せになってくれよ」
「・・・レイチェル、うん、ありがとう」
かけてくれる言葉は優しいが、どこか寂し気な響きがある。
レイチェルの様子がいつもと違うと感じながら、カチュアはそれを確認する事はできなかった。
・・・多分、店長の事を考えているんだ。
「・・・さて、そろそろ戻ろうか。明日は早いからな」
「・・・うん、じゃあ戻ろっか」
立ち上がって前を行こうとするレイチェルの手を、カチュアがギュッと握ると、レイチェルは少し驚いたようにカチュアを見た。
「レイチェルの手、少し冷たいよ。こうすれば温かいよね」
「あはは、そうだな。カチュアの手は温かいな・・・うん、じゃあ行こうか」
月明かりが微かに照らす店内。
静寂の中、二人は温もりを確かめるように手を繋ぎながら歩いた。
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