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理太郎

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【926 皇帝の一言】

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「呼吸はありません。脈は・・・止まってますね。こいつは死んでおります」

皇帝に繰り返し生死の確認を問われ、ベン・フィングはウィッカーの呼吸、そして首に指を当てて脈拍の確認も行った。

「はぁ・・・はぁ・・・そうか・・・ベンよ、よくやったと褒めてやろう」

依然として息を切らし、立っている事さえ信じられない状態だったが、皇帝はウィッカーが死んだと聞き、ようやく表情を緩めた。

「ありがたきお言葉です」

胸に手を当て頭を下げると、ベンは動かなくなったウィッカーの背中を蹴り付けた。

「ブレンダン、ジャニス、ウィッカー、ジョルジュ、忌々しい連中がやっと死んだな。これで帝国の勝利は確実なものになった」

鬱憤を晴らすと、歪んだ笑みを浮かべながら、ベンは皇帝に向き直った。

「皇帝、それでは急ぎ白魔法使いを呼んでまいります」

そう告げると、ベンは身を翻してその場を後にした。


ベンの姿が見えなくなると、皇帝はその場に腰から崩れ落ちた。

「はぁッ・・・はぁッ・・・ぐ、うぅ・・・・・」

皇帝としてのプライドが、ベンの前で無様を晒す事を許さなかった。
皇帝は決して侮られてはならない。どれだけ重傷を負ったとしても、不甲斐ない姿を見せてはならない。それゆえに立ち上がったのだ。

しかし限界だった。

ベンが皇帝の状態を見て、白魔法使いを呼びに行ったのも当然の行動だった。
ベンは動揺を見せなかったが、全身を焼かれたその姿は、誰が見ても生きている事が不思議な状態だったのだから。


皇帝の状態がもう少し良ければ、ウィッカーの首を刎ねて、万に一つの紛れもない、完全な決着としていただろう。だがそれすら考える事ができない程、皇帝の状態は悪かった。
ベンに、ウィッカーの死を確認させただけで終わったのは、それだけで精一杯だったからだ。


「ぐっ、ここまで・・・追い詰められる、とはな・・・・・」

チラリと向けた視線の先には、粉々に砕けた砂時計があった。

時を止める事ができる、唯一無二の魔道具だった。
皇帝は強い。大陸最強と言っても過言ではない魔力を持ち、実力で皇帝の座にまで上り詰めた。
だがその皇帝を絶対者として君臨させていたのは、砂時計の力があってこそだった。

「くっ・・・忌々しい、カエストゥスめ・・・余の・・・砂、時計が・・・・・」



魔道具砂時計は、若かりし頃の、まだ皇帝に即位する前のローランド・ライアンが、城の宝物庫で偶然見つけた物だった。

沢山の輝かしい宝石や絵画、宝の山の中で、なぜかその砂時計が目に付いて、ローランドは砂時計を手に取った。

・・・こんな物あったか?

宝物庫に入ったのは初めてではない。ある程度の物には目を通したと思うが、こんな物は初めて見た。

最近新しく入った宝だろうか?一瞬そう考えたが、すぐにそれはないと分かった。
なぜならこの砂時計は、豪華な装飾が施されているわけではない。やや古ぼけているだけの、いたって普通のどこにでもある砂時計だったからだ。
間違っても宝物庫に置くにふさわしい物ではない。そう思ったが、なぜかローランドはその砂時計に興味をひかれ、宝物庫から持ち出したのだった。

本来、宝物庫から物を持ち出す場合は、皇帝の許可が必要だった。
ローランドも普段は皇帝に許可を取っていたのだが、この日は皇帝への報告はせずに黙って持ち出した。
その理由は、金銭的価値の無さそうな砂時計一つで、わざわざ皇帝への許可は求める必要もない。
そう考えての事だったが、直感でこの砂時計は皇帝にも誰にも見せない方がいい。
そう訴えてくる己の勘に従ったのだ。


そしてその判断は正しかった。
自室に戻り、砂時計を何度かひっくり返して観察してみた。
上から下へ砂が流れ落ちる。ただそれだけだった。やはりごく普通の砂時計である。

しかしローランドには、この砂時計が何の変哲もない、平凡な砂時計とはどうしても思えなかった。この砂時計にはなにかある。
もしや魔道具の類ではないか?そう思い、魔力を流して時計をひっくり返してみた。

その瞬間なにかが発動した。

何が起きたのかは分からない。だが何かが起きた事だけは感じ取れた。
自室を出ると、すぐに異変に気付いた。
メイドも使用人も警備兵も、誰もが微動だにせずに止まっているのだ。
声をかけても、肩を掴んでも全く反応しない。

いったい何が起きた?
さすがに状況が呑み込めず、混乱もしたが、すぐに一つの考えが頭に浮かんだ。


もしや、時間が止まっているのか?自分以外の全ての・・・・・


その考えが確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。

なぜこの砂時計が宝物庫にあったのか。
誰が何のために作ったのか。
なぜ自分以外、誰も見つけられなかったのか。

全ては謎のまま、何一つ分からなかった。

だが、ローランド・ライアンは、この砂時計の力で帝国の頂点として君臨してきた。
そしてその砂時計は壊れてしまった。

もう・・・二度と元には戻せない。



「余の、砂、時計が・・・こんな・・・クズに・・・」

ギリっと音が鳴る程に、強く歯を噛み締める。
己の魔力にも大きな自信を持っていたが、それでも砂時計は拠り所だった。
それが失われた事の動揺と喪失感は大きい。



「・・・皇帝、お待たせしました。腕利きの白魔法使いを連れて来ましたよ」

「・・・・・」

ベンが数人の白魔法使いを連れて戻って来た。
しかし皇帝は言葉は返さず、視線だけを向けて立ち上がった。

その険しい表情と、体から滲み出ているドス黒い魔力を見て、ベンも白魔法使い達も何かを察した。

ここまで追い詰められた事への怒りかと思った。当然それもあるだろうが、それだけではない。
そしてそれは触れていいものではない。それを察したからこそ、黙ってヒールをかけ始めた。


やがて危険な状態を脱し、治療がある程度のところまですすんだ時、それまで黙っていた皇帝が口を開き、一言だけ発した。


「・・・カエストゥスを消すぞ」
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