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洗濯の変態編6章:この世の誰にも

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短い有給が終わり、職場へ戻ると、又消化しなきゃいけない仕事が山ほど溜まっていた。彩響は朝のコーヒーを飲みながらパソコンの画面を確認する。しばらくして佐藤くんが入ってきた。


「お、主任、おはようございます。有給は楽しかったすか?」

「おはよう、佐藤くん。…楽しかったよ」

「どこか行って来たんすか?顔色良くなりましたよ。温泉とか?」

「いや、私は普通だよ」

「気のせいですかね…いや、でも以前より明るいのは確かですよ」


佐藤くんの言葉に鏡で確認しても、特には変化は感じない。もし本当に明るく見えるのなら、それは間違いなく家でもくもくと仕事しているあの家政夫さんのおかげだろう。まあ、佐藤くんに男の家政夫さんについて語るのもあれなので、彩響はそのまま笑い返した。


「そういえば、さっき大山編集長が主任を探してました」

「…部屋にいけばいいのかな?」

「そっすね。部屋で待ってると言ってましたので、行ってください」


又何を言い出すのか、嫌な予感しかしなかったけど彩響は何も言わずにそのまま編集長の部屋へ向かった。廊下に出ようとした瞬間、佐藤くんが後ろから呼び止めた。


「峯野主任」

「…どうしたの?」

「あの、俺がこんなこと言うのもあれなんすけど…なんか困っていることがありましたら言って下さい。話くらいはいくらでも聞けますよ」

「…?どうしたの、急に」

「いや、俺いつも主任にお世話になってるんで、なんか力になりたいと思っただけなんす」


佐藤くんの言葉は軽いけど、どこか鋭い部分があった。彼はきっとこの戦場のような職場で唯一彩響のことを真剣に思ってくれる人なんだろう。しかしここで本当にあれこれ言ったら、それこそ「頼りのない先輩」になってしまう。やっぱり「女の上司は嫌だー」といわれるのは死んでも嫌だった。


「…ありがとう、佐藤くん。でも私は何の問題もないから、心配しないで」


そう言って彩響はそのまま廊下に出た。これからはもっとしっかりした姿を見せなきゃ、改めてそう考えた。






いつ来てもここは慣れない。彩響は深呼吸して扉を開けた。中にはなるべく顔の見たくないあいつが座っていた。


「編集長、なにか御用でしたか?」

「峯野、来たか。ちょっとそこに座れよ」


言われるまま客用のソファーに座ると、編集長がそのすぐ隣に座った。嫌な予感で体を引くと、彼が気持ち悪い微笑を見せる。


「休暇はどうだった?」

「…おかげさまで、楽しかったです」

「へえーそうなんだ。どこ行って来たの?俺も連れて行けばもっと楽しかったのに」


行く直前はあれだけ嫌味を言っておいて、今日はなぜか気が変わったらしい。適当な返事を準備していると、太ももに変な感触が当たった。顔を上げても、編集長は驚く様子も見せない。


「大山編集長、今なにしてますか?」

「なんだよ、そんな硬くなって。リラックスしなよ、リラックス」

「今すぐこの手を離してください。御用がないなら私は業務に戻ります」

「まあそんなこと言うなよ。お前、又別のやつに昇進のチャンス取られたんだって?慰めてあげようと思って呼んだのに、つれないなあ」


今すぐこのくそ野郎の顔をぶん殴りたい気持ちを必死に抑えて、彩響は編集長の手を自分の体から離した。それでも大山は諦めず、今回はもっと体を密着して背中を撫で始めた。背中のブラの部分を何回か撫でて、彼がささやく。


「なあ、お前もそろそろ会社でいい肩書き欲しいだろう?どうせ女にはチャンス来ないから、俺と仲良くしようぜ。だったら次の昇進審査、俺が必ず力になるぞ」


「いいえ、結構です。私は自分のポジションに満足していますので、お気遣いは無用です」

「そんなこと言わずに…今日、嫁が子供連れて実家に帰ってるんだよ。だから今日帰りにいいところでご飯奢ってあげるぜ。お前とじっくり話したいこともいろいろあったんだよな」
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