【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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し、嫉妬……ってバアルさんが、俺に?

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 木が軋むような重たい音の後に吹いてきた、心地のいい風。丁度いい冷たさが、いまだに熱を保ち続けている俺の頬を撫でていく。

「アオイ様」

 耳元で響く聞き心地のいい低音からの呼び掛けに、おそるおそる押しつけていた顔を離す。見上げた先で、口元を綻ばせた彼が映った。

 うららかな日差しを浴びて煌めく緑の瞳を細め、俺を誘うように視線を周囲へと移す。

 促され、見回した景色は、まるでテーマパークかファンタジーに出てくるお城の中庭みたいで。淡いピンクや薄紫色の水晶で出来た花が咲き乱れ、中央にある噴水の飛沫が宙に虹をかけていた。

「スゴく、素敵なお庭ですね……」

 よく、言葉にならないほど美しいっていう言い方を聞くけども、身をもって知ることになるとはなぁ。

「お褒めに預かり光栄です」

 もっと、こう、いい感想が言えたらいいのに、本当に月並みな言葉しか出てこない。

 ぽけーっと口を開けたまま、彼の腕の中から身を乗り出し、きょろきょろと見回してしまっていた。

 バアルさんが、繊細な物でも扱っているかのように丁重に、俺を抱き下ろしてくれる。胸に手を当て、ピシリと伸びた長身を傾け、綺麗な角度のついたお辞儀を披露する。

「貴方様から、そのようなお言葉を頂けたと知れば、庭師も大層お喜びになるでしょう」

 まるで自分のことかのように、渋い目尻のシワを深めた彼の腕は、ごく自然に俺の腰に回される。

 そのままぴたりと密着した状態で、俺の歩幅に合わせてゆっくりと、青白い石造りの道を歩み始めてしまった。

 今まで散々、それこそ、彼から香る優しいハーブの匂いが服に移ってしまいそうなくらい、くっついていた。

 とはいえ、至近距離に彼の柔らかい笑顔があると、やっぱり指先は勝手に震えてしまう。心臓もドキドキと、はしゃぎ始めるもんだから困ってしまう。

「そ、そんな……大げさじゃ、ありませんか?」

 すでに俺は、幻想的な景色を楽しむ余裕なんて、すっかりなくなってしまっていた。頭の中のほとんどが、バアルさんでいっぱいになってしまっていた。

 だから、せめてもと会話に意識を集中させようとしていたのだ。なのに。

「アオイ様のように、愛らしい御方からお褒めの言葉を頂いて、喜ばない者など、この城には居りません」

 曇りのない真っ直ぐな眼差しを向け、さも当然のことのようにキッパリと、俺が何やらありがたい存在であると断言してきた。だけじゃない。

「現に、先ほども城内を歩くだけで、数多の熱い眼差しを向けられてしまったではございませんか」

 いつも淡々と、落ち着いた口調の彼にしては珍しく語気を強め、苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めた。

 とてもじゃないが信じられない彼の発言に、いい意味で気が逸れたんだろうか。ふわふわしていた気持ちが少しだけ落ちつきを取り戻す。

 が、つかの間だった。

「全くもって、思い出せば出すほどに、嫉妬で腸が煮えくり返ってしまいそうです……やはり、より一層、あの場で見せつけておくべきでしたね……」

 続く彼の発言が、心のど真ん中へと、ものの見事にぶっ刺さってしまったせいだ。おもちゃ箱をひっくり返したみたいに、一気に頭の中がとっ散らかってしまった。

 え……し、嫉妬…………ってバアルさんが……俺に?

 見せつけるって、人前なのに……き、キスしてくれたのって…………まさか……

 いやいや、そんな……俺と違って大人で、言葉遣いも、立ち振舞いもスマートな彼が。ちょっと人間が物珍しかったから、見られていただけなのに。人のものをジロジロ見るな、なんて、そんな独占欲丸出しの牽制、周りにする訳がないだろ……

 まぁ、万が一そうだったとしても、嬉しさしかないけれど。

 そもそも、俺としては、彼以外のものになるなんて考えられないというか。なんなら俺があげられるものなら、全部あげても構わないというか。むしろあげたいというか……って何を考えているんだ。俺は。

「かといって、あのように可愛らしく恥じらうお姿を、目に入れさせるのも業腹ですし……」

 浮かれきった頭で俺が、一人でぐるぐると思考を回している間にも、彼の口はブツブツと不満をこぼし続けていた。

 聞かないようにしていても聞こえてしまう言葉の一つ一つが、飛躍しまくっているハズの俺の考えを裏付けているように感じてしまう。

「あ、あのっ……俺は、バアルさんしか見えてませんからっ」

 気がつけば俺は、口走ってしまっていた。

 後から思い出してみても、顔から火が出そうなどころか、ちゃんとフォローになっているかも分からないことを。


 立ち尽くしたままバアルさんは、指先や触覚、羽さえも動かさなくなってしまっていた。大きく見開かれた瞳だけが、ゆらりと俺に向けられる。

 心の奥まで覗き込むように、しげしげと見つめ続ける眼差しに、なんだか居たたまれなくなってしまう。

「あー……いや、だから…………その、周りの方々のことは気にしていなかったというか」

 思わず顔ごと目を背けてしまったけれど、一度開いた口は止まらない。

「俺からしたら……バアルさんに皆さんから好意の目が向けられていたことの方が、気が気でなかったというか」

 特に促された訳でも、聞かれた訳でもないのに、ペラペラと自分の胸の内を言葉にしてしまっていた。彼の前で、つまびらかに並べ立ててしまっていた。

「つまり、何が言いたいかっていうと……」

「……下さったのですか?」

「へ?」

 ぽつりと落ちた、小さな彼の呟きに向き直れば、白い頬がほんのり染まっていた。

「アオイ様も……私に対して嫉妬なさって下さったのですか?」

 彼の胸元を彩っている銀のネクタイピン。その端で、ちょこんと輝く琥珀色の石の表面を、優しくなぞっていた指先が、おずおずと伸びてくる。

 俺の髪に触れ、目尻を滑るように撫でていき、頬にそっと添えられる。

「あ……はい。でも、バアルさんは素敵な人だから、皆さんが見惚れてしまうのも仕方ないかなって。俺も、つい見ちゃ……」

 まだ紡いでいた最中の俺の言葉は、飛び込むように彼の胸元にぶつかったせいで遮られた。

 勢いよく引き寄せられたのと同じくらいに強い力で、抱き締められてしまったことで、顔から出た湯気と一緒に、はるか遠くへ飛んでいってしまった。
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