43 / 1,566
あともうちょっとだけ、右にズレてくれていたのなら……
しおりを挟む
すっかり汗をかいてしまった、グラスの水を一気に流し込む。
ふんだんに使われている、レモンのお陰だろう。生クリームとメイプルシロップで甘ったるくなっていた口の中が、さっぱりした。
「失礼致します」
さすがというかなんというか。
気配り上手な彼ことバアルさんは、俺がピッチャーの方をちらりと見ただけで、流れるような動作で空のグラスに水を注ぎ、ふわりと微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
正直、心臓に悪い。
いつもの青いシャンデリアではなく、自然光によって淡い光を帯びた、眼差し。いくつもの六角形のレンズで構成された、鮮やかな緑の複眼が細められただけでも、顔に熱が集まっていくのが分かる。なのに、綺麗に整えられた白い髭が似合う、彼の温かい笑顔は抜群だ。俺にとっては。
ただでさえ、ほんの少し前の食べさせ合いっこで、ドキドキしっぱなしだった俺の心臓を鷲掴んで離さない。
……気をしっかりもたないと。少しでも抜いてしまえば、あっという間にだらしなく頬が下がってしまいそうだ。
「アオイ様」
「は、はい。なんですか? バアルさ……」
緑の瞳とかち合ったのと、白い手袋に覆われた指先が、俺の顎を持ち上げたのは、ほぼ同時だった。
やっぱりカッコいいな……
ゆっくり近づいてくる彫りの深い顔立ちに、つい見惚れてしまっている内に、何か柔らかいものが口の端ギリギリに触れてから離れていった。
「失礼、クリームがついておりましたので」
なんでもなかったかのように、バアルさんは、穏やかな低音で淡々と、先程の行動についての理由を述べた。
その長い指で、テラス席を吹き抜ける風によって弄ばれた俺の髪を、梳くように整えてくれてから、ゆるりと目を細める。
「ああ、ありがとう……ござい、ます……」
「いえ」
柔らかい笑みを湛え、短く応えたバアルさんは、何だか上機嫌そう。かっちりと撫でつけれた、オールバックの生え際に生えている触覚を揺らしたり、背にある半透明の羽をはためかせてはいる。
とはいえ、その表情は至っていつも通り平静そのもの。だから一瞬、俺自身も流そうとしていた。
……なんだ、クリームか。
パンケーキの最後の一切れ、結構大きかったもんなぁ。わざわざ取ってくれたのか、優しいなぁ……
勿論、流せるハズがなかったのだけれど。それどころか冷静になればなるほど、彼の行動を反芻してしまったのだけれど。
いやいやいや、いやいやいや……今の口で、だっただろ……
く、唇で直になんて……そんなの、ほぼキスじゃないか。実際ちょっと触れちゃったし……
今までは、手だったり額とか頬だったけど。いや、それだけでも、してくれるだけでも十分嬉しかったんだけどさ。
さっきのは、ヤバイ。胸がいっぱい過ぎて処理できない。なんか目の奥が熱くなってきてるし。
……いや、落ち着け、冷静になれ。
バアルさんは俺の為に、俺が恥をかかないように、クリームを取ってくれただけなんだから。でも……
もう、あとちょっと、ほんの少しだけでも右にズレてくれていたらなぁ…………って何を考えているんだ。俺は。
「アオイ様」
「ひゃいっ」
世話好きな彼のご厚意に対して、不純な気持ちを抱いてしまったせいだ。
声が盛大に裏返るどころか、二人がけのベンチが音を立てて揺れるほど、全身を跳ねさせてしまった。
「午後からのご予定は、いかがなさいますか?」
明らかに挙動不審な俺に対して、優しい彼は特に追求するわけでもなく、両手で俺の手を包み込んで握りしめ、顔を覗き込むように首を傾げる。
「貴方様さえ宜しければ、城内の散策などいかがでしょう?」
いまだ思考回路が熱を持っているせいで、返事もまともに出来なかった。そんな俺の代わりにしてくれた、彼からの魅力的な提案に、ようやく浮かれまくっていた脳内が少し冷静さを取り戻した。
ふんだんに使われている、レモンのお陰だろう。生クリームとメイプルシロップで甘ったるくなっていた口の中が、さっぱりした。
「失礼致します」
さすがというかなんというか。
気配り上手な彼ことバアルさんは、俺がピッチャーの方をちらりと見ただけで、流れるような動作で空のグラスに水を注ぎ、ふわりと微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
正直、心臓に悪い。
いつもの青いシャンデリアではなく、自然光によって淡い光を帯びた、眼差し。いくつもの六角形のレンズで構成された、鮮やかな緑の複眼が細められただけでも、顔に熱が集まっていくのが分かる。なのに、綺麗に整えられた白い髭が似合う、彼の温かい笑顔は抜群だ。俺にとっては。
ただでさえ、ほんの少し前の食べさせ合いっこで、ドキドキしっぱなしだった俺の心臓を鷲掴んで離さない。
……気をしっかりもたないと。少しでも抜いてしまえば、あっという間にだらしなく頬が下がってしまいそうだ。
「アオイ様」
「は、はい。なんですか? バアルさ……」
緑の瞳とかち合ったのと、白い手袋に覆われた指先が、俺の顎を持ち上げたのは、ほぼ同時だった。
やっぱりカッコいいな……
ゆっくり近づいてくる彫りの深い顔立ちに、つい見惚れてしまっている内に、何か柔らかいものが口の端ギリギリに触れてから離れていった。
「失礼、クリームがついておりましたので」
なんでもなかったかのように、バアルさんは、穏やかな低音で淡々と、先程の行動についての理由を述べた。
その長い指で、テラス席を吹き抜ける風によって弄ばれた俺の髪を、梳くように整えてくれてから、ゆるりと目を細める。
「ああ、ありがとう……ござい、ます……」
「いえ」
柔らかい笑みを湛え、短く応えたバアルさんは、何だか上機嫌そう。かっちりと撫でつけれた、オールバックの生え際に生えている触覚を揺らしたり、背にある半透明の羽をはためかせてはいる。
とはいえ、その表情は至っていつも通り平静そのもの。だから一瞬、俺自身も流そうとしていた。
……なんだ、クリームか。
パンケーキの最後の一切れ、結構大きかったもんなぁ。わざわざ取ってくれたのか、優しいなぁ……
勿論、流せるハズがなかったのだけれど。それどころか冷静になればなるほど、彼の行動を反芻してしまったのだけれど。
いやいやいや、いやいやいや……今の口で、だっただろ……
く、唇で直になんて……そんなの、ほぼキスじゃないか。実際ちょっと触れちゃったし……
今までは、手だったり額とか頬だったけど。いや、それだけでも、してくれるだけでも十分嬉しかったんだけどさ。
さっきのは、ヤバイ。胸がいっぱい過ぎて処理できない。なんか目の奥が熱くなってきてるし。
……いや、落ち着け、冷静になれ。
バアルさんは俺の為に、俺が恥をかかないように、クリームを取ってくれただけなんだから。でも……
もう、あとちょっと、ほんの少しだけでも右にズレてくれていたらなぁ…………って何を考えているんだ。俺は。
「アオイ様」
「ひゃいっ」
世話好きな彼のご厚意に対して、不純な気持ちを抱いてしまったせいだ。
声が盛大に裏返るどころか、二人がけのベンチが音を立てて揺れるほど、全身を跳ねさせてしまった。
「午後からのご予定は、いかがなさいますか?」
明らかに挙動不審な俺に対して、優しい彼は特に追求するわけでもなく、両手で俺の手を包み込んで握りしめ、顔を覗き込むように首を傾げる。
「貴方様さえ宜しければ、城内の散策などいかがでしょう?」
いまだ思考回路が熱を持っているせいで、返事もまともに出来なかった。そんな俺の代わりにしてくれた、彼からの魅力的な提案に、ようやく浮かれまくっていた脳内が少し冷静さを取り戻した。
157
あなたにおすすめの小説
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる