【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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それぞれのお菓子に込められた言葉

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 よっぽど俺の伝染力は強かったんだろうか。俺だけじゃなく、グリムさんにヨミ様、最終的にはクロウさんにまでうつっていた。

 傍から見たら、さぞ混沌としていたことだろう。参加者全員が鼻をすすり、涙を滲ませ、美味しいですね……とお菓子と紅茶に舌鼓を打っている様は。

 とはいえ、あらかた食べ終えた頃には止まっていたけどな。やっぱりお菓子は偉大だ。甘いは幸せ、美味しいは正義だからな。

 ついさっきまで部屋の中を満たしていた甘い香りに、明るいざわめき。それらが薄れ、俺とバアルさんの二人だけに戻った室内に、穏やかな沈黙が流れていく。

 そんなまったりとした空気の中、俺はウトウト微睡んでいた。ソファーに背中を預けているバアルさんの腕に抱かれて。

 だって、仕方がない。好きな人の引き締まった太ももの上に、お邪魔させてもらっているだけでも十分過ぎるのに。スーツの上からでもむっちりとした弾力を感じられる、逞しい胸元に寄りかかれるという贅沢。それらを思う存分満喫しつつ、頭を、背中を、頬をゆったり撫でてくれる温かい手が、さらなる癒やしを与えてくれるんだから。

 だらーんと四肢を投げ出してしまってるのも、だらしなく緩みまくった顔を晒してしまってるのも、全部仕方がないことだ。うん。

「それにしても、ホワイトデーとは大変趣深い文化でございますね。贈るお菓子によっても意味が変わるのですから」

「……え? お菓子自体にも、意味が有ったんですか?」

 なんの気なしに振られた話題。それによって、ぼんやりしていた頭が一気に冴えていく。

 ……そういえば、皆さん違うものを作られていたよな。てっきり、それぞれが得意なものを作ってるんだと思ってたけど。

 今日ほど自分の無知を思い知ったことはないな。全部、現世での知識というか、雑学なのに。俺の方が知らないなんてさ。

「ええ。例えばヨミ様がお作りになられたカップケーキ、クロウさんが作られたマカロン、この二つには『貴方は特別な存在』という意味がございます」

「へぇ……」

 コクのあるバタークリームが後を引くカップケーキ、表面はサックリ中はしっとりなマカロン。お二人からいただいた甘い幸せの味を思い出して、胸の辺りが少し擽ったくなる。

 バアルさんが俺に教えてくれたってことは、知ってたってことだ。ヨミ様もクロウさんも。

 自惚れても、いいのかな? 二人から……特別な友達だって思ってもらえてるって。

「ところでアオイ様、私が贈った飴には……どんな意味が込められていると思いますか?」

 柔らかい低音が、ほんのりと甘さを帯びていく。恭しく手を取られ、するりと絡んだ指に、大きく跳ねた鼓動がドキドキと走り出す。

「ど、どんな意味なんでしょう?」

 ただでさえ情けのない声を出してしまった喉が、ますますきゅっとなってしまった。ゆっくりと距離を詰めてきた彫りの深い顔に、ふわりと浮かんだ艷やかな笑みに魅入られて。

 鮮やかな緑の瞳に妖しい光を宿し、背筋がぞくぞくするような声で彼が囁く。

「貴方が好きです」

「ふぇ……」

「貴方を愛し続けます」

「あ、ぅ……」

 ……今朝思った通りだ。やっぱり心臓がもちそうにない。誰か、誰でもいい、骨だけでも拾ってくれ。俺はもうムリだ。

 怒涛のコンボに頭がくらくらする。開きっぱなしの口を鯉みたいにぱくぱくさせている俺を見て、バアルさんが満足そうに笑みを深める。とっても楽しそうで、何よりだ。触覚をゆらゆらさせ、透き通った羽をぱたぱたさせていらっしゃる。

 不意に、悪戯っぽい笑みを描いた唇が俺の頬に優しく触れてから、耳元で小さな吐息を漏らす。

「……という意味が込められているそうです」

「ひょわ……」

 思わず全身を、びくんっと跳ねさせてしまった。クスリと微笑む彼の白く長い指先が、俺の口をちょんとつつく。飴玉は固く、口の中で甘い味が長く続くことからだそうです……と付け加えながら。

「因みに、味によってもそれぞれ意味が異なるのだと、お聞きしました」

 そう続ける彼の手のひらに、ぽぽんっとバアルさんの手作り飴細工が現れる。

「ふぇ? これ、ぜ、全部違うんですか? 意味が?」

 まさか、そんなに奥深いとは。確かに、それならバアルさんが「趣き深い文化」って言っていたのも分かるな。

 自分の意志を持っているかのようにふわふわと浮かぶ、紫、黄色、緑、赤、そしてオレンジのバラ。そのうちの紫と黄色を順々に、しなやかな指が指し示す。

「はい。此方のぶどうは……酔いしれる恋、レモンは真実の愛……」

 思っていた以上に情熱的だ。相槌を打つことすら忘れるほどに。

「そしてリンゴは」

 見つめ合う俺達の間で、緑のバラがふわりと浮かぶ。

「運命の相手」

 ゆっくりと囁く唇が、スローモーションみたいに見えた。

「どれも、貴方様に贈るには……ぴったりの言葉でしょう?」

「そ、そうでふね……」

 あんなに饒舌だったのに、ピタリと口を閉ざしてしまっていた。小さく頷いてそれっきり。ただ、熱い眼差しは、俺を捉えて離さないのだけれども。

「あっ、あの……イチゴとオレンジにもあるんですよね? やっぱり……」

 間違いだった。心臓が壊れてしまいそうな甘い沈黙に堪えきれず、話題を振ってしまったのは。待っていましたと言わんばかりに、艶のある笑みが深くなっていく。

「ええ、ございますよ。イチゴは結婚、オレンジは幸せな花嫁……という意味が」

「けっ!? 花っ!?」

 くすくすと笑みをこぼしながら「ああ、やはり貴方様にぴったりですね……」と瞳をうっとり細め、口づけてくれる。より意識させるみたいに、左手の薬指で光る銀の輪へと。

「その……が、頑張ります……俺。料理、バアルさんの好きな物が、作れるように……」

 今の俺としては精一杯なんだけれど、彼からしたら遠回し過ぎる決意表明。それでも、優しい彼は嬉しそうに微笑んでくれた。

「楽しみに、お待ちしております」

 いっぱい抱き締めてくれたんだ。
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