【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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バアルさんが喜んでくれるんだったら……愛してくれるんだったら

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 先程のように自然体で構いませんよ、と言ってもらえても、やっぱり意識してしまうし緊張してしまう。彼の期待に応えなければ! と意気込んでいるもんだから余計に。

 とはいえ流石、ダンスだろうが武術だろうが……はたまた焼き菓子作りだろうが、そつなくこなすバアルさんだ。やはり撮影に関しても手慣れていた。

「では、こちらを向いて頂けませんか? はい……いい子ですね」

「アオイ様、折角ですので……先程購入したヘアピンをお付けしても宜しいでしょうか? ……ああ、やはり大変お似合いです……」

「はい、もう一口どうぞ…………おや、私めにも頂けるのですか? ふふ、ありがとうございます」

 変に力みまくっていた表情筋も、石像みたく硬直していた全身も、大きな手によしよし褒めてもらえる度にみるみる緩んでいく。

 そうして、テーブルの上に設置された、緑色に輝く手のひらサイズの結晶。投影石が、数回瞬き終えた頃には、すっかりいつも通り。逞しい腕の中でふにゃふにゃになってしまっていた。

 写真を取っていたことなんて、すっかり忘れてしまっていた。それどころか、バアルさんと二人っきりの甘い時間を完全に楽しんでいたんだ。

 いまだパシャパシャと瞬き続けている投影石の前で堂々と、あーんしてもらったお返しに、しまりのない顔でアイスとクリームを乗せたスプーンを差し出すくらいに。

 唐突にフッと冷静さを取り戻した頭の片隅が、ぽつりと囁く。……単に俺が単純過ぎるというか、チョロいだけなんじゃないか? と。だが、それも一瞬の間だけだった。

「私の可愛いアオイ……どうかもう一度、愛らしい笑顔を見せて頂けませんか?」

「は、はぃ……」

 頭の中一面にぶわりとお花が咲き乱れ、浮かれた熱でぽやぽやしてしまう。胸がきゅっと高鳴る優しい声にお願いされ、蕩けるような微笑みを向けてもらえて。

 またしてもすっかり頭から、撮影をしているという事実が抜け落ちた時だった。

 わざとらしいリップ音と共に、柔らかく馴染みのある感触が、頬にそっと触れてから離れていったのは。

「ふぁっ……ちょっ、え?」

 視界の端で緑の光が瞬く。おそらくばっちり撮られてしまったんだろう。彼が俺にキスしてくれた瞬間は勿論、だらしなく緩んだ頬を押さえている俺の現状も。

「……ば、バアルさん?」

「……失礼致しました」

 重なり、繋がれた彼の手が熱い。珍しく俺よりも。吊り下げ照明の灯りを受け、淡い光を帯びた羽がどこか落ち着きなくはためいていた。

「実は……ヨミ様より、愛する御方と写真を取る際は、頬に口づけるポーズが定番だ……とお教え頂きまして……」

 緩く後ろに撫でつけていた白く艷やかな髪が、滑らかな頬にさらりとかかっている。赤く染まった耳へとかけながら「ぜひ一度、貴方様と実践したいと思っておりました」と微笑んだ。

 ……かわいい。

 俺は拝み、心の底から感謝した。素敵なお助言をしてくださった現地獄の王であり、俺の雇い主様でもあるヨミ様に。そんでもって心に誓った。お土産用のバームクーヘンは大奮発しようと。

「宜しければ……貴方様から私めにも、同様のポーズをお願い致したく存じます」

「あ、はい……勿論」

 気がつけば、躊躇なく首を縦に振っていた。すっかり見惚れてしまっていたからだ。白く長い睫毛に縁取られた、宝石のように煌めく緑の瞳に。

「誠でございますか? ありがとうございます……」

 まだ、俺は気づかない。好きな人が、心の底から嬉しそうに微笑む様にしっかりハートをキャッチされ、任せてください! なんて調子のいいことを言っている俺は。

 ようやく気がついたのは、引き締まった腕に腰を抱き寄せられ、細く長い指先からちょんちょんと場所を示された時だった。

「……では、こちらにお願い致します」

 ……あれ、もしかしなくても俺、とんでもないことを承諾してしまったんじゃないか?

 俺からってだけでも滅茶苦茶勇気を消費しちゃうのに、投影石の前でするなんて……写真として形に残すなんて……

 自覚した途端にウキウキしていたはずの心臓が暴れ出し、一気に熱くなった身体が震え出す。でも、後には引けなかった。

 そわそわと触覚と羽を揺らして待つバアルさんを前にして、後に引ける訳がなかった。

「……失礼します」

 もう、成るように成れ!

 込み上げ続ける恥ずかしさを全力で無視して彼の肩に手を置く。

 いつもしてるんだからさ、もう慣れっこだろ? と自分で自分に言い聞かせたものの、身体の震えが止まらない。

 当然だが、相変わらずヘタれまくってる俺が彼のようにスマートにこなせる訳もなく。目をしっかりつぶったまま、滑らかな頬に押しつけるのが精一杯だったんだ。

 見なくても分かってはいたが、やっぱり結果は散々だった。二人で確認したカメラロールには、顔を真っ赤にした俺が、優しく微笑む彼の頬に、アヒルみたく尖った口を押しつける様子が記録されてしまっている。

 比べるまでもないが、月とスッポンだ。きょとんとしている俺の頬にさり気なく口づけてくれている、色気あふれるバアルさんのカッコいい表情とは。

 思わず下を向いた視線と一緒に気持ちまで落ちていく。でも、底の底まで行き着くことはなかった。

「やはり貴方様は大変お可愛らしい……勿論、私の目の前で微笑んで頂ける御姿が、一番でございますが……」

 穏やかな低音につられて見上げた先で、柔らかい眼差しと合う。すでに、単純過ぎる俺の心のグラフはV字回復しかかっていたが、ますます右肩上がりにぐんぐん伸びていくことになる。

「ホント……ですか? ……変な顔……しちゃってますよ? ……俺」

「……私は大変愛らしく存じております。コロコロと変わるアオイ様の表情全てが、私の心を掴んで離しませんので」

 一切曇のない、澄んだ眼差しから真っ直ぐに見つめられて。大きな手から、頭や頬を優しい手つきで撫でてもらって。

 どんな俺でもいいんだなって思えたんだ。バアルさんが喜んでくれるんだったら……あ、愛してくれるんだったらさ。

「っ……あ、ありがとう……ございます……」

「此方こそ、私めの我儘にお付き合い頂きありがとうございます」

「こ、こんなの全っ然我儘な内に入りませんよ! ……俺も、楽しかったですし、滅茶苦茶」

 胸に手を当て小さく会釈した、律儀な彼の手を掴んで握り、気持ちを伝える。結局、俺はまた天井を仰ぐことになってしまった。

「誠でございますか? ……私も、大変楽しい時間を過ごすことが出来ました」

 太陽よりも眩しい満面の笑みを、間近でもらってしまって。一発で鷲掴みにされてしまったんだ。はしゃぎっぱなしの心を。

 予想通り、すぐさま引き締まった腕に抱き止めてもらえた。もらえたんだけど……湯気が出ていそうなくらいに顔を熱くしたまま、ぐったりと力が抜けた全身を預ける形になってしまった。

 しばらく、ひと回り大きな手に全身をゆるゆる労られ、甘やかされ。無事復活した俺は、残りのパフェを余すことなく楽しんだ。バアルさんと食べさせ合いっこをしながら。

 お食事の代金は二人で半分こにした。隣で黒革のサイフを取り出していた彼の口が、少し残念そうに歪んでいたけれど、全力で見ていないフリを決め込んだ。
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