【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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ヨミ様特製カップケーキ

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 再び術によって戻った、ファンタジーな貴族の方々が暮らしていそうな気品あふれる室内。踏み心地のいい絨毯の上に、デンっと構えた広く大きなテーブル。その天板一面を、色鮮やかなお菓子たちが覆い尽くす。

 黄金色の生地の上にぽてりと丸く、ぐるぐると渦巻き状に、あるいは満開に咲く花びらのようにカラフルなクリームでデコレーションされたカップケーキ。丸く可愛らしい色とりどりのマカロン。五枚の花びらを合わせた、星型に咲く飴細工。

 三種類とも示し合わせたように赤、緑、オレンジ、黄色、紫の五色に彩られている。後は青と藍色が揃えば虹色だな。

 ふと向かいのソファーに目がいく。ふにゃりと頬を綻ばせ、そわそわと小さな身体を揺らすグリムさん。丸く輝く薄紫の眼差しは、ちらちらと隣を見ている。いつものお揃いな死神の装い、灰色のフードマントに着替えたクロウさんの手元ばかりを。

 なんだろう? と浮かんだ疑問はすぐに……ああ、成る程、と解消された。彼が膝の上に大事そうに抱えた、透明な袋を見つけて。

 真っ白なカゴを包み込み、紫のリボンで結ばれたプレゼント。カゴの中は勿論、ハートの形をした薄紫色のマカロンでいっぱいだ。

 そりゃあ、気になっちゃうよな。仕方がない。クロウさんも気づいているんだろう。わくわくを隠しきれていないグリムさんの視線に。なんせ、耳が真っ赤かだ。精一杯、涼しい表情を保ってはいるんだけどさ。

 お向かいの微笑ましい光景にほっこりしていると、甘い香りに混じって覚えのある花の香りが漂い始める。バアルさんの紅茶だ。

 ほんのり甘い湯気を漂わせている白い陶器のティーカップ。それらが少しも音を鳴らさずに、丁重に皆さんの前に置かれたソーサーへ乗せられていく。執事服姿のバアルさんの手によって、主であるヨミ様から始まり順々に。

 カッコいいな……動きに無駄がないっていうか、洗練されているっていうか……とにかくキレイだ。

 さっきのグリムさんのもそうだけど、熱心な視線ってのは分かりやすい。向けられた方は勿論、傍から見ていても。案の定、俺も気づかれた。淡い光を帯びた緑の眼差しが俺を捉え、穏やかな笑みが擽ったそうに深くなる。

 心なしか足早に戻り、隣へと腰掛けたバアルさん。さり気なく俺の肩を抱き寄せ、指を絡めて繋いだ彼の全身からは喜びがあふれていた。ゆらゆら、ぱたぱたと上機嫌に揺れ、はためいている。ぴんっと立った触覚が、ぶわりと広がった透明な羽が。

「アオイ様、ただいま戻りました」

「お、お帰りなさい、バアルさん」

 ……顔が熱い。恥ずかしいのと嬉しいのとで。どこからともなく現れた、揃いの花柄のカップ。俺達のティーカップが、ふわふわと自動的に浮かぶティーポットによって飴色の液体で満たされていく。

「では、お茶も行き渡ったところで、始めようか」

 いつの間にか、彼専用と化したひとりがけソファーで、すらりと伸びた足を組むヨミ様。乾杯の音頭を取るように、優雅に紅茶を掲げるそのお姿はスゴく絵になる。おしゃれな装飾が施されたソファー、金糸で彩られた黒の片マントがエレガントな貴族服、それから威厳たっぷりな微笑みも相まって。

「ご苦労だったな、バアル」

「いえ」

 これまた絵になるな。真っ赤な瞳を細めるヨミ様、そして胸に手を当て会釈するバアルさん。何かの物語のワンシーンみたいだ。

 交互に二人を眺めていると、不意に細められた瞳とかち合う。口の端をニッと持ち上げ、真っ黒な羽をバサリと広げたヨミ様が、カップケーキが盛られた皿を指し示した。

「さあ、さあ! 皆の者! 特に、アオイ殿っ! 早速ではあるが、私のカップケーキを食べてみてはくれないか?! 自信作であるぞ! 因みに、味見役のコルテからも『バッチリ!!』と太鼓判を押され済みだ!」

 勢いよく横に伸ばした手のひらの上に、ポンッと緑の粒が、バアルさんの従者であるハエのコルテが現れる。

 珍しいな。普段は、バアルさんの呼びかけでしか現れないのに。

 金属のような光沢を帯びたボディを輝かせ、ガラス細工のような羽をはためかせ、針よりも細い手足でじゃじゃーんと掲げたスケッチブックには大きく一言「美味しかったよ!!」と書かれている。

「バアルとクロウにも完成品でびっくりして欲しかったからな! 昔のようにコルテに協力してもらったのだよ!」

 思い返せば、時々ヨミ様の近くで見た気がするな。ホタルみたいにピカピカ飛ぶ、緑の光を。まさかコルテだとは思わなかったんだけどさ。

 「昔のように」の部分については、バアルさんがこっそり教えてくれた。耳元で、俺にし聞こえない小さな声で。

「……幼い頃から、ヨミ様のお作りになられたお菓子の味見役は彼だったのです。サタン様と私はいつも『出来上がるまで、ナイショだぞ!』と部屋から追い出されておりました」

 クスリと形のいい唇の前で人差し指を立て、目尻を下げる。懐かしむように細められた緑の瞳には、柔らかい光が満ちていた。

「そうだったんですね」

 成る程、それならヨミ様の呼びかけにコルテが参上したのも納得だ。昔馴染みというか、お友達なのだから。

 コルテのことだ、その時から緑のポンポンで応援していたんだろう。彼の声援を受けながら、小さなヨミ様がバアルさんとサタン様の為にお菓子を作る。ありありと浮かんだ微笑ましい光景に、自然と頬が緩んでいくのが分かる。

「これ、これ……斯様に手を取り合って、微笑み合って……仲良しさんなのは良いことだが、そなたらの感想も聞かせてはくれないか?」

 寂しそうに細められた真っ赤な瞳がじっと俺達に訴えてから、カップケーキが盛られた皿をちらりと見る。

「ふわっふわで、とっても美味しいですよ!」

「お先にいただいてます」

 両手で食べかけのカップケーキを持ち、弾んだ声で感想を伝えるグリムさん。眩しく綻んだその頬に、ちょこんとついた紫のクリームをハンカチで拭ってあげながら、クロウさんがひょいっと大きな一口で手元のケーキを頬張っていく。好みの味だったらしい。釣り上がった鋭い瞳が幸せそうに細められている。

「は、はいっ、いただきます!」

「いただきます」

 近くに有った、緑のクリームとその上に散りばめられたオレンジ色の花型の粒が鮮やかなケーキを手に取り、頂く。バアルさんもオレンジのクリームに彩られたケーキに手を伸ばし、静かに一口食んだ。

 花型の粒は砂糖菓子だったみたいだ。ふわふわのスポンジにトロリと香るバターの風味。続いてカリカリと甘い食感がアクセントになっていて楽しい。

「……どう、であろうか?」

「美味しいです! こんなに美味しいバタークリーム初めて食べました!」

「とても美味しいですよ。ますます腕をお上げになられましたね。クリームは口当たりがよく、風味も絶妙でございます。程よい甘さの軽い生地と、トッピングシュガーによる食感の変化が面白いですね」

 脊髄反射で答えていた俺に、歌うようにバアルさんが続く。言いたかったこと、伝えたかったことを全部代わりに言葉に乗せてくれた。

「そうか……そうであるか!」

 不安そうに尋ねていた声が、明るく色づいていく。ふわりと綻んだご尊顔は、あふれんばかりの喜びで輝いていた。
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