【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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欲と理性の狭間で

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 何か話さなければ。

 どうにかして話題を作り、意識をそちらへと集中させなければ。

 そう思えば思うほど喉は締まり、思考には霧がかかってしまう。ドツボだ。

 一人で焦りに焦っている俺とは違い、向かいに腰掛けている彼は余裕綽々。スラリと伸びた長身を、ゆったりと背もたれに預けている。額から生えている触覚を弾ませ、背にある半透明の羽を揺らしながら、まったりと沈黙を楽しんでいらっしゃる。

 いつもならば俺だって、狼狽えたりしない。喉が乾き、背中にイヤな汗を滲ませたりなんか。バアルさんと二人っきりで、のんびり俺達のお部屋で過ごしている時ならば。

 でも、今は違う。ここは外、城下町なのだ。俺達が囲むテーブルの側には大通りが、多種多様な屋台がひしめく市場があるのだ。

 そして今は丁度お昼時。賑わいも、行き交いも最高潮。様々な姿をした、男女問わず美形な悪魔の皆さん方が、思い思いに買い物を楽しんでいらっしゃる。

 こんな状況下では、人様の目から逃れられはしないだろう。いくら彩り鮮やかな屋台屋根の影が、俺達の顔や姿を見辛くしているからって。
 
 そう、要は気軽にくっつけないのだ。

 いくら俺がバアルさんにときめいたからって。ぎゅってして欲しいなって、キスして欲しいなって、欲深い衝動に駆られたところでムリなのだ。

 ここは公共の場、わきまえなければ。せめて、二人っきりになれる場所までは、我慢しなければ。なのに彼ときたら。

 ずっと繋いでくれている白い手。しなやかで美しい指を、更に色っぽく見せている銀の輝き。つい俺とお揃いのペアリングばかり見つめてしまっていた視界を上げる。

「……っ」

 多少は気持ちを強く持っていたつもりだ。けれども、息が止まりそうになってしまう。心臓が狂ったように暴れ始めてしまう。俺を真っ直ぐに見つめている、鮮やかな緑の瞳に心を奪われて。

 バアルさんは何も言わない。でも、伝わってくる。目が合った途端深くなった、優しい目元のシワが。ふわりと綻んだ、渋いお髭をたくわえた口元が。

 ……伝えてくれるんだ。好きだって。俺のことが好きだって。

 俺だって好きです!!

 って今すぐ伝えたい。なんなら、その逞しい胸元に飛び込みたい。鍛え上げられたお膝の上にお邪魔して、長く引き締まった腕に抱かれながら、優しいハーブの香りに包まれたい。

 が、誰に見られているかも分からないんだ。なのに、愛に満ちあふれた眼差しで見つめないで欲しい。俺を、これ以上ときめかせないで欲しい。バアルさん自身、そんなつもりはないんだろうけどさ。

 ……いや、待てよ。ついさっき許してくれたよな? 独占欲に駆られて思わず抱きついてしまった時、抱き寄せてくれたよな?

 だったら今も少しくらい…………いやいやダメだって。我慢出来なくなっちゃうって。それ以上が欲しくなっちゃうって、絶対。

 優しいバアルさんは、多分、俺の好きにさせてくれるだろうけど。何ならバレないように、この辺り一帯の時間を止めてくれちゃいそうだけど。

 心の隅っこから滲んできた欲を、すでに崩壊寸前な理性を総動員して必死に押し戻す。

 このままじゃ心臓がもちそうにない。ドキドキし過ぎで壊れてしまいそうだ。そんな俺にとっては助け舟でしかなかった。頭の上から降ってきた明るい声と、鼻腔を擽った甘い香りは。
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