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とある秘書は言葉を失っていた
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震えるサタン様に何も言わず、ただその広い背に手を添えるヨミ様。お二方を見つめる神の瞳は辛そうに細められていた。
「私は、何度も貴方の幸せを壊してしまうことが忍びなかった……貴方の存在を忘れることを皆に強要させてしまうことも……今は、何とか貴方を一人の子として生まれ変わらせることが出来てはいますが……このまま私の力が衰え、穢れも増せば貴方は……」
震える声を詰まらせて神が俯く。言葉として突きつけられずとも、この場に居る誰もが悟っていた。いずれは、ヨミ様の存在自体がなかったものになるのだと。
近い未来、ヨミ様の魂がこの世から完全に失われてしまうのだと。
皆が言葉を失う中、ヨミ様だけは毅然としたままだった。強い決意に満ちた真っ赤な瞳を逸らすことなく神を見上げている。
「ですが、アオイが生命力を渡して頂ければ、私は本来の力を取り戻し……いえ、それ以上の力を得ることが出来るのです。全ての問題が解決することが叶うのです。これ以上に喜ばしいことがありますか?」
希望に満ちた神の眼差しから隠すように、バアル様がアオイ様を力強く抱き締めた。
ヨミ様のお気持ちも変わっていないようだった。サタン様から離れ、バアル様とアオイ様を庇うように神の前に立ちはだかる。
……当然だ。仕方がないのだ。ヨミ様にとっての喜びは、生きがいは、今やバアル様とアオイ様の幸せに他ならないのだから。
「……大丈夫ですよ、ヨミ。バアルと魂の契約を交わした今、アオイも私の愛し子なのですから。彼の幸せも守り抜いてみせましょう」
「……何か、対策がおありなのでしょうか?」
「ええ、私が無事に力を取り戻した暁には、今のアオイと寸分違わぬ器を用意しましょう。すぐに貴方達の元へと送って差し上げますよ」
……確かに神にも心はあるようだ。藁をも掴もうとしていたバアル様に、嬉々として提案しているのだから。
「生命力の抽出により、今のアオイの器は砕けてしまうでしょう。しかし魂には傷一つつきません。無論、心にも。何故なら負荷による痛みも、苦しみも、器を失う恐怖すらも、全て忘れてしまうのですから」
しかし、心があるからといって、気持ちが理解出来ている訳ではなかったようだ。
「アオイが新しい器で目覚めた時には全てが真っさら。私が作り出す今よりも強靭な器で、バアル達と幸せな日々を送ることが出来ますよ」
いや、そもそも一方通行なのかもしれない。楽しい夢を見ているように語るばかりで、バアル様達を見てはいないのだから。
「どうですか、ヨミ? これならば貴方も納得して」
「変わらぬではないか」
「……何がです?」
「変わらぬであろう。結局、アオイ殿に一度死んでもらわねばならぬということは」
「で、ですがヨミ……アオイ自身は器が壊れたことを覚えていないのですよ? でしたら」
「だから良いと? 良い訳があるか!! しかも記憶を失うだと? 私達と過ごしたアオイ殿が、バアルの愛したアオイ殿が、消えてしまうではないか!! そんなこと許さ、っ……?」
睨めつけていた赤の瞳が不意に動揺に揺れた。瞳孔を開いたまま背を見つめ、気がつかれた。
「私は、何度も貴方の幸せを壊してしまうことが忍びなかった……貴方の存在を忘れることを皆に強要させてしまうことも……今は、何とか貴方を一人の子として生まれ変わらせることが出来てはいますが……このまま私の力が衰え、穢れも増せば貴方は……」
震える声を詰まらせて神が俯く。言葉として突きつけられずとも、この場に居る誰もが悟っていた。いずれは、ヨミ様の存在自体がなかったものになるのだと。
近い未来、ヨミ様の魂がこの世から完全に失われてしまうのだと。
皆が言葉を失う中、ヨミ様だけは毅然としたままだった。強い決意に満ちた真っ赤な瞳を逸らすことなく神を見上げている。
「ですが、アオイが生命力を渡して頂ければ、私は本来の力を取り戻し……いえ、それ以上の力を得ることが出来るのです。全ての問題が解決することが叶うのです。これ以上に喜ばしいことがありますか?」
希望に満ちた神の眼差しから隠すように、バアル様がアオイ様を力強く抱き締めた。
ヨミ様のお気持ちも変わっていないようだった。サタン様から離れ、バアル様とアオイ様を庇うように神の前に立ちはだかる。
……当然だ。仕方がないのだ。ヨミ様にとっての喜びは、生きがいは、今やバアル様とアオイ様の幸せに他ならないのだから。
「……大丈夫ですよ、ヨミ。バアルと魂の契約を交わした今、アオイも私の愛し子なのですから。彼の幸せも守り抜いてみせましょう」
「……何か、対策がおありなのでしょうか?」
「ええ、私が無事に力を取り戻した暁には、今のアオイと寸分違わぬ器を用意しましょう。すぐに貴方達の元へと送って差し上げますよ」
……確かに神にも心はあるようだ。藁をも掴もうとしていたバアル様に、嬉々として提案しているのだから。
「生命力の抽出により、今のアオイの器は砕けてしまうでしょう。しかし魂には傷一つつきません。無論、心にも。何故なら負荷による痛みも、苦しみも、器を失う恐怖すらも、全て忘れてしまうのですから」
しかし、心があるからといって、気持ちが理解出来ている訳ではなかったようだ。
「アオイが新しい器で目覚めた時には全てが真っさら。私が作り出す今よりも強靭な器で、バアル達と幸せな日々を送ることが出来ますよ」
いや、そもそも一方通行なのかもしれない。楽しい夢を見ているように語るばかりで、バアル様達を見てはいないのだから。
「どうですか、ヨミ? これならば貴方も納得して」
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「……何がです?」
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「だから良いと? 良い訳があるか!! しかも記憶を失うだと? 私達と過ごしたアオイ殿が、バアルの愛したアオイ殿が、消えてしまうではないか!! そんなこと許さ、っ……?」
睨めつけていた赤の瞳が不意に動揺に揺れた。瞳孔を開いたまま背を見つめ、気がつかれた。
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